ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二十五話「公爵家での日々」




 次の日は様子見も兼ねて、一日中リシャールはカトレアの側にいることにした。もちろんメイドも控えているので、二人きりというわけではない。
 アーシャには、今朝早くに彼女の父親の所へと向かってもらった。表向きは、ギーヴァルシュに手紙を届けて貰うということにしてある。もちろん実際に手紙を託して、リシャールの元までいくつかの商品を送って貰うようにしておいた。
「あら、残念だわ。
 折角仲良くなれたのに……」
「お使いを頼んだだけですから、ちゃんとここに戻ってきますよ」
「そうだったわね。
 ふふ、楽しみだわ」
 リシャールは、朝の運動としてカトレアに幾らか動いて貰った後、彼女の休憩を兼ねて午前のお茶を楽しんでいた。
 散歩に足湯に運動にと、汗をかいたカトレアに着替えて貰う間に午前のお茶に使う薬湯の用意をしたりと、リシャールは合間合間には綱渡り的に忙しかった。ルイズはお勉強中とのことで、今日はこちらにはいない。
「それにしてもリシャール、この薬湯は美味しいのね。
 これまでにお医者様から勧められた薬湯はとても苦かったから、ちょっと苦手だったのよ」
 カトレアは両手を温めるようにして、カップを持っている。気に入って貰えたようだった。
「このホットジンジャーは、薬湯とは言っても煎じたりしていませんし、無理なく飲めるように蜂蜜で味をつけてあります。
 冬場の寒い時期など、外で仕事をするときにも体を温めてくれますし、風邪も引きにくくなりますよ」
「まあ、良いことづくめなのね」
「ええ、その代わり、急に体が治ったりするほどの強い効果はありません。
 でも、少しづつは良くなります。
 それが私の目指すところでもあります」
「目指すところ?」
 カトレアは不思議そうにリシャールを見つめた。深い瞳にどきりとする。
「はい。
 少し考えたのですが、これまでのお医者様は、秘薬や魔法でカトレア様を治療しようと努力されたはずなのです。
 でも、それは少々急ぎすぎたのではないのかと思いました。
 魔法で体内の水の流れを変えたり、薬で病を抑えるというのは、少なからず体に負担のかかるものです。
 お薬を飲んだ後、痛みや苦しみは治まっても、体が熱くなったり急に疲れたりされたことはありませんでしたか?」
「……そうね。
 そうなることも多かったわ。
 酷いときには体の別の場所が痛くなったりしたもの」
 カトレアはそれらを思い出したのか、ぎゅっと自分の体を抱きしめた。
「そこで私の目指すところですが……それは、カトレア様の事を今までよりもほんの少しでも、より多くお元気にすることです。
 昨日も申し上げましたが、私には多分、カトレア様のご病気を治すことは出来ません。
 でも、それでも、カトレア様の事を今までより少しお元気にすること。
 そのお手伝いならば、出来ると思うのです。
 その為に、私はここにいます」

 寝込む回数が今より少しでも減るなら。
 発作を起こす回数が僅かでも少なくなるなら。
 ほんの小さな積み重ねでも、今のままよりは何倍もいい。
 そう信じるリシャールだった。

「リシャール……」
 カトレアは、少し涙ぐんでいるようだった。だが、リシャールの言いたいことはきちんと伝わったらしい。涙ぐみながらも、彼女は嬉しそうであった。
「ありがとう、リシャール。
 そんなことを言ってくれた人は、あなたが初めてだわ。
 わたしも本当はね、少し諦めかけていたの。
 でも、そうよ。
 ほんの少しの元気でも、積み重ねていけばいいのよね。
 そうすれば、今までよりもずっと良くなるのよね」
「はい、カトレア様。
 その通りです」
 リシャールは、ハンカチを取り出してカトレアに手渡そうとした。紳士のたしなみでもある。
 だが、カトレアはそれを受け取ろうとはしなかった。
「あら、拭ってはくださらないの?」
「え!?
 あ、は、はい!」
 リシャールは、柔らかいなあなどと少し余計なことを考えつつも、丁寧にカトレアの涙を拭った。目だけは真っ赤なままだったが、仕方ない。
「あ……」
 手が離れるとき、カトレアは少し残念そうな顔になったのがリシャールには印象的だった。

 昼食に昼寝、午後の散歩と、その日も予定をこなしていった。焦らないこと、無理しないことがが近道だと繰り返す。
 リシャールは夕刻が近づくと、メイド達から渡された走り書きを片手に、厨房へと向かった。そこには、カトレアの食事の量や内容が書かれている。
 カトレアは前日よりも僅かながら朝食の食べ残しが少なくなった様であった。運動したおかげで消費されるカロリーが増えて体がそれを補おうとしただけかもしれないが、多少は効果が現れ始めているのだろう。
 厨房ではその日の夕食の用意と共に、いくつかの薬酒を漬けたり、翌日の用意としてレモンの蜂蜜漬けなどの準備をした。
 カトレアには、朝と昼はこれまで通りの献立から無理のない程度に食べて貰い、夕食と場合によっては夜食とで食事を調節してもらうことにしていたから、この時間がリシャールにとっては正念場である。走り書きから食事の量の増減を考えて、少し余る程度の量を用意することにしていた。料理長も巻き込んで味見をして貰いながら、用意を調えていく。
 今日のメニューはりんごのジャムを塗った白パンに川魚のつみれスープ、リシャール特製のソースを添えた蒸し野菜のサラダである。特製ソースはレモンをベースにした。料理長を始め、何人もの人間に試食をして貰って試行錯誤していたから味の方も良い。ハルケギニアらしく朝がこってりしていたので、油分を控えてあるのだ。
 今日はルイズにもカトレアと同じ物が食べたいと言われていたので、二人分の用意をした。配膳はメイドにまかせて、自分は明日の用意の続きをする。
「リシャール様、カトレア様とルイズ様がお呼びになっておられます」
「わかりました、すぐに伺います」
 リシャールは使用人に混じって立ち働いているが、もちろん客人とのことで敬語を使われていた。筆頭執事のジェロームにも、元従者であるし医者ですらないのだから、扱いを従者と同じにして欲しいと訴えてみたが、やんわりと断られてしまった。流石にこのあたりは譲れないらしい。ただ、その後ジェロームがリシャールを見る目は、少しだけ優しくなったかも知れない。
 ともかくも、前掛けを脱いだリシャールはカトレアの部屋へと急いだ。

「リシャール、椅子にかけてちょうだい」
「もう、遅いわ!
 待ってたのよ」
「はい、申し訳ありません」
 テーブルには、既にリシャールの分もホットジンジャーが用意されていた。先にメイドに用意させたようだ。
「早速なのだけれど、リシャール」
「はい、カトレア様」
「わたしも少し自分の体のことで、気が付いたことがあるの」
「カトレア様、これまでと違うことがありましたでしょうか?
 それとも夕食後に何か……」
 カトレアが快方に向かっているのならばよいが、そうでなければ根本から体力増強法を見直さなければならない。
「ああ、リシャール、恐い顔をしないで。
 違うのよ。
 夕食は美味しかったし、気分が悪くなったりもしていないわ。
 ……もう治療の効果が現れているのよ」
「えーっと?」
 そうなのか、とリシャールは疑問に思った。もちろん治療の最初とのことで、運動も散歩も極僅かにしてある。
「昨日も今日も、昼間にお散歩をして他に運動もしたわ。
 うふふ、でもね……」
「ちいねえさまは、倒れたり寝込んだりされてないのよ、リシャール」
「なるほど……」
 確かに、そう言うことならば効果は出ているのだろう。
 喜ばしいことではあったが、想像以上にカトレアの普段の症状は重かったようである。もう少しゆっくり目に体力を付けた方がいいかと、リシャールは今後の予定を修正することにした。
「ねえ、リシャール」
「はい、カトレア様」
 真面目な声で名を呼ばれたので、リシャールは姿勢を正した。真正面からじっと見つめられると、少々照れくさい。
「わたしにもね、リシャールの言う『少しづつ』、の意味が実感出来た気がするのよ」
「ちいねえさま?」
「こうして一歩一歩積み重ねていくことが、本当に大事なことなのね。
 時々、自分の体が治ったらなんて想像することはあったけれど、これまでは遠い夢のように叶わなかったわ。
 でも、リシャールが教えてくれたのよ。
 考えてみれば、お勉強や編み物と同じなのね」
 カトレアが言葉を止めてじっとリシャールを見たので、彼は後を引き取った。
「はい、仰るとおりです。
 勉強は、『少しづつ』新しいことを憶えていきます。
 編み物は、『少しづつ』編み目を重ねていきます。
 同じように、カトレア様のお身体には、『少しづつ』健康に近づいていただくことになります」
「全部『少しづつ』、なのね」
 はあっとルイズはため息をついた。
「その通りです、ルイズ様。
 世の中の理の多くは、この法則に当てはまると思います。
 もちろん、時々例外はありますが」
「例外?」
「はい、ルイズ様。
 大怪我をしてその人の命が今にも消えそうな時などは、そんな悠長なことをしていられません。
 野盗や亜人に襲われたときもそうですね。
 時間の方が優先される場面もあります」
「それならわかるわ」
 ルイズは納得したようで、うんうんと頷いていた。
「わたしもお母様に怒られそうになったときは、急いで言い訳を考えるもの。
 ……聞いていただけた試しはないけれど」
 リシャールとカトレアは、困ったように顔を見合わせた。
「あーっと、えー、ルイズ様?」
「ルイズ、それとは少し違うのよ」
「う……」
 何か間違えたと気付いて真っ赤になったルイズが可愛かったので、もう一度顔を見合わせて笑顔になるリシャールとカトレアだった。

 その後も順調に、リシャールによるカトレアの治療は続けられていた。それでも、カトレアはリシャールが来て数日後に一度不調を訴えた。
 しかし公爵夫妻やルイズによると、それでもこれまでよりは随分とよい状態らしい。確かに発作を起こしたりということではなく、疲れが出たから休むという感じであったから、リシャールの方も、では今日のところは運動や散歩はお休みにしましょうと、割に慌てずに対処できた。
 更に数日ほどして、アーシャに託した手紙でギーヴァルシュに頼んだ荷物も届いた。一緒に届いた手紙によれば、無事にエルランジュからの兵士も到着したらしい。彼らも内陸部の出身ということで、鮮魚を使った料理には非常に喜んでいると言うことだった。マルグリットらとも、十分にうち解けているようだ。祖父には感謝である。
 荷物の方はラ・クラルテの食品類であったから、早速料理長に試食を兼ねて振る舞ってみた。残念なことに、まだラ・ヴァリエールにまではイワシの油漬けのことは知られていなかったのだ。リシャールは、もちろん料理長を驚かせることに成功した。
 また、煮干しと乾燥ワカメの方はカトレア用の特別品と言うことで、半分ほどは別に保管して貰うことになった。カルシウムやミネラルを補強するためである。
 カトレアには、食事の面からは血、肉、骨にしっかりしてもらうのに、それら三要素をバランスよく補うのがよいかとリシャールは考えていた。背は未だ成長期のリシャールよりもカトレアの方が高いが、運動によって基礎体力をつけるということならば、食事の要素は子供の成長に近い形で見ても良いだろう。過剰摂取にならない程度に、毎日食べて貰えばいい。
 このようにリシャールは、日々あれこれと手を回していた。
 カトレアの治療については、成果は出ているが牛歩、という感じではあったが、その事に関しては公爵をはじめ、誰からも文句は出なかった。

 カトレアやルイズが寝床についた時刻。
 その日の仕事もほぼ片付いたので、部屋でカトレアの体調の変化などをまとめていた。これは、彼の日課のようなもので、少々雑ではあったがグラフや表にしてあった。そこそこにまとまったところで、カトレアに見せようと思っていたのだ。自分が一歩づつ健康に近づいているのが客観的に見られるなら、喜ぶだろうなと考えたのである。
 それにしても。
 アーシャの帰還が遅すぎるのである。
 こちらを出てそろそろ十日だ。そういえば、アーシャの出身地を聞くのを忘れていたなと思い出したが、後の祭りだった。仮にギーヴァルシュと正反対の方向だったとしても、少なくともトリステインではないのだろう。
 信頼もしているが、心配なものは心配なのである。
 さてさてと、ペンを弄びながら明日のことなどを考えていたリシャールは、扉がノックされたことで思索が中断された。
「夜分申し訳ありません、リシャール様。
 公爵様がお呼びです」
「はい、すぐに伺います」
 カトレアに関しての報告や連絡は、大抵朝食後に済ませていたから、何かまた別の事情だろうか。
 至急といった様子ではなさそうなので考えるのは後でいいかと、呼びに来たメイドにそのまま案内されて公爵の私室へと向かった。
 屋敷の奥まったそこに入室するのは、リシャールも初めてである。
「済まんなリシャール」
「いえ、公爵様、何かございましたか?」
 公爵はもう夜着に着替えており、テーブルには酒肴が用意されていた。
「少しつきあわんか」
「ありがとうございます、喜んで」
 向かいの椅子を示されたので、素直に座る。
 公爵は、手ずからリシャールに酒を注いでくれた。よく見れば、ムラサキヨモギの香味酒である。
 グラスを軽く合わせてから、少しだけを飲んだ。ぐっといきたいところだが、先日のエルランジェで、まだ身体が子供なのだと自覚させられている。
「リシャール」
「はい」
 ただ名を呼ばれただけであるのに、重々しい雰囲気に呑まれそうになる。
 無論、公爵の態度が急変したというわけではない。これが国家の重鎮とよばれる人物の持つ空気なのかと、リシャールはあらためて目の前の公爵を見た。
「お主がこちらに着て十日余り、カトレアも日に日に良くなっておる。
 医術には門外漢の私が見てもわかるぐらいにな。
 そのことには感謝の言葉もない」
「はい、ありがとうございます。
 お話をお伺いする限りは、カトレア様の状態が以前と比べて随分とよくなられているのは、私にもわかってきました。
 ですが……やはり私には、完治は無理なようです。
 その事で、カトレア様には逆に苦しみを与えてしまうかもしれません」
「どういうことだ?
 カトレアはお主の努力の甲斐あって、間違いなく以前よりよい状態になっておるぞ?」
 公爵が訝しんだ。これまでのところ、公爵から見てもリシャールは期待以上の成果を十分に上げている。
「はい。
 ですが、発作を起こされるきっかけになると仰られていた魔法の行使が問題なのです。
 お気づきかとは思いますが、私が行っている療法には、魔法や魔法薬は一切使っておりません。
 無論、魔法が発作の引き金になるとお伺いしたからこそ、留意したことでもあるのですが……」
「なるほどな。
 貴族の娘であれば、一生魔法を使わずにいられるはずもない、ということか」
「その通りでございます」
 今のまま治療を続けても、根本的な解決に至らないのはもちろんだが、魔法を使う度に大きな発作が起きては、せっかくの治療が大きく後退することにもなりかねない。また、発作に十分耐えるまでに健常な肉体に近づけるには、余りにも先が長いはずだったし、そこまでたどり着けるかどうかもわからない。
「その魔法なのだがな」
「はい」
「これはお主も気付いておるかもしれんが、ルイズの方もちょっと問題でな……」
「ルイズ様、ですか?」
 そういえばと思い返すと、リシャールはルイズが魔法を行使したのを見たことがなかった。カトレアの方にはなるべくなら使わないで欲しいとお願いがしてあったが、もちろんルイズにまでは関係がない。
「ルイズはな、未だに魔法が使えないのだ」
 公爵は一気にグラスを煽った。差し出されたそれに、リシャールは黙って酒を注いだ。
「流石ににもう、使えてもおかしくはない歳なのだがな……」
「原因は……もちろん不明なのでしょうね」
 この目の前の人物が、そのように重大なことをただ手をこまねいて放置するとは考えられなかった。
「うむ。
 私にもカリーヌにも皆目わからん。
 ……リシャール、お主は幾つで魔法を行使できるようになった?」
「杖と契約したのは、五、六歳であったと思います」
「ルイズにも似たような歳には杖を持たせていたか。
 もちろん厳しく教えたが……。
 未だにその頃から変わらず、成功した試しがない」
「……それは不可解ですね」
 リシャールも首を傾げた。ミシュリーヌにも魔法を教えていたが、最初の数回は彼女も失敗はしていた。だがそれはリシャールにも理解できる範疇であったし、初歩的なものしか教えていないが、少なくともその後彼女は魔法を使えている。自分の経験を踏まえても、そのような疑問は全く持たなかった。
「公爵様、不躾で申し訳ありません。
 魔法の失敗にも色々ありますが、ルイズ様の場合はどのような失敗なのでしょうか?」
「全ての魔法が爆発するのだ」
「爆発、ですか!?」
「うむ。
 アンロックもレビテーションもライトも、皆等しく爆発するのだ。
 レビテーションで持ち上げようとした小石は粉々に、アンロックで開けようとした扉はドアノブが砕けたな。
 ライトに至っては、杖先の何もない空間が爆発した」
「それはまた……」
 リシャールの知る、もしくは世間で知られている魔法の失敗とは、大抵の場合は、不発か中途半端に達成されるか暴走か、だいたいこのあたりになる。
 力を込めすぎたファイヤー・ボールが暴走して爆発した、などならまだ話は分かるのだ。だが、公爵が例に挙げたコモン・マジックには、まったく爆発の要素がない。
「最初の内はともかくもな、傍らで注意して見ていておかしなところはないのだ。
 無論、杖との契約は出来ていた」
「ますます不思議ですね。
 しかし……ルイズ様も、さぞ悔しい思いをしておられるでしょう」
「妻に似て気の強い娘だからな。
 泣き言はたまに聞こえるが、魔法の練習の日には一日中でも諦めることなく練習しておる。
 そこだけはしっかりと褒めてやりたいが……」
 公爵は大きなため息を吐いた。
 会話が止まったので、リシャールは少し考えてみた。アンロックで爆発など、どう考えてもおかしいのだ。
 もっとも、元現代人としてはアンロックも含め、魔法そのものが理解の外ではあった。少なくとも、リシャールの知る範囲の科学では、魔法そのものが説明出来ない。
 では、ハルケギニアの魔法学で説明がつくのかと言えば、これまた解説不能なのである。公爵がため息をつくのも無理はなかった。
「公爵様」
「うむ?」
「先ほどのルイズ様のお話ですが……。
 コモンスペルであり、しかも短呪で魔力の消費も殆どないアンロックに、爆発するほどの魔法力が込められるものなのでしょうか?」
「……考えたこともなかったな」
 公爵も目を鋭くし、顎に手を当てて思案しはじめた。
「ルイズ様の練習は一日中とも仰いましたが、単なるアンロックならばともかく、爆発に近い呪文、たとえばファイヤー・ボールなりウインド・ブレイクなりの呪文を並のメイジが唱えたとしても、日に十数発が限度です。
 スクウェアメイジならば、その数十倍でも可能かもしれませんが……」
「そんなに撃てば私でも間違いなく倒れるぞ」
 公爵は、再びため息と共に椅子にもたれ掛かった。
「……リシャール」
「はい」
「お主の頭脳が秀でていることはよく分かったが……厄介な問題を突きつけてくれたものだな。
 単なる失敗、だけでは片付けられなくなってしまったではないか」
「申し訳ありません」
「いや、咎め立てをしようというわけではない。
 むしろお主に感謝すべきことはわかっている。
 ただ、やりきれんのだ」
「……はい、公爵様」
 またしばらく、沈黙が場を支配した。
 流石にリシャールもルイズにまでは手が回らないが、なにか助言か励ましの一つでも出来ればなとは考えた。カトレアの治療には、何かと世話になっているのだ。基本的に優しい娘なのだろう。
「……飲むか?」
「いただきます」
 公爵はリシャールにグラスを差し出させると、なみなみと香味酒を注いだ。
「うちには娘はいるが、息子はおらんのでな。
 息子と飲むというのはこういうものなのだろうか。
 ……リシャール、息子の目から見てどうなのだ?」
「公爵様、実は私は、父と酒を飲んだことがないので……」
「ないのか!?」
 公爵は少し驚いた様子で、リシャールの方に向き直った。
 リシャールは、グラスの半分ほどを飲み干してから口を開いた。
「初陣が半年ほど前になりますか……。
 その後すぐに家を出ましたので、父とは差し向かいで酒を飲む機会はありませんでした。
 家を出る前は、食卓に出るワインもグラス一杯で止められておりましたので」
「そういえば、お主はまだ十三であったか」
「はい。
 ですが、今度実家に戻った折には父と飲みたいと思います。
 丁度、今夜のような形で……」
「そうか、それはよいことだな。
 父上も喜ばれよう
 ……まだいけるか?」
「いただきます」
 公爵は先の重苦しさを吹き飛ばすかのように少し笑みを浮かべ、リシャールのグラスに酒を注いでくれた。







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