ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第十一話「竜便」




 ジェシカらに見送られて魅惑の妖精亭を出たリシャールは、トリスタニアのギルドに来ていた。
 アルトワとの規模の違いは歴然としていた。入り口には衛兵までいる。
 ここでも子供に見られるんだろうなあとため息をついたが、こればかりは年を重ねるしかない。
 受付で手形を見せて、近くに竜を預かってくれる場所があるか尋ねてみる。教えて貰ったのは王都の外れになるが、二カ所あって、一つは調教もやっている竜牧場の方で、食餌も出るが一泊十エキュー、もう一カ所は竜籠屋で食餌が出ない代わりに五エキュー、一時預かりが半日で三エキューだった。少々高いが、いつまでも竜騎士団のお世話になるわけにもいかなかったので控えておく。
 ついでにアルトワ伯への手紙の配送も依頼した。こちらは二十五スゥもとられたが、元いた日本と違って公営郵便などあるわけもないので、仕方がないのだった。アルトワにもギルドがあるおかげで、これでも割り引かれているのである。
 次に、ガリアの王都リュティスか、ゲルマニアの帝都ヴィンドボナのギルド間の手紙や軽貨物がないか聞いてみた。急ぎの物も含めて量が多いのはゲルマニアの方だったので、依頼をこなす手続きをとり、ひとまとめにして預かっていくことにした。アーシャなら片道一日半、期限は四日以内になっているので、少々迷っても何とかなるだろう。向こうで荷物と引き替えにサインを貰い、再びこちらに戻ってくれば合計で四十エキューほどが受け取れる。運が良ければ向こうでも配達の仕事が得られるかも知れなかった。これなら一往復半で二つ分の仕事になる。
 初めてなので何か注意点はあるかと聞いてみると、国境の関所は必ず通ること、配達の期限は四日以内だが依頼料の受け取りの方は一月以内であればいいことなどを聞かされた。
 とにかく、一度やってみようと、リシャールはギルドを出た。

 市場でアーシャへのお土産と自分用の干し肉と固焼きパン、干した果物などを買った後、竜騎士隊の駐屯地に戻ったリシャールは、世話になったルブリに礼を言ってから、アーシャとともにトリスタニアを後にした。
「アーシャ、もう喋ってもいいよ?」
「うん」
 先ほど鱒のパイ包み焼きを食べたせいか、機嫌が悪いというわけではないようで、リシャールは一安心だった。
「窮屈だったでしょ、ごめんね」
「ん。
 でも寝てたから平気」
「なるほど」
「リシャールは何をしてたの?」
「僕はねえ……」
 王都であった色々なことをアーシャに話す。人の生活に興味があるのだろう、アーシャは割と楽しげに質問まで返してきた。
 そのうちアーシャにも服を買って、一緒に街を歩くのもいいかもしれない。一時的にとは言え竜舎を借りるのも安くはないのだ。

 休憩がてら、途中の農村に降りて羊を一頭買い、アーシャに食べさせる。アーシャによれば、羊は癖はあるがたまには食べたくなる味なのだそうだ。動物によって肉の味が異なるのはリシャールにもわかっていたから、ふんふんと頷くに留めた。
 急かすほどではなかったので、アーシャの飛びやすい速度で街道沿いに半日ほど行くと、国境の砦が見えてきた。一旦手前で旋回してからゆっくりと降りていく。急に降りると、下手をすれば槍を向けられるはずだ。
「竜便です。目的地はウインドボナ」
 兵士に手形とギルドの依頼書を見せて、通行の許可を貰う。もっとも、今は戦時ではないし、咎められるような荷物も載せていないからすぐに許可は下りた。
 ここからは、リシャールにとっては初の国外である。

 帝政ゲルマニアは進取に富んだ荒々しい国であるとトリステインでは言われているが、リシャールの見るところ平民と貴族との垣根は薄く、進歩的ととれなくもない。トリステインでは禁止されている平民による領地の取得も法によって認められていたし、国全体もより活気に溢れているような気がする。アルトワにはゲルマニアからの商人が沢山訪れていたから、多少は知っている……ような気になっているのだろう。

 アーシャと話をしながらやはり街道沿いを進んでいたが、陽が傾いてきたので街道から少し外れた林の手前に降りる。
 鹿がいるので食べてきて良いかとアーシャが聞いてきたので、人に見つからなければいいよと許可を出しておいた。
 リシャールは小さな竈をつくり、干し肉だけのスープを作る。近くに水場がなかったので、錬金で水を取り出した。
 暫くしてアーシャが戻ってきた。とりあえず、三頭ほど食べてきたらしい。
「こっちも食べてみる?
 ここなら誰もいないから人になってもいいよ」
「うん」
 あっと言う間に人になったアーシャに、いつだったかと同じようにマントを手渡す。美人な上に出るところが出ているので、少々目の毒だった。見るぐらいなら怒られないだろうが、かと言って手を出せるはずもない。
 敷物の上にアーシャを座らせて自分の食器を渡し、リシャールはその辺の土でもう一個器を作った。
「……辛い」
 干し肉の塩が効きすぎていたのか、アーシャが少し顔をしかめている。
「じゃあ、これ口直し。
 ちょっと堅いけど」
 半分に割った固焼きパンを渡した。比較的値段も安いが、普段から好んで食べようとする者もあまりいない。日持ちするようにと二重焼きにされたパンは、とりたてておいしいと言うわけではなかったからだ。しかし軍やフネ、隊商や旅行者には、かさばらず腐りにくいということで野営や行程中の主食として利用されていた。スープに浸して食べると、多少は食べやすくなる。
「あまり美味しくないかもしれないけど、普段はこんなものだからなあ。
 ヴィンドボナに着いたら、また何か美味しそうなもの買ってくるよ」
「うん」
 その日は竜体で丸まったアーシャにもたれ、地面を錬金で発泡スチロールにし、敷物を毛布代わりとして眠った。

 その夜は特に野獣などに襲われることもなく、というかアーシャの存在が獣除けになっているので安心の一夜を過ごした。帆布の敷物は多少朝露を吸って重くなっていたが、心地よく眠れた。
 朝は干したリンゴを少しの水で戻して作ったジャムと固焼きパンで済ませる。このジャムはアーシャには好評だったようで、また食べたいと言われた。
 今日中には着けるだろうが、のんびりしていても特に見るものもない林では退屈なので、早々に出発することにする。昨日と同じようにお喋りしながら街道沿いを飛んだ。
「あ!」
「どうしたの?」
 リシャールは思わず声を上げていた。
 思ったよりも、ヴィンドボナはずっと近かったのだ。朝出てから二時間と経っていない。
 アーシャは地竜だから速度が遅いと思いこんでいたのであるが、地韻竜であるためか、並の風竜程度には早いらしい。これなら無理をしなくても今日中にトリスタニアに取って返せそうだった。
 それにしても大きい、とリシャールは思った。市街地自体も広く取られているようだ。どうしても母国の王都と比べてしまうリシャールだった。
「ごめんごめん。
 思ったよりも早く着きそうでびっくりしたんだ」
「そう」
「じゃあ悪いけど、あの詰め所の手前に降りてもらえるかな。
 ゆっくり旋回してからね」
「きゅい」
「ん、ありがとう」

 ウインドボナのすぐ手前、街道にある衛兵の詰め所に降りたリシャールは、帝都のギルドの場所と、なるべくそこに近い竜を繋げる施設について聞いてみた。
 だが、衛兵にギルドの竜便なのだと告げると、直接降りればいいじゃないかと笑って答えられてしまった。
 このあたりは、流石に効率重視で合理主義のゲルマニアだとも言える。トリステインでは王城はともかく、王都の上空を飛べるのは、王宮関係と王軍の竜、そして貴族が私有するなどで予め許可を得た竜に限られている。祖父に頼めば二つ返事で屋敷に竜舎まで建ててくれそうだったが、流石にそこまで甘えられない。アルトワ伯にしても同様だった。
 なんにしても、直接市街に乗り付けられるのはありがたかった。
 大体の場所を聞いてから礼を言って、またアーシャに跨った。
「アーシャ、このままゆっくり南西に行って。
 近づいたらまた教えるから」
「きゅ」
 すーっと速度が落ちる。リシャールは教えられた二つ並んだ尖塔を探して、注意深くヴィンドボナの街を見下ろした。正確にはギルドはその向こうなのだが、目印としてブリミル教の聖堂を教えて貰ったのだ。
 ほどなく見つかった、というより遠くからでも目立つ尖塔をぐるりと見下ろして南に目を向けるとそれらしい建物があった。竜が何匹かいたので、驚かさないようにとアーシャにお願いをしてゆっくりと降りる。
 数匹の風竜の横に並んでもらって、アーシャから降りた。
「坊主、見かけねえな?
 どこのもんだ?」
 さっそく管理人らしい親父に誰何される。
「おはようございます、ここ、ヴィンドボナのギルドですよね?」
「おう、そうだ」
「トリステインからの竜便です。
 初めてなもので、よくわからないんですよ」
「わかった、ついてきな」
「お願いします。
 竜はここで?」
「おう、暴れねえならつながなくてもいいぜ」
 割といい加減な扱いだった。

 手続きはすぐに完了した。ついでにトリスタニア行きの荷物も確保する。こちらは三日以内の期限で六十エキューほどの利益になるか。リシャールは近くにパン屋か何かないかを聞いて、ギルドを一旦出た。

 ヴィンドボナの道は広い。
 それがリシャールの第一印象だった。元々が城塞都市であったと思われるトリスタニアと違って都市計画から攻城戦が除外されているのだろうか、上空から見た限りでは数台の馬車が十分にすれ違えるほどの通りもあった。首都が戦場になるともう国は終わる。攻められる前に攻めてしまえばいいというのか、はたまた攻められない国造りをしているのか、威風堂々としたものさえ感じられる。
 パン屋は通りを渡ってしばらく行ったあたりにあった。いくつか見比べて、ちょっと上等のくるみ入りの白パンを買った。観光や調べものは次にしようと、リシャールはギルドに帰り、そのままアーシャの所に戻る。
 アーシャの側では、さっきの親父がアーシャをじっと見ていた。アーシャは寝た振りをしているようだ。
「どうかしましたか?」
「おう、さっきの坊主か。
 いやな、地竜で竜便ってのも珍しいからな。
 気ィ悪くすんな」
 親父は、はっはっはと笑った。
「使い魔なんですよ」
「道理で大人しいわけだ。
 しかしその歳でよく呼べたな?」
「僕の力なのかどうか微妙ですけどね」
「それもそうだ。
 俺も召喚で竜が出てきたときはたまげたぜ。
 おっと、俺はノルベルト、ノルベルト・マティアス・フォン・ビッテラウフだ。
 あっちの端っこにいるのが俺の竜、マックスだ」
「私はリシャール・ド・ラ・クラルテと申します。この子はアーシャ。
 ……失礼ですが、貴族でいらっしゃる?」
「しがねえ男爵だよ」
 なんで爵位持ちの貴族が平の厩務員みたいなことしてるんだとつっこみたいリシャールだったが、ここはぐっと我慢する。
 その様子に気づいたのか、ノルベルトはにやっと笑った。
「ま、驚くわな。
 領地も代官雇って任せっきりだ。
 ま、竜が好きでこの仕事やってる。
 軍より扱いも給料もいいしな」
「なるほど」
 理由はまあ横に置いておくにしても、悠々自適の延長にしてもそりゃないだろうと思う。だが、リシャールも十二歳でギルドの評議員だったりもするし、世の中はかくもいい加減なものなのかもしれない。
「まあ、竜を喚ぶやつに悪い奴はいないってのが俺の持論だ。
 なんかあったら遠慮なく声かけろ」
 そう言ってばしばしとリシャールの肩を叩いたノルベルトだった。

 しばらくノルベルトと雑談した後、リシャールは再びヴィンドボナを背に国境を目指した。
 アーシャは昨日鹿を三頭食べたので、今日は食べなくてもいいそうだ。但し、リシャールが買ってきたものは絶対食べるとも言う。
 アーシャはちょっと食い意地が張ってるなあと思わないではなかったが、竜には竜の楽しみがあるのだろうと思うことにしておく。
 そんな他愛もないことを話したり考えたりしながらも、国境にも昼前には着き、そのままトリステインに入る。非常によい天気だった。
 途中でまた街道を外れ、今度は小さな小川の側に降りる。
「アーシャ、いいよ」
「うん」
 昨日と同じようにマントを手渡す。
 リシャールはなるべくそれを見ないようにしながら竈を作り、朝と同じジャムを作った。

 食事を済ませたリシャールたちは、再びトリスタニアを目指した。行きと違ってアーシャにも大体の位置が判っているので、今度は街道に沿わず真っ直ぐにトリスタニアに向かえるのだった。おかげで夕方になる前に到着できた。
 今度は竜騎士隊の駐屯地ではなく、竜牧場の方に向かう。アーシャには、今夜はここで一泊して貰うつもりだった。
 繁殖のための大きい竜牧場は地方にあるのだが、ここには成竜になる少し前の若齢の竜が集められていた。調教については、実際に鞍や籠を着けて飛ばすなどの訓練をするため、よく使われる王都近くの方が都合がいいのだろう。
 ここで育てられた竜は竜騎士隊や竜使、竜籠などに使われる。竜牧場は半官半民といった感じのところで、これは供給量が安定しないと国家としてはかなり問題な上に、維持費も生半可ではないからだった。
 牧場の方にはアーシャへの食餌は朝にして欲しいと頼んで、リシャールはトリスタニアに向かって歩いていった。
 竜牧場からトリスタニアまでは徒歩で約三十分ほどで、さほど汗をかくこともなく到着した。先にギルドに向かうことにしてそのまま足を進める。
 昨日と同じく受付に行って持ち込んだヴィンドボナからの手紙の受け渡し手続きを済ませ、次に受け取りの方の処理も済ませる。合計で四十一エキューを受け取った。
 今度は仕事は取らないでおく。ヴィンドボナから先へはどこに行くかまだ決めたくなかったからだ。次はガリアかアルビオンか。急ぐ旅ではないからどちらでもよいのだ。金策さえ何とかなればと云うのが辛いところだったが……。
 とりあえず一仕事終えたので、中途半端に早い時間だったが、魅惑の妖精亭に足を伸ばして部屋を取ることにした。
 昨日帰るときは何故か裏口からだったが、再び裏口からと言うのもあれなので、表から入ることにした。
「あ、リシャールくんだ、いらっしゃい」
 リシャールを目ざとく見つけたのは、先日兄の相手をしていたクロディーヌだった。
「お兄さんなら来てないわよ?
 それとも飲んでいく?」
「いえ、宿の方をお願いしたいんです。
 相部屋でいいんですけど、空いてます?」
「ちょっと待っててね」
「はい、お願いします」
 相変わらず店は賑やかだった。飲んでいってもいいかなとちょっと思わないでもなかったが、やめておく。
「あらリシャールちゃん、いらっしゃい」
 しばらく待っているとクロディーヌの代わりに、スカロンがやってきた。
「ごめんなさいね、相部屋は埋まってるのよ。
 個室で良かったらあいてるんだけど……」
 スカロンは相変わらずくねくねとしながら、リシャールに言う。
「あんまり高いと厳しいのですが……」
「小さい方の部屋なら安くしておくわよ。
 ……そうね、夕食込みで五十スゥならどう?」
 相部屋に比べれば高いが、食事付きの個室であれば安い部類に入る金額だった。しかも先日食べたここの料理は、十分以上に美味しかった。
「それでお願いします」
「それじゃ決まりね。
 先払いになるけどいいかしら?」
「はい」
 リシャールは懐からエキュー金貨を一枚取り出してスカロンに渡した。
「お釣りはちょっと待っててね」
「あ、そうだ、ミ・マドモアゼル。
 ちょっとお願いがあるんですけど」
「何かしら」
「お釣りなんですけど、ジェシカに先日のチップとして渡して貰えませんか?
 せっかくお酌してくれたのに、その後厨房に行ってしまったのでチップ渡してないんです」
「んまあ、リシャールちゃんはずいぶんと紳士なのね。
 あれだけお鍋の修理してくれたんだから、部屋代どころの話じゃないのに。
 でもわかったわ、そうさせて貰うわね」
「はい、お願いします」

 その後クロディーヌに案内されて二階に上がった。まだかなり早い時間だったが、ついでに食事も頼んでしまう。まともな食事は昨日振りだったので、楽しみである。
 食事の方はスカロンが気を利かせてくれたのか、ジェシカが運んできてくれた。
「ありがとね、気を使って貰っちゃった?」
「いや、僕の方こそごめん。
 すっかり忘れてて、思い出したのは国境越えたあたりだったんだ」
「国境?」
「うん。
 ギルドの手紙配達の仕事があってね、今朝はヴィンドボナにいたよ」
「昨日の今日でしょ?」
 疑わしげな目を向けるジェシカに、アーシャの事を話していなかったことに思い至った。
「僕の使い魔は竜だから」
「竜!?」
「うん、竜。
 かわいいよ」
「あんなに恐い顔してるのに?」
 まあ、普通は恐がるかとは思うし、リシャールだってそれまでは恐かった。ここしばらくでリシャールもアーシャ以外の竜にも慣れはしたが、少しは恐いのだ。
「アーシャは優しい子だから、最初から恐くなかったかなあ」
「そうなんだ。
 あ、冷めないうちに食べてよ?」
「そうだね、いただきます」
 ジェシカが仕事があるからと部屋を出て、リシャールは一人鴨肉のシチューをつついていた。
 しかし、食事が終わろうかという頃になって、またジェシカが戻ってきた。
「リシャール、下にお客様がいらしてるわよ」
「お客様?」
「身なりのいい執事風の人だったよ。
 リシャールのことは様付けで呼んでた」
「誰だろう……すぐ行かないと」
 シチューの残りを全力で掻き込んで、リシャールは下に降りた。

「リシャール様、お呼び立てして申し訳ありません」
「ジェルマンさん、こんばんわ。
 ……よくここが判りましたね?」
「ジャン様にお伺いしまして、まだ王都にご滞在中なら恐らくはここだろうと」
「なるほど」
 訪ねてきたのは祖父エルランジェ伯の執事、ジェルマンだった。
「それでリシャール様、旦那様より連絡が付き次第すぐお屋敷に、との事なのですが……」
「お祖父さまが?
 わかりました、すぐにお伺いします。
 ジェシカごめん、部屋はそのまま取っておいてくれるかな?」
「うん、わかった。
 いってらしゃい」
「うん、いってきます」
 リシャールは荷物もそのままに、ジェルマンが待たせていた馬車で屋敷へと向かった。

 お祖父さまの用とは何だろう?







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