ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第五十五話「感謝祭」




 新教徒の受け入れは、決まってからが早かった。
 リシャールはクレメンテに対し、いくらかは御布施という名の資金援助こそしたものの、実際に領内に対しての政策として行ったことは、新市街地の建設促進と農地の新規開拓の二点だけであった。人が来ることがわかっているならと、受け皿を増やしたわけである。
 ただ、これまでも人が増えたのに比例して、多少治安は悪化していた。手元に届く訴状や報告から、リシャールも既に把握している。多少兵士の人数と巡回の度合いを増やしてみたところで、早晩限界になるのはリシャールにもわかっていたが、根本的な対策は思いつかなかった。
 感謝祭の時に問題にならなければいいがと、少し心配でもある。
 もちろん、セルフィーユで今一番の話題と言えば、翌月の初旬に控えたその祭りのことだった。準備の方も、骨子が整ってきている。
 領民代表とのやりとりは、基本的にマルグリットが窓口になっていた。リシャールは、報告を聞いて頷くだけである。
「では、来月初旬、フェオの月フレイアの週ラーグの曜日を本祭とするのは変えず、前日のマンの曜日に前夜祭も催す、ということですね」
「はい、前夜祭は篝火を焚いて、街中で宴会を行うそうです」
「火事と物取りには気を付けるように、触れ回っておきましょうか」
 当日リシャールは、カトレアとともに大聖堂で感謝の祈りを捧げる予定だけを決めていた。様子見も兼ねて村々を回らなくてはならないとは思っていたが、その程度である。
「それから、お祭りとは関係ないのですが、庁舎で勤めたいという方がいらっしゃいまして……」
「えーっと?」
 マルグリットにしては、どうにも歯切れの悪い言い様であった。
「何か、問題でもあるのですか?」
「あの、家名はお持ちでないそうなのですが、杖をお持ちの方なんです。
 条件を決めていなかったので、一度リシャール様にお伺いしてからの方がよいかと、保留にして貰っています」
 なるほど、確かにリシャールが直接応対した方が良さそうであった。
「大歓迎なんですが、お給金が問題ですわね」
「そうですねえ。
 下手なことは出来ませんし……」
 杖持ちの働き手が向こうからやって来るなど、リシャール達は想定していなかった。うれしい誤算である。
 リシャールは、ミシュリーヌはともかくも、その他のメイジについては給与体系を別枠で考えておいた方がよいかと考えた。
「暫定的にですが、通常の給金はそのままに、メイジには別途手当を払う、ということにしておきましょうか。
 ドットのメイジなら月に二十エキュー、ラインなら四十エキューを手当として支給しましょう。
 あまり安くして、余所に流れられても勿体ないですし……」
 お抱えのメイジとして考えるなら、給金を含めれば相場より少し高い額になるはずだった。職種によっては、ラインメイジなどはシュヴァリエの年金を軽く上回るはずである。
 財政面での負担は大きくなるが、家臣にメイジを抱えることの重要性は、特に領主になってから身に染みていた。リシャールとミシュリーヌだけでは、効率が悪すぎるのだ。
 ただ、結果から言えば、実は少々とんでもないことになった。
 翌日には別のメイジが、その翌日にも二人、更に次の日もその次の日もと、メイジの就職希望者が続々と庁舎を訪ねてきたのだ。
 もちろん、きちんと理由はあった。彼らは揃って、クレメンテの紹介状をリシャールへと差し出したのだ。クレメンテの手配によってセルフィーユへと呼ばれた新教徒のうち、トリステインやゲルマニア北部など、比較的近隣に住んでいたメイジ達だった。杖持ちであるのに、皆が皆、家名を捨てていたことにも納得がいった。早い話が偽名である。
 リシャールはそれぞれの得意分野や本人の希望を聞き取り、マルグリットらと相談して領軍、庁舎、城、ラ・クラルテ商会などへと割り振りを決めた。
 
 各地から人々が集う一方で、ロマリアからの聖職者の一団もセルフィーユに到着していた。クレメンテの会派の者達である。
 皆で領主様にご挨拶をしたいとのことで、リシャールの方でも良い機会なのでと晩餐の用意を調えていたのだが、やってきた一団を迎えて驚いていた。
 クレメンテを先頭に、数人は見慣れた僧服であったが、後ろの四人ほどはデザインはそれぞれ異なるものの、騎士服を身につけていたのだ。
「領主様、皆無事に到着いたしました」
「はい、遠路お疲れさまでした。
 あの、そちらの方達は……?」
「ああ、彼らは聖堂騎士隊の者達です」
「聖堂騎士隊!?」
 聖堂騎士隊と言えば、ロマリア騎士の花形である。
 そして彼らロマリアの聖堂騎士は、他国にない大きな特徴を持っていることでも有名だった。
 一つは賛美歌詠唱と呼ばれる、複数人で同時に魔法を詠唱する強力な呪文で、特に集団戦に於いて威力を発揮する。種類も多いがその習得は困難とされ、その訓練は非常に厳しいとされていた。
 そしてもう一つは、宗教裁判権の行使である。
 彼らは宗教庁の審問認可や教区長の指示を受けることなく、現場で略式の宗教裁判を行うことが出来るのだ。些細なことであれ、『異端の疑いあり』とでも判決を下せば、大抵のことはまかり通る。真に厄介極まりない、伝家の宝刀であった。
 ただ、クレメンテが連れてきたのだから、さほど酷いことにはならないだろう、とはリシャールにも思える。……いや、思いたかった。
「はい、彼らは私の呼びかけに応え、ロマリア各地より馳せ参じてくれました者達です。
 セルフィーユ司教座聖堂付き聖堂騎士隊として、この地の敬虔な信徒を守る力となってくれましょう」
 単なる会派や教会には許可されていなかったが、司教座聖堂や修道会ならば制度上は独自の聖堂騎士隊を組織できる。ロマリア国外では大聖堂のある大きな都市ぐらいにしかなく、予算の都合や他会派との関係などで持たないところも多かったが、クレメンテには自らの会派、いや新教徒を守るためにも、彼らの力が必要だった。
 クレメンテは、司教就任も含めたここまでのお膳立てを全て済ませた上で、セルフィーユへとやってきたに違いあるまい。本当にそつがなく、食えない人だなあとリシャールは内心で嘆息した。
 しばらく後、祭りの日に合わせた聖堂騎士隊の発足式に間に合うようにと、リシャール自身が彼らの使う聖杖や重鎧を鍛えることになって涙したのだが、その苦労は意外な形で報われた。
 聖堂騎士は、正義の体現者でもある。犯罪者にとっては手数も増やせて大きな実入りの期待できる王都等の大都市ならばともかく、聖堂騎士隊が時折巡回するような小さな街で危険を犯すなど、割が合わないどころの話ではなかった。領主と領軍だけならば、軽い罪が露見しても引っ立てられて懲役か収監だけで済むところが、下手をすればその場で死罪とされても文句は言えない。
 ここが領主の裁判権を超越した宗教裁判権の、もっとも恐ろしい部分であった。始祖ブリミルの言行録や歴代教皇の発言から都合の良い解釈を導き、裁判を強行することが出来るのだ。もちろん、リシャールも対象に含まれている。
 これまでは、多少甘いところのあるリシャールの裁きが裏目に出て犯罪者をセルフィーユに引き寄せていた部分もあったが、犯罪防止という点ではこれ以上のない抑止力がセルフィーユに誕生したことになるのだった。
 ただ、クレメンテと彼ら聖堂騎士団が暴走した時に、リシャールに止める方法がないことも事実であった。それこそ、マザリーニ枢機卿かロマリア宗教庁に密告するぐらいしか手だてがない。
 リシャールは望む望まざるに関わらず、諸刃の剣を手に入れることになったのだった。

 お互いに首根っこを握っているのだからまあいいかと安易に言えた事ではなかったが、リシャールは自分に対しての戒めにもなるかなとも思い、その事は頭の片隅に追いやって目の前の諸事に集中することにした。
 感謝祭までは、リシャールにとってはそれこそ休む間もなかったのである。
 急激な人口増加は、リシャールの予想を大きく上回る深刻な住居不足を引き起こしたのだ。流石にここまで急に人が集まってくるとは、思っていなかったのである。クレメンテに段階を踏んで貰うように一言言っておけば良かったかと思っても、後の祭りであった。
 新市街地の建設促進は既に進めていたが、到底間に合わなかった。リシャールは政務を放り出し、新しく子爵家で雇い入れたメイジや日雇いに応募してきた領民と共に集合住宅の建設に奔走した。とにかく、寝る場所がないほどに続々と人が流入してきたのだ。実際に腰を落ち着ける一軒家などは余裕が出来てから各自で用意して貰うことになるが、今はとにかく、彼らが雨露をしのげる場所を確保せねばならない。余ってくれば、格安で下げ渡して宿屋にでも改装すればいいからと、数を作っていった。
 夜は夜で、昼には出来なくなってしまった政務と各種会合とに時間を割く。それでも、メイジを含めてある程度以上の教育を受けた者を子爵家家臣団へと新規かつ大量に雇用出来たことで、仕事の量自体は膨れ上がっていたものの、リシャールだけでなくマルグリットの負担もかなり減らすことが出来た。
 受け入れと同時に、新しい領民たる彼らには生活を維持するための仕事も与えねばならなかった。職人らは自らの仕事を再開したが、商家や貴族の屋敷で雇われていた者達や、農地を捨ててこちらにやってきた者達はそうは行かないのだ。放置すれば難民化しかねないから、こちらも慌てて手を打った。
 リシャールも流石に丸抱えは出来なかったが、それでも二班四十余名で進めていた道路工事を倍の四班に拡大し、鍛冶工房、製鉄所、兵器工場の方も増員して、人々を吸収していった。
 新規の農地開拓はもちろん間に合わなかったが、こちらにもメイジを投入して受け入れを加速させ、元農民達に貸し与えていった。収穫は後々になるが、多少なりとも自給率は上げておきたいリシャールだった。ドーピニエの併合で麦の生産力は上がったが、今回の人口増加でそれも帳消しになりそうなのだ。
 その食料に関しては、海産物はあっても麦が足りず、リシャールは備蓄していた麦を市価より少し安くして小口で販売させ、供給量を安定させた。裏ではもちろん、アルトワのシモンに追加の注文を出しているが、収穫前の春先とあって高くついたし、やはり領内で収穫できるならそれにこしたことはない。
 リシャールが気付いた時には、僅かの間にラマディエの街は人口千人を数え、セルフィーユ全体の領民も千五百人余りとドーピニエ併合直後の倍近くになっていた。
「ここまで急激だと、どこの穴から水漏れするやら……」
 領地の発展や人口増加は自らが望んだことでもあるのだが、余りの勢いに不安が先に立つリシャールだった。

 もちろん、やれやれと息を付く暇さえなく、感謝祭の当日がやってきた。流石にこの日は、リシャールも政務は入れていない。
 前夜祭の方は単に人々が酒食を楽しむだけのものなので、子爵家に勤めるの者も半分ほどは休暇を貰い、それぞれに楽しんでいたようだった。当日もそれぞれが休暇を与えられることになっている。リシャールはアーシャで移動すれば馬車さえ要らないし、村や街では人々の中に紛れている使用人や兵士が、リシャールがいるその時だけ仕事に復帰することになっていた。
「おはよう、カトレア、ルイズ」
「おはよう、リシャール」
「いい天気で良かったわね」
「うん。
 助かったよ。
 少し心配していたんだ」
 昨日の夜には、カトレアから祭りに誘われたルイズがセルフィーユへと到着していた。
 義兄となったことで、やんわりとではあるが、ルイズのことも呼び捨てにするようにと二人から言われ、それもそうかと多少はくだけた態度で義妹に接するようになったリシャールである。
 逆にルイズの方は、正式な場ではリシャールを立ててくれるようで、セルフィーユに来たときの最初の挨拶などは、実に公爵令嬢らしい優雅で気品溢れる態度であった。
 接客には心配もあったが、料理も含めてルイズは大変満足しているようだった。もっとも、教育に礼儀にと厳しい公爵家からの解放と、次姉に会えたことの喜びの方が大きかったかも知れない。積もる話もあるだろうと、リシャールは昨夜、自らの寝室を別にしたりと気も使っていた。
「とても楽しみだわ」
「そうね。
 私も初めてだもの」
 リシャールは二人の手を取って、アーシャへと乗せた。
 いつぞやのように、おいてけぼりにするわけにはいかない。
「まずは聖堂に行ってお祈りだ」
「きゅ」
「うん、お願いアーシャ」
 アーシャであれば五分とかからない聖堂である。もちろんすぐに到着した。
「リシャール、お城も立派だったけど、こちらも随分と立派な聖堂なのね。
 ラ・ヴァリエールの教会より大きいわ」
「実はまだ未完成なんだよ。
 ここのところ忙しくて、それどころじゃなかったんだ……」
 予定では、先月中に学舎に付属する寄宿舎をもう一棟増築するはずだったのだが、それは当然後回しになった。但し、受け入れ予定の人数からすれば来年度に間に合えばよいので、今のところはまったく問題ない。
「急にね、いっぱい人が集まりだしたの。
 セルフィーユはね、働き口が沢山あるから移り住んでくる人も多いのよ、ルイズ」
「そうなのですか、ちいねえさま?」
「……」
 彼女達には、クレメンテとの密約や新教徒のことは話せないので、リシャールは黙って姉妹の会話を聞いていた。

「きゅー」
「ありがとう、アーシャ」
 時間もほぼ予定通りで聖堂へと到着し、リシャールが忙しい合間に半泣きで作った真新しい鎧で並ぶ聖堂騎士隊と、法衣で盛装した聖職者達を従えたクレメンテに出迎えを受ける。
「お待ちしておりました、領主様」
「おはようございます、クレメンテ殿、それに皆様。
 本日はよろしくお願いします」
 リシャールも少々緊張気味だったが、叙爵式や結婚式に比べればどうということではないはずなので、すぐに肩の力を抜いた。
「では皆様、大聖堂の方へ」
「はい」
 クレメンテ自らの先導で、大聖堂へと足を踏み入れる。
 リシャールも、中に入るのは久しぶりだった。新築した頃よりも内装は整っており、使われていることが実感できた。
 リシャールは祭壇中央に進み出て跪き、皆に見守られながらカトレアとともに祈りの姿勢をとった。

「ルイズには退屈だったかしら?」
「ちいねえさま! そ、そんなこと……」
 堅苦しい儀式はクレメンテによる祝福で締めくくられ、無事に終了していた。今はドーピニエに向かうアーシャの上だ。
「でも、わたしまで祝福を授けられてよかったのかしら?」
「お祝い事でもあるからいいのよ」
「ルイズも僕の義妹になったことで、子爵家の継承権が発生してるからね。
 ……他人じゃないよ?」
「そうだったわ」
 そう言うリシャールにも、結婚後には末席ながら公爵家の継承権が発生しており、正式に認められていた。こちらも他人事ではない。
「さ、あとはお祭りだ。
 順番にまわるよ!」
「きゅきゅー!」
 ぶおん、とアーシャが加速した。
 彼女も楽しみにしているのである。

 リシャール達はドーピニエとシュレベールでは領民達に望まれて乾杯の音頭をとってから軽く歓談した後、本命のラマディエへと到着した。感謝祭とは名が付いているが、リシャールの結婚なども口々に祝われている。領民達からはかなり照れくさい内容の乾杯もされたが、これでいいのだろう。領地と言う名の御神輿の飾りであることも、間違いないのだ。それに、皆楽しそうである。これも大事なことだなと、リシャールはからかわれるに任せた。
 ラマディエでは、一同に揃っての歓迎などはなかったが、それでもセルフィーユ中に顔の知られた若い領主に美人に美少女と、三人一緒にいれば注目の的ではある。まったくもって隠しきれてはいないものの、一応はお忍びだということで領民に紛れてあちらこちらを見て回った。
 周囲にはさりげなくヴァレリーやその他のメイド、見知った顔の兵士らもいたが、騒ぎ立てないようにとお願いしてある。
「それにしても人が多いのね」
「周辺の人も集まっているだろうからね。
 でも、これは確かに予想以上かも……」
 祭りと言っても雑多な出店と、さほど大きくない幾つかの催し物があるだけだ。もっとも、出店の方は祭りの仕掛け人であるリュカらが思った以上に行商人が押し掛けたらしく、急遽場所を作ったりもしたと後で聞かされた。
「そうだなあ、いまなら練兵場の方で力比べ大会をやってるかな」
 今日ばかりは、練兵場も解放されて催し物会場となっていた。子爵家で用意したものの他にも、飲食を提供する出店も多い。
「それぞれの競技の優勝者には賞金十エキューと豚が一頭だからね、祭りの前からみんな張り切ってたよ」
「ふーん」
 他にも駆け足や腕相撲など、地味な競技が目白押しであった。なるべく誰でもが参加できるようにと気は配ったが、予算にも限度はあるし、あまり良い知恵は浮かばなかったので仕方がない。
 催し物と言っても実際はこの程度であるが、ギルドを胴元に公営の賭博が行われていたから、それなりに盛り上がって歓声も上がっている。
 リシャールも一枚噛んでいるが、雇い入れたメイジと兵士を立ち合わせて不正がないか見張らせるようにしただけで、運営自体はリュカらにまかせていた。祝い事とのことで、賭け札の手数料はかなり低く設定してある。
「ルイズは熱くなる方だから、賭事はやめておいた方が無難かなあ」
「そうね、リシャールの言うとおりだわ」
「そ、そんなこと……ないもん」
 二人から図星を指され、ルイズはぷーっと膨らんだ。
「ほら、あっちで大道芸をしてるよ。
 近くで見ようか」
「あら、楽しそうね。
 さあ、ルイズ」
「う−……」
 リシャールはカトレアと顔を見合わせてくすりと笑い、二人でルイズの手を引いて人の輪の中に入っていった。

「あー、たのしかった!」
 リシャール達は祭りを堪能した後、庁舎で休憩をとっていた。ちなみにアーシャは、冗談半分で差しだされたワイン樽を飲み干して酔いつぶれている。
「そうね。
 少し疲れたけど、こんなに賑やかなのは初めてだったし面白かったわ」
「うん、あまり肩肘張らなくていいのも良かったよ」
 日暮れとともに祭りは終わったが、未だに街のあちらこちらからは歓声が上がっている。騒ぎ足りない人々が酒をあおっている姿も多いようだ。
 宿が足りずに天幕を張っている行商人らもいたり、酔っぱらい同士の喧嘩が数えるのも嫌になるほど発生したりと、多少は問題も残ったが、ここひと月での急激な人口増加を考えれば、この程度で済んだことは幸いである。
「わたし、露天市ってはじめて歩いたんだけど、本当になんでもあるのね」
「あら、ルイズも初めてだったの?」
「そうよ、ちいねえさま」
 二人の手には、木彫りのブローチがあった。
 もちろん、貴族向けの高級品というわけではなかったが、リシャールの目から見ても見事な出来の品であったし、二人が気に入っている様子だったので、今日の記念にとプレゼントしたのだ。
「それにしても、カトレアは丈夫になったね。
 いつでも手を差しのべられるように、気を付けていたんだけど……」
「そうよね。
 全然心配なさそうと言ったらウソになるけれど、今のちいねえさまは本当に健康そうだわ。
 お身体は大丈夫なのですか、ちいねえさま?」
 一瞬だけきょとんとしたカトレアは、二人を見て嬉しそうに笑った。
「うふふ、ありがとう。
 ……二人に言われるまで、体のことはわたしもすっかり忘れていたわ。
 去年の今頃なら、倒れて大騒ぎになっていたかも知れないわね。
 でも、本当に大丈夫みたい」
「それならいいんだけど……。
 一応、明日は一日ゆったり過ごすようにね」
「ええ、そうね」
 もう一度、うふふとカトレアは嬉しそうに微笑んだ。

 しかし翌日、やはり体調を崩したのか、カトレアは気分が悪いのよと久しぶりに寝込み、リシャールとルイズを少々慌てさせた。






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