ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
挿話その七「三姉妹の父」




 ラ・ヴァリエール公爵には、三人の娘がいる。
 無論、目に入れても痛くないほど可愛い三姉妹であるが……。
 それぞれにまた、問題のある娘でもあった。


 長女エレオノールはアカデミーで研究員を勤めるほどの才媛で、妻に似て気の強い娘である。
 我が儘盛りの可愛い娘……とは、二十三にもなってしまった最近は流石に言い難いが、去年の暮れに幾度かの見合いの末、さる侯爵家当主と婚約にこぎ着けた。
 やれ頼りないだの、やれ頭の回転が悪いだのと、エレオノールから散々にこき下ろされた前婚約者や前々婚約者と違い、今度の見合い相手は、若いながらも優れた軍人として立派な地位にあり、礼節と忠孝に溢れた人物だった。
 エレオノール本人も、とても喜んでいたように思う。もちろん、父である自分も喜んだ。
 今度こそ、孫の顔が見たいものだ。

 三女のルイズもこれまた気の強い性格であったが、彼女はまだ十二歳で、嫁ぎ先の心配はまだまだ先だった。それに、口約束とは言え婚約者が居ないわけではない。だが彼女には、もう一つ別の問題があった。座学は姉たちに勝るとも劣らないほどに優秀であったが。魔法が使えないのだ。
 才がない、と一言で片付けるわけにはいかなかった。いや、いかなくなった。次女の婚約者がそれを指摘したのだ。
 本人にも辛いだろうが、今はまだ、見守るべき時期なのだろう。
 彼女の未来に幸多かれと、願わずに入られない。

 そして次女のカトレア。
 彼女も、子供の頃から長女に匹敵するほど魔法や学問に優れた才を見せていたが、一時は命が危ぶまれたほどの病弱であった。優しげでよく気も付く娘であったが、結婚を諦めざるを得ないほどの病弱振りに、心の中で涙を流しながら、せめて一家を立てさせてやろうと名目的なものながら領地を分け与えた程である。
 しかし去年、藁にもすがる思いで頼った一人の少年が、あっと言う間に彼女の生活を変えてしまった。驚くべき事に、彼女の病を快方に向かわせたのだ。完治は無理でも、これは人並みの幸せにはたどり着けるのかと希望を抱いた。
 だが、こちらが色々と考えようとしていた矢先、彼女はおっとりとした見かけによらぬ早業を見せて、その少年を自分の婚約者に仕立て上げた。
 後から聞いた話だが、彼女は少年と恋仲になってからすぐに母を説得し、妹を味方に付け、更には下級貴族の三男坊でしかなかった少年を焚き付けて叙爵させ、誰もが反対できない状況を作り出したらしい。いっそ見事で声も出ない。
 ここまでの策士とは終ぞ思えなかったのだが、恋が娘を変えたのだろうか。
 幼少の頃から最近まで辛い思いをし続けてきた彼女のこと、せめてこれからは、幸せを人生の友として貰いたいものである。

 そしてもう一人、ごく最近だがリシャールという義理の息子が出来た。
 今はカトレアの婚約者として我が家の一員も同然となっている彼は、女顔の頼りなげな外見に反し、実に頼もしい少年であった。
 そもそも、最初から彼は尋常の少年ではなかった。いくらこちらが真剣に願い頭を下げたからといって、それだけで娘の病が良くなろう筈もない。だが彼は見事にそれをやってのけた。
 また、恋仲になった次女から、このままでは身分の差があって結婚が許されないから出世して欲しいと焚き付けられた彼は、一月余りで爵位を得る算段を立ててしまった。
 その後も、商会を興して成功させてはいても領地の経営まではそう上手くもいくまいと、いつでも援護を出来るように彼の領地には定期的に人をやってそれとなく調べさせていた。しかし、領地は順風満帆そのもの、とても国境近くの田舎町とは思えぬほどの活況振りで人々の顔も明るいと、戻ってきた者は言上してきた。
 その上、鳥の骨と渡り合ってなお、お互いに得をしたからこれでいいなどと言ってのける胆力。
 娘との結婚を許したことに微塵も後悔はないが、婿養子にし損ねた事だけは、今後も事あるごとに後悔し続けるかも知れなかった。


 ところが……。
 ギューフの月フレイヤの週。
 その年の十一番目の月の初旬、ラ・ヴァリエール公爵家に一通の書状が届いた。
 差出人は、とある侯爵家の当主である。長女の婚約者として懇意にしている相手でもあったので、公爵は気楽に読み始めたのだが……。
「な、ば、馬鹿な……」
 彼は悲嘆に暮れて、書状を取り落とした。
 長女エレオノールは、またも婚約を解消されてしまったのだ。
 ため息にも力がない。
 手紙は様々な言葉で飾られていたが、要約すれば、ここまで気の強い嫁は御免被りたい、と云った内容になる。見かけに反して、意外と頼りない相手であったらしい。
 ……またしても、見合いの相手を捜さねばならないようだった。
 少々落ち込んだ風な彼を妻のカリーヌが気遣ってくれたが、手紙の内容を話すと彼女もまた嘆息した。
「これで三人目ですわね」
「そうだな……」
 本人はどうしておるのだろうか。
 少々気がかりではあったが、降誕祭の休暇には年始の祝いに王都へと向かうから、そこで会えるだろう。
「エレオノールにも非はあるのでしょうが、昨今の殿方はこれ皆不甲斐なさ過ぎます」
「……」
 夫としては少なからず異論があったのだが、公爵は懸命にも口をつぐんだ。
「せめて大の大人たる者、リシャールぐらいの気概は持って貰いたいものですわ」
 そう言えば義理の息子は、先日妻の弟子にもなったようだった。妻曰く、まだまだ未熟だが見所はあるらしい。……彼女にそう言わせるだけでも大したものだと、内心で義理の息子を賞賛する。
「しかし、これでは次の相手を捜すのも一苦労であるな……」
「それこそが親の務めというもの。
 あなた、今度こそはエレオノールによく似合う立派なお相手を捜して下さいましね?」
「う、うむ……」
 しかし、縁談が上手く進んだとて、その後の展開が今回のようなことになっても困るのだ。
 口に出すのは憚られるが、エレオノール自身にも、そろそろ嫁き遅れとしての自覚を持って貰いたいところだった。王国のためと研究に尽くすのも良いが、それでは手遅れにもなりかねない。……いや、もう娘も来年には二十四になるから手遅れかも知れないが、それでもまだ嫁げば若妻と呼ばれる範囲ではある。
 何かこう、彼女の内心の焦りを誘うようなことでも思いつければ良いのだが……。
「む!」
「どうかなさいまして、あなた?」
「カトレアとリシャールの結婚を急ごう!」
 妹が先に結婚すれば、姉として焦るのではないだろうか。短絡的ではあるが、人の感情などそのようなものだ。
 実に名案に思えた。
「なに、多少早くとも構うものか。
 療養自体はセルフィーユでも続けられようし、カトレアも喜ぼう。
 リシャールも歳は若いが、領地の方は完全に掌握しておる。
 何より、エレオノールにも多少は自覚を促せるであろうと思うが……」
 妻は目をぱちくりとして驚いていたようだったが、納得はしたようだった。
「具体的な時期はどうなさいます?
 婚約は既に交わしているとは言え、余りに急ぎ過ぎるのも我が家の品格に関わりましょうし……」
「そうだな……再来月の頭、年明けの降誕祭休暇はどうだろうか?
 これならばすぐに招待状を手配すればふた月弱、十分に余裕も持てよう。
 招待客にしても、大半は王家主催の祝賀会にも出席の予定であろうし、日程の調整にも比較的問題は起きるまい」
「そうですわね」
 結婚式の準備に忙しくはなるが、これはこれで楽しみな面もある。
「カトレアの身体のことを考えれば、領内で式を行いたいところではあるのだがな……」
「おもてなしを考えるならば王都の別邸よりはこちらの方が行き届きましょうが、格式や招待客の皆様の都合を考えますと、トリスタニアしかありませんわね。
 カトレアも、無理をさせなければ最近は大丈夫なようですし……」
 少なくともトリステインでは、トリスタニア大聖堂は婚姻を誓う場として最も格式の高い場所である。もちろんその規模も大きい。
 カトレアの方も、少々からだが弱いと云った程度には快復している。妻の言葉通り、無理をさせなければ大丈夫かと彼自身も思った。
「仕方あるまいな。
 こちらから召使いを送り出すとなると大事になろうが……」
「招待状の用意も大変ですこと。
 一度、リシャールの後ろにいらっしゃる方々にもお伺いを立てませんと……」
「うむ、早々に根回しせねばならんな」
 二人はすぐに執事のジェロームを呼びつけ、具体的な指示を出して結婚式の準備を始めさせた。

 その日の夜半、公爵は一人酒を嗜んでいた。
 義理の息子がこちらに居るときは相手をさせるのだが、領主とあってはなかなかそうはいかないのだ。
 それにしても、今年は波乱の年だった。
 領内こそ安泰ではあったが、他国には乱れが生じ、国内も緩やかな低迷にあり、自身の周囲にも変化が多かった。
 来年はいかな年になろうや。
 国は、領地は、家族は。
 心配は尽きないが、せめて我が家の娘たちだけでも安心でいられるよう、努力せねばなるまいて。
 公爵は双月を見上げながら、一人静かに酒杯を傾けていた。

 翌日には関連する各所に伝書フクロウが回されており、連絡を受けたリシャールの後見人達も、これ一大事とやはり準備に入った。
 式は王家主催による新年祝賀会の翌日、場所はトリスタニア大聖堂。式に続く宴席の方も、公爵主導の元、一分の隙もなく準備が行われていった。
 カトレアの方は、数日後には両親と屋敷内の様子から薄々知り、事実を確認して喜びを噛みしめ、嬉々として嫁ぐ準備を始めた。
 だが、何故かもう一方の当事者であるはずのリシャールは直近までその事を知らず、王都を訪問した折り、慌てふためくことになった。婚約者のカトレアも含め、誰もが誰も、当然知っているものとして知らせていなかったのである。






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