ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二話「アルトワの露天市」そして目まぐるしくも時は流れ。 リシャールも十二歳を迎えていた。 背も伸びてきたが、父のように線の細い感じがある少年になっていた。父母と同じく金髪だったが、髪質は母譲りの直毛、顔は明らかに母親似の女顔の少年になっていた。 不本意と言うほどではなかったが、祖父に似て見るからにがっしりとした兄達が少々羨ましかった彼である。 「リシャール! リシャール!」 「はい、クロード様?」 「街に行こう! 父上の許可は取ったよ」 「ではすぐに用意いたしましょう」 伯爵の長子クロードが、リシャールに声を掛ける。 クロードはリシャールの一歳下になる十一歳、まだまだ子供が抜けていない。父譲りの金髪と、母譲りの緑の目をした少年である。 リシャールは十歳になった時、伯爵公子の御学友兼従者として正式に伯爵家に出仕した。給金と共に邸内に支度部屋も与えられている。月に十エキューの支給に対して半分を実家に納め、残りの半分で色々とやりくりをしていた。大体十エキューで平均的な都市部に住む平民の一月分の生活費に相当するから、この歳にしては高給と言えた。 さて、このところ、クロードの興味は街に集約されている。 特に、露天商が雑多に店を並べている新市街の南市場がお気に入りだった。 リシャールも割と気に入っている。あらゆる商品が扱われているので、アルトワの市民や訪れる人々にも人気だった。 逆に北市場は、大口の取引が行われる卸業者や、高級品を扱う大店が多かった。少ない手数料で旅程の日数と費用が減らせるのは馬車を連ねた隊商を組む大商人達にとっては好都合だったし、手数料は税となって十分にアルトワ伯の領地を潤した。 例えば、ゲルマニアの帝都ヴィンドボナで買った鉄製品をトリステインの王都トリスタニアで売り、帰りに小麦を買って帰ったとする。これには往復で約二週間かかるが、中継点であるアルトワの街で鉄製品を売り、ここで小麦を載せてヴィンドボナに帰ると旅程は一週間と少し。トリスタニアで売るよりは値を引かれるものの、旅費と時間がほぼ半分で済むために、多少の値引きをしても利益は大きくなるのだ。 隊商はもちろん、小口取引の代表者である行商人にも益は多かった。アルトワには人が集まり、短期間で入れ替わるのだ。それだけで利益になった。 これだけの街道や市場の整備、治安の維持には当然金も人手も必要だったが、アルトワ伯爵領の収入はそれを可能にしていた。 リシャールは急ぎ自分の部屋に戻った。 財布や小物を入れた外出用の肩掛け鞄を持ち、玄関で待つクロードに声を掛ける。 「クロード様、お待たせしました」 「では行こうか。今日は何か珍しいものが……」 「お兄さま!」 「リシャール!」 声を掛けてきたのはクロードの妹たち、九歳になるカトリーヌと五歳のリュシーである。彼女達は母親そっくりの目を輝かせて、リシャール達の元にきた。 「お兄さま達、お出かけするの?」 「うん」 「わたしも行きたい」 「いきたい」 姫君たちのわがままは、今に始まったことではない。 兄たちが楽しそうなので、なんでも真似をしたい年頃なのだろう。 ただ、クロードは難しい顔をしていた。妹たちが可愛くないわけではないのだろうが、自分が楽しめなくなるとでも考えているのだろうか。 「あら、連れていっておあげなさいな」 「母上」 ホールの階上にいつの間にかジャクリーヌが立っていて、子供達を見下ろしていた。 「お兄さんでしょ?」 「う……」 父には割とわがままを言うが、クロードも母には弱いらしかった。家系だろうか。 ジャクリーヌの視線がリシャールに移される。 「ねえ、リシャール?」 「はい。 えーっと、……今の時間ならば、セヴリーヌさんエリーズさんの手が空いているはずです。彼女達にも同行して貰って宜しいでしょうか?」 リシャールは二人のメイドの名前を挙げてジャクリーヌに確認を取った。 「そうね、それがいいわ」 「はい、かしこまりました」 リシャールがメイドを呼びに行き、暫くして全員の用意が調ったのを見計らって屋敷を出た。 「じゃあ、セヴリーヌさんはカトリーヌ様に、エリーズさんはリュシー様について下さい。 はぐれても、慌てずに屋敷まで戻って下さいね。 お嬢様方も必ず僕たちと一緒に行動して下さい。……万が一さらわれたりすると僕の首が飛びますので」 「大丈夫よ」 「うん」 「では行きましょうか」 門衛の二人組と軽く挨拶をかわして、屋敷を出て暫く歩くと街道を繋ぐ石橋に出る。 そこそこ広い川であるが、橋が架けられているのには訳がある。下流に少し行くと小規模ながら滝が幾つもあって、海まで結ぶ物流には使えないのだ。 数代前のアルトワ伯が大工事の末に橋を架けさせてからは、トリスタニアとウインドボナを結ぶ数本の街道のうちでは一番多い通行量を誇るようになった。 渡し船での荷物の積み替えといった余分な荷物の積み卸しなど、誰しもしたくないものだ。 橋を造った英断が今の繁栄を生んだ。無論リシャールには知る由もなかったが、非常に開明的な人物だったのだろうと想像をつけていた。 現在ではアルトワに住む人々にとっても、自慢の名所となっている。 六人は馬車を避けながら橋を渡った。隊列を組んでいるところを見ると、どこかで大きい取引があったらしい。 「小麦のようですね」 「じゃあ、デルマー商会あたりかな」 「そのようです」 クロードは幼いながらも、商取引の重要性には何か思うところがあるらしい。聡いことだ、とリシャールは微笑んだ。 それを見送って橋を渡り終えると東門と呼ばれる城門があり、そこはもう旧市街になる。 一応、門衛に挨拶と同時に目配せをして、いつものようにこっそりと護衛を手配して貰う。三人はのんびり楽しそうに街を見回しているが、これでも伯爵家の世継ぎとお姫様なのだ。慎重すぎるぐらいが丁度よいのだろう。 雑談をしながらあくまでものんびりと向かう。 旧市街に入って南に向かうとすぐに新市街へと抜ける通りがあり、市場はその先すぐの所にあるのだ。 「うわあ」 「今日も賑わっていますね」 市は相変わらずの盛況振りであった。リシャール自身も暇を見つけては足繁く通っている。 そこには、南はロマリア風の味付けで人気の食べ物の屋台から、北は遙かアルビオンで細工された装飾品を売る露天まで、ありとあらゆる品物が扱われていた。 早速連れ立ってまわってみる。 クロードから離れないようにしながら、リシャールも店先を冷やかしていく。 「姫様がたはアクセサリーに夢中のようですよ」 「女の子だから仕方ないよ。……代わりに僕は武具に夢中さ」 小さい頃に読み聞かせで憶えた、イーヴァルディの勇者の物語のせいだろうか。 イーヴァルディの勇者の物語とは、ハルケギニアでは特に有名な英雄譚である。英雄が悪い竜を退治してお姫様を助ける物語で、口伝はもちろん子供向けの絵本から芝居に至るまで、様々なものがそれぞれに楽しまれている。男の子は素直に勇者に憧れ、女の子は勇者に助けられる姫君に自分を投影した。 クロードも例に漏れず、剣や槍などの武器が大好きだった。父伯爵に頼んで剣も習っていたし、魔法もよく学んでいる。 剣を持つこと、それ自体には伯爵らは大して意味は見出していなかった。 ここは魔法主体の社会形態を持つ世界であり、それが貴族の貴族たる所以であったからだ。ただし、剣を習うことについては誰も反対をしなかった。このハルケギニアでは貴族とは則ち領民を守る軍人でもあったから、剣術であれ体術であれ、体を鍛えはじめるには良い機会だと捉えられたのだろう。 剣の他に銃もあったが、リシャールが元の人生で知っていたような連射の出来るものではなかった。遙か昔の単発式の、薬莢さえも使われていない前装式の銃だった。しかも有効射程は初歩的な攻撃魔法と大差ないので、相対的に価値は低くなっている。平民あがりの兵士にも射程がある武器を持たせられると言う点では評価されていたが、メイジが好んで持つ武器ではない。もちろん、弓よりも迎撃しにくいという優れた特徴もあって、軍での銃兵の比率は近年徐々に上がっていると聞く。 もちろん、リシャールもクロードにつきあって剣を振るった。魔法についてはクロードよりも先に学びはじめたせいもあり、四段階あるメイジと呼ばれる魔法使いのランクでも、クロードがその歳にしては優秀ながらも初歩であるドットのメイジにたどり着く間に、リシャールは早々に次の段階であるラインのメイジに昇格していた。このまま成長すればラインの上のランクであるトライアングルはほぼ確実、努力次第ではもう一つ上の、メイジとしては一つの高みであるスクエアにさえなれるとのではと、リシャールは嘱望されていた。 リシャールにとっては、魔法は大変に面白いものだったからついつい余計に練習もしたし、興味に惹かれて様々な実験を繰り返した。好きこそ物の上手なれ、である。あっという間に同年代では極めて優秀との評判を戴いてしまった。最近は、余り目立たないようにと自重さえしている。 「リシャール、なにか良い物でもあったの?」 「いえ。今日は特には……」 リシャールは店先をのぞきながらそう答えた。 彼は、ある特定の物をずっと探し続けていた。 半年ほど前にこの雑多な市場で受けた衝撃を、リシャールは今も鮮明に憶えている。 その日は特に何と言うことはない一日だった。 午後から時間があいたので、いつものように新市街に出向き、露天を冷やかしていたのだ。 物の売り買いについては、前世といい今といい何かしらの縁があるんだなあなどと考えながら、リシャールは市場をぶらついていた。たまに、自分も一緒に店を出したい気分になる。 そして彼はそこで場違いな物を見つけたのだ。 「日本語……!?」 露天の店先に無造作に置かれていたのは、発泡スチロール製の大きなトロ箱だった。 そこには、とてもよく見覚えのある日本の大手水産会社の名前と、屋号を兼ねた社章が書かれていた。 薄汚れている上に傷だらけで、加えて微妙に魚臭かったが、それでも日本ゆかりの品だった。 この世界と元の世界は、繋がっている! リシャールは驚いて声を失った。 今更帰れるわけでもないが、衝撃的だった。 すぐに露天の親父に交渉し、言い値で買い取って伯爵邸の自室にとって返す。 すぐに検分をはじめたが、材質が発泡スチロールであることも書かれている日本語も、まったくの見たままであった。もちろん、怪しいところはまったくない。 念のためにディテクト・マジックをかけてみるが、固定化の呪文さえかけられていない。 露天の親父は、東方では時々よくわからないものが行商人に流れてくるので、珍品目当ての好事家にそれを売るのだと言っていた。このトロ箱も、『不思議な軽い箱』として売られていたのだ。臭いのせいで、目当ての貴族には売れなかったから値を下げたのだとぼやかれた。 リシャールは箱を前にして考え込んだ。 練金を応用すれば、複製は可能かもしれない。実物があるのだからなんとかなるのではないか。 だが、何に応用するのか今一良案が浮かばない。 とりあえず、考えるのは後回しにして実際に複製してみることにしようと、杖とトロ箱を持って練兵場に向かうことにした。 練兵場は伯爵の居城の東側、歩いてすぐの街道にほど近い場所にある。 アルトワ伯爵領常備軍の駐屯地も併設されているが、普段は人の気配は極僅かである。 訓練日でもない限り、兵士達は市街の警備や街道の巡回に忙しいのだ。希に野獣や亜人、野盗の討伐も要請される。 常備軍の責任者はリシャールの父、クリスチャン・ド・ラ・クラルテだ。家族から見ればのんき者の優しい父であるが、その二つ名は『塹壕』。土のトライアングル・メイジで、戦場での活躍からその名が付いたのであろうことは想像に難くない。 リシャールはいつものように衛兵に挨拶して、執務室に向かった。彼らももちろん顔見知りである。リシャールは遠くない将来、彼らの上司になる可能性も高いとあって、兄達同様アルトワの軍関係者からは常に注目されていた。 「父上」 「ん、リシャール? 今日はクロード様と一緒にいなくていいのかい?」 「はい、午後からお暇を頂きました」 「そうなのか。今日こちらに来たのは魔法の鍛錬かい?」 「はい。半分は実験です」 リシャールはトロ箱を掲げて見せた。 「先ほど露天で買ってきたのですが、材質がまったく分からないので色々試してみようかと。 火や水も使うと思うので、練兵場の隅っこを借りたいのです」 「ほう、これは私もはじめて見るね」 クリスチャンは興味深そうにトロ箱をひっくり返したりして見ていた。 「ああ、すまない。 今日の午後は訓練の予定がないから好きにしていいよ。帰るときにはもう一度声を掛けなさい」 「はい父上、ありがとうございます」 練兵場の片隅で様々な手法で魚箱にアプローチすること二時間。 苦労もあったが、結果的に発泡スチロールの生成には成功した。材質が炭化水素に由来することや内部に気泡を含むことを予め知っていたと言うことが大きい。このあたりは、元の世界でスーパーマーケットの店長だった経験が生きた。当時はリサイクル法も食品衛生法も面倒な厄介者であったが、ちょっとは感謝してもいいらしい。 しかし、問題も残った。 「むー……」 成形がどうにも難しいのだ。これでは少なくとも鋳型というか、木枠か何かが必要である。自分の魔力や魔法技術が足りないせいもあるだろう。 もこもことした塊には出来るのだが、それを成形しようとするとぐにゃりと歪む。 しばらく繰り返していたが、どうにも無駄な労力のようであった。 ここでもう一度考えてみる。 前世で、理科の教諭に教えられた思考法をリシャールは思い浮かべた。 目的ー実験ー結果ー考察の四段階を経て物事を見る科学的手法である。 目的は、発泡スチロールを錬金して自由に成形すること。 実験した結果、生成には成功したが、成形には失敗。 考察してみる。 スチロール自体の生成が成功したということは、成分や構造については魔法的には十分解明されたと考えられる。では、足りないのはスチロールの物性の理解度ではないのか? 発泡スチロールは合成樹脂で、火を付ければよく燃える。空気を含んでいるので軽い。擦るときゅっきゅと微妙に嫌な音が出る。製造法は良くわからないが、空気を含んでいるということは、元になる液体を消火器やヘアムースのように噴射して気泡状の空気を混ぜてやればいいのではないか、などなど。 ならば。 逆に形ある物を発泡スチロールに錬金する事は可能だろうか? これは今ここにあるものだけで、すぐに実験可能だった。 則ち。そのへんの土と、自分の魔力である。 早速、錬金を使って直方体の箱を作ってみることにした。初歩の初歩、土を使って粘土を錬金する。近縁な錬金のため、魔力も殆ど消費しない。 更にこれを発泡スチロールに錬金する。集中力、というか『イメージ』が大事なのだ。リシャール自身は発泡スチロールの詳しい成分や製法を理解していないのに、先ほどのように錬金自体は成功するのだ。 正しい呪文の詠唱と魔力の練り込み、そして『イメージ』。どれが欠けても成功しないが、リシャールの考えるところ、かなり穴があっても魔法は発動するのだ。 魔法は、正に魔法なのだった。 そして、この『イメ−ジ』に、リシャールは自分にあった思考法を用いている。化学で習った元素の周期表だ。もちろん、全てを憶えているわけではない。水兵リーベ僕のフネ……の次あたりはもうすでにあやしくなっている程度のいい加減なものである。 自分でも少々強引で絶対に無理があるとは思ったが、教育番組でよく見るような、元素や分子の構造モデルからそれらしいものを足したり引いたりする映像を思い浮かべて錬金すると、驚くべき事だが比較的楽に錬金が出来るのだ。複雑な化合物や合金でさえ例外ではない。正確な分子構造を理解しているわけでもないのに、出来てしまうのだ。 もっとも、金銀プラチナなどの貴金属やクロムモリブデン鋼などの特殊合金、宝石類の錬金は無理だった。もちろんそれぞれ試してはみたが、見事にすべて失敗した。これも理由は良くわからなかったが、リシャールなりに納得出来る部分もあった。 金銀はもしかしたら魔法的にも安定な物質である故に、金本位制などの経済価値の基盤になりえたのだだろうか。錬金は、はっきり言ってつながりが判らないことが多すぎるが、出来ない以上はそう言うことなのだろう。 青銅が錬金出来てクロムモリブデン鋼が出来ない理由は、現物を知らないことと、単純に力不足なのではと推測できた。リシャールも、前世で読んだ漫画に出てきた鉄兜の材質がそれだったからと言うだけで、どういう特徴の物かは全く知らなかった。 宝石にしても、例えばダイヤモンドはちょっと配列は特殊なものの、元素としては単なる炭素である。しかし、超高温かつ超高圧を与えてやらねば炭素はダイヤモンドにはならない。 金などは、スクエアクラスの土メイジならば大量の錬金は無理であるものの、金自体の錬金は可能であると後から聞かされて少し希望が出た。なにせ、いまはまだ十二歳のラインメイジだ。スクエアになれる可能性もないわけではない。 リシャールも、最初は教えられたとおりに火、地、風、水、特に系統が地属性だったので、それを思い浮かべて錬金やその他の魔術を行っていた。しかし、しっくりこないので物は試しと基礎になるイメージを変えてみたら、嘘のように精神的負担が減ったのだ。現代科学様々である。それの直後にリシャールは、ラインのメイジに到達することが出来たのだ。 その後も色々試しているうちに、特殊な物でなければ比較的負担無く錬金が出来るようになった。最初は横に見本となる試料や実物がなければ錬金出来なかったが、これも繰り返すうちに慣れてきた。また、元は同じ物である砂から岩、金属同士である青銅から鉄など、目指す素材をそれに近縁な素材から錬金すると、負担が少ないことなどもわかってきた。青銅から鉄への錬金などは元が全然違うような気もしたが、ハルケギニアが元素記号が支配する科学の世界ではなく、魔法の支配する世界だから、法則が違うんだと納得せざるを得なかった。 ふるふるとリシャールは首を振った。 今は目の前の作業に集中しなくてはならない。 元素周期表と発泡スチロールを思い浮かべ、粘土に魔力をそそぎ込むことしばし。 作りたいのが気泡を内包した化合物であるとか、純粋な工業化学製品であるとか、難しいことは考えない。あくまでも、イメージなのだ。 「できた…」 粘土の直方体は、見事に発泡スチロールの直方体になった。少し力を入れてぱきんと割ってみる。 もちろん、中まできちんと発泡スチロールになっていた。 この一連の出来事は、リシャールにとって様々なきっかけであり、出発点となった。 魔法との付き合い方も少し変化した。 科学を応用した魔法という、この世界では極めて異質ではあったが広範な応用が利く自分だけの技術を、彼は手に入れたのだ。 色々と思い出しながら歩いていたリシャールは、クロードについて彼の後ろを歩いていた事を思い出した。もうここは市場の端、城壁の前だ。 「リシャール、リシャール」 「ああ、クロード様、ごめんなさい」 「ぼーっとしてたね?」 「ええ、ぼーっとしてました」 二人で顔を見合わせて笑う。 「姫様がたも満足されましたか?」 「うん」 「帰ろう、リシャール」 「いまなら、まだ遅めの午後のお茶ということでおやつを食べられるかもしれませんね」 「よし、すぐに帰ろう」 リシャールは、このどこかのんびりとして優しげな少年が大好きだった。 身分の差こそあれ、幼なじみというのもある。 充分に尊敬できる伯爵の令息というのもある。 だがそれが霞むほどに大事なことがあった。 彼は、間違いなくリシャールに懐いてくれているのだ。 もちろん、二人の姫君も同様だった。 リシャールには、それはとても嬉しいことだった。 ←PREV INDEX NEXT→ |