ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第三十九話「鉄剣」日のあるうちは錬金鍛冶、夜は屋敷で新しく雇い入れた従者やメイド達の教育と、領主とはこういうものだったかとリシャールは自らに疑問を投げかけつつも、日々の生活に追われていた。 それでもたまには休みを入れようなどと、自分で予定を組めるだけましかもしれない。 彼は今日、錬金鍛冶を休んで、リュカやゴーチェらと会合を持っていた。 「こっちの方は、ベルヴィール号の修理がほぼ完了いたしやした」 「シュレベールの方は、特にこれといった報告はありませんな。 ただ、少々不作のようでして……。 リュカの方はどうだ?」 「ラマディエも芳しくねえな」 山がちなシュレベールはもちろん、ラマディエの方も農業に関してはそれほど恵まれた土地ではない。塩害が出る程ではないが、多少なりとも潮気を含んだ海風が畑の邪魔をするのだ。いずれにしても、麦を買い付けておいた方が良いようだ。わざわざ余所の商人に儲けさせることはない。 リシャールとしては早々に輪作の実験もしたいところだったが、まだ余裕がなかった。 セルフィーユのあたりは冬でも凍結したり豪雪が降ったりすることがないので、秋に麦を撒いて初夏に刈り取る。年の初めから数えて五番目の月に当たるニューイの月、ちょうど今頃には収穫の集計も出揃う。 「皆が飢えるほどですか?」 「いえ、そこまで酷くはありやせん」 「むー……」 リシャールは少々考え込んだ。リシャールが会話の合間に時々時間を取って考え事をすることに、リュカたちも慣れたのか、黙って見ている。 「……漁業の方はどうです?」 「こちらは平年並みです」 「イワシはどうです?」 「特に不漁も豊漁もありやせん」 「……では、少し人手を使って保存食でも作っておきましょう。 麦の方も、極端な高値にならないうちに私の方で少し買いだめしておきましょうか。 必ず飢饉になると決まったわけでもないし、ビール麦にして……いやしかし、飢えたときこそ……うーん……。 ああ、ごめんなさい。 備え有れば憂いなしとも言いますが、万が一がなかった時に使わないで無駄にするのも惜しいですから、余れば酒にしてしまいましょう」 「よろしいので?」 「もちろんです」 二人はそのような事にまで金を出すのかと怪訝そうな顔をしていたが、リシャールは当然のことと思っていた。 情の面でも放ってはおけないが、人が飢えれば税収が落ちる。口には出さないが、これがリシャールにとって非常に痛いのだ。それに領地が荒れれば年単位での影響もあり得る。領主としても、男爵家の当主としても、放置は出来ない。 「数日後にはしばらく出掛けますので、その時に注文を出しておきましょうか。 まあ、無駄になるなら、それはそれで良いことなんですが……」 そろそろカトレアの治療に赴かねばならないし、ついでにアルトワに顔を出していくのもいいだろう。 二人を送り出したリシャールは、さっそく荷造りを始めた。とは言っても、自らが背負う物ではない。 ギーヴァルシュ時代から造り溜めた『亜人斬り』をそろそろ売りに出そうと思ったのだ。売らずにいたので、既に両手片手合わせて二十数本になろうとしている。流石にレビテーションをかけても、持ち歩く気にはなれない。これは荷馬車を仕立てて持って行くしかなかった。 いつもの武器屋に卸すにしても、リシャールの立ち会いも必要だろう。御者に任せて知らぬ相手と買いたたかれては、たまったものではない。 また、せっかく荷馬車を派遣するので、何か帰りに積んで帰るのに良い物はないかと思案する。このあたりはヴァレリー達に相談すればよいだろう。王都までは、馬車なら三日少々だ。先に荷を出してから、向こうで追いついたリシャールが積み荷の注文だけを伝えても良いだろう。 そしてリシャールは帰りの荷を馬車に任せて、アルトワとラ・ヴァリエールに寄ってセルフィーユに戻れば時間も短くて済む。 うん、これで行こうと、リシャールは当座の予定を決めた。 「……というわけで、人手と材料を手配して、イワシの干物だけは緊急用の保存食として作っておくことに決めました。ついでに塩油漬けの方も少し用意しておきましょうか。 また、荷馬車は明後日、僕はその二日後にセルフィーユを出発します。 えーっと、それまでに王都で買い付けが必要な物があれば、まとめておいて下さいね」 リシャールはその日の夜、マルグリットら主要な人物を集めて予定を皆に伝え、修正が必要ないか、リシャール不在の間の事などを話し合った。 「リシャール様、そのことで少しご相談があります」 「なんでしょう、ヴァレリーさん?」 城館のことならば、リシャールよりも彼女の方が詳しいぐらいなので、少し真面目に耳を傾ける。 「この機会にアルトワかラ・ヴァリエールのお城から、教師役となるメイドや侍従をお借りすることはできませんでしょうか?」 「あー、それがありましたね……」 これも少々頭の痛い問題になっていた。やはり、いくらヴァレリーが優秀でリシャールが気を使っていたとしても、面倒を見きれる限界を超えているのだ。例え数週間でも専属的に教師が雇えれば、後々かなり楽になる。 「なんとかします、とは言えませんが、努力してみます」 これはアルトワで相談してみるしかない。母親のエステルか、兄のリュシアンでも借りられれば御の字である。 「私からも少し……」 「ジャン・マルク殿?」 「武器はまだ持たせられませんが、そろそろ新兵にも防具だけは身につけさせたいと思いまして、なんとかなりませんか?」 「防具ですか……」 胸甲と手甲、兜ぐらいは欲しいとジャン・マルクは続けた。今は、新兵が身に纏うのは、王都で買い付けてきたお揃いでない中古の軍服だけで、木剣か棒を持たせて訓練をしている。隊長のジャン・マルクはと言えば、今もエルランジェ時代からの軽鎧と兜を身につけて、リシャールから拝領した亜人殺しを主武器にしていた。 武器ならばリシャールも注文には応じられるが、防具は作ったことがなかった。彼自身も、自分の鎧などは持っていない。 「そのあたりも確かに必要ですね。 ……うーん、王都でいくつか見本になりそうなものを仕入れて、こちらに戻り次第作っていくことにしましょうか。 すぐには無理かもしれませんが、いいですか?」 「ありがとうございます」 大きな相談事はこのぐらいだろうか。 気にし出すとあれもこれもとなってしまうので、リシャールは今日のところはこれで切り上げることにした。 そんな相談事をしてから四日後、アーシャに乗って先に王都へと着いたリシャールは、四台に増えた馬車を待ち受けていた。二台はジャン・マルクと兵士達やメイドの乗る男爵家の荷馬車で、残りの二台はリュカ達が仕立てて護衛に便乗してこちらにやってきたものだった。ついでにジャンマルク達は、シュレベールの城館にあった食器や燭台などの王家の紋章入りの品々を、王宮まで護衛する役目も兼ねている。 リシャールには鎧のことが今一わからなかったので、ジャン・マルクに来て貰うことになり、それでは新兵の面倒が見られないので彼らも再び王都への旅行となったが、兵士達が行くなら護衛にもなるので旅程も安全であろうと、リュカ達が便乗したのだ。リシャールも、領民が安全な商売が出来るならよいことであるし、実際の護衛も兼ねるということなら新兵達にも前回と違った心構えも出来て良いと許可をした。 メイドにはミシュリーヌも含まれていたが、彼女だけはリシャールに付き従い、帰りはキャラバンとは別行動となる。アルトワで母に預け、修行して貰うことになったのだ。可能ならば、父の部下から魔法も習ってきて欲しいところであるが、先ずは屋敷優先である。彼女以外の二人のメイドは、ミシュリーヌ一人では困るだろうと、皆の雑用や軽食を世話するのに必要との理由をつけて同行をさせることにした。一応、間違いがあっては困るので、同行する兵士の妹と行商人の娘を人選しておいた。彼女達にすれば役得半分、苦労半分というところであろう。 商人組とは翌日に落ち合うこととして、男爵家組はそれぞれの仕事に散っていった。宿だけは既にリシャール自らが魅惑の妖精亭に足を運び、予約を取ってある。 まずは王宮に向かい紋章入りの品々を引き渡した後、ミシュリーヌを含む一組はヴァレリーらに頼まれた細々とした物を買い揃える事とし、リシャールはジャン・マルクと二人ほどを連れて武器屋に向かった。 「とにかくこれを売ってしまわないとね」 「そうですな」 荷台には、もちろん『亜人斬り』が積まれている。片手の物が半分ほどあるので、二万エキューを越えれば上等かとリシャールは見積もっていた。 武器屋に着くと、リシャールは同乗の兵士に荷馬車をまかせ、ジャン・マルクと共に店に入っていった。 「ご店主、お久しぶりです」 「おや……おお、貴方は!」 いつもの店主が応対に出てきてくれた。もちろん、既に顔なじみである。 「また剣を買っていただこうと思いましてね」 「もちろん、お引き受けいたしますとも。 それにしてもお人が悪い。 爵位をお持ちとは存じませんでした」 非難がましいというわけではないが、少々困った顔をされてしまった。流石に接客も変わるのだろう。リシャールも、同じ立場であればやはり多少以上に気を使うはずなのは理解できた。当然、今は流しの錬金鍛冶師に対する態度ではなく、爵位持ちの貴族として応対されている。 「いや、これは後付なのでご勘弁というあたりです。 先日までは間違いなく、ただの行商人にして錬金鍛冶師でしたよ」 「なるほど、ご出世あそばしたのですか。 それはおめでとうございます」 軽く世間話をした後、リシャールは本題に入った。 「ジャン・マルク隊長、剣を」 「はっ」 ジャン・マルクは腰の剣をリシャールに手渡した。 「ご店主、まずはこれを見ていただきたいのです」 「ほう、これはまた見事ですな。 ……少し失礼いたします」 店主もそれまでとは違い、かなり真剣な表情でジャン・マルクの『亜人斬り』を検分していった。 毎度ながら、目の前で宿題を添削されているようで少々居心地の悪いのだが、これは仕方のないことだった。 「ああ、ええ……リシャール様、とお呼びしても?」 「リシャールでもセルフィーユ男爵でも、適当でかまいませんよ?」 一見の時からこの店主はリシャールを侮らずにきちんとした応対をしてくれたので、リシャールはあまり気にしていなかった。もともと、権力を傘に着るような人柄でもないし、第一似合わない。それに今の場合、売り込みに来たのは自分である。 「ではリシャール様と。 それでこの剣なのですが、もしや、王軍の『亜人斬り』の一種ではありませんか?」 「はい、そうです」 「では、貴方さまが『鉄剣』でいらしたのですね」 「はい!?」 リシャールはジャン・マルクに視線で問いかけてみたが、彼も首を傾げた。よくわからないという顔をしている。リシャールも似たような顔をしているはずだ。 「あの、ご店主。 『鉄剣』とは……まさか私のことですか?」 「『亜人斬り』を鍛えて王軍に献じた錬金鍛冶師は、『鉄剣』の二つ名を持つ若き錬金鍛冶師だったとお聞きしておりますよ?」 リシャールは手を額に当て、大きなため息をついた。 それにしても、『鉄剣』。 怪しげだったり意味不明だったりしないだけ、いいのかもしれない。 二つ名は自ら名乗ったりする場合もあれば、通り名のように世間から呼ばれるようになることもある。リシャールの場合は後者だったようだ。 「確かにルメルシェ将軍に『亜人斬り』を納入したのは私ですが、そんな二つ名がいつの間に……」 「リシャール様、ご存じ無かったので?」 「ええ、まったく。 今年に入ってからは、叙爵に領地にとそれどころじゃなかったですし……」 「それは仕方ありませんな」 やれやれである。 気を取り直して、リシャールは店主に向かった。 「それでご店主、これは王軍に納入した物と同じ造りの、片手でも扱えるように大きさを手直ししたものなのですが……。 いかほどの価値になりますか?」 「そうですな……千二百ではいかがです?」 リシャールは、喜んで叫びそうになるのを我慢して続けた。 「では、両手剣の『亜人斬り』ならば如何でしょう?」 「そうですな、両手の『亜人斬り』ならば二千でもお引き取りいたします」 店主の目も真剣だ。価格は満足以上だったが、どれほど噂が一人歩きしているのかと、リシャールの方が心配になるほど、良い値段がついた。 リシャールはルメルシェ連隊の活躍で、『亜人斬り』の名が売れて多少は値上がりしていると良いなぐらいにしか考えていなかった。だが実際には、彼の名は知られておらずとも、兵士のみならず軍人や貴族の間でもその名は浸透していたのである。未来の義父すら知っていたという時点でリシャールも考えておくべきだったが、彼は気付いていなかった。 亜人の討伐は、兵士には野盗の討伐と並び、平時において戦功を積み重ねるに欠かせない重要な戦であるし、領主には領地をの人心や税収を安定させるのに必要不可欠な仕事だった。 店主が付けた卸値にしても、剣を奮って実際に戦う兵士や傭兵に売ることを考慮した価格ではない。噂に当て込んで、領主達に売りつけようと考えてこその価格であった。亜人の討伐が楽になるなら、領主の方もそこに価値を見出すのは間違いない。ただ、剣の出来自体は間違いなく良い物であったから、領主には剣の善し悪しが分からずとも、兵士達に試し斬りでもさせれば必ず売れると踏んでいた。もちろん、引き取りの価格を安く付けてしまって、リシャールに余所の店に流れられると困ると言うこともある。 リシャールは『亜人斬り』の鍛冶師として、八の物を八の価格で、十の物を十の価格で売れるなら御の字だと思っていたが、店主は噂の分を上乗せして、それを十二にも十五にもしようとしていたのだった。このあたり、リシャールが甘い方に読み違えていたとも、店主の方が一枚上手だったとも言える。 「ご店主、少々お待ち下さいね。 その剣は、ここにいるジャン・マルク隊長の為に鍛えた一点物なのでお譲りすることは出来ませんが、表の荷馬車に何本か積んであるので、あらためて検分を願います」 「承知いたしました」 ジャン・マルクが気を利かせて、表の二人に声を掛けるべく出ていった。 次々と運ばれてくる『亜人斬り』に、店主も少々目を丸くしている。 「このような大商いは久しぶりでありますよ」 「ふふ、私はもちろん初めてです」 もちろん机には並べきれないので、くるんできた布を床に敷いて並べた。リシャールが持ち込んだのは、両手が十本に片手が十四本の、合わせて二十四本である。 「今のところ、これを一般に卸すのは初めてなのですよ」 「ほう……」 「片田舎の領地なので、わざわざ買いに来る商人も傭兵もおりません。 仕方がないので、領主になった今もこうして行商しているわけです」 「領地を持つ行商人など、ハルケギニア広しと言えど、リシャール様ただお一人でしょうな」 下手な冗談を口にしながらも、リシャールと店主は取引の確認をしていく。 当然ながら新品しか持ち込んでいないので、特に値引かれると言うこともない。 二十四本の『亜人斬り』は、合計三万六千八百エキューにて引き取られることになった。流石は王都にそれなりの店を構えるだけのことはある。リシャールは分割払いでの受け取りさえ考慮していたのだが、一括で払って貰えるようであった。 しかし、問題はその決済であった。銃があるならこちらで買って、幾分かでも相殺にしようと考えていたのだが、この店では扱っていなかったのだ。しかし、全てを現金で持ち帰るというのもどうかとリシャールは思案して、店主からは六千八百エキューのみを現金で受け取り、残りは五千づつの小切手にして貰った。 「正に大商いでしたな、リシャール様」 「ええ、まったく」 リシャール達は疲労困憊の体で、夕方遅くになって魅惑の妖精亭に向かっていた。 武器屋を後にしたリシャール達は他の店で防具や短銃を買い入れ、それから中古の乗用馬車を一台と引き馬を二頭に乗用馬を二頭と、予定の物を揃えていった。実は大砲や軍馬も欲しかったのであるが、高価で管理が面倒な上にすぐに使う物でもないと、今回は相場の下見だけにしておいた。。 この時点で武器屋で受け取った現金は既に半分ほどに目減りしていたから、小切手の内の一枚は現金化して、ジャン・マルクに持ち帰って貰うことにした。 「しかし、予想よりも大幅に高く売れたので、かなり楽に買い物が出来ましたよ。 銃を予定数以上に仕入れられたのは幸いでした」 「ええ、現状を考えればこれ以上はない選択でしょう」 今のところ、リシャールの抱えるメイジはミシュリーヌただ一人であり、彼女を戦場に立たせる気はまったくなかったから、援護さえジャン・マルクらが自前で行わねばならないのである。今のところセルフィーユ領内で野盗や亜人が出た場合には、リシャールが大立ち回りすることでなんとかするしかない。魔法が無理なら直接的な火力で補うしかないのだ。 ただ、領主の使い魔が竜であることは知らしめるまでもなく領民の口に上っていたから、野盗もわざわざセルフィーユを狙うよりは他の領地を狙うだろうとリシャールは見ていた。両親には申し訳ないが、流石に竜と、イモリやモグラとでは大きさも威圧感も違い、領内での犯罪に対する抑止力を期待できる。セルフィーユ近くには代官さえ王都にいるままの、まともに管理もされていない領地が幾つもあるのだ。亜人にしても、普通の竜さえ一歩退くアーシャであるから、領地全土をなわばりにしたことでこちらにやってくることはないと考えていた。 アーシャには、怪しい奴を見つけたら知らせて欲しいと頼んであった。人には駄目だが、領内で見つけた亜人にならばリシャールに確認せずとも『震える息』を使っても良いと許可していたので、リシャールの鍛冶仕事の最中などには、彼女は張り切ってなわばりの巡回をしている。 ……巡回ついでに港で売れ残りの魚等を貰っていることも多いが、ベルヴィール号の乗員救助に活躍したこともあって、海に関わって働く者達には、彼女は始祖の遣わした海の守り神のような扱いを受けていた。 「まあ、今日のところはのんびりしましょう」 「はっ」 魅惑の妖精亭は、今日も繁盛しているようだ。 馬車の方は別の置き場に回すとのことで、こちらの荷の方だけはそれぞれの部屋に分散して運び込む。 「お、お疲れ様でした、リシャール様」 「うん、ただいま」 ぶっ。 リシャールは噴いた。 「ミ、ミシュリーヌ!?」 「どう、彼女似合うでしょ?」 振り向いた先には、魅惑の妖精亭のきわどい衣装を着せられた恥ずかしげなミシュリーヌと、面白そうな表情でリシャールに笑顔を向けるセルフィーユ男爵家のメイド服を着たジェシカがいた。 「ま、まあ、お遊びなら良いけど、ほどほどにね」 「かしこまりましたわ、旦那様」 「ああ、ジェシカさん待って下さいよー!」 「あ、リシャールも着てみる? 似合うかもよ?」 「いらないってば!」 衣装を交換するぐらいには、ミシュリーヌと仲良く慣れたのだろう。ジェシカには釘を刺しつつ、まあ確かに可愛かったかなと着替えに戻る彼女達の背に視線を送る。連れていた新兵達が鼻の下を伸ばしていたのも、仕方のないことだろう。 ミシュリーヌは歳の割にしっかりしていたから大人びて見えたし、出身もアルトワであったから、十五から十八前後のセルフィーユの新兵達には、普段でも憧れの都会からやってきたお嬢さんに見えてしまっているのだ。その上に妖精さんの衣装ときては、何をか況やである。 ミシュリーヌでさえこれなのだから、世慣れない彼らには、まだ下の酒場では食事をさせない方が良いかも知れない。下手をすれば妖精さん達の色香に惑ってえらいことになるかもと、リシャールはため息をついた。 翌朝、ジャン・マルクに後を託したリシャールは、ミシュリーヌだけを連れてアルトワに向かった。 「大丈夫?」 「は、はい!」 アーシャには慣れていても空の旅は初めてのミシュリーヌは、かなり緊張した様子だった。しかし、これが安くて早いのだから我慢して貰うことにする。 そんな感じでミシュリーヌを気遣って途中で休憩を入れながらも、昼過ぎにはアルトワに到着していた。 アーシャには練兵場の寝床を使って貰い、ミシュリーヌは実家に一度戻し、後で迎えに行くからと彼自身は兵舎で父と挨拶を交わした後、城館に向かった。 「リシャール殿!」 「ク、クロード様!?」 リシャールが来たというのでわざわざクロードが迎えに出てくれたが、流石にリシャール『殿』は少々勘弁して欲しい。祝賀の宴席ではこれまで通りの呼び捨てだったのにと、少し首を傾げる。 「あのう……クロード様?」 「僕は伯爵家の子供で、リシャール殿は男爵家の当主でしょう? 前は僕の従者だったとしても、僕よりも年上だし……」 「しかしですね……」 クロードの言っていることは正しいような気もするが、そうでないような気もした。リシャールは、彼の前では未だに従者気分が抜けないし、無理に抜く必要もないと思っている。 「やあ、リシャール」 「クリストフ様、ご無沙汰しております」 「父上」 クリストフが家族とともに、祖父ニコラや母エステルを連れてホールに降りてきた。 「少し前から二人の会話は聞いていたけれど、身内の時はそれほど気を回さなくてもいいよ、二人とも。 そうだな、いっそお互いを呼び捨てにすればいいんじゃないか? 歳も近いし、しばらく前までの立場はともかくも、学友だっただろう? 魔法学院では、先輩後輩はあったけれど、一つや二つの歳の差なんて同級生は誰も気にしていなかったさ」 「そうですわね」 伯爵夫妻はそう言って友達付き合いを勧めたが、祖父には少々冷や汗が流れているようだった。伯爵夫妻同様に魔法学院の出身であり、元伯爵令嬢でもある母はクリストフの意見に賛成のようである。 「じゃあ、リシャール……のままでいいかな?」 「もちろんです、クロードさ……クロード」 少々照れくさいのは、仕方ない。 「リシャールは元から僕のお兄さんみたいだったし、僕もクロードと呼んで貰える方が嬉しいかも」 ああ、そうだったのかと、リシャールも思い返す。リシャールにとっても、決して口には出せなかったが大事な弟分であるのは変わりない。 「それは大変嬉しく思います、クロード」 「……しゃべり方も普通でいいと思うよ?」 「じゃあ……これからはそうしよう」 お互いに自然と手が出た二人は、しっかりと握手を交わした。 これからは、これまで以上に良い関係になれるかも知れないと、リシャールは思った。 ←PREV INDEX NEXT→ |