ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
挿話その二「ギーヴァルシュの商人達」




 夜半、蝋燭が揺れる一室で、数人の男達が酒杯を片手に卓を囲んでいた。
「おう、今日はちょっとした話があってな」
「アレクシ、お前はいつもそれだろうに」
「いやいや、今日のはほんとにうめえ話だ」
「もったいぶらずに言いやがれ」
「だあな、おめえがもったいつけて話すことにろくなもんはねえ。
 はやく言え」
 男達は囃し立てた。
 適度以上に酔いが回っているらしい。
 いつものことながら、やれやれと呆れながらもアレクシは話し始めた。
「おう、最近北モレーでよ、何やらやってる行商人上がりのガキがいたろ?」
「ああ、あのガキか」
「ふっかけた上納金の五十エキュー、ポンと払いやがったらしいな」
「わっはっは、世間知らずにも程があらあ」
「いやいや、大したお大尽だ」
 ちなみにこの中に、月に五十エキューもギルドに上納している者はいない。
「おう、で、そのガキが何やってやがるか大体のとこがわかったわけだ。
 イワシの油漬けを作ってな、王都に出してやがったんだとよ」
「油漬け?」
「聞いたことねえな」
 男達は生まれも育ちも、海に面したこの街かその周辺の出身だったが、そのようなものは聞いたこともなかった。
「聞いた話じゃ、火は通しちゃいるが、身も柔らかくコクがあるそうだ。
 なにより、二週間は日持ちがするらしい」
「そいつは聞き捨てならねえな」
「売値の方も手桶ほどの壷ひとつで二エキュー、なかなかのもんだろ」
「ほう!」
「たまげたな。
 手桶一杯のイワシなら、ここらじゃ五、六スゥもあれば買えるぞ」
「油の代金や手間賃はかかるにせよ、とんでもねえな」
 思うことを口々に出してはいるが、全員、この話は悪くないと思っていた。
 メイジでも雇わなければ売りに出せなかった、遠方への魚の販売が叶うかも知れないのだ。 
「北モレーの村長にちょっと金を握らせてな、だいたいの製法も働き手から聞き出しておいた。
 で、どうだ?
 おめえらも一口乗らねえか?」
「乗った!」
「俺も一口噛もう」
「俺もだ」
 決まれば話は早かった。男達はそれぞれの得意分野に合わせて実務を割り振っていく。
「加工場は……そうだな、アレクシはマンシェの村なら顔が利くんだったな?」
「もちろんだ。
 漁師小屋でも借りりゃいい」
「イワシは村で押さえて流せばいいか」
「だな」
「油や香辛料はジュスタン、壷の手配はジョルジュ、このあたりはいいな?」
「おう、まかせとけ」
 髭のジュスタンと禿のジョルジュが頷いた。どちらも五十絡みの男だ。
「じゃあ流通の方はヤニックとアレクシ、おめえらにまかせるぜ」
「分け前はどうするよ?」
 ヤニックと呼ばれた冴えない風体の中年が聞き返す。
「いつもの通り、話を持ってきたアレクシに三、俺達三人は二づつ、残りの一は翌月回し、ってとこか」
「まあ、そんなとこだろうな」
「しっかし、同じもんが作れんのか?」
「ガキに出来てよ、俺達に出来ねえってこともあるめえ」
「それもそうだ」
「違えねえ」
 男達は商売の成功を祈って酒杯を掲げ、乾杯した。


 数日後、加工場らしきものが作られたマンシェの村に、男達は集まっていた。本業もあるので、そうそう現場には来られないのだが、流石にこの日は特別だった。
 既に試作品は出来ている。男達は早速舌鼓を打っていた。
「どうでえ、なかなか旨えだろ?」
「おう、普通に旨いじゃねえか」
「こりゃ確かにな。
 生魚が手に入りにくい内陸なら、多少値は張ってもこれなら捌けるぜ」
「ガキの作る油漬けの方は、ここにまだ胡椒やら入れるらしいんだがな」
「入れなくてもよかろうよ、こんだけ旨きゃ上等だ」
「おうよ、安く作れんならそれにこしたこたぁねえ」
 彼らは、この儲け話の元になった油漬けの方は、食べていなかった。問題の『行商人のガキ』は王都の商人と独占契約を交わしていたらしく、北モレーで作られた油漬けは一つ残らず王都へと運ばれていたからだ。
「それでアレクシ、実際のところ元値はどのあたりになりそうなんだ」
「そうだな、大体だがイワシ、壷、油、それに炭代で二十五スゥ、それに手間賃が壷一つで二、三スゥってとこか。
 あとは運賃やら地代やらで幾らか出ていくにしろ、税を引いても壷一つ頭六十スゥ前後は儲かるってえ段取りだ」
 男達の目が輝いた。
「一日あたり、どんぐらい出せそうだ?」
「そうさな、五人雇って一日二十個ってところか」
「他の村にも作るか、いっそギーヴァルシュにも作った方がいいかもな」
「かもしれん」
「場所は?」
「北海岸でどうだ?」
「まあ、近けえ方がいいだろうな」
「広さもそれなりに取るとなると……」
「借り賃は折半で一人頭十五エキューってとこか」
「役人は任せた。
 しっかり鼻薬嗅がせておけよ」
「おう、任された。
 ……っておい、俺が出すのかよ?」
「おめえは言い出しっぺだが、儲けは俺達の五割り増しだ」
「だな」
「そういうこった」
「ちくしょうめ!」
 アレクシは毒づいたが、仕方のない話でもあった。
 彼らはそういう関係を長く続けていたからだ。


 彼らが儲け話に骨惜しみをするわけもなく、程なくもう一軒の加工場も出来、一月もたった頃には順調に利益も上がってきていた。一方、『行商人のガキ』はと言うと、なんとギーヴァルシュ南の海岸を丸々押さえ、大きな加工場を建てようとしていた。
「てえしたガキだな」
「だが、おこぼれもそれだけでかいってこった」
「まったく、ガキ様々だな」
「しかしよ、これだけ売れんならもうちょい利幅を増やしてもいいかもしれん」
「だな」
 全員が全員、互いを見てから頷いた。
「で、どうすりゃいい?」
「簡単だ。
 奴にも値上げさせりゃいい」
「なるほどな」
「手はどう打つ?」
「呼びつけて脅し入れりゃいいじゃねえか」
「いや、一応あれでも魔法使いだからな。
 それはやめておいた方がいいんじゃねえか?」
「まあ仁義にゃ欠けるが、相手は所詮よそ者のガキだ。
 こっちの話し合いとやらで決まったってよ、丸め込みゃいいだけだろ?」
「その線で行くか」
「無難だな」
「任せたぞ、アレクシ」
「まあ、こりゃしょうがねえ、俺の役目か」
「当たり前よ、ここのギルドの元締めはてめえだ」
「ちいときつく言やあよ、何とでもなるだろうさ」
「……だなあ」
 世間知らずの様だったし、それもそうかとアレクシは頷いた。

「なんだアレクシ、値上げの交渉には失敗したそうじゃねえか」
「正論吐かれちゃ仕方ねえ。
 他の同業者も似たり寄ったりの値でよ、うちだけ上げるわけにゃな……」
「その上、領主お墨付きが出てるそうじゃねえか」
「なにぃ!?
 領主様のお墨付きだと?」
「どういうこったい?」
「ヤニック、説明してやれ」
 秋も深まる頃、男達は例の如くギルドの一室に集まっていた。イワシの油漬けは利幅こそ薄いが堅調、といったところだろうか。ガキの一言で値上げこそ出来なかった……というか、向こうの方が単に情報が早かったせいでもあるが、他地域の同業者の動きが予想外に早かったため、値上げを断念したのだ。
「あのガキ、領主様の紋章の入った高級品とやら言うやつを売り出しやがってな」
「どうやってそんなもんを!?」
「大したタマだ……」
「なあ、俺達の方もだな、御紋章を貼る許可は貰えねえのか?」
「いや、許可自体はそれなりの商品出してよ、領主様がお認めになりゃいいらしいんだが……」
「なら問題はねえだろ?」
「そうだそうだ」
「いや、それがよ。
 代わりに、領主様に納める商税が二割増しになるんだ」
 アレクシ以外の男達は考え込んだ。
「二割増しか……」
「それぐらいなら……うーん、ちょいと儲けは薄くなるが妥協出来るんじゃねえか?」
「いやいや、落ち着け。
 油漬けだけに二割かかんじゃねえ、『商税』全額に対して二割なんだ」
「なっ!?」
「高けえ!」
「流石にそれは……」
 男達はもちろんのこと、イワシの油漬け以外にも生業を抱えていた。それら全てに二割の税を上乗せされては、如何にお墨付きが戴けるとは言え、たまったものではない。
「あのガキが言い出したのか?」
「いや、わからん。
 城館の役人にも聞いたが、領主様御自らのお達しらしくてな、紋章を許せるほどの品を売るのなら、どの商人にもお墨付きは公平に与えるそうだ。
 但し、税も二割増しってえ寸法だ」
「流石に手が出せんな」
「むう……」
「まあ、こちらはこちらで損をしているわけでもねえからな、このままでもいいんじゃねえか?」
「まあ、な」
「しかし、これが全部あのガキの筋書きだとしたら……」
「おっそろしいこと言うなよ。
 ……まあ、否定は出来ねえがよ」
「だな。
 『鹿追いかけて背の竜に気付かず』ってのは勘弁だ」
「まったくまったく」
 男達の背にも、少々薄ら寒い物が走っているのだった。
 件の『行商人のガキ』がギーヴァルシュに現れてから、まだたったの四ヶ月ほどだ。それにも関わらず、この成長振りである。
 『行商人のガキ』は、相変わらず五十エキュー、百エキューと涼しい顔でギルドに上納金を納めつつも、着実に工場を拡大し、役人に探りを入れたところでは、商税の額は先月の時点で既に三百エキューを越えているという。
 もしかして、とんでもなく頭の切れる相手なのかと、ようやくにして男達は気付きつつあった。
「まあ、俺達はおこぼれを頂戴するってだけだな」
「それが一番無難だわ」
「これからはよ、ガキと甘く見て、こっちから喧嘩売らねえようにだけはしねえとな」
「ま、そこさえ弁えりゃ、いいカモにゃ違いねえ」
「ははは、まったくだ」
「ラ・クラルテ商会様々ってか」
「ありがてえこった」

 儲け話には早々に乗る。
 痛い目に遭う手前で必ず手を引く。

 それこそが、ギーヴァルシュで商いを生業として選んだ彼らの決め事だった。
 今回の一騒動も、いつもの如く儲けて、いつもの如く無理はしない。そう、それだけのことだ。
 そして男達はいつもの如く明日の儲け話を祈念して、酒杯を掲げるのだった。







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