ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第三十七話「海難」




「リシャール様、全員無事に到着致しました」
「お久しぶりです皆さん、長旅お疲れさまでした」
 月の終わりになって、予定通りにマルグリット達四人とジャン・マルクの両親がセルフィーユに到着した。結局、二頭立ての荷馬車を二つ購入したようだ。
 今月中は休暇と言うことであったが、先に引っ越しだけはしてしまわなくてはならない。城館の用意が整うまでは、リシャールと同じく庁舎住まいになってもらう事にした。
「この度は、息子を引き立てていただきまして……」
「ジャン・マルク殿のご両親ですね、初めまして。
 エルランジェ伯モリスの外孫になります、リシャール・ド・セルフィーユです。
 しばらくは、狭いところでごめんなさい」
「もったいない、ありがとうございます」
 頑固そうな老人と優しげな夫人の組み合わせは、ギーヴァルシュ侯爵夫妻の所に似ているなあなどと、考えてみる。
 そのジャン・マルクの両親には中で休んで貰うことにして、残りの全員で荷馬車の荷物だけでもと、庁舎内の倉庫に運び込んだ。ミシュリーヌもレビテーションだけはかなり慣れてきているようで、大きな行李も一人で楽に運んでいる。
 運んだ荷物の方はまた数日で移動するからと、荷ほどきはしないでおくことにした。
 それらを終えると、テーブルを囲んで簡単な会議を始めた。まずは互いの報告を簡単に済ませ、これからのことを相談する。
「しばらくは寝泊まりはこちら、食事は宿屋ということになります。
 城館の方も大まかな掃除はして貰っていますし、なかなかによい雰囲気の建物ですよ。
 数日中には皆揃って移動しましょう」
「リシャール様、その、うちの親父達も?」
「はい、そのつもりです。
 ああ、ギーヴァルシュの宿舎のような造りで良ければ、親子で住めるように家を新築しましょうか?
 祖父からも、ジャン・マルク殿のご両親には手厚くするようにと言い含められていますので……。
 お若い頃は、エルランジェでご活躍だったとお聞きしていますよ」
「いや、そこまでして戴くのは……」
 ジャン・マルクは、頭を掻いて困っていた。
 まあ、これは後からでも良いだろう。
「では、この件は保留と言うことにしましょうか。
 必要ならいつでも構いませんから、仰ってください」
「は、ありがとうございます」
 子供でも産まれれば変わるかなと、リシャールは思っていたりする。
「それから、これはヴァレリーさんに判断を仰ぐ、と言うかお任せしたいのですが……」
「はい、リシャール様?」
「屋敷の維持には何人ぐらいのメイドが必要なのか、判断が付かなかったんですよ」
「そうですわね……」
 ヴァレリーは少し考えてから、リシャールの質問に答えた。
「最低限と言うことでしたら、私とミシュリーヌちゃんだけでも何とか致します。余った部屋は閉め切ってしまうことになりますが……。
 その、憚りながら家計の苦しいお屋敷では、侍従一人に侍女一人の場合さえあるとお聞きします。
 ただ、貴族のお客様をお迎えしたりすることは、まず不可能ですわ」
「ですねえ。
 本当はそこまで切り詰めるぐらいで丁度良いんですが、その、僕の方の事情でそういうわけにはいかないんですよ」
「未来の奥方様、ですわね」
「はい、その通りです」
 この場合はカトレアよりも、義父であるヴァリエール公爵に顔向け出来なくなることが問題だった。リシャールも大きな借金はあるにせよ、貧乏を理由に婚約を解消されたくはない。苦しくとも、せめて男爵家なりの見栄を張らないと、リシャールの未来は閉ざされる。
「お城の大きさにもよりますが、少なくとも、アルトワのお城の半分ぐらいの人数は手配なさった方がよろしいですわね。
 メイドは……そうですね、やはり十人以上は欲しいです。
 更に最低限でも馬丁、園丁、門衛に料理人、他にも下働きの従者が数人は必要かと思います。
 それなりのお屋敷を保つのは大変なんですよ」
 リシャールも公子付の従者をしていたから裏事情はそれなりに把握していたが、それでも長く働いていたヴァレリーの言には敵わない。
 しかし二十人も雇うとなると、給金だけでも月に二、三百エキューは飛んでいく筈だ。それに加工場と違って、その二十人は利益を生まない。リシャールはため息をついて、額を押さえた。
 だが考えてみれば、その給金は領内で消費されるのだろうから、多少は経済の活性化に繋がるはずだ。それに、リシャール自身が生活に手を取られることもなくなる。そうであるなら、リシャールが自分で動いて利益を生めばいい。
 ……折れそうな心が、多少持ち直した。
「そのあたりはヴァレリーさんにお任せします。
 ああ、庁舎の方で仕事をしてくれる人も募集しないと……。
 マルグリットさん、そちらの方はお願いできますか?
 こちらも当初は下働きも含めて数名、様子を見ながら増やすということで」
「では、明日からでも募集をしましょうか。
 こちらも、少しでも早い方がよろしいですわね」
「お願いします。
 そうだ、領軍の兵士の方も一緒に募集して下さい。
 ジャン・マルク殿、人数はどうしましょう?」
「当初は四、五人ですな。
 訓練をするにしても、全員素人と考えて、自分一人で面倒を見切れるのはそのあたりが限界です。
 ご領地の人口から考えて十人から二十人で定数、というあたりでしょうか」
 合計して四十人弱。
 セルフィーユ全体の人口が六百人ほどであるから、降って湧いた男爵家でその内の四十人も抱えるとなると、半分は女性にしても領地の税収に影響する可能性もある。代官の元で下働きをしていた人も多少はいるだろうが、期待は薄い。
「領内だけで集めるのは、ちょっと苦しいかもしれませんね。
 募集だけはすぐにかけるとしても、リュカ殿達にも一度相談してみましょう」
 その人数ならば月々の税収はほぼ全額を持って行かれてしまうが、領地と男爵家の維持費と考えるしかないようだ。リシャールはともかくも、アーシャの食事代もそれなりの金額になる。すぐに蓄えが無くなるというわけではないにしろ、そろそろ資金の補充もしたいところである。
 リシャールの手元の二千エキューに、マルグリットに頼んでアルトワのギルドから引き出した商会の資産が八千エキューほどあるので、足して合計一万エキュー。先月末に造りためた『亜人斬り』が両手片手合わせて十数本あるが、これは現金化の手間のかかる定期預金のようなもので、すぐには使えない。
 税収もすぐに増えるわけではなし、色々と大変だ。
「まあ、慌てず確実にいきましょう」
 リシャールはそう締めくくって、皆で食事に行くことを提案した。

「女将さん、少し早いけど大丈夫ですか」
「いらっしゃいませ、領主様。
 もちろん大丈夫ですとも」
 最近ではすっかり馴染みになった宿屋の女将さんに、七人分の食事と酒を頼んで席につく。当然コース料理などはないので、基本は盛り合わせとシチューとパンである。
 リシャールは皆の前に皿が行き渡ったのを見届けてから、皆に皿に盛られたサラダを示した。セルフィーユとチーズのサラダである。
「僕がここに来て、最初に食べた料理です。
 このサラダにセルフィーユが散らしてありますが、これがセルフィーユ家の由来になっています……というか、しました」
「これ、ですか」
「ほう……」
「はい。
 ギーヴァルシュの方ではあまり見かけませんでしたが、こちらではよく食べられているようです。
 美味しくて綺麗だったから、これにしたんですよ。
 後で調べたら出てきた、『希望のハーブ』という二つ名も気に入りましたけれどね。
 さあ、冷めないうちに食べましょう」
 ジャン・マルクの両親もリュカ達と同じく、やはり領主との相席と言うことで緊張していたようだが、そのあたりはギーヴァルシュでは当たり前のことだったからと無理に納得して貰った。

 半ばまでは楽しく食事を続けていたが、それは突然破られてしまった。
「領主様、こちらにいらしゃいましたか!」
「リュカ殿!?」
「大変です、入り江の口で船が座礁しました!!
 沈みそうです!」
 血相を変えて宿に飛び込んできたリュカは、一息にまくし立てた。これは確かに一大事だ。
 リシャールは立ち上がって彼に向かい合った。リュカはここまで走ってきたのか、息が切れている。
「救助の方は?」
「へい、助け船はもう出してやす!」
「わかりました、私も出ます」
 まだ太陽が落ちていないのが幸いだ。
「リュカ殿は人手を集めて下さい!
 可能な限り、救助の船も増やすように!
 マルグリットさんとジャン・マルク殿もそちらの方を!」
「はい!」
「了解であります!」
 リシャールはすぐにアーシャの元へと駆け出した。
 息が切れるのも構わず、庁舎裏手のアーシャの寝床に走り込む。
「アーシャ!」
「きゅる?」
「お願い、船が沈みそうなんだ!
 助けに行かないといけない!」
 アーシャの返事も聞かずに、リシャールはその背に飛び乗った。
「きゅー!」
 アーシャもリシャールの慌て振りを理解してくれたのか、急いだ様子で沖を目指してくれた。いつもより明らかに飛翔速度が早い。
 船はどこだと探したが、入り江の口の東側に傾いた帆船がすぐ見つかった。かなり浸水しているようだ。
「アーシャ!」
「きゅ!」
 近づくと、二本の帆柱を備えた中から小型の外洋船であることが見て取れた。投げ出されている者もいる。
 救助に出た船の近くにいる漂流者は彼らに任せて、リシャールは遠くに見える人影から助けることにした。
 アーシャに空中で止まって貰い、杖を振るってレビテーションで引き揚げる。
「た、助かった……」
「お怪我はないようですが、陸に上がったら十分に休まれて下さい」
 一人目の男は怪我がないようだったので、リシャールはもう一人救い上げてから一度桟橋に戻った。
「お願いします!」
「はい!」
 指示は行き渡っていたようで、桟橋ではそれなりの人数が待っていた。リシャールは救けた船員を彼らに預け、再び沖に向かった。船も数を出してくれたようだ。
「アーシャ、遠くに流されている人がいないか探して!」
「わかった!」
 アーシャはリシャールの思った方とは逆に飛んだ。
「そっちに誰かいるの?」
「二人いた」
「よし、お願い!」
「きゅ!」
 目に入った髪の毛をかき上げる。
 シールドをかけている余裕がなかったので、リシャールの髪はぼさぼさになっていた。無論、気にしている暇もない。
 今アーシャの見つけた漂流者は、ぐったりとして船の欠片に持たれている者と、それを支えている者だった。
「今引き揚げます!」
「こいつから、頼む!」
「はい!」
 一人はまだしっかりとしているようだ。
 慎重に一人を引き揚げ、アーシャの背にもたれさせると、怪我をしているのが見て取れた。
 もう一人も大急ぎですくい上げて、桟橋に戻る。彼もしっかりはしていたが、疲労の色が濃い。
「こちらの人は重傷です!」
「へい!」
「さっき船員から聞き出しやした!
 あと五人程です!」
「わかりました!
 アーシャ!」
「きゅー!」
 ぶおんと風を切って、アーシャと共に再び沖へ。
 流石に一刻を争うのだ。

 それから日が暮れるまでの間に、船長も含めて二十八人いた乗組員の全員が助け出された。
 初動で一気に救助船の数を増やしたことと、精霊力まで使ってくれたアーシャの鋭い目によって助かったとも言える。
 命の危険があるほど重傷の者が三人いたが、リシャールは荷物の中に水の秘薬があったのを思いだし、彼らに使った。もちろん、カトレアから引き出した水の秘薬である。手持ちの一割も使うほどでなかったのだが、改めてカトレアに投与された量を考え、少し青くなった。
 リシャールは、一通り事態が落ち着いたのを見計らって街の責任者達を集めると、今後の対応について指示を出した。助け出された船長も自分の船のことと話しに加わろうとしていたが、怪我はないものの余りにも疲労の色が濃いので、皆で説得して休ませた。
「まずは皆さん、お疲れさまでした。
 全員が救助できたのは、皆さんのおかげです。
 とりあえず、怪我人には宿屋の空き部屋を借り上げます。
 ああ、申し訳ありませんが、世話をする人手も出して下さい。
 それから、全員が宿に納まりきらないようなら、怪我のない人たちはラマディエの城館……いや、庁舎の方に寄越して下さい。
 世話は出来ませんが、寝床だけはありますからね。
 これは直ちに実行して下さい」
「はいっ!」
 二人ほどが、すぐに走ってくれた。
 兵舎にする予定であったから、庁舎にはベッドと寝具の数だけは余裕があるのだ。
「領主様、船の方はどうしましょう?」
「それは明日以降に、船長の回復を待ってからにしましょうか。
 引き揚げるにせよ処分するにせよ、勝手には出来ないでしょう。
 それから……」
 ぐううううう。
 恥ずかしいことに、潮風に負けないほどの音でリシャールの腹が鳴った。
「そう言えば食事の途中でした。
 安心したらお腹が空いてしまって……」
 周囲から、くすくすと笑いが漏れた。

 ここには領主の腹が鳴ったのを笑う領民がいて、それを許す領主がいる。
 気位の高い貴族なら下手をすれば無礼打ちかもしれないというのに、彼らは笑っていた。

 ああ、このぐらいには親近感を持ってくれるようになったかと、リシャールは嬉しくなった。これまでも道路や橋や倉庫の工事を共に行ってきたし、今日は一緒に救助を頑張ったのだ。リシャールの贔屓目かも知れないが、同じ釜の飯を食った仲と言えないこともない。
「ふふふ、皆さんもどうです?
 慰労と言うことで驕らせて貰いますよ」
「ありがてえ!」
「早速行きましょうか、領主様」
「さあ、さあ!」
 リシャールは背後を振り返って言った。
「アーシャも今日は大活躍だったからね。
 後で何か包んで貰うから!」
「きゅー!」
 アーシャも大きく羽を広げ、リシャールに答えて見せた。

 彼らと共に宿に戻ったリシャールは、まずは女将に詫びた。
 彼女の方も、自主的に炊き出しなどをしてくれたようである。店内には、毛布を身体に巻いた船員がスープを啜っている姿などもあった。
「女将さん、宿代と食事代と酒代は後できっちり払いますから、今日のところは私の貸し切りと言うことで、皆をお願いします。
 ああ、怪我人のお世話に来てくれている人たちにも、何か差し入れて下さい」
「はい、わかりました」
 リシャールは後を任せ、二階の様子を見に行った。
 こちらには、街のおかみさん達と共にヴァレリーとジャン・マルクが居てくれた。
「こちらの様子はどうですか?」
「他の部屋にも、街の人がついてくれています。
 こちらは大丈夫ですわ、リシャール様」
「軽傷者の方も、皆手当が済んでおります」
「様子が酷いようなら、僕を呼んで下さい。
 まだ水の秘薬もありますから」
「はい、リシャール様」
「わかりました、お任せ下さい」
「それから、下では慰労と言うことで酒と料理が振る舞われていますので、適度に交代してくださいね」
 他の部屋も覗いてみたが、怪我の手当もきちんと行われていて、今のところは大丈夫なようだった。

 リシャールは少々行儀が悪いなと思いながらも、一杯引っかけてから幾らか食べ物を包んで貰い、庁舎に戻った。
 こちらにも船員達が運び込まれいたが、軽傷の者と無傷の者にみにしてあるので、人影は少ない。彼らには、食べ終えた後はゆっくり休むように指示していた。
 先にアーシャを労って、貰ってきた食べ物を差し入れする。アーシャはすぐリシャールに気付いてくれた。
「アーシャのおかげで何人もの人が救われたよ。
 本当にありがとうね」
「きゅー」
 リシャールの気持ちが伝わったのか、アーシャも顔を寄せた。使い魔と主人は、心も繋がっているとはよく言ったものだとリシャールは思う。
 アーシャが差し入れを食べるのを見届けてから、リシャールは庁舎に入った。
「お帰りなさいませ、リシャール様」
「もう大丈夫ですか?」
 テーブルのある部屋には、マルグリットとミシュリーヌがいた。
「はい、ただいまです。
 みんな頑張ってくれたから、もう大丈夫ですよ。
 怪我をした人たちも、手当されてヴァレリーさんたちがついてくれています」
「はあ、よかったです」
「ミシュリーヌちゃんも大活躍だったんですよ。
 大怪我をした人を魔法で運んでくれたんです」
「へえ……ありがとう、ミシュリーヌ」
 最初にレビテーションを教えておいたのは、正解だったようだ。怪我人の搬送には、揺れる馬車や担架を使うよりも当然優れている。
「いえ、そんな……」
 ミシュリーヌは照れていたが、少し誇らしげだった。
 普段は引っ込み思案な彼女だが、彼女なりに得るものがあったのかも知れない。
 リシャールは庁舎でしばらく休憩をしてから、先に休むように二人に伝え、慰労の様子を見ると称して宿屋へと戻った。何のことはない、リシャールも少し飲みたかったのである。

 翌日早い内に、リシャールは宿を訪れた。一晩ゆっくりと寝たせいか、ほぼ疲れも取れた様子の船長を労った後、リュカと港の責任者も呼んで今後のことを話し合う。船長は流石に落ち込んだ様子ではあったが、昨日の今日では仕方のないことであろう。
「まずは命を救っていただいたことに感謝いたします、領主様。
 ベルヴィール号の船長、ブレニュスです」
「セルフィーユの領主、リシャールです。
 こちらは街を束ねているリュカ氏と、港の責任者のディミトリ氏です」
「領主様とお会いするのは初めてですが、お二人のことは存じています」
 リシャールが知らないだけで、彼はここに馴染みがあるらしい。
「領主様、ベルヴィール号はロリアンの船籍ですが、こちらには時々寄港しております」
 ディミトリは、ここよりもかなり西にある大きな港の名を挙げた。リシャールも、入港する船の名前までは聞いていなかったので思い至らなかったのである。
 少々酷かと思いながらも、必要な事柄もあるので事務的に聞いてみた。
「単刀直入に聞きますが、座礁した原因はわかりますか?」
「はい、急な突風に煽られまして、船が横滑りしたのです」
 船長の話では、このあたりに限らず、陸地に近いところではたまに吹く突風に船が煽られることはよくあるそうだ。今回は運の悪いことに、気を付けていたにも関わらず、船を操作する暇もなく暗礁まで船が滑ったらしい。
「ディミトリ殿、入り江の口は危険なのですか?」
「はい、数十年前にも一隻座礁しておりますな。
 東西に、段違いになった暗礁があります。
 よく知られてはおりますので、滅多に事故はありません。
 それに、あれさえなければ、もう少し大型の船も入港できるのですが……」
 リシャールはなんとか暗礁を崩して、安全に船を通せるように出来ないかと考えてみた。
 効率は悪いが、水中にある岩場を砂や水に錬金をするか、ゴーレムで突き崩すか出来ればいいか。だが、これは後のことだ。今は船の方に話を戻そうと、リシャールは頭を切り換えた。
「それで、船の方はどうしましょう。
 ブレニュス船長のお考えはいかがですか?」
「引き揚げて修理をしたいのは山々ですが、その費用がありません。
 積み荷の方も補償しなくてはなりませんから、頭の痛いところです」
「金額はいかほどです?」
「積み荷の方は、私が仕入れた分はともかく、預かり物の方が二千エキュー少々と言ったところでしょうか。
 しかし、船の方は軽く見積もっても、数千エキューは必要になりますな。
 手持ちの資金ではどう動いても足りません。
 特に、修理そのものよりも引き上げの方が問題です」
 船長は大きなため息をついた。
「そういえば、船主は船長でいらっしゃるのですか?」
「はい、私の持ち船です」
 リシャールは少し考え込んでから、ディミトリに話しかけた。
「ディミトリ殿、船を引き揚げたとしても、港にはベルヴィール号の修理に使えるほどの船台はありませんでしたよね?」
「はい。
 ここの船は小舟ばかりですから、海岸に引き揚げて修理しております」
「……ベルヴィール号は少々大きいですが、陸揚げさえできれば修理は可能なのでしょうか?」
「時間はかかりますが可能です。
 我々だけでは無理でも、余所から船大工を呼んでくればどうにでもなります」
 リシャールはまた少し考えてから、決断を下した。
「……船長」
「はい」
「取引、しませんか?」
「取引?」
 ブレニュスは期待と不安が入り交じった目で、リシャールの方を見た。
「はい、取引です。
 私が保証金と、船の引き揚げと修理の費用を立て替えます。
 必要ならば、加えて当座の運航資金もお貸しします。
 利子も請求しません。
 その代わり、船長はベルヴィール号の船籍をセルフィーユに移して下さい」
「それは、どういう……!?」
「立て替えの方は利子は取らないかわりに、ベルヴィール号が税を納める先がロリアンからセルフィーユに変わる、ということです。
 ロリアンの領主様には申し訳ないですが、これならばセルフィーユにお金が落ちるので私も利子を回収できますし、船長の負担は変わらないでしょう?」
「確かに……」
 船は建造費も運航費も大きいが、利益と共に母港に落とす税もまた大きい。リシャールは船そのものではなく、徴税の権利を要求したのだ。
 船長にとっては税を払う先が変わるだけで、税そのものが増額されるわけではないのだ。しかも追いつめられたこの状況で、無利子で金が借りられるならそれに越したことはない。
「方便としては、ベルヴィール号は座礁により沈没、私が一旦買い取って修理し、その後再就役したということにしておくのが無難でしょう。
 これならば、比較的角も立たないはず。
 いかがでしょうか?」
「な、なるほど」
 リシャールにも少なくない投資になるが、引き上げの方は自分で何とか出来るだろう。重傷者はともかく、人手は船員がそのまま使えるはずだ。
「……領主様のご厚意に甘えたいと思います。
 私にとっても乗組員にとっても、一番良い方法かと思います」
 ブレニュスは船長だけあって、決断も早かった。
 迷いのようなものは、もう見えない。
「では、実務的な話に移りましょうか」
「はい」
 リシャールとブレニュスは、しっかりと握手を交わした。







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