ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第十四話「ラ・クラルテ商会、始動」




 その日の夕方、魅惑の妖精亭の前で待ちかまえていたリシャールの前に、無事荷馬車が到着した。そのままリシャールも乗り込んで、エルランジェ伯の屋敷に向かってもらった。
 屋敷の通用口の方には、既に顔見知りになった従者が待ってくれていたので、リシャールもレビテーションで手伝いながら食材倉庫の隅に並べていく。剣だけはそこに置いておくわけにいかなかったが、とりあえず後回しにした。
 御者にさっきの店は知っているかと聞くと、にやりと笑って知っていると答えたので、心付けを渡していってらっしゃいと送り出した。
 このあたりは、アルトワの市場での人間観察が役に立っていたと言えよう。元々店勤めをしていたこともあり、この世界の商売にも興味があったから、袖の下ともチップとも言える『潤滑油』については、こんなものかと何となく理解していた。
 荷の確認をしていると、祖父も興味を惹かれたのか食料庫にやってきた。
「リシャール、明日の夕方にあ奴の屋敷に行く予定でよいか?」
「はい、武器屋に用があるので昼以降でしたらいつでも構いません」
「なんぞ作ったのか?」
「片手剣と両手剣です」
「ほうほう、見せてみい」
「はい、お祖父さま」
 包みを解いて真新しい剣を祖父に差し出す。
 ジェルヴェに教えられた製法をアレンジしたリシャール独自の構造になっている剣は、従来のものよりも折れにくい工夫を施してあるのだ。
 ジェルヴェからは、粘りのある中心部を堅固な外殻で包むような構造にすると折れにくい剣に仕上がると教えられた。リシャールはこれに対してもう一歩考えを進め、ゴーレムで通常人間が打つよりも強い力で槌打たせて粘り強く鍛えた上に、魔力を使って強烈な圧力を加えて芯を作った。外殻はより硬度が高くなるように、刃になる部分の鉄は炭に加えて魔力も使った高温で処理をして、リシャールの知る鋼鉄に近いものを作り出していた。余計に炭を消費したのはこの為である。
 四本の片手剣は、長さも大きさも一般的なものにしておいた。練習を兼ねてまったく同じ物に仕上げてみたのだ。
 それに対して両手剣の方は、構造は先のものと同じ製法で作り、デルフリンガーをモデルにして僅かに曲線を描いた刀身をした似非日本刀風の大剣に仕上げてあった。鉄量が多いだけでもより大変だったが、手間も掛かっている。特に、バランスには気を使わざるを得なかったのだ。そうでなくとも、そのままではリシャールに振り回せる重さではなかったから、制作途中でレビテーションをかけては振り回して、試行錯誤しながら刀身の肉厚なども決めていったのだった。ゴーレムに持たせて試したが、切れ味も良い感じで、自分でも満足の品となった。
「ふむ。
 ……リシャール」
「はい、お祖父さま?」
「この大剣、わしに預けて見んか?
 なに、悪いようにはせん」
 祖父モリスは何やら思いついたらしい。ちょっと目が笑っている。
 元々、デルフリンガーが格好良いなあとか、武器屋の親父を驚かせてみようとか、そういう理由で作った剣であった。もちろん、持てる力の全力を注いで真面目に作った物でもあったから、祖父が興味を持ってくれたことは素直に嬉しかった。
「はい、ではおまかせします」
「うむ、まかされた」
 はっはっはと笑いながら、祖父は大剣を持ってどこかに行ってしまった。

 翌日の朝、リシャールは片手剣を持って、武器屋を訪れていた。
「ほう、見事だ」
「ありがとうございます」
「これならすぐに買い手が着く。
 そうですな……一本あたり七十エキューで如何です?」
 並品の片手剣の新品で市価が百から百五十エキューだったから、逆算すると売値は最低でも二百以上、十分に上物と評価されたようであった。
「それでお願いします」
 一気に二百八十エキューもの大金が、リシャールの懐に入ってきた。アーシャの食餌を考えても、ふた月は余裕が出来たことになる。
 これならば店を開いても、月に一本でも売れれば充分に採算がとれる可能性が出てきた。なんなら人を雇ってもいい。アーシャの食事代にも余裕が出来る。イワシの件が上手く行くようなら、少し方針を転換しても良いかも知れない。
 アルトワで、セルジュの前では行商云々とは言ったが、リシャールも店を持ちたくないわけではない。いきなり店を開くほどの資金がなかったせいもある。今だって、確固とした将来への布石というほどのものではないが、ずっと行商人のままというのもありがたくない。
 それでもこの調子で行けば、そう遠くない時期に店を持つことは出来るはずである。魔法と前世の知識というアドバンテージを考えると、歳を割り引いても好スタートを切ったと言えるだろう。

 その後、例の如くアーシャに差し入れをしたリシャールは、竜牧場の方にももう一泊分の代金を支払ってから市場に向かい、貴族向けの高級店を巡って肉や生魚、野菜、香辛料などを仕入れた。数人分とは言えこれだけでも十五エキューが飛んでいったが、投資投資と自分に言い聞かせて屋敷に戻った。
 それから壷と袋を確認して、またも叔父のお古を借りて着替えると、ギーヴァルシュ侯爵の屋敷に伺う準備も整った。
「うむ、よいか?」
「はい」
「楽しみだわ」
 祖父母らと共に馬車に乗り込む。食材は苦手な氷を錬金して、もう一台馬車を用意して貰って壷と一緒にそちらに預けた。そちらの馬車の方には、特に同行を指名されたエルランジェ家の料理長も乗っている。

「待ちかねたぞ」
「はい、先月振りでございます、侯爵様。
 ギーヴァルシュ領はよい土地でした。
 おかげで良い品が出来ました」
 半分は世辞にしても、実際良い土地だったとリシャールは思っていた。治安もよくて、田舎であるというのを差し引いても物価が安かったから、人々の暮らしぶりは悪くないようだった。
「うむ。
 楽しみにしておるぞ。
 今日はリシャールが料理の差配を奮うのであったな」
「はい」
「では、わしはそこのくそじじいとチェスでもしておるので宜しく頼む」
「はい、厨房をお借りして参ります」
「リシャール、こ奴の分は例の物のかわりに岩塩の塊でも皿の上に載せておけばよいからな」
「ぬかせ!
 リシャール、そこの老いぼれにはスープと称してただの湯を出すように。
 くれぐれも頼んだぞ」
 なんとも返事に困るお題を出されたものである。

 その後リシャールは一人厨房に案内されて、着替えてから改めて食材およびエルランジェ、ギ−ヴァルシュ両家の料理長と対面した。
 伯爵家の孫が自ら厨房に入るというのがそもそもおかしな話なのだが、リシャールとしては、ここは食材を販売するラ・クラルテ商会のセールスマンとして譲ってもらいたい所でもある。
「お二人には、要所要所でとにかく味見をして貰いたいと思います。
 特に熱を加えた場合や、他の食材と合わせたときにどのように味が変わるかを実際に確かめていただきたいのです。
 私もある程度の料理はできますが、そこまでです。
 その道を長く勤められているお二人の方が、必ずこれらの材料の良さを引き出せる筈ですので宜しくお願いします」
 二人は頷いて了承してくれた。
 早速食材それ自体の味見をして貰ったりしながら、時間のかかる出汁の準備からはじめる。
 イワシとは別に買ってきた食材についても、侯爵伯爵の食卓に出してもよい上質のものか聞いてみたが、上等の部類にはいると太鼓判を押してくれた。
 今回は祖父母と侯爵夫妻の計四人分が必要なのであるが、味見に試食にと途中でかなり減りそうなので、最初から多めに作ることにする。
 買ってきた魚や肉の焼き加減などについては料理長達に任せ、リシャールは網焼きやソースなどを仕上げていった。
 合間に料理長達にも聞いてみたが、アンチョビもどきもオイルサーディンも、存在すら知らなかったという。昆布にいたっては二人とも顔を見合わせて変な顔ををしていた。味については概ね好評で、自分たちでも何か作りたいと料理人の血が騒いだようだったので、リシャールは喜んで任せることにした。

 その後は作法に従って、前菜から順に出していって貰うことにした。感想を聴きに行く余裕もなく、リシャールも料理を仕上げていった。
 リシャールは市場で運良くトウガラシが手に入ったので、ニンニク、アンチョビもどきとあわせてイタリア風のソースを考えていたが、これが予想以上に料理長達に衝撃を与えたようだった。また、昆布だしと煮干しを合わせた合わせ出汁の方も高評価だった。海沿いの地域で出される雑多な魚介類を煮込んだ味の濃いスープとは違ってさっぱりとしているので、味の薄い野菜を美味しく料理できそうだと二人して張り切っていた。

 そうこうしているうちにようやく一通りの作業を終えたので、厨房を辞して四人の待つサロンへと向かった。手には、頭と腹を取って炙った煮干しをいれたカゴを持っていく。
「失礼致します」
「おお、戻ったか」
「ご苦労だったな、リシャール」
 二人は笑顔で向かえてくれた。
「十分に口を楽しませてもらったぞ」
「うむ、イワシがああも変わるとはな。
 良い味だった」
 ご婦人方にも口々に味を褒められた。良い感触のようである。
 最後に持ってきた炙った煮干しも、蒸留酒に合う酒肴ということで良い評価を貰ったようだ。
「さて、リシャール」
「はい、アルチュール様」
「これは確かに売れるとわしも思った。
 だが実際、どのぐらいの利益を上げられそうじゃ?」
 リシャールも幾つかの案を考えていたのだが、少し迷っている点もあったので正直に話してみることにした。
「そうですね……。
 商人にかけられる商税は二割ですから、当初お納めできるのは、月に三十エキューほどになると思います」
 ちなみに商人に掛けられる主な税は、地盤となる本拠地のある場所の領主に支払う領税が二割、商売をした場所でその地の領主に支払う商税が二割の合計四割にもなる。他に、義務ではないが教会への寄進も疎かには出来ない。割ときついのだ。国外との取引なら更に関税がつく。トリステインでは国内に関所がないだけ、まだありがたいといえた。
「うむ、商売をはじめたばかりの商人にしては悪くない数字だ」
「立ち上げの準備にしばらくかかるとしても、最初の一月は油漬けと干物のみです。
 塩油漬けの方は仕込みに時間がかかりますから、その後になります。
 何人かは最初から雇い入れるにしても設備の問題もあって生産の規模も小さく、一日の製造分が全部売れても十エキューにもなれば良い方でしょう。
 天候によっては生産も止まります。
 それでも、ふた月目からは塩油漬けも市場に出せますので、倍の六十エキューはお納めできると思います」
「いきなり倍か!」
「はい、倍です」
 祖父達やスカロンはもちろん、料理長達さえ唸らせた塩油漬けことアンチョビもどきである。リシャールはいけるものと見ていた。
「ではそちらの方も楽しみにしておるぞ」
「はい、頑張ります」
 どうやら、これまで以上に忙しくなりそうだった。

 その日はしばらく祖父達の談笑に混ぜてもらった後、侯爵家を辞して祖父母とともに屋敷に戻った。預けてある商品の内、半分は祖父母に、残りは翌日馬車を呼んで魅惑の妖精亭に持ち込みプレゼントした。
 それらが終わると早速ギーヴァルシュに戻って、再び城館、ギルド、工匠組合と挨拶に回る。
 工匠組合には、特にこちらの領内では販売しないので挨拶だけ、城館の方は貸借期間の延長手続きだけで済んだが、ギルドの方はちょっと困ったことになった。
 要求された金額は月に五十エキュー。一応、今後は取引が発生するので店という扱いになるらしい。どうやっても赤字になるからなんとかならないかと訴えてみたが、駄目だった。ここは無理矢理でも鍛冶の方で稼ぐしかないかと諦めて、大人しく支払うことにする。その代わり、ギーヴァルシュ領内でも店を出せる権利を得ることになった。特に必要でもなかったのだが、何かの役に立つこともあるだろう。
 海岸の家に戻ったリシャールは、今度はイワシを捕る魚網を買って風通しよく干すための台を作ったり、竈の数を増やしたり、熟成と保管のための倉庫を増築したりと準備を進めた。
 塩は安かったのでギーヴァルシュで買い入れたが、薪と、ついでに錬金用の炭は別に取り寄せた。
 その間にも北モレーの村長と交渉して漁師の奥さん連中を雇い入れる交渉をしたり、買い忘れていた香辛料をラ・ロシェールまで買いに行ったりと忙しい日々が続く。
 リシャールの命名による、『ラ・クラルテ商会北モレー海産物加工場』はこうしてスタートした。

 最初の二日ほどは来て貰った漁師の奥さん連中に製法を教えることに手一杯で、もちろん仕事にならなかった。奥さん達は五人来て貰って一エキューである。一人二十スゥは一日の賃金としては安いが、その代わりに朝は遅く、夕方も帰りが早いようにした。生活を圧迫しないように気を使ったのである。リシャールの感覚としてはパートさんに近い。実働は五時間程度で、半日分の賃金としては高い方として設定してあるのだ。
 それでも三日目には油漬けと干物は出来るようになったので、従来通りの塩漬けと平行して作って貰うようにした。リシャールは販売用の壷を作るのに忙しかったが、なんとか生産の方は軌道に乗っていった。天気のいい日には日産それぞれ五個づつの油漬けと塩油漬けの原料になる塩漬け、それに二十リーブル程の煮干しが出来上がる。
 この過程でよくわかったのは、ハルケギニアではあまり食品衛生の概念が発達していない、ということであった。壷の消毒などはリシャール自身が行っていたが、奥さん方にも、作業の合間に蒸留酒で手を洗って貰うことにした。不思議そうな目でみられたので、一見綺麗に見えても魔法の目で見ると汚れていることが多いのだと、適当な理由をつけておいた。あまりに蒸留酒の消費量が多いので、そのうち蒸留器を作るか買うかしようと真剣に考えたほどである。これは暫くして、真水の熱湯で煮沸してから干したさらし布に、蒸留酒をしみ込ませて手を拭いて貰うようにすることを思いついたので何とかなった。
 また、壷の底には指輪を押しつけて印をし、蓋には紙を貼り付けてラ・クラルテ商会の名と品名、出荷の日付を入れるようにしておいた。紙はなるべく薄い物を買ってきて、勝手に張り替えられるとすぐ判るようにしもておく。賞味期限のこともあるが、最大の理由は同じデザインの壷にしたために、商品が混ざると一見どちらがどちらか判別できなくなるからだった。もっとも、しばらくして慣れた頃には、と微妙な重さの違いと臭いで両者の違いはわかるようになった。
 そうこうするうち、今度は運営のための資金が心細くなってきたので、先行して作った油漬けと煮干しを王都で売りに出すことにした。

 翌日荷馬車を雇って、油漬けの入った三十個の八リーブル壷と十リーブル分の煮干しが入った麻袋を王都に送り出し、自分は壷を一つと小さい麻袋を持ち、アーシャに乗って先に王都へと向かう。
 加工場の方は奥さん連中に任せてもよい状態だったので、漁師にはイワシの代金を、奥さん連中には給金を先に渡して三日ほど頼んでおいた。本当はお金も預けられる工場長を雇いたいところだったが、人材の目当てがなかったのだ。
 
 王都に着いたリシャールは早速ギルドに向かった。商売の相手を見つけるためである。
 ギルドでは、王都で店を出している商人の名簿を借りて、アルトワの商人が居ないか探す。セルジュのコフル商会やシモンのデルマー商会あたりなら、王都に支店を構えていても不思議ではない。
 やはり、二人とも店を構えていた。このうち、コフル商会は主に鉄や材木を、デルマー商会の方は小麦を中心に食料品全般を扱っていたので、デルマー商会に的を絞る。
 さっそく住所を調べてから、まずは魅惑の妖精亭に向かった。
「あらリシャールちゃんお久しぶり」
「お久しぶりです、ミ・マドモワゼル。
 お約束した品物、第一陣が明日には届くんですけど……」
「まあ嬉しいわ。もちろん買うわよ。
 お値段はおいくらかしら?」
「えーっと、実は値段がまだ決まってないんですよ」
「あらそうなの?」
 これは本当のことである。リシャールはまだ値付けに踏み切れていなかった。製造原価と人件費、運賃、税などから大凡の卸値だけは出せてはいたが、小売り値がどのあたりになるのか微妙だったのである。
 ただ、魅惑の妖精亭は『店』なので、リシャールが直接取引をしても大丈夫なのが幸いだった。
 王都で貴族も含めて卸売り以外に商品を売ったことが発覚すれば、場合によっては罰金もしくは逮捕となる。ならないのは事前にその地域のギルドに届け出て行商の許可証を手に入れている場合か、手数料を支払って自由市場で露天を出している場合に限られる。ちなみに王都での行商の届け出には、地方に比べて法外な金額を要求される。先の試食に関しては、金銭の授受はなかったから、売ったことにはならないので問題ない。
「だいたいなんですが、油漬けの壷が八リーブル……そうですね、二百匹分、四百枚ぐらい入って一エキュー、干物の方が一リーブルで三百匹ぐらい入って三十スゥになります」
 材料原価に人件費や光熱費、運賃を合計してもその値段の三割程度だったが、借地代や諸々の税金、諸経費が加わると、このあたりの値段にしないと赤字になってしまうのだ。
「味の割には安いってことね。
 んんー、トレビアン!
 その値段ならいいわよ」
 スカロンの目には、この価格でも十分価値のある商品のようだ。
「いえ、これは先日と同じくプレゼントします」
「いいのよ、気を使ってもらわなくても」
「いえ、その代わり今晩なんですけど、席の予約とこれを使った料理をお願いしたいんです。
 人数は僕を入れて三人か四人、もちろん、別料金で」
「おやすいご用よ」
 商談成立である。
「あ、あと今晩泊まるところもお願いします」
「じゃあそっちの方をおまけしておくわ」
「いいんですか?」
「前も言ったでしょ、持ちつ持たれつよ」
 なるほど、スカロンの商道徳の一端が見えた気がした。

 そのあと、厨房に入れて貰って料理人と打ち合わせをした。運のいいことにアンチョビもどきの方もまだ残っていると言うことなので、そちらも使って貰うことにする。出す料理の種類や順番を決めて、リシャールは足早にデルマー商会へと向かった。
 会頭のシモンや支店長は無理でも、中堅どころの担当者あたりはせめて引っぱり出したい。リシャールは、食べさせてしまえばこちらの勝ちだと踏んでいた。味には自身がある。
「初めまして、ラ・クラルテ商会のリシャールと申します。
 本日は取引のお話があって参りました。
 海産物をご担当の方はいらっしゃいますか?」
「承りました、こちらへどうぞ」
 子供扱いされないことが、逆に緊張へと繋がった。
 これが豪商の世界なのだろうかと、少々へっぴり腰になってしまう。侮らず、驕らずである。リシャールは気合いを入れなおした。
 案内された商談室らしい部屋で待たされることしばし。
「お待たせしました、海産物の担当をしております者は王都の支店にはおりませんので申し訳ない。
 支店長のヴァランタンです」
 一番偉い人がいきなり現れたので、リシャールは戸惑ってしまった。しかし、失礼は出来ない。
「はじめまして、ラ・クラルテ商会のリシャールと申します」
「こちらこそ。
 お噂は聞いておりますよ」
「えっ!?」
 更に驚かされるリシャールだった。
「私もアルトワの出身ですから、ラ・クラルテ家の名前を存じて上げておりますとも。
 もちろん、リシャール殿がギルドの評議員に就任されたこともお聞きしております」
「それは、なんというか、こちらの方こそ失礼いたしました」
 相手に知られていることに緊張するリシャールに、ヴァランタンは笑顔で返す。
「いえ、お気になさらず。
 そうだ、今日の夕刻にはうちの会頭も王都に到着しますよ」
「シモン会頭がこちらにおいでになるのですか!」
 リシャールとしては大きなチャンスであった。
「実は今日、ここには食材は持ってきていないんです」
「ほう?」
「知っているお店に頼んで、席を予約して食材の調理を頼みました。
 可能なら、お店のどなたかに試食をしていただくお約束を得られればと思ってお伺いしたのです。
 もしご予定がお忙しくなければ、ヴァランタン殿とシモン会頭にご試食していただければ大変光栄です」
「是非お伺いしよう、リシャール君」
 リシャールの後ろには、にっこりと笑ったデルマー商会の会頭、シモンが立っていた。







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