ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第三十六話「セルフィーユ男爵領」《セルフィーユ男爵領》 セルフィーユ男爵領はゲルマニア国境にほど近いトリステイン北東部の沿岸に位置し、旧王領であるラマディエとシュレベールを合わせた総面積百三十アルパン程の土地に、六百人ほどの人口を抱える領地である。 広い入り江のある良港と、それなりの埋蔵量を確かめられている鉄の鉱山を有している。しかし、人口も少ない上に特筆すべき産業もなく、これまで開発の手が入ることはなかった。 また、海に近いながらも山塊と森林が占める割合が多く、領地の広さから想像出来るほど生産力は高くない。 現在の領主はセルフィーユ家初代当主、リシャール・ド・セルフィーユ男爵。 *六二三九年度版 トリステイン王国貴族年鑑より抜粋 ラ・ヴァリエールを出たリシャールは、夕方近くになってラマディエへと到着し、前と同じく街に一軒きりの宿に泊まった。代官は既にこちらを引き払ったようで、城館に人影がなかったせいもある。 今日のところは、人々の様子でも見ながら普通に過ごすつもりだった。リシャールは食事までは時間があるかとマントも外し、宿屋の一階にある酒場でワインなどを静かに飲んでいた。テーブルには煮込んだ魚とサラダが置かれている。 しかしワインが半分ほどに減った頃、ギルドの長リュカの姿が見えたので声を掛けることにした。連れもいたが、仕事仲間のようだ。好都合である。 「先日はありがとうございました、リュカ殿」 「おお、確かラ・クラルテの……」 「リシャールです」 「そうだった、すまん。 だが、再びここを訪れたと言うことは、期待しても良いのか?」 「その事なのですが、少々複雑な状況になりまして。 この場の飲み代は私が持ちますので、少し話を聞いて貰えませんか? ああ、もちろん他の皆さんも」 「うむ? 聞くだけならば、まあ……」 「あんた、ずいぶん若いが王都の商人さんなのかい?」 「そのあたりの話も含めて、ということでよろしいですか。 準備がありますので、一旦失礼しますね」 リシャールは宿の女将に少々上等のワインを頼むと、部屋に戻ってマントを身につけた。 ここからが正念場である。いかに相手のやる気を引き出すかに、セルフィーユ男爵家の今後がかかっている。 「お待たせしました」 「貴族……様!?」 リュカをはじめ、一同はぽかんとしていた。 「先日、ラ・クラルテ商会の会頭は後任に譲りました。 今はリシャール・ド・セルフィーユを名乗っています。 新しくこのあたりの領主となりましたので、よろしく」 リュカのいるテーブルだけでなく、いつの間にか酒場全体が静まり返っていた。 余りにも静かなもので、リシャールは女将を呼んでエキュー金貨を数枚渡し、酒場の皆に行き渡るようにワインを注文した。一杯驕るから普通に過ごしてくれと言い含めて欲しいと、こっそり伝える。 「まあ、少しばかり混乱がありましたが、話に入ってもいいですか?」 「へ、へい、はい」 リュカの方でも返事こそしたものの、かなり緊張と混乱をしているようだった。先日とは、えらく口調が異なっている。まあ、同じ若造でも、同業者と領主では違いも出るかと思うことにしておいた。 「あの、もう少し強いお酒の方がよかったですか?」 「め、滅相もない!」 しかし、リュカがあまりに緊張しているので、リシャールの方が困った。他の者もリュカ同様だ。余程、貴族に対して酷い思いを抱いているのかと思ったりもする。 リシャールは、とりあえずは下手に出てくすぐってみることにした。 「まあ、いきなりで皆さんも困ったとお思いでしょうが、今後の事もありますので、少し話を聞いて下さい。 まずは最初に……先の代官はともかくも、ラマディエの街のまとめ役、もしくは町長というのは誰になるのでしょう? やはり、リュカ殿ですか?」 「へい、あっしです」 リュカが手を上げた。小さな港街のことだ、彼がギルドの長だったので多分そうだろうとは、もちろんリシャールも見当をつけていた。 リシャールは、リュカを中心に同席する他の者からの言葉も聞きながら、街の現状を一通り把握していくことにした。現状、リシャールの方も、必要な資料や情報を十分に得ているとは言えない。 しかし、ここでいきなり躓いてしまった。 「六割!? 商人の税が?」 「へい……」 前の代官は、酷い重税を課していたらしい。商人六割に他の職種は軒並み五割と、それぞれ二割も高い。戦時でもあるまいにと、リシャールは開いた口が塞がらなかった。 「王都に訴え出たりはされなかったのですか?」 「何度か人を送ったのですが、見向きもされませんで……」 代官は、余程上手くやっていたのだろう、恐らくは、話の途中で揉み潰されたに違いない。少し考えたが、リシャールが追求しようにもいらぬ恨みを買う可能性もある。ここは、代官の名前を聞くだけに留めておいた。 それにしても、六割とは酷すぎる。 「……あー、税の方は、平均的なものに改めましょう。 商人は商税二割に領税二割の計四割、その他については三割に改めます。 もちろん苦役などの代払いもそこに含めます。 どうでしょうか?」 彼らは一瞬黙り込んだあと、口々にリシャールに感謝した。 「それだけでも、それだけでもありがたいことです……」 「領主様、ありがとうございます」 「領主様!」 リシャールの言葉に、感極まって泣き出す者までいた。もちろん大の大人が何をなどと、笑うような雰囲気ではない。 「リュカ殿、しばらくは家臣も居らず宿屋住まいになるので、一つお願いしたいことがあるのですが、いいですか?」 「へい、なんなりと」 リュカの方もようやく気が持ち直してきたのか、少し笑顔になっている。 「先ほどの税のことを、明日、領主の正式な布告として街中に知らしめて下さい。 くれぐれも間違えないで下さいね。 商人四割その他三割、もちろん他の土地に本拠地を持つ商人は、商税の二割のみの徴収になります」 「もちろんですとも!」 「そうそう、シュレベ−ルにも同じ布告を出しておいて下さいね。 村長の……えーっと、ゴーチェ殿でしたっけ? 彼に伝えるだけでよいとは思いますが……」 「へい……えっ!? あ、いや、あちらも税は高いそうですが、シュレベールは王領ですぜ?」 ああそうかと、リシャールは得心した。 「ごめんなさい、言ってませんでしたね。 ラマディエとシュレベールは、今後は一つになってセルフィーユ男爵領と呼ばれることになります」 ごくりと、誰かが息を飲んだ音がテーブルに響いた。 「リュカ殿、ラマディエとシュレベール、これが一つになることの意味はおわかりですね?」 「まさか、本気で……」 リュカは、まじまじとリシャールを見ていた。先日、彼はラマディエの街に対する胸の内をリシャールに語っている。 「はい、もちろん本気です。 シュレベールの鉱石とラマディエの港を結びます。 もちろん、協力して貰えますよね?」 「へ、へい、喜んで!」 リュカは拳を握りしめていた。 色々問題は多かろうが、その他は明日以降に持ち越すと言うことで、リシャールは酒杯を勧めて乾杯を促した。 翌日、少し日も高くなってから、リシャールはシュレベールへと向かった。重いながらも、現金その他の貴重品は身につけて持っていくことにする。 アーシャは宿屋の女将に残り物を貰ったらしく、ご機嫌であった。 シュレベールまでは、アーシャなら五分とかからない距離である。先日と同じく道沿いを進むと、すぐに城館と村が見えてくる。 アーシャには村外れに留まって貰い、リシャールは鉱山事務所に向かった。 「領主様!」 おや、とリシャールは身構えたが、事務所の前にリュカがいた。彼自身が馬を飛ばしてこちらに来たらしい。 「リュカ殿、おはようございます。 ご自分で来られたのですか?」 「へい、あ、おはようございます。 あー、その、良い知らせでしたし、あっしもゴーチェとは知らない仲じゃありません。 話を進めるなら早い方がいいってもんで……」 昨日の話を聞いて、居ても立ってもいられなかったということだろう。彼の顔は輝いている。 「ゴーチェには粗方話してありやす」 「助かります」 話し声が聞こえたのか、事務所からゴーチェが出てきた。 「貴殿が領主様だったとは……」 「ああ、おはようございます、ゴーチェ殿」 「は、お、おはようございます」 困った様子のリュカとゴーチェを見て、領主自らが領民に『おはようございます』などとはおかしかったかと、そこでようやく気が付いたリシャールだった。 二人ともリシャールの為に時間を作ってくれたようで、事務所で話を進めることにした。もっとも、領主から話があると言われて断るような領民は皆無と言っていい。 税についての布告は、ゴーチェの方も助かりますと笑顔でリシャールに感謝していた。こちらには商人は居ないが、村人はこれまで四割の税を納めていたらしい。 リシャールは知らなかったが、ラマディエの商人六割は別にしても、この周辺では王都の目が届かないこともあって、当たり前のように重い税が課せられていた。代官が中央の目を避けて私腹を肥やすという一点に於いて、このあたりは優良な一等地であったのだ。それが為に通常の税率に戻すだけでも、リシャールへの大きな感謝の意となって現れている。 「お二人が揃って下さったので、せっかくですから話を先に進めていきましょうか」 昨日リュカに話したことは、ゴーチェの方も聞かされたようなので、リシャールはそのあたりは抜きにして、今後のセルフィーユについての話をすることにした。 「まずはこことラマディエの道、これを拡張したいと思います。 実際に歩いたわけではないですが、馬車がすれ違うには厳しい道幅でしょう?」 「へい、その通りです」 「それからの事になりますが、領内に製鉄所を建てたいと思います。 場所の方はまだ決めていませんが、技術者は探して貰うように頼んであります」 「おお、素晴らしい!」 ゴーチェは手放しに喜んだ。 「ただ、これはいつになるか分かりませんから、話がまとまって相手が到着次第、ということになりますね。 ただ、生産した鉄をそのままで売るつもりはありません。 鉄塊や鉄材よりは、鉄製品の方が高く売れると思いませんか?」 「領内で鉄製品にまで加工すると?」 「そうです。 最初の内は農具などの簡単な物しか無理でしょう。 しかし、徐々に規模を広げて剣などの武具、そして最終的には銃や大砲を生産出来るようにしたいと考えています」 「道のりは険しそうですが、目指す価値はありますな」 「ゴーチェ、やるぞ」 「もちろんだ」 二人とも、やる気になってくれたようである。と言うよりも、彼らは元からそのつもりであった。それは最初にここを訪れたときに分かっていたから、リシャールが領主として目標を明確にすれば良いだけであった。 今のところリシャールが特に何をしたわけではなかったが、普通の領主というだけでも彼らには十分価値があったようだ。重税を課していた代官達に感謝すべきかどうか、微妙な気分である。 その後はラマディエの顔役とシュレベールの村長が揃っていると言うことで、発展の計画はともかくも、領地の具体的な経営に関わることについての話し合いと聞き取りを行った。 特に戸籍簿の作成は急務であったが、マルグリット達が来ないことには男爵家の実働にはほど遠いので、下準備だけをして貰うことにする。教会の名簿に頼ろうにも、前の司祭が高齢のために亡くなってからは、新しい司祭も派遣されておらず、教会は荒れ放題になっていると聞かされて諦めた。 その間、税の徴収や日常の様々な陳情などは、基本的には二人を通してもらう事にして、リシャール自身は比較的自由に動けるようにした。特に道路の整備や建物の建設には、土のメイジが一人加わるだけで工期も予算も大きく圧縮できるので、当然の選択だった。 また、二人がいることで、それぞれからほぼ正確な人口と税収も聞き取ることが出来た。 リシャールの布告に従って通常の税率であらためて税収の概算を出したところ、ラマディエの方が人口四百五十人弱で月ごとの商税税収が四百エキューほど、年度毎に納められる領税が六千エキュー、シュレベールの方は人口百五十人少々で領税が二千エキュー弱だが、鉱山自体は領主であるリシャール個人に所有権があるということで、月々の利益が現状で百エキュー程となっているそうだ。元は人口ももう少し多かったらしいが、民家どころか教会さえうち捨てられた廃墟となっているのが現状であった。 合算すれば、リシャールは毎月の五百エキューに加えて、年度毎に八千エキューの収入を手にすることになる。帳簿の上では、ラマディエの税収は年に一万四千エキュー、シュレベ−ルの方は九千エキューとなっていたから、酷い詐欺だなと思わないでもない。予定では年二万三千エキューの収入の筈が、蓋を開けてみれば一万四千エキューである。税率を改めたとは言え、話半分とはよく言ったものだ。 更に集めた税から領主の務めとして、二割を国に上納する。これはまあ、仕方あるまい。リシャールはそれ以上の比率で領民から税を集めているのだから、文句は言えない。ただ、このうちから領軍を維持して治安よく土地を治め、領内の保全を行い、政を取り仕切り、更に有事の軍役まで負担しなくてはならない。領地を持たない法衣貴族よりは一般的に収入があるとは言え、面倒事を考えれば、どちらが得かは微妙なところであった。 いずれにしても、リシャールはこの現状から上積みしていかなくてはならない。いっそ彼ら領民の代表に一任して、年末までずっと亜人斬りを作っていた方が税収を捨てても儲かるかもしれないなと、リシャールはため息をついてしまった。 他にも港の改修や倉庫の増築、ラマディエ・シュレベール間以外の道の補修などについても話し合い、農家が育てている作物の種類なども聞き取っていく。何をするにしても、リシャールには現在の領内の状況を少しでも多く知る必要があった。 二人には、総額四十五万エキューの借金を持つことも正直に話した。相当に驚かれていたが、開発に力を入れるのは、税の増収を計りたい為ということもあるのだと納得して貰う。税率を上げるつもりはないことも重ねて、安心させておいた。 最後にラマディエの城館を庁舎兼兵舎とし、シュレベールの城館を居城として使いたいが、こちらはリシャール個人の希望も含まれるので、税や開発とは切り離して人を雇いたいとしておく。それに、しばらくはシュレベールの城館までは手が回らないので、それは後ほどとも付け加えておいた。 一通りの話し合いを終えると昼になっていたので、リシャールも彼らのお相伴に預かることにした。ゴーチェの方は恐縮していたが、リシャールの方は全く同じ物でいいと伝えたのだ。 出されたのは山菜のスープと雑穀の混じったパンで、リシャールが旅行中に食べている物とそう変わらなかった。 「なんか、申し訳ないことで……」 「いや、上等ですよ。 旅回りの時などは、野宿に固焼きのパンですから……。 去年の今頃はお城勤めの従者でしたし、半年ほど前はただの行商人でしたからね。 椅子に座ってお昼をご馳走になれるのは、ありがたいです」 この後、子供にしてはしっかりしているし良心的でもあるが、どうにも変わった領主様だと領民に知られていくリシャールだった。 昼からはそれぞれも仕事に戻ると言うことで、リシャールは一足先にラマディエに戻った。 街の方ではもうリシャールのことが知られているようで、領主様、領主様と声を掛けられたりもした。竜に乗って貴族のマントを身につけた少年など、このあたりでは他にいるはずもないから当然であった。 リシャールはこれも仕方ないかと、営業用の笑顔で人々と接していくことにした。雑談ついでにと、明日からは人手を雇いたい旨も伝えておいた。後は勝手に広まるだろう。当面は、ラマディエの城館を庁舎として使えるように手直しし、リシャールは道の整備をする予定である。 リシャールは、ついでに城館の方にも寄ってみた。簡単な鎖と鍵はかかっていたが、錬金で壊す。内部はさほど汚れておらず大きな補修も必要なかったが、据え付けの家具などはともかくも、内装の殆どが消えてがらんとしていた。 これではすぐには使えない。マルグリット達が来る前には、こちらもなんとかしておきたいところだ。庁舎として使うにしても、テーブルに椅子、書類棚ぐらいは必要である。しばらくはリシャールもこちらを使うし、兵舎にもする予定であったからベッドなども揃えておきたい。 ついでにと、アーシャの寝床を敷地内に建てるつもりで、線引きだけはした。シュレベールの城館の方にもアーシャの寝床が居るなと考えるが、これも後回しである。 しかし、うろうろしているうちに夕方近くになってきたので、アーシャの食事にと近所の農家で豚を仕入れてから、リシャールも宿に戻ることにした。 「領主様!」 「おかえりなさいませ」 「あ、リュカ殿、ゴーチェ殿」 宿ではリュカとゴーチェが待ちかまえていた。他にも五人ほどを連れていて、結構な大所帯になっている。昨日とは顔ぶれが違うなと、リシャールは思った。 「丁度良かった。 道幅を広げる工事と城館の手入れの方に人手が欲しいので、口入れをして貰おうと思っていたんですよ。 お二人の方は、何かありましたか?」 「へい、ご挨拶をしておこうとのことで、ラマディエとシュレベールを仕切っている連中を皆集めました」 「では隅っこのテーブルを二つほど借りて、食べながら話をしましょうか」 リシャールは昨日今日で馴染みになった宿の女将に彼らの分の食事と酒も頼むと、リシャールはさっさと席に着いた。 「さあ、皆さんもどうぞ?」 昼に食事を共にしたリュカやゴーチェはともかくも、他の面々は領主と差し向かいで食事をすると言うことに、抵抗があるようだった。 ちらりとリュカ達に目配せをすると、二人は頷いて見せた。 「俺とリュカはな、今日の昼も領主様と一緒に食事をした。 それもうちのかかあが作った昼飯を、同じテーブルでだ」 「お前ら、領主様を待たせるな。 いいと仰ってんだから座ってしまえ」 恐る恐るといった風ではあったが、男達も席に着いた。 順に名前と、どの方面をとりまとめているのかと言うことをリシャールは聞いていった。新しく赴任した店で、部下の挨拶と役職を聞いて回っているような気分である。 途中で料理と酒が運ばれてきたので、リシャールはそれを口にしながら話を続けた。 「……とまあ、最終的には鉄製品の輸出にまで持っていきたいと思います。 最初からそう上手く行くわけではないし、時間もかかると思いますが、着実に歩みを進めていきましょう」 男達もそれぞれに頷き、乾杯をしてから解散になった。 翌日からリシャールは、早速道幅を広げる工事に取りかかった。街からの人手も借りたが、これは苦役にはせず、賃金を支払って雇うことにした。まだ税を管理するにも準備をしていないし、何よりも日雇いならば面倒が少ない。日当はリュカ達と相談した結果、一人頭五十スゥを支払うことになった。地方なので王都ほど賃金は高くないのだが、肉体労働とのことで多めにしてあるのだ。 リシャールは、最初の数日は試行錯誤を繰り返した上で、少々大きめのゴーレムに巨大なツルハシやショベルを持たせて重機のようにして使うことにした。大まかな拡幅が出来ると、細かい地均しや道脇の盛り土などは雇った人手にまかせ、自身は大まかな拡幅と、完成した道の固定化に全力を注いだ。完成が早まったのは、ゴーレムの利用の他にも、川沿いの丘陵地だがそれほど起伏がなかったためもある。 結局、道路工事の方はリシャールが土メイジとしての能力を最大限に使ったせいもあり、二週間ほどで完成してしまった。ただ、後になって建築に慣れた土のトライアングルメイジなら、もっと仕事が速いと聞いて少々凹んだ。 ともかくも、これでラマディエとシュレベール間の移動が楽になった。将来への布石、その第一歩だ。 リシャールはその他に、シュレベールの城館近くにある橋も、古びた木造の物だったので道幅に合わせて架け替えてしまった。 これはアルトワの橋をモデルに、背の高い大型のゴーレムで支えさせながら、鉄鉱石を素材に錬金した強固な材料をアーチに組み合わせて造っていった。 リシャールには構造計算などは出来るはずもなかったので、橋本体には必要以上の強度を持たせ、合わせて周辺の土中にも強度を上げるための鉄骨を埋めるなどしていく。トリステインでは日本のように頻繁な地震はないので、大丈夫だろう。道路の方が先に崩れるぐらいにしておけば問題ないと思うことにした。 リシャールは平行して、ラマディエの方の城館も早目に使えるように職人を手配して、平民が使う物でよいからとベッドやテーブル、椅子、カーテン等を注文した。主に自分の寝床を確保する為である。こちらはアーシャの寝床以外は完全に人任せだ。ただ、兵舎にも使う予定だったので、ベッドだけは二十ほど余計に注文し、職人には出来た分から納入するようにと指示する。小物についてはリュカとゴーチェに代金と品書きを渡し、都合して貰った。 今のところは住居や生活にまでは手が回らないのでメイドの一人でも雇いたいところであったが、マルグリット達の到着を待つことにして、直接人を雇うのは避けておいた。先に働かせて慣れた頃に上役が来るとなると、余計な軋轢や心理的負担が産まれやすいということもある。 リシャールは、今後ここに根を下ろして生活していくのだ。気を使って後で楽になるならば、それに越したことはない。 ちなみにしばらくして、リシャールがシーツやら下着やらを洗濯しているのを見つけた宿屋の女将が、それらを安い駄賃で引き受けてくれたのは幸いだった。 気が付けばリシャールの持ち込んだ四千エキュ−余りの財産も、半分ほどに目減りをしていた。だが、もう数日もすれば月末になる。マルグリット達がこちらにやってくるのだ。 しかし財布が軽くなると同時に道路の整備も終わり、ラマディエの城館は兵舎兼用の庁舎として十分に使えるようになっていた。流石に元城館だけあって、ギーヴァルシュでリシャールが建てた宿舎よりも造りが良い。リシャールも食事は宿で食べているが、寝床はこちらに移動した。 居城に定めたシュレベ−ルの城館も、人をやって掃除だけは始めている。こちらは設備が古いものの、一通りの家具などは整ったままだった。こちらもリュカらに金子を渡し、小物や生活用品を買い付けて新しく揃えたが、他はそのまま使うことにした。もちろん、貴族向きの物など手に入るはずもなかったが、当面はこれでいい。今は男爵家の体裁よりも実生活優先だ。 シュレベールに住む領民達はお城に領主様が戻ってきたと素直に喜んでいたが、リシャールは城館を実際に切り盛りする人数とその給金を想像し、ため息をついた。流石にラ・ヴァリエールの本城ほどではないものの、外観は小さくまとまっているのにアルトワやエルランジェの城と比べても見劣りしないほど、広くて大きいのだ。 リシャールがこちらに来てひと月弱、一緒に汗を流していることもあり、領民たちともかなりうち解けてきている。幸先はよいようだ。 リシャールは今後のセルフィーユを思い描きながら、港の修理や倉庫の増築、教会の補修、道路の整備にと、領内のあちらこちらを駆けずり回っていた。 ←PREV INDEX NEXT→ |