ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二十六話「姉と妹」




 リシャールがラ・ヴァリエールに来て約三週間が経過した。
 カトレアも順調に快復に向かっている。
 気になるのはアーシャの事だが、未だに戻ってこない。少々心配の度が深くなってきたが、連絡のしようもないので、リシャールはもやもやとした日々を送っていた。
 ちなみに今彼は、公爵一家と共にホールに並んで立っている。
 公爵家の長女、エレオノールがもうすぐ帰って来るのだ。
 ルイズに聞いたところエレオノールは二十三歳、普段からとても恐い姉だと力説されてしまった。王都のアカデミーに在籍する才媛でもあるそうだ。髪の色は公爵譲りの金髪だが、その性格はカリーヌ夫人の血を色濃く受け継いでいるらしい。
 リシャールもカリーヌと話す時には少々以上に気を使ってはいたが、最初に感じたような圧迫感、というか原初的な恐怖は最近では特に感じなくなっていた。きついところはあるが、むしろリシャールの言いたいことを先読みして理解してくれる、頭の回転のとても早い女性であった。理詰めで物を考えるという点では、見習いたいと思う部分も多い。
「ただ今戻りましたわ、お父様、お母様」
 開かれた扉から現れたのは、カリーヌによく似た雰囲気の、眼鏡を掛けた気の強そうな女性だった。
「おお、おかえりエレオノール。
 降誕祭の休暇には会えなかったからな。
 元気にしていたか?」
「おかえりなさい、エレオノール。
 アカデミーでの活躍は聞いていますよ」
 エレオノールは家族と挨拶を交わした後、カトレアの血色がよいのを見て喜んだり、姉を迎えるルイズの態度に気に食わない部分があったのか、頬をつねり上げたりしていた。
 しばらく待っていると、業を煮やした公爵が娘達を止めに入った。リシャールのことは、自ら紹介してくれるようだ。
「エレオノール、彼がリシャールだ。
 手紙に書いたように先日より我が家の客人として滞在中で、カトレアの事を任せている」
「初めまして、エレオノール様。
 リシャール・ド・ラ・クラルテと申します」
「初めまして。
 エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ。
 早速だけどリシャール、よくやったわ!」
「はい?」
「カトレアの顔色を見ればわかるわよ!
 それで、どんな治療を施したの?
 詳しく教えなさい!」
 エレオノールはカトレアが快方に向かっているのが余程嬉しかったのか、リシャールが一歩下がるほどの勢いがあった。
 だが、カリーヌがそれを見とがめた。
「エレオノール」
「はい、母様?」
「嬉しいのはわかりますが、少々はしたなくありますよ?」
「は、はい母様」
 エレオノールは素直に引き下がったので、ほっとするリシャールだった。
 流石、カリーヌ様である。

 その後家族でお茶にするということになってリシャールももちろん誘われたが、カトレアの夕食の用意があったのでその場を辞して厨房に向かい、いつものように忙しなく動き回っていた。エレオノールと少し話してみたい気もあったが、もちろんカトレアの事が第一である。
 しかし、リシャールがカトレアの就寝を見届けてから与えられた客間に戻ると、エレオノールが待ちかまえていた。
「で、説明してくれるんでしょうね?」
「えーっと、こんばんわ」
「いいから座りなさい」
「……はい」
 エレオノールはどうにも直截な性格のようだった。
 リシャールはまいったなあと思いつつも、妹さんのことだから心配なんだろうと好意的に受け止めることにした。治療と呼べるものではないのですがと前置きして、カトレアに行った療法とその説明を行う。
 エレオノールは途中で幾つもの質問を挟みながらも、徐々に理解していったようだった。
「なるほど、病そのものの治療は無理と見て、肉体を強くしていこうとしているわけね。
 それは考えたこともなかったわ」
「はい。
 魔法の行使とカトレア様の発作との関係が分からなかったものですから、魔法は害になるのか益になるのか判断がつかなかったのです。
 ですが、身体に負担を掛けない程度に運動をしたり食事を加えるだけなら、魔法の要素は含みません。
 これならば、発作を遠ざけつつカトレア様の体を丈夫に出来るかもしれないと思いました」
「見事だわ。
 でも、よくそんな部分に着目出来たわね?」
 エレオノールは学究の徒だった。アカデミーに在籍していることは、先に聞かされている。リシャールを追及する手は緩まかった。
 まさか前世の記憶と知識です、と言うわけにもいかず、リシャールは喩え話と作り話を混ぜながらエレオノールへの説明を続けた。
「要は軍と同じ事なのです」
「軍?」
「はい。
 私も時々父について訓練をしていましたが……例えば、軍に入隊したばかりの新兵は、当然ながら普通の人と変わらない体力しか持っていません」
「そうね」
「しかし新兵は訓練を重ねるごとに、徐々に屈強な兵士へと育て上げられ、戦場に出られるようになります。
 この屈強な兵士を普通の人、新兵をカトレア様の今の状態、戦場を普通の生活と置き換えますと……」
「なるほど、カトレアにも相応の訓練を施せばいいわけね」
 エレオノールは合点がいったようで、手を叩いた。
「はい。
 もちろん、細心の注意を払う必要はありましたが、今のところは上手く行っています。
 運動を細かく増減したり休んで貰ったりして、様子を見ながら調節していますし、食事に関しては、夕食のみ特別な物を食べていただいています。
 無論、特別と言っても、材料自体は普通に皆様がお召し上がりになっている物で、すこし野菜を増やしたり、油物を減らしたりする程度ですが」
「それだけで快復するわけ?」
「病に伏した人全員に当てはまるものではないとは思いますが……そうですね、こちらをご覧下さい」
 リシャールは鍵のかかった机の引き出しを開けて、エレオノールに紐で綴じられた紙束を差し出した。そこにはカトレアの治療についての、微細な記録がまとめられている。
「これは……なるほどね」
 エレオノールは、食い入るような目で紙束を一枚一枚めくっていく。
「はい、カトレア様の療養の記録です。
 お屋敷の人にもかなりのご協力いただいていますが、おかげで詳しい記録を取ることができました。
 これがまとまってきたおかげで、最初は手探りだった運動や食事の匙加減が随分と楽になってきましたよ」
 実際にリシャールは、休憩日を設ける間隔や運動の増減などは、これを元にしたグラフや表を参考にして、その日の予定を決めている。
「ただ、ですね」
「どうしたの?」
「ここまで順調な快復は、少し納得が行かない部分もあるのです。
 最初の二、三日でもう快復の兆しがありましたから、驚きましたよ。
 運動といっても軽い散歩や椅子に座っての体操でしたし、食事も気を付けているとは言え、朝昼はこれまで通りだったのです。
 もちろん、非常に良いことではあるのですが、何故こうも早い快復に繋がっているのかが……全くわかりません」
 コリンヌ夫人にしてもそうだったが、カトレアの快復にはリシャールも非常に驚かされているのである。当初は休憩を挟んで五分少々だった散歩も十分ほどになっているし、部屋で行う体操も、そろそろ椅子を使わないで行おうかと思っているほどである。
「でも、事実としてカトレアの身体は良くなっている、と」
「そうなのです。
 先ほども申し上げましたように、薬は使っていませんし……」
「そういえばリシャール、これまでにカトレアが服用していた薬はどうしているの?
 発作を抑える薬なんかも飲んでいたはずよ」
「今は間隔を開けたりして、少しづつ減らしています」
 カトレアは今も数種の薬を服用している。医者が調合したものではあるが、世間でも調薬の内容が知られているものでもあった。それ故にリシャールは、公爵家の力を借りて調べ上げた上で、服用の間隔をあけたり、量そのものを減らしたりしていくようにしていた。
「……薬を減らしたから、かもしれないわね」
「と、申されますと?」
「副作用よ。
 カトレアの飲んでいる薬には、かなり副作用の強い薬も含まれていたはずよ。
 もちろん、飲んだ方がまだましな状態だったからこそ、カトレアを診た医者も処方したのでしょうけれどね。
 それこそ、飲まずに済むならその方がいいわ」
 副作用の強い薬の量を減らしたので、カトレアの身体の負担が軽くなったということだろうか。なるほど、カトレアはそれだけ危険な状態だったのだ。しかし、体力を付けたことと、薬そのものを控えたことの相乗効果で発作は押さえられつつ身体への負担が減ったというわけだ。
「そちらは見落としていましたね。
 すみません、もっと早く気付いて然るべきでした」
「それにね、最初の数日で治療の効果が現れたことについては、食事の健全化ということで説明できるわ。
 カトレアの身体にしてみれば、劇的な変化だった可能性は大きいと思わない?」
 言われてみれば、そうかなと思わないでもない。
 病はさておき、栄養が過不足な状態から崩れていたバランスを補うような食事に切り替えられたとしたら、確かに身体の調子は良くなるはずである。
 カトレアの場合は、この世界にはない概念による栄養管理を受けたわけで、その効果によるところが大きいのかも知れない。単に滋養のあるとされる食物を並べて食べさせたわけではなく、リシャールの持つ、少々あやふやながらも確実性の高い現代知識によって裏付けされた栄養の管理である。それを元に調節されたものであるから、予想を上回って効果を及ぼしたのだろう。
 また、幾つかの疑問には解決の糸口が見えたので、明日からのカトレアの治療にも少し考慮を加える必要が出てきた。しかしこれは、リシャールが頭を働かせて頑張れば済むことだ。その為に、彼はここにいる。
「しかしエレオノール様、この資料だけでよくそこまで読みとられましたね。
 私ではいつそこにたどり着けたか……」
 リシャールも、舌を巻かざるを得ない。流石アカデミーに籍を置くだけのことはあるなあと、改めてエレオノールのことを見る。
「この資料だけで判断したんじゃないわ」
「えーっと、他にも何か?」
 エレオノールは、リシャールの方を見てにこりとした。
「私はカトレアが生まれてからずっと、あの娘の姉だったのよ」
 素直に微笑む時、ラ・ヴァリエールの三姉妹は揃って笑顔が美しいのだった。

 エレオノールは数日は実家に滞在するということで、自身の興味と妹のためということもあって、リシャールによる治療を手伝ってくれた。
 お嬢様までが厨房に入られるとのことで少々悶着もあったが、カトレアの為と言われて雇用人達が反論できるはずもなく、エレオノールはリシャールの作る薬湯や料理を興味深く見守っていた。
 足湯などはカトレアが入るのに合わせ、ルイズも含めて三人並んで入る気に入りようだ。リシャールが気付いたときには、時間が合えばカリーヌもカトレアの部屋に来るようになっていた。
 そのことについてリシャールは、少々疎外感があるなと公爵から愚痴を言われる始末だった。
 リシャールは最近、連日のように公爵の寝酒に呼ばれるようになっている。公爵家の一家は公爵に夫人に三姉妹と、公爵以外に男性はいない。娘のためにと屋敷に呼んだリシャールだったが、深夜に男同士で酒を飲むことは、公爵にとっても小さな楽しみになっていた。

 そんな公爵に、カトレアはエレオノールにまかせてたまには休めと、リシャールは半日の暇を貰った。エレオノールは実家にいた頃はカトレアの面倒をよく見ており、医学をたしなんでいるほどであるそうだ。確かにこの数日でそれは理解出来た。アカデミーに籍を置く直接のきっかけになったわけではないが、その遠因ではあるらしい。
 リシャールは暇を貰ったからと言っても。特にすることはなかった。カトレアの為にここにいるのだし、他のことは余録なのだ。それでも何かをしようと、商会の皆や王都の祖父、実家などに手紙を書くと、やることもなくなってしまった。アーシャもいないし、壷や剣を作るのも少し違うような気がする。
 仕方なく散歩でもするかと庭に出たリシャールは、爆発音を聞きつけた。何だろうと音のした方に向かう。
 そこには、一人魔法の練習をするルイズがいた。リシャールには気付いていないようだ。
 しばらく見守っていると、確かにルイズの魔法は失敗続きで、爆発している。
 それでも、ただ見ているわけにもいかないので、リシャールはルイズに近づいて声をかけてみた。
「ルイズ様、練習ですか?」
「そうよ」
 ルイズはあくまでも素っ気なく、リシャールに返事をした。片や同じ様な歳でトライアングル、片や失敗続きでドット以下。コンプレックスが刺激されるんだろうなあと、内心でつぶやく。リシャールとしては、苦悩する妹か娘を見るような気分でもある。
「ルイズ様」
「なによ」
「ルイズ様の魔法の事は、公爵様からお伺いしております。
 そのことでお話ししていて、お小言を貰いましたよ」
「え!?
 わたしならともく、どうしてリシャールがお小言を貰うのよ?」
 ルイズはようやくリシャールの方を向いた。
「ルイズ様、そのことで少しお話ししましょうか。
 それと、話の内容は他言無用に願えますか?」
「……いいわ、約束する」
 リシャールはルイズを誘って木陰に向かい、錬金で作り出した発泡スチロールの椅子を勧めた。自分用にもう一つ作って向かい合う。
「公爵様とも何度かお話をしたのですが、ルイズ様の魔法の失敗は、単なる失敗ではないようなのです」
「どういうこと?」
 リシャールは公爵に話したように、爆発するほどの魔力と回数の関係から、一日の練習でスクウェアのメイジでも倒れるほどの魔力をルイズが使っているかも知れないことや、ルイズの練習している基礎的な呪文には、普通はそのように大きな魔力を込められないこと等を説明した。
 ルイズも最初は警戒していたようだが、リシャールが普段通りの様子を崩さず、彼女を笑ったりからかったりする気がないことを感じたのか、真面目に説明を聞き入っていた。
「じゃあ、根本的な原因は分からないけれど、単純な失敗とは違うから諦めるなっていうこと?」
「そうです。
 それに関連して、幾つかお伺いしたいこともあります」
「なによ」
 さきほどと言葉は同じだが、ルイズは若干柔らかい口調になっていた。
「ルイズ様、爆発の大きさが呪文の種類によって変わることはありますか?」
「……わからないわ」
「では、試してみましょうか」
 リシャールは杖を振って身長五十サント程の足だけしかない棒状の粘土ゴーレムを五体作った。練習の目標にしたりして使っている、魔力消費の少ない簡易なゴーレムだ。それを十メイルほど歩かせ、間隔を一メイルほどにして並んで立たせた。
「ルイズ様、まずは真ん中の棒にアンロックを」
「わかったわ」
 ルイズが杖を振るうと、目標のゴーレムは爆発した。リシャールは目標の一体と周囲に配置した四体の被害状況を確かめ、作り直してからルイズの元に戻った。
「同じ要領でレビテーションをお願いします」
 やはり爆発した。再び確認をしてから再生成を行う。爆発の規模は先ほどと変わらないようだ。
「次はライトを」
 今度も爆発。前二者と規模も同等のようだった。
「では再びアンロックの呪文をお願いします。
 但し、今度は爆発すると言うことを前提に、爆発が小さくなるという意識で魔法を使って下さい」
「……リシャールは何をさせたいわけ?」
 再び不機嫌そうになったルイズが問いかける。リシャールは、次の簡易ゴーレムを用意しながら説明した。
「ルイズ様、もしもルイズ様の意識で爆発の威力が変わるようなら、結果は爆発であっても、魔法の練り込みについては成功していると言う証拠になります。
 もう一つ申し上げますと、目標にした場所で爆発が起きているのですから、魔法の発動する位置については、今の段階でも成功しています」
 ルイズは成功という言葉に反応したのか、機嫌を直した。やる気になったようだ。
「いくわよ」
「では、丁度半分ぐらいの力を使うと頭の中で思い描きながら呪文を唱えて下さい」
「わかったわ」
 結果は爆発だったが、威力は確かに小さくなっている。ゴーレムを調べると、先ほどよりも歪みも少ない。
「上手く行きましたね」
「そうね」
 その魔法は失敗ではあったが、ルイズは先ほどの仏頂面も消えて笑顔になっていた。

 その後もしばらく威力や距離をかえて練習していたが、ルイズが爆発そのものを意識したせいなのか、威力はほぼ思い通りにコントロール出来るようになってきた。
「でもルイズ様、ここでは初歩以外の詠唱の長い呪文は使わないで下さいね?」
「どうして?」
「短いスペルのアンロックやライトでさえ、あれだけの威力です。
 最悪の場合、ルイズ様を含めてお屋敷ごと吹っ飛びますよ」
「うっ……」
 先ほど、物は試しとトライアングルの硬化と固定化をかけた実戦用ゴーレムは、ルイズのライトによってあっさりと砕かれていた。内心冷や汗が流れたリシャールである。
「もしも長い呪文や強い呪文を練習したい場合は、公爵様に領軍の練兵場を借りて、周囲に誰も近づけないようにされるのがいいかと思います」
「……考えておくわ」
「それと、私は軍の訓練も受けたので、どうしても考えてしまうのですが……」
「何よ?」
「仮にですが、ルイズ様と私が一対一で戦った場合、勝つのは多分ルイズ様です」
「えっ、あり得ないでしょ?
 リシャールはトライアングルで、訓練もしてるわ。
 それなのに、私が勝つの!?」
 ルイズは相当驚いたようだ。トライアングルのメイジに勝つというのは、大抵の場合、同等かそれ以上のメイジと相場は決まっている。
「はい。
 例えば、ライトの呪文ですが……今の段階では結果的に爆発してしまいますよね?」
「……そうね」
「では、この結果を否定せず、最初から爆発の呪文として意識して使うとすれば、どうなると思います?」
 ルイズはあれこれと考えているようだった。もちろん、戦闘の手ほどきなど受けていないだろうから、リシャールは少し間をおいてから続けた。
「えーっと、そうですね。
 同じぐらいの威力の魔法をぶつけ合うとして、ルイズ様の使う精神力はコモンの短い呪文で、私の方は少なくともラインのスペルになります。
 魔法の撃ち合いになれば、先に精神力を消耗しきって倒れるのは私でしょう。
 それに、呪文の長さもこちらの方が長くなりますから、おそらく先手を取れるのはルイズ様です。
 爆発で先に私の杖を弾いてしまえば、ルイズ様の勝ちになるでしょうね」
「そ、そうね……」
 向かい合っての一対一なら、ルイズが『本気』であればほぼ勝ち目はないとリシャールは確信していた。失敗なんてとんでもない。戦闘に限って考えれば、威力もそこそこあって短呪かつ精神力の消耗も少ない、非常に有効な呪文なのだ。ルイズの失敗する魔法に限っての話ではあるが……。
 但し、ここに戦術や経験というものが絡むと話は変わってくる。リシャールは、今ならば八割方は勝てるだろうと踏んでいた。もちろん、この場では口にしない。
 ルイズの表情に気付いたリシャールは、戦の話は彼女には無縁だろうしと、話を切り替えた。
「それに、人を助けたりすることも出来るかもしれませんよ?」
「えっ!?」
 これにはルイズも素直に驚いてくれた。
 付随する成果がついてくるならば、成功と言い換えることもできる。リシャールは、例え魔法は失敗していても、ルイズに自信を持って貰いたかったのだ。
「そんな事、できるの?」
「はい、例えば……大雨が降ったとして、水害を防ぐために岩を崩したり、人の頭に倒れかかってきそうな大木をはじき飛ばしたり……これは、立派に魔法で人を助けていることになりますよね」
「魔法で人助け……」
「そうです。
 目指す結果を引き出せるなら、道筋は違ってもそれは成功と同じ事なのです。
 だからルイズ様、自信を持って下さいね」
 そう締めくくって、リシャールはにっこりと笑った。
 失敗から導き出せる成功もあるのだ。
「わかったわリシャール。
 わたし、諦めない。
 それに……ううん、なんでもないわ。
 ありがとう、リシャール」
 強気なルイズも、今度ばかりは素直に笑顔を返してくれた。

 その数日後、リシャールのせいでルイズが妙なことを口走っていると、彼は公爵からお小言を貰った。
 先日の励ましでルイズの思い込みの激しいところが裏目に出てしまったらしく、リシャールも頭を抱えた。もちろんすぐにルイズをつかまえて、きちんと説明し直した。

 そう、あの日以来ずっと、ルイズは大雨を待ち望んでいたのだ。







←PREV INDEX NEXT→