ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二十三話「ラ・ヴァリエール」




 仕事始めの挨拶も早々に、例によってアーシャに騎乗し一日かけて王都へと向かったリシャールだった。夕刻前には無事到着し、祖父の屋敷に向かう。背中には、年末に完成した片手剣を背負っていた。もちろん使う気はない。こちらで売って、懐の足しにしようとしたのである。
 リシャールは剣にはそれほど自信はないし体力も低い方だったから、鉄杖にブレイドの呪文をかけて、魔法刃として使った方がまだ良いのだ。片手剣と比べても、重さでは鉄杖の方がずっと軽い。鍛冶仕事も力を使う部分はゴーレム任せで、筋力にもあまり自信がないのだ。
 それはそうと、年も明けてリシャールは十三になった。誕生日が、丁度降誕祭の休暇中なのだ。もちろんマルグリットらには、ラ・ロシェールで祝って貰っていた。
 だが、年始である。錬金鍛冶の税を納めにアルトワに出向かないとなあと、現実を思い出す。年末に計算したところ、納める税は二千五百エキュー少しになった。手元には六千エキューが、ギルドの預託金には二千エキュー近くがそれぞれ残っているが、なんとも高いなと気が重くなった。

「リシャール、よう来たの」
「年末は世話になったな、リシャール」
 既に出来上がっている祖父と、こちらも程良く酔いが回っているギーヴァルシュ侯爵に歓迎され、席を勧められる。テーブルには既に三種類の香味酒の入った酒瓶が置かれていた。半分以上減っているところを見ると、既に試飲にかこつけた単なる酒宴になっているようだった。
「まあ飲んでみろ、リシャール。
 わしのお勧めは、このムラサキヨモギを壷で熟成させたやつじゃな。
 苦みが酒に深みを与えておる」
「わしは甘い方が好きなのでな、この桃りんごを漬けた酒が良いと思うぞ。
 これでこそ肴が引き立つというものよ」
 リシャールも一口づつ飲み比べてみたが、ムラサキヨモギは癖の強い辛口の焼酎、桃りんごの方はホワイトリカーで漬け込んだ果実酒の様な感じがして、少々懐かしかった。
 しかし、彼の本命は焦がしたビール麦を漬け込んだ香味酒だった。少々もの足りなくはあるが、ウイスキーのような感じに仕上がっている。樽で数年熟成させれば、間違いなく良い酒に仕上がるはずだ。
「私はこのビール麦の香味酒が気に入りました。
 樽で二、三年寝かせれば、角も取れてすばらしい物になると思いますよ」
 二人の老貴族は顔を見合わせてから、あらためてビール麦の香味酒に手を伸ばしてみた。
「なるほどのう、熟成期間を見越すか」
「そう考えれば、確かに悪くないのう」
「はい、ムラサキヨモギも桃りんごも、どちらかと言えば水分の多いものですから、早く酒に馴染むのでしょう。
 この二つは若い方が美味い酒、ということになりますでしょうか。
 焦がしたビール麦の方は、逆に時間をかけるのがよいかと思います」
 二人は頷き、リシャールの言を取り入れたモリスは、ムラサキヨモギと桃りんごの香味酒を先に市場に流すこととし、ビール麦の方は、仕込みは続けるが暫くは寝かせておくことに決めた。
「しかし見事に三者三様、好みが別れたのう」
「最初にリシャールが言うた通りになったわい」
「他にもまだまだ、埋もれている材料があるかも知れませんね」
「それも楽しみじゃなあ」
 更に酒杯を傾ける三人だった。
 その後も夜遅くまで今後のことなどが話し合われた。肴も様々に用意されていたが、既に粗方は三人の腹の中に片づけられていた。リシャールも、先日のエルランジェでの試飲ほどではないにしろ、かなりの量を飲んだ。
「ところでリシャールよ」
「はい、お祖父さま」
「このうちからの、ムラサキヨモギと桃りんごの二本を用意しておくのでな、明日訪ねて欲しい場所があるんじゃ」
「はい、わかりました」
 リシャールも適度に酔いが回っていたので、訪れる場所を聞くことなく、気軽に請け負った。

 明けて翌日。
 リシャールはまたもや借りた衣服を身につけて、紋章のついた馬車に乗せられていた。祖父は別の用があるとかで同行していない。
 馬車の行き先は、ラ・ヴァリエール公爵家の王都別邸。リシャールはどうしてこんなことにと、安請け合いしたことを後悔せずにはいられなかった。
「ヴァリエール公には失礼のないようにの。
 まあ、孫がお届けに上がるとは伝えてあるので、何も心配はせんでいい」
「文武両道、質実剛健を絵に描いた様な人物だが、客人として伺うのだから、しゃんとしておれば問題なかろう。
 ああ見えて、情に脆いところもあるしな」
 昨夜の酒席では祖父は気楽に言っていたし、ギーヴァルシュ侯もそれを肯定していたような気もする。酔った頭で話を聞いていたことは、今更悔やんでも仕方がない。
 それよりも、である。
 ラ・ヴァリエールと言えば、リシャールでさえ名前に耳馴染みのあるほどの大貴族である。トリステイン王国に存在する封建領主としては、一、二を争うほどの権勢を誇る家だった。領地はアルトワを流れる川の下流に位置し、ゲルマニアと国境を接する。最近はフネを使った物流のおかげもあり、以前よりもアルトワとつながりが密接になったとも聞いている。
 胃がきりきりとしてきた。
 しかし、屋敷はもう目の前である。祖父の顔に泥だけは塗るまいと、リシャールは心を引き締めた。

 祖父の家でもそうだったが、リシャールは侍従やメイドに客人扱いされることに慣れていない。しかもここは天下の公爵家、立ち働く彼らもまた一流であることを肌で感じ、萎縮してしまうリシャールだった。
 緊張を押し隠せないままに、案内された客間で待つことしばし。
 夫妻らしき人物が現れた。
「お初にお目にかかります。
 リシャール・ド・ラ・クラルテと申します」
「よく参られた。
 エルランジェ伯からは話を聞いている、私が当家当主のピエールだ。
 こちらは妻のカリーヌ」
「よくいらしたわね。
 歓迎いたします」
 リシャールの緊張はさらに増した。
 直感が告げている。
 この二人はやばい。特にカリーヌ夫人はやばい、と。
 気分としては、こちらのミスでどうにもならない状態になったクレームの処理を、お前一人でやれと言われたときに似ていた。
 お酒を届けに来ただけなんですごめんなさい勘弁して下さいと叫んで、土下座してしまいたいリシャールだった。

 香茶や茶菓子などが運ばれてきたが、無論リシャールにはそれに手をつけるような余裕など無かった。
 胃が痛い。
「そこまで緊張せずとも良かろうに。
 ……いや、飾っても仕方あるまいな。
 ギーヴァルシュ侯らに聡いと言われる君ならばもう気が付いているかも知れぬが、酒のことは別件だ。
 リシャール、単刀直入に聞くぞ」
「はい、公爵様」
「先日ギーヴァルシュ夫人の病を一晩で治したそうだが、これは事実か?」
「はい」
「どのような治療を施したのだ?」
「治療と呼べるほどではないのですが……」
 何故そんなことをと思いながらもリシャールは前置きして、コリンヌ夫人に対して行った足湯と生姜湯について、公爵夫妻に話をした。夫妻は合間に口を挟むこともなく、真剣に聞き入っていた。
「以上のような次第です」
「なんと……。
 そのような施療は聞いたこともないぞ」
「そうですわね。
 リシャール、侯爵夫人は確かにそれだけで快復されたのですか?」
「はい、私が手を出したのはこの二点だけです。
 私自身も首を傾げたのですが、コリンヌ様は、翌日には元気に出歩いておられました」
「ふむ……」
 ヴァリエール公爵は、考え込んでいるようだった。夫人はちらりと公爵を見てから、目を閉じた。
「リシャール」
「はい、公爵様」
「すまぬが、早いうちに本邸の方に来て貰えぬか。
 娘を、診て貰いたい」
 ヴァリエール公爵が頭を下げたので、リシャールの方が驚く。
「あの、えっと、ちょっとお待ち下さい。
 お嬢様が、どこかを悪くされているのですか?」
 若干素に戻ったリシャールだった。公爵家の当主たる者が、軽々しく子供に頭を下げていいものではない。
 しかし、それだけ真剣なのだろう。茶化されたりといった風では、もちろんなかった。
「悪いのは間違いないが、皆目わからんのだ。
 医者も半ば匙を投げておる。
 君については、先日ギーヴァルシュ侯らと話す機会があってな。
 逆に医者でない君ならば、もしかすればと……。
 親の我が儘と思ってくれて構わない。
 何卒頼む」
「私からもお願いします」
 夫妻の真剣さに、リシャールは再びびくんと緊張した。もちろん、その雰囲気に断れそうにもなかった。空気に飲まれた部分もあるが、心を打たれたと言いかえてもいい。
「お二人とも、勿体のうございます。
 頭をお上げ下さいませ。
 ……正直を申し上げれば、今のところは私に何が出来るのか、わかりません。
 何も出来ずに、終わるかも知れません。
 それでもお嬢様に対しては、真摯に、かつ全力でことにあたると、それだけはこの身に賭けてお約束いたします」
 リシャールは深く頭を下げた。頼まれているのはこちらだが、立場の差もあるし気持ちの問題でもある。公爵夫妻が娘の身を真剣に案じていることは、間違いなくリシャールの心に届いた。
「無理を言うて済まぬ。
 だが、娘の苦しむ姿は見ていたくないのだ」
「快復は無理でも、少しでもあの娘が楽になるのならばと願ってやみません。
 リシャール、よろしく頼みましたよ」
「はい、頑張ります」

 その後リシャールは、病気の状態や普段の様子などを聞き取って、一旦ギーヴァルシュに帰って準備をしてからお嬢様のいらっしゃる公爵領の本邸にお伺いすると約束して、屋敷を辞した。
 しかし、どうすればいいのか。
 医者にも匙を投げられたとなると、可能性は低いが遺伝病などの、ハルケギニアでは知られていない病気の可能性もある。癌などの腫瘍ならば、病巣を取り除く必要があるだろうが、これでは太刀打ちのしようがない。
 いずれにせよ、本人に会ってみないことにはどうしようもないのである。とりあえず、腹だけは括った。
 それよりも、留守の間商会の方をどうするかが問題だった。シモンらには迷惑をかけるわけには行かない。経営の方はマルグリットまかせでも良いだろうが、野盗などに襲われればひとたまりもないのだ。
 真面目な面もちで屋敷に帰り着いたリシャールを、祖父モリスが迎えてくれた
「どうじゃった、リシャール」
「お祖父さま……」
「驚いたじゃろう?
 無理を押しつけたようで済まなんだな」
「いえ、公爵様ご夫妻の真摯なお心持ちは確かに受け取りました。
 僕は、僕に出来る限りのことをします」
「そうか」
 うんうんと頷いた祖父だった。祖父なりに思うところがあったのだろう。
「それでお祖父さま、その件で少しお願いがあるのですが」
「なんじゃ?」
「お祖父様の領地から、しばらくの間、兵士をお借りできませんか?
 もちろん費用は私が持ちます」
「兵士!?
 何をするつもりなんじゃ?」
 祖父も、流石に目を剥いた。病を治療しに行くのに兵士とは、どういうことであろうかといった雰囲気だ。
 もちろん納得して貰わねば困るので、リシャールは続けた。
「はい、多分ですが、とても数日ではギーヴァルシュに帰れないと思うのです。
 くれぐれも秘密にしていただきたいのですが、ラ・クラルテ商会には私も含めて女子供しかおりません。
 普段は私と使い魔がおりますから襲われることはないでしょうが、長期に渡って加工場を留守にするとなると話は違ってきます。
 いまも資金として数千エキューは置いていますし……」
 単なる傭兵では信用できないのが難点だった。リシャール自身が不在となってしまうために、少なくとも、隊長格の人間には信用のおける者を据えなくてはならないが探している暇はない。そこで手早く手配するために頼ったのが、祖父の持つ常備軍である。
「なるほど、合点がいったわい。
 お主が留守にしておる間、そちらの守りをどうにかしたい、というわけじゃな」
 説明を受けたモリスは納得したようだった。
「はい、お願いできますでしょうか」
「それならば構わん。
 元はと言えば、わしが持ってきた話じゃからの。
 こちらで何とかしよう」
「ありがとうございます」
「まあ、疲れておるじゃろうし、今日はもう休め。
 明日からすぐに動くのじゃろ?」
「お祖父さまには何でもお見通しなのですね」
「当たり前じゃ、我が孫のことであるからの」
 快活に笑って締めくくった祖父だった。

 そのまま祖父の家に一泊したリシャールは、翌日ギーヴァルシュに戻った。
 早速、マルグリットらと打ち合わせる。翌日にはアルトワ経由でラ・ヴァリエール領を目指してとんぼ返りしなくてはならない。
「そういうわけで申し訳ないのですが、商会の方はマルグリットさんに全てお任せすることになります。
 長くても月に一度ぐらいは戻るようにはしたいと思いますが、どうなるかわかりません。
 最悪でも、僕の首が胴体と別れる程度で済むとは思うのですが……」
「きゃっ!」
「それはちょっと困ります」
「いくらなんでもそこまでは……」
「まあ、僕もそこまでのことはないとは思いますけどね。
 マルグリットさんは今後は会頭代行と言うことになりますので、この指輪を渡しておきます」
「確かにお預かりしました」
「ヴァレリーさんは加工場長として、こちらを仕切って下さい」
「畏まりました」
 リシャールは指輪を抜いて、マルグリットに手渡した。さらに机の上に金貨の詰まった袋を置く。
「あと、こちらもお願いします。
 ざっとですが、三千エキューはあります。
 これは商会の運営資金にしてください。
 また、必要に応じてギルドの預託金の方も引き出せるようにしておきます」
「そんなに……いえ、頑張ります」
 預けられた金貨の量に驚きながらも、マルグリットはしっかりと引き受けてくれた。
「はっきりとした期間がわからないのです、ごめんなさい。
 ……それからこれも仕方ないのだけれど、ミシュリーヌ」
「はい」
「魔法を教える約束をしていたのが守れなくてごめんね」
「いいえ、それは大丈夫です。
 元はなかったんですから」
「毎日少しでも魔法を使っていれば、魔力自体は伸びると思うから、それだけは続けてもいいかな。
 けれど、決して無理はしないようにね」
「はい、リシャールさん。
 リシャールさんも無理はしないで下さいね」
「うん、ありがとう」
 リシャールは、彼女達を信じて商会を託したのだった。

 部屋の片付けや兵士の詰め所の準備、デルマー商会への手紙などで半分徹夜となりながら、リシャールは早朝にギーヴァルシュを後にした。
「疲れてるだろうけど、ごめんね」
「大丈夫。
 リシャールの方が心配」
「ありがとう、アーシャ」
「きゅ」
 そのまま一日飛行を続け、夕方遅くにアルトワに着いたリシャールは実家に戻り、家族には申し訳ないながらも、挨拶もそこそこに部屋で寝ることにした。流石に強行軍で疲れていたのだ。
 翌朝、その日中にラ・ヴァリエール領に到着すればよいかと考え、朝のうちに諸々の手続きを済ませることにした。
 ギルドではマルグリットを正式に会頭代行として立てて印章を預けたことを申し送り、城館では錬金鍛冶師としての税二千五百エキュー余りを納めた。これで一安心ではあるが、リシャールの手元には、アーシャの食事代も含めた四百エキューほどしか残らなかった。残りはマルグリットに預けてある。
 伯爵やクロードとも挨拶を交わしていると、もう昼になっていた。一旦母と共に実家に戻って手料理をご馳走になった後、リシャールはいよいよラ・ヴァリエール領へと飛び立った。

 ラ・ヴァリエール公爵の領地は、アルトワから見て北に位置する。アーシャには川に沿って飛んで貰い、適当な人里に降りては大体の位置を聞いて城を目指す。
 アルトワからさほど離れていないせいもあり、夕方前にはラ・ヴァリエール公爵の居城に到着した。
 でかい。
 第一印象はそれであった。まさに城である。アルトワの城館と比べては失礼に当たるかもと思うが、王城ほどではないものの相当に大きな城であった。
 例の如くアーシャに緩い旋回をお願いしてから、城門の少し手前に着陸した。
 こちらにやってきた兵士に来訪の旨を告げると、話はもう伝わっていたらしく、丁寧な歓迎の言葉と共に迎え入れられた。リシャール一人を通すために、城門脇の大きなゴーレムが跳ね橋を降ろしていく。圧巻だった。
 中庭も広く、中央の城館もこれまた立派だった。さすがに大きいだけあって竜舎などもあるようで、アーシャはそちらに預けた。

 城館のホールでは公爵夫妻とともに、リシャールと同じ年頃に見える少女が出迎えてくれた。なかなかの美少女だ。カリーヌ夫人も若い頃はさぞやと、余計なことを考える。
「リシャール、急いで貰ったようで悪かったな」
「わざわざのお迎え、ありがとうございます、公爵様。
 カリーヌ様にも、ご機嫌麗しく存じます」
「リシャール、よく来てくれました。
 それに今回はこちらが我が儘を通しただけのこと。
 礼には及びません」
「ありがとうございます。
 あの、そちらのお嬢様が、お話にお伺いしたお嬢様ですか?」
 割と元気そうに見える。痩身ではあるが、病を患っているという感じではない。
「いや、伏せっているのは次女でな、これは三番目の娘だ。
 ルイズ、挨拶をなさい」
 夫人と同じ桃色髪の少女が、リシャールに向かって一礼した。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。
 ようこそいらっしゃいました、リシャール様」
「お初にお目にかかります。
 私はリシャール・ド・ラ・クラルテと申します、ルイズ様」
「長女は王都のアカデミーにいるのでここでの紹介は出来んが、娘は三人いる。
 ……そういうわけでな、リシャール。
 君にお願いしたいのは次女のカトレアなのだ。
 来て貰って早々で済まぬが、先に逢ってやってくれぬか?」
「もちろんでございます、公爵様」
 リシャールも一礼し、カリーヌ、ルイズとともに公爵に従い、カトレアの部屋へと向かった。

 屋内の装飾も一級品だなと考えながら廊下を歩いていた道中、リシャールはルイズに声をかけられた。
「あの、リシャール様」
「はい、何でございましょうか、ルイズ様?」
「あなたはそのお年でお医者様をされているのですか?」
「いえ、違いますよ」
「えっ!?
 じゃあ、何しに来たのよ?」
 どうやらこちらが素であるらしい。年頃らしい元気さに、思わず顔がほころぶリシャールだった。リシャールは中身のせいか、同じ年頃の娘は皆子供に見えてしまうところがあった。
「はい、もちろんカトレア様のためです。
 念のために申し上げておきますと、私が医者でないことは公爵様もご存じです」
「ルイズ」
「はい、お父様」
 公爵は立ち止まってルイズに声をかけた。
「無論、私も彼が医者でないことは聞いている。
 それでもな、少しでも望みあるならば、少しでもカトレアがよくなるのならば……そう思ったのだ」
「はい。
 ……リシャール様、失礼いたしました」
「ルイズ様、私のことはリシャールで結構ですよ?」
「では、リシャール」
「はい」
「ちいねえさまのこと、よろしくお願いします」
 ルイズも深く頭を下げた。潔さも家系なのだろうか。
「もちろんです、ルイズ様」
 カトレア嬢は家族に深く愛されているのだなと、リシャールは思った。なるほど、ギーヴァルシュ侯の仰っていた情に厚いというのは、こういうことなのかと気付く。
 そのうち、重厚な扉の前で皆が立ち止まった。
「カトレア、起きているか?」
「はい、お父様」
「入ってもよいか?」
「もちろんですわ」
 耳心地のよい、若い女性の声がした。

 開いた扉の先には、ベッドに半身を起こした女神がいた。
 少なくとも、その時のリシャールにはそう見えたのだった。







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