ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二十四話「佳人」




「お邪魔するよ、カトレア」
「はい、お父様。
 あら、お母様までいらしてくださったのですね。
 それから小さなルイズと……お客様かしら?」
 案内されて入った部屋には、カリーヌやルイズによく似た、それでいてとても優しげな雰囲気をした桃色髪の美人がベッドに半身を起こしていた。年の頃は二十歳ぐらいであろうか。
 足下で何か動いた。
 ふと見れば、犬がふんふんとリシャールの臭いを嗅いでいる。
 ……気付けば、他にも小鳥やトカゲ、猫などもいた。人には慣れているのか、皆大人しい様子だ。床に放り出されたクッションかと思ったのが子熊だったのは、ご愛敬である。
「カトレア、紹介しよう。
 彼は今日からしばらく当家の客人になる、リシャールだ」
「ベッドの上からごめんなさい。
 カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌですわ、小さなお客様」
「は、はじめまして、カトレア様。
 リシャール・ド・ラ・クラルテと申します」
 つい、じっと見つめてしまうリシャールだった。有り体に言ってしまえば、一目惚れである。彼女がラ・ヴァリエールではなく、ラ・フォンティーヌという姓を名乗っていることにも気が付かなかった。
 いかん、どうしようかと思いつつも、目が離せない。
 だが、カトレアの方も静かにではあるが、じっと彼を見ていた。
「……あなたは、とても不思議ね」
「カトレア様?」
「でも、なんだかとてもよい風を運んできてくれるような、そんな気がするわ」
 よくわからないが、それでも褒められたには違いないらしい。
 カトレアからはうふふと楽しそうに微笑まれ、赤面したリシャールだった。

 しばらく雑談などをして、それでも当初の目的を忘れずにカトレアの様子などをうかがっていたが、彼女の体調を気遣って早めに退出することにした。
 リシャールの見たところ、病弱そうではあったが顔色が極端に悪いと言うこともない。これならば、幾つか思いついた手がそのまま打てる、と思わせた。
「リシャール、どうだろうか」
 部屋を出てすぐに、公爵が真剣な目を向けてきた。
「はい、完治は無理でも、多少はお力になれるかと思いました」
「おお!」
 公爵は拳を握りしめて天を仰いだ。だがこれから実際に頑張るのは、リシャールとカトレア本人である。
 少し話が長くなりそうなので、全員でサロンの方へと場所を移すことになった。筆頭格の執事もこちらに同席するようだが、彼は公爵の後ろに控えていた。
「それでは、説明を頼む」
「リシャール、具体的にはどうするのです?」
「はい、カトレア様には、体力をつけていただきたいと思います。
 一見でしかありませんが、その点がまずは問題かと思いました」
 リシャールは医者ではないが、それでもいくつか分かることがあった。それらを順に並べ立てていく。
「……続けてくれ」
「具体的には、身体に大きな負担をかけない範囲で、なるべく多くの運動していただきたいと思います。
 散歩はもちろん、風呂の中で手だけを使って身体を持ち上げたり、椅子に座って体操をして貰ったり、ベッドの上で息を止めたりといったものになります」
「お待ちなさい、リシャール。
 息を止めるだけで運動になるのですか?」
 カリーヌからは懐疑的な目を向けられた。
「もちろんです。
 実際にやってみましょうか?」
「すぐに出来るものなのですか?」
「はい。
 では、失礼をしまして……皆さま、座られたままで構いませんので楽な姿勢になって下さい。
 皆さまには、十数える間息を止め、深呼吸してからまた十の間息を止める、というのを繰り返していただきましょう」
 リシャールが音頭をとって、ラ・ヴァリエール家の三人に息を止めて貰う。
 しかし五回ほど繰り返したあたりで、ルイズが音を上げたので中止となった。
「なによこれ!?
 すごく苦しいわ……」
「ルイズ様も皆さまも、申し訳ありませんでした。
 おわかり頂けましたでしょうか?
 ……しかし、公爵様、カリーヌ様は流石ですね。
 あまり息を乱しておいででない」
「ふむ、これでも鍛えてはおるからな」
「なるほど、ルイズを見て分かりました。
 体力のない者には、これも十分な運動となるようですね」
「はい。
 ルイズ様はお見かけしたところ、私とそう違わないお年かと思います。
 私は父が軍人なもので、多少は体術や戦闘の訓練は受けておりますが、やはり十回も繰り返せば息が乱れてくるでしょう。
 失礼ながらお伺いしますが、お二方は軍かそれに類する所に、かなりの長期間在籍しておられたことがおありなのではないですか?」
「うむ、その通りだ。
 若い頃の話ではあるがな」
「ありがとうございます。
 お二方とルイズ様の違いは、子供と大人ということの他に、その訓練、特に体を使う訓練を十分に積まれたか積まれていないかの違いがあります。
 これをゆるやかな形で取り入れて、カトレア様の体力向上に役立てたいと思います。
 もちろん今の例ですと、カトレア様の場合、いきなり十は長いと思われますので、もう少し短いあたりから徐々に体を慣らしていただくことになります」
「それが良いようですね。
 それからルイズ、貴方も少し運動をなさい」
「は、はい、お母様!」
 ルイズの方に少々とばっちりが行った様で申し訳なかったが、公爵夫妻には納得して貰えたようなので、リシャールは話を続けることにした。
「それから、これはカトレア様付きの御家中の方々にも協力を仰がねばなりませんが、ここ数日のお食事の内容を出来る限り事細かに思い出して貰う必要があります。
 肉はどれだけ、野菜はどれだけ、果物は何切れと言った具合です。
 もちろん、今後の食事も全て記録を付けていきます」
「そこまで詳しい記録が必要なのか?
 食べた量なら体調がよいか悪いかぐらいはわかるであろうが、そこまで調べて何が分かるのだ?」
 公爵が眉根を寄せる。カリーヌもルイズも、口には出さないが不思議に思っているようだった。
「はい、公爵様。
 お身体が弱いからと、淡泊なものばかり食べていては治るものも治りません。
 大ざっぱですが肉、野菜、穀物、果物、そしてすこし区分が違いますが、水分と塩分。
 これらを万遍なく身体に取り入れて、それを行き渡らせなければ、人間の身体はその全力を発揮できません」
 流石にタンパク質やビタミン、ミネラルといった話は出来ないので、それに近いものに置き換えて話を進めることにした。
「例えばですが、パンと肉のスープばかり食べていた兵隊と、パンと、こちらは肉と野菜入りのスープを食べていた兵隊を一ヶ月後に戦わせれば、勝つのは間違いなく後者です」
「なるほどな。
 そういうことであれば納得出来る」
 公爵は、髭をしごきながら首肯した。
「厳密に言えば、そこまでの偏りはないとは思いますが、それでもカトレア様のお食事はかなり偏ってらっしゃるのではないかと推察いたしました。
 伏せっておいででは、ある程度仕方のないことではありますが……。
 それを元にして、今度は献立を考えます。
 形としては、内側から体力作る、ということになりましょうか」
「うむ、ならば家中の者にも協力させよう。
 ジェローム」
「はい、直ちに」
 執事が出ていった。早速聞き取りを始めて貰えるようである。
「しかし、リシャールよ」
「はい、公爵様?」
「魔法や水の秘薬などは使わぬでよいのか?」
 これまでの治療とは、やはり大きく違うのだろうが、それはリシャールに出来るものではない。
「私は水のメイジではありませんし、秘薬にも詳しくありません。
 体内の水の流れなども、多少は感じることが出来ても、それを動かして整えるような知識も技術もありません。
 それに、魔法と秘薬で治せるものならば、カトレア様はとうの昔にお元気になられていてもおかしくはない、と思います」
 リシャールも、水の秘薬については考えていた。
 しかし、魔法薬ならば医者が処方していたであろうことは、想像に難くないのだ。ほぼ万能と言っていい、リシャールの知る現代世界の技術では未だ到達し得ない秘薬中の秘薬であるが、ここハルケギニアでは流石に高価ではあるものの、世間に名を知られる程度には流通している。先ほども、発作を抑える薬などと共に、水の秘薬がカトレアのそばに置かれていた。
「そなたの言うとおり、であるな……」
 ヴァリエール公爵は、これまでに呼びつけた医者の数でも思い出したのか、ソファに深々と沈み込んだ。

 その後、夕食までの間にカトレア付きのメイドを呼んでもらい、足湯の説明を行った。カトレアには午前と午後の二回、風呂に入れないようなら寝る前にもう一回、足湯に入ってもらうことにする。冷え性や風邪はともかくも、血の巡りを促して新陳代謝をよくしていくのに効果があるはずだった。風呂にも可能な限り毎日入って貰うようにする。火傷するほど熱くては困るが、汗を掻く程度には熱い湯で、と注文も付けておいた。
 リシャールは、基本的に自分の知っている健康法や食品知識に、リハビリに近い形で徐々に身体を鍛えることを加えて、カトレアを健康体に近づけていこうと考えていたのだった。多少なりとも体力が付けば伏せることも少なくなるだろうし、自分に出来るのはそれが精一杯なのだ。
 また、彼女は普段から伏せっていることも多いが、魔法を使った時に特によく体調を崩すと聞いた。魔法と身体の因果関係は、リシャールにも分からないことが多い。自身も魔法を使って数年になるが、魔法を使えば疲れ、休憩や睡眠で回復する、ぐらいの事しかわからない。
 この関係を線で結ぶことが出来れば、何がしかの解決策が見いだせるかも知れなかった。今すぐは無理でも、頭の片隅に留めておこうとリシャールは思った。
 もう一つ、それに関連して考えていたのは、腫瘍や遺伝病でもなさそうだ、ということだった。魔法が関連していなくてもその影響は身体に変化を及ぼすだろうから、どうやら違うと見てよさそうだった。
 ついでにペット、それも複数の動物が一緒にいても特にアレルギーなどの症状を見せているわけではなかったから、その線も薄い。それに、こういう表現はどうかと思うが、会った限りでは元気の良い病人、といった印象で、そこまで体が悪いようにも見えなかった。
 やはり、魔法と身体との関係が鍵になるのだろうか。
 カトレアの笑顔が脳裏に浮かぶ。
 綺麗な人だったなあと、あらためて思うリシャールだった。

 夕食の席に招待されたリシャールは、公爵夫妻やルイズと共に豪華な晩餐を頂戴し、その後、与えられた部屋でメイド達から聞き取ってもらった資料の整理にかかった。
 献立と食事の量を見ながら、別の紙にまとめて行く。
 流石に完全な栄養分の比率を憶えている、という訳ではない。しかしそれでも、前世でスーパーマーケットに十数年も勤務していたのは伊達ではない。大ざっぱにではあるが、傾向を絞る。
 まとめながら思ったのは、カトレアは全体的に食事の量が少なく、水分もあまり摂っていないということだった。長年の体調不良で、胃が小さいのかも知れない。
 しかし、極端にやせ細ったりはしていないから、運動の量も相当に少ないのだろう。悪循環を無理なく断ち切っていくことを、当初の目標にする。
 そして、やはり予想通りであったが、食事の内容は大きく偏っていた。肉類が少なく果物が多い。具体的な比率は出せないが、ビタミンは多くともタンパク質が足りていないようだ。野菜も少ない。肉を食べるのが無理であれば、豆類に頼るのもよいだろうか。
 明日からはカトレア本人にも協力して貰いながら、運動の方も始めることになる。そちらの方も記録を取りながら平行して行うから、案外忙しくなる筈だ。
 色々と考えていたが、気付けばもうかなり遅い時間になっていたので、リシャールも寝ることにした。

 翌日、朝食後にもう一度カトレア以外の公爵家一家に集まって貰い、今後の詳しい予定を決めたことを報告する。現在服用している薬なども、様子を見ながら少しづつ減らしていく旨も了承された。その他にも、厨房に入る許可が与えられ、料理長も紹介して貰うことが出来た。
 そのあと、カトレアにも詳しく説明をすると言うことでもう一度部屋を訪れることにする。これにはルイズが付き添ってくれるというので、お願いした。
 カトレアの部屋までの道すがら、リシャールはルイズに色々と質問をされた。リシャールとは歳も近いとあって、最初のような緊張も消えたようで、年頃の娘らしい口調になっていた。だが、リシャールがそれに付き合って口調を戻す、ということにはならなかった。流石に相手が公爵令嬢ともなれば気が引ける。
「ねえ、リシャール。
 ちいねえさまはどのぐらいで病気が治るの?」
「ルイズ様、多分私にはカトレア様のご病気は治せません。
 私が出来るのは、カトレア様が体調を崩される回数を減らしたり、今までよりもほんの少しお元気になるお手伝いをすることだけです」
「……そうなの」
 諦めたような表情をするルイズには申し訳ないし、カトレアの事を思えば、リシャールも何とかしたいと思う。だが、リシャールには無理だ。いや、この世界の医学を学んでも無理かも知れない。それで治るものならば、とうに水のメイジが完治させているはずだった。
「はい。
 ですがルイズ様」
「なに?」
「カトレア様のお身体が、今までより少しでもお元気になること。
 これはとてもよいことだと思われませんか?」
 ルイズは、はっとした様だった。
 彼女も気付いてくれたようだ。完治は無理でもカトレアの体調が良くなることは、カトレアはもちろん、公爵一家にとっても良いことなのだ。
「そうね。
 うん、それはすごく素敵なことだわ」
「はい、私もそう思います」
 屈託のない笑顔を見せてくれたルイズは、カトレアにとてもよく似ていた。

 やっぱり美人だよなあ。
 再びカトレアの部屋を訪れたリシャールの感想は、大半がそれで占められていた。
 容姿もそうだが、物腰のたおやかさやルイズ並にくるくると変わる表情にも惹きつけられる。
 いやいやと首を振り、邪念を追い出したリシャールは、カトレアに単なる客として呼ばれたのではない事を告げ、今後治療を施していくことについて、内容まで含めてきちんと説明した。ルイズには今朝の繰り返しになったが、それでも真剣に聞き入っていた。
「……という次第なのですが、カトレア様ご本人にも幾つかお願いがあります」
「まあ、何かしら?」
「まず、体調については、『このぐらいなら平気』と絶対に無理をしないようにお願いします。
 それから、体調が悪くなったり、疲れたりした時、異常を感じた時、それが必ず私の耳に入るようにしていただきたいのです。
 周囲に心配をかけまいと、苦しいのを一人我慢するというお心は貴いです。ですが、身体を癒すという面から見ると、とても酷い結果を呼びかねません。
 これだけは申し訳ないのですが、厳しく守って下さいませんでしょうか?」
 これは治療、というかリシャールの考えるカトレアの身体力強化にはとても大事なことだった。カトレアが我慢をしたとしても、リシャールが見抜ければ問題ないのだが、それは少々無理がある。
「わかったわ。
 リシャールの言うとおりにしましょう」
「ありがとうございます」
「いいのよ。
 お礼を言うのはわたしの方だわ」
「ちいねえさま、頑張って下さい」
 その後も散歩も含めた軽い運動をすることや、午前午後の足湯、お茶の時間にはリシャールの用意する薬湯を飲んで貰うことなど、今後の予定を順に話し終えた頃にはもう昼になっていた。

 カトレアには、食事を終えてからは昼寝の後に散歩、夕食は朝昼や午後のお茶に添えられた茶菓子の減り具合を見てから決める、ということにしてもらう。リシャールは場合によっては、夜食を加えても良いかと考えていた。
 カトレアが昼寝をしている間に夕食の仕込みの準備だけはしておこうと、リシャールは厨房を訪れて料理人たちに幾つかの指示を出したり、また自分で仕込みをしたりと結構忙しい時間を過ごした。
 そのうちにカトレアが昼寝を終えたとメイドが呼びに来たので、リシャールは慌ててカトレアの部屋に向う。ルイズは先に来ていて、準備はもう出来ているようだった。
「では行きましょう。
 リシャール、この子達も連れていっても大丈夫かしら?」
「ちいねえさまは動物が大変お好きなのよ」
 カトレアの足下には動物達が並んで、隊列らしきものを組んでいた。
「もちろん、大丈夫ですよ。
 この子たちは、カトレア様の言うことなら素直に聞くのでしょう?」
「ええ、そうよ。
 みんな素直で良い子たちばかりなの」
 こうして、午後の散歩は大勢で行うことになった。

 とりあえず皆で庭に出て、カトレアに歩調を合わせてゆっくりと歩く。これまでも、体調の良い日などはこうして散歩することが多かったそうだ。それでも今日は初日と言うこともあって、それまでよりも短めに、休憩を挟んで五分程度ということにしておく。あとは毎日様子を見ながら、少しづつ伸ばしていけばいい。
 動物達は、やはり整然とまではいかなかったが、それでも大人しく着いてきていた。
「カトレア様、動物がお好きと言うことであれば、僕の使い魔もお呼びしましょうか?」
「あら、もうその歳で使い魔を?」
「えっーと、どんな種類かしら?
 リシャールは土のメイジだから……モグラ?」
「それは見てのお楽しみ、ということにしましょうか。
 ちょっと呼んできますので、こちらに座ってお待ち下さい」
 庭木の作る木陰のあたりに人が座れる大きさの発泡スチロールの立方体を二つ錬金してから、リシャールはアーシャのところへと向かった。散歩の途中だが、休憩をはさんで貰うのも良いだろう。
 アーシャは昼寝をしていたようだが、リシャールが近づくとこちらを向いてくれた。
「きゅー」
「アーシャ、紹介したい人がいるんだ。
 一緒に来てくれるかな?」
「きゅ」
 竜に乗ってどたどたと歩いていくのもおかしなものなので、竜舎の外に出てから飛んで戻った。
「まあ!」
「え、りゅ、竜!?」
「はい。
 私の使い魔、地竜のアーシャです」
「きゅー」
 カトレアは大喜び、ルイズはびっくり、という風であった。アーシャはカトレアに鼻先を撫でられて大人しくしている。ルイズはびっくりしたままで、リシャールの隣で固まっていた。
「リシャールってすごいのね……」
「うーん、よくわかりません」
 見ればアーシャは、カトレアの匂いを憶えるかのようにふんふんと鼻を鳴らしてカトレアにすり寄っていた。連れてきた動物たちはアーシャに恐れを為したのか、少し離れたところでひとかたまりになっている。
「竜ってもっと恐いのかと思ったけれど、ずいぶんと人なつっこいのね」
「カトレア様だから、なのかもしれません。
 使い魔と言うこともあるのでしょうが、お部屋の動物たちのように、アーシャも何かを感じているのかもしれませんね」
「そうよね。
 流石ちいねえさまだわ。
 ねえ、わたしが触っても大丈夫かしら?」
「もちろん大丈夫だと思いますが……そうですね、やさしく撫でてあげて下さい」
「わかったわ」
 ルイズはアーシャを撫でに行った。カトレアと二人、楽しそうにアーシャと戯れている。
 アーシャはルイズにも、カトレアと同じように匂いを嗅ぐ仕草をした。
 マルグリット達にはそんなことはしないのになあとリシャールが考えていると、いつのまにか側に来ていたアーシャに左手をがぶりと噛まれた。
 初めてかも知れない。声を上げるほどではないが、結構痛かった。
「ア、アーシャ!?」
「きゅ」
 アーシャは小さく返事をしてから、カトレアの方に頭を寄せた。
 そこでやっとリシャールは気が付いた。アーシャが、カトレアのことで何か言いたいことがあるらしい。
 アーシャとは、最初に約束をしたのだ。
 人前でどうしても伝えたいことがある時は、リシャールが怪我しない程度の甘噛みをすること、と。
「アーシャ、ごめんね。
 あとでいっぱい飛ぼうか」
「きゅい」
 こくんと頷いたアーシャだった。

 散歩も終えたが夕食までは時間があると言うことで、カトレアには部屋で読書でもしながらのんびりして貰うことにした。リシャールはアーシャの機嫌をとってくると言って、ルイズやメイド達にカトレアをまかせ、竜舎に戻った。
 早速上空に出て、アーシャの話を聞くことにする。
「アーシャ、カトレア様がどうかしたの?」
「うん。
 カトレアは水の精霊?」
「いや、違うよ?」
 どうしたのだろうか。
「もしもカトレアが人間なら、水の力が強すぎる。
 体が保たない」
「なんだって!?」
 リシャールにとっては衝撃的だった。だが同時に納得もした。
 確かにメイジの医者では判じ得ない。アーシャでなければ、わからないことだった。
「カトレアが水に愛されているなら大丈夫だけれど、そうじゃないもの。
 カトレアも水の精霊も可哀想」
「そうなのか……。
 でも、どうすればいいんだろう」
 精霊、つまりは先住魔法である。
 その使い手など知り合いにはいない。もちろん、エルフはもってのほかだった。個人的にはゲームなどで見慣れた美しい姿を見てみたいと思っていたが、ハルケギニアでは人間とエルフは敵対していたから望み薄である。
「リシャールはカトレアを助けたいの?」
「もちろんだよ」
 根治に繋がる糸口が見えかけたというのに、リシャールはものすごい無力を感じていた。
 二人の間に、しばらく沈黙が流れる。アーシャもカトレアのことを気にかけてくれたのだろうか。
「リシャール」
「うん」
「アーシャは父様なら方法を知っているかも知れないと思う」
「アーシャのお父さん?」
「父様は色々なことを知っている。
 カトレアを助ける方法を知っているかもしれない。
 助ける方法は知らなくても、そのための道筋は知っているかもしれない」
「なるほど……」
 年を経た韻竜ならば、或いは可能なことかも知れない。
 頼れるものなら、頼りたい。
 しかしそれはリシャール自身の力ではないし、アーシャの父親の手まで煩わせるのはどうかとも思った。
 でも、それでも。
 カトレアが良くなるのなら。
「……アーシャ、お願いしてもいいかな?」
「うん。
 アーシャはリシャールのために聞いてくる」
「ありがとう、アーシャ」
 本当に、使い魔とは幸運を運んでくる存在なのかも知れない。
 リシャールは、アーシャの背にぎゅっと抱きついた。







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