ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第七話「使い魔」




 一通りの手続きや引継が終わったリシャールは、やっと旅そのものの用意と部屋の片づけに手が付けられるようになった。

 部屋自体は日本人の感覚で言えば六畳少しの洋間で、ベッドと本棚、立て付けのクローゼットぐらいしか家具はなかったが、リシャールが買い集めた、本人以外にはがらくたにしか見えない品々や道具類が結構な量あった。それらを仕分けていく。
 これでも十数年暮らした部屋である。それなりに愛着もあった。一応、先に家を出て王都で暮らしている兄と同じく、部屋自体はリシャールの部屋として残して貰えることになったし、アルトワに立ち寄った時は、必ず家に顔を出すようにと釘も刺された。

 持って行くものはなるべく少なくしないといけないのだが、それでも結構な重さになる。
 いつもの鉄杖、予備の短杖、ジェルヴェに教えを請うた後に新調した手製のナイフなどは直接身につける。ジェルヴェに鍛冶を教えて貰う時、練習を兼ねて作った数本のナイフは売り物として別にひとまとめにした。
 キャンプ用品を真似て作った、重ねられる小さな鉄鍋と木椀、下着も含めた多少の着替え等の生活用品や必需品を詰めて背負い鞄はもう一杯になった。
 露天を開くときにも使えて、支柱さえあれば簡易テントにも出来る帆布製の丈夫な敷物なども買ってきたのだが、どうやら置いていく羽目になりそうである。なんともしまらない話だった。
 

 また、準備の合間にも、伯爵の居城に顔を出したり、ジェルヴェの鍛冶屋に行って更に色々教えて貰ったり、セルジュから呼びつけられて無理矢理会議に出席させられたりと、割に息を抜く暇がなかった。
 水運の計画もクリストフの知るところとなったが、そういう大事なことは直接自分に言えと、とてもいい笑顔で怒られた。そして、罰としてうちのちび達に一日中振り回されてこいと、サンドイッチの詰まったバスケットを持たされてピクニックに出かけるリシャールだった。

 そんなこんなで忙しい合間に、母エステルからある提案がなされた。
「使い魔、ですか?」
「そうよ。一人旅よりは安心だわ」
 母はわざわざ自身の使い魔を呼び出して、居間まで連れて来てくれた。
 彼女の使い魔は小さなイモリで、名前はミミ。普段はあまり見かけないが、屋敷の井戸に住んでいる。昔は井戸端でひとりごとを言う母の姿が不思議だったのだが、ミミを紹介されて納得したのをリシャールは思い出していた。ちなみにエステルは水のラインメイジである。
「ね、かわいいでしょ?」
「ええ」
 直接見るのは三年振りぐらいだったかと考えながら、リシャールは手を差し出してみた。こちらを見ながら右肢をぺたりと差し出してくれる姿は、なかなかにかわいいものである。
「父さんも賛成だ。
 使い魔がいるかいないかで、生死を分かつこともあるんだぞ」
 ここにはいないが、父の使い魔は体長が二メイルもある大きなモグラで、ジャイアントモールのガエタン。『塹壕』の二つ名を持つ父であるが、陰でそれを支えてきた大事な戦友である。練兵場で父に稽古をつけて貰う時などには、リシャールも顔を合わせていた。落とし穴を掘られ、文字通り足をすくわれたこともある。
「そう言えば、兄上の使い魔は?
 見たことありませんけど……」
「うん、呼び出していないからなあ」
「そうだったんですか」
 兄も水のラインメイジであるから、使い魔の召喚自体には問題ないのだが、特に理由もないまま呼び出さずにいたらしい。
「きっかけがなかったのも確かだし、困ってから呼ぶというのも何だかおかしいからね」
 笑って語る兄だった。
「明日は一日何もせずに休養なさい。
 召喚は一生に一度ですもの、休養を充分にとって万全の心構えで望むのよ」
「そうだな、召喚は明後日がいいだろう。
 時間が合えば、クロード様達も立ち会ってくださるかもしれないな」
「はい、わかりました」
 ここのところ、周囲に流されてるなあと感じずにいられないリシャールだった。

 翌日は、本当に何もしない一日にした。
 それでも父が昼に戻ってきた時に伯爵家の書庫から借りてくれた、使い魔に関する本を読んでいた。召喚に備えた学習と言うよりも、好奇心を満たすための娯楽であったから気分も楽だった。

 呼び出される使い魔は、火地風水の四つの系統によって種族が決まることが殆どだ。例えば、母のように水のメイジなら両生類などの水棲生物や水辺に住む動物、大きいものでは体長数十メイルにも及ぶジャイアント・オクトパスなどが呼び出されることもあるらしい。他にも珍しいところではシー・サーペントや水竜等の幻獣が呼び出されることもあるという。
 リシャールの場合は土系統のメイジであるから、父と同じくモグラのように土中に棲む動物から熊やライオンなど地上に生息する猛獣に至るまで、非常に広い範囲の生物が召喚の対象になりうる。幻獣ならばゴルゴンやカトブレパス、地竜などが含まれる。
 借りた本には、希に使い手の系統と召喚した使い魔の属性が結びつかないことがあるようで、これは殆どの使い魔が使い手の得意な系統に結びついて助けるのに対して、使い手が苦手な系統を補って助けるのではないかと思われる、と書かれていた。長所を伸ばすか短所を克服するかの違いということか、とリシャールは考えた。
 召喚呪文についてももちろん記されていた。
 召喚には二つの呪文を使用する。使い魔を召喚するための呪文サモン・サーヴァントと、使い魔と契約するための呪文コントラクト・サーヴァントである。
 サモン・サーヴァントによって術者の系統、力量や性格も含めて相性の良い使い魔が召喚される。……のだというが、魔法とは、どれだけ無茶苦茶なものなんだろうと、リシャールは半ば呆れていた。
 もちろん、錬金やフライもその他の呪文も、魔法に出会った直後のリシャールにとっては十分に異常だったが、この呪文は瞬間移動だかテレポートだか空間接合だかのあり得ない力が働くのだ。考えても答えが出せるものではないのだろうが、不思議なものは不思議なのだった。あるがままに受け入れると言うには、未だに元日本人としての常識に縛られ過ぎているのかも知れなかった。
それに、猛獣や幻獣が召喚されたとしても、特に暴れたりはしないのだそうだ。リシャールも召喚即丸飲みなどの哀しい死に方はしたくないと思っていたが、大丈夫そうである。
 また、召還後のコントラクト・サーヴァントでは、呪文の後に口づけを行うことで使い魔との契約がなされ、使い魔にルーンが刻まれる。これによって、総じて主人の言葉を理解できるようになるが、このルーンによって、使い魔の能力も強化される。肉体に作用するルーンなら普通の何倍も力が強くなったりすばしこくなったりするし、知能に作用するルーンならば動物が喋ったりするようになることもあった。
 これについても思うところは色々あったリシャールだが、悩んでも考えても仕方ないのだということは、この十二年で分かり切っていた。

 そろそろ、割り切らないといけないのかもしれない。何度も言うようだが、リシャールはこの世界で生きて行くしかないのだから。
 明日の召喚も、相性のいい相手が呼び出されると嬉しいが、と思いながら本を閉じた。

 開けて翌日、父母や兄、祖父までならず、伯爵のご一家全員まで見守る中での召喚となった。その他にも付き添いの侍女侍従が数名、夜番とのことで兵舎で寝ていたセヴランなどもわざわざ起き出して見物に来ていた。ずいぶんと話が大きくなったものである。
 下の姫様リュシーには是非妖精さんを呼んでくれと言われた。どうも、前日に侍女から読み聞かせられた絵本にかわいい妖精がいたらしい。
 とりあえず、皆で練兵場に移動して、リシャールは練兵場の中心のだだっ広い場所へと向かい、それ以外の人々は少し離れて見守ることになった。

 少々緊張気味のリシャールだったが、深呼吸して無理矢理押さえ込んだ。よく考えると、このように見物人がいる中で魔法を使うのは初めてだった。
 昨日、山本優一の名前で召喚したらどうなるかなどと考えてみたりもしたが、失敗したときのリスクがあまりにも高そうなのでやめておいた。一回きりなので検証が出来ないのだ。いかんいかんともう一度深呼吸して、余計な考えを頭の中から排除した。
 よし、と精神の練り込みをはじめる。
 初陣の日以来魔法の冴えがとてもよいと感じながらも、調子のいい分には問題あるまいと、昨日頭の中で幾度か唱えてみたように、呪文を紡ぎ出す。

「我が名はリシャール・ド・ラ・クラルテ。
 五つの力を司るペンタゴン。
 我の運命に従いし使い魔を召還せよ」

 サモン・サーヴァントを唱え終えたリシャールの眼前に、直径一メイルほどの鏡のようなものが現れた。これが召喚の扉というものらしい。もやもやとして虹色に光っている。どうやら成功だと、小さく息をつく。内心、心配だったのだ。
 扉がそれほど大きくないから、旅に連れて行くにしても問題ないだろう。もっと小さいなら、肩に乗せて歩くのもいいなとわくわくしながら見守る。

 だが、それだけだった。

「あれ!?」
 十秒ほど待ってみるが何も現れない。
「リシャール!?」
「どうかしたのか!?」
「妖精さんでてこないね?」
 見守っている人々も、少し不安げだった。
 鏡は無生物だから召喚対象じゃないよなと考えてみる。いやいや。
 呪文の詠唱も、鏡が現れるということは問題がなかったはずだ。
 実は相手は冬眠中で、扉に顔をつっこんでおーい起きろと叫べばこっちにやってくるのだろうか。
 もしかしたら召喚されたのは微生物で、もうこちらに来ているのだがリシャールには見えないとか。
 余計な考えがどんどん浮かぶクセは良くないなと思いながらも、鏡をじっと見て待つ。
 しかし、三十秒ほど過ぎたあたりで急にぶるぶると震えだした鏡が大きく膨れ上がった。
 その直径、十メイル以上である。
 驚いたリシャールは、下がろうとして尻餅をついてしまった。
 その直後扉が光を発し、中から濃い緑色をした大きな塊が飛び出してきた。
 ドラゴンだった。

 ドラゴンはその勢いのまま、地上にはおりずに練兵場の直上に飛翔して、巨大な咆吼をあげた。
 直下にいたリシャールは、空気の震えをまともに受けて立ち上がることが出来ないほどだ。
 見守っていた祖父たちは、幸いにして距離があったのでアース・シールドやウォーターシールドで自らや子供達を守った。
 ドラゴンは上空で宙返りなどをしながら幾度か吼えていたが、やがて満足したのか、ゆっくりと旋回しながらリシャールの元に降りてきた。
 少し冷静になったリシャールは、立ち上がってドラゴンを観察した。
 翼長は十メイル弱で、体色は深い緑色、鱗は綺麗な光沢を放っている。種族はちょっとわからなかったが、風竜や火竜は見たことがあったし、水竜のように水掻きもないのでおそらくは地竜、アース・ドラゴンだろう。
 よく見ると、竜特有の凛々しい顔立ちながらも、くりっとした愛嬌のある目をしていて可愛い。
 竜の方もこちらの様子を見ていた。ときどき首を傾げたりしている。
 リシャールの方も、少し不思議な感じがしていた。たまにここにもやってくる竜籠を曳いている竜などは、もっと恐ろしいのだ。餌などやるにも、馬にとっての馬丁に相当する竜丁と呼ばれる専門の担当者や乗り手からでないと大人しく食べてはくれない。もっとよこせと暴れたり、遊んでくれとばかりに軽く噛むこともある。ちなみに、竜に甘噛みされると大抵の人間は血塗れになった。
 さて、目の前のドラゴンは竜籠の竜とさほど変わらない大きさだったが、余り恐いという感じではなかった。大きいことは大きいが、どちらかといえばかわいい。さきほどの上空での一幕とは違って暴れるような様子もない。大人しいものだ。
 これも召喚の呪文のせいだろうかと思いながらも、リシャールは竜に声を掛けてみた。
「えーっと、はじめまして。
 僕はリシャール。
 これからよろしく」
「きゅい」
 先ほどの大きな咆吼とは違い、見かけによらずかわいらしい声である。物わかりもよい様子だ。
 野生の竜ならひと飲みにされる距離であるが、召喚呪文によって呼ばれた生き物たちが召喚した主をその場で食い殺したというような話は、借りた本にも記されていなかった。
「いまから契約の呪文を唱えるから、すこしこっちに顔を寄せて欲しいんだけど……」
 そのままだと、竜の背が高すぎて口づけできなかったのだ。
 契約していない竜に人の言葉が通じるのかと思いながらも声をかけてみると、竜は首を下げて顔を近づけてきた。大丈夫そうである。
 リシャールは契約のために、改めて杖を掲げた。

「我が名はリシャール・ド・ラ・クラルテ。
 五つの力を司るペンタゴン。
 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 呪文を唱え、竜を見る。やはり大きいなとリシャールは思った。竜は何故か目を閉じていた。
 リシャールは竜に口づけた。
 唇に感じた竜は硬いようだが暖かく、なんとなくいい気分になった。
 唇を離してしばらくすると、竜がまた目を閉じた。尻尾のあたりを気にしているようだ。
 ルーンが刻まれているのだろう。
「もしかして痛いのかな?
 ごめんね、ちょっとだけ我慢してね」
「きゅいい……」
 心なしか涙目になっているようで、ちょっと申し訳ない気がしたリシャールだった。

「おーいリシャール、終わったのかー?」
 兄の声が聞こえて思い出したリシャールだった
 リシャールはすっかり忘れていたが、見物人も数多くいたのだ。
「終わりましたー!」
 同じく大声で返して。もう一度竜に向き直った。
「もしかしたら姫様たち……ああ、小さな女の子達が触ったりするかも知れないけど、ちょっとだけ我慢してね?」
「きゅ」
「うん、いい子だ」
 見物していた一同がリシャールのもとにやってきた。さっきの吼え声のせいか、大人はともかく、クロードを始め伯爵の子供達はおっかなびっくりといった様子だった。
「これはまたすごいのを呼び出したなあ」
「随分と立派なドラゴンだ」
「アースドラゴン?」
「さすがリシャールだな!」
 次々と声を掛けられてちょっと引き気味のリシャールだったが、一同に礼をする。
「無事に召喚と契約は済みました。
 ご心配をおかけしました。……えーっと、大丈夫でした?」
「流石に驚いたが、大丈夫だったよ」
 とは兄。
「まあ、あんなに豪快な召喚はそうそうないがな。
 大した使い魔を呼んだものだ」
 祖父からは皮肉混じりの褒め言葉。
「それはおいといて、リシャール、いつの間にトライアングルに成長したんだい?」
 父から質問されたが、リシャールには答えようがなかった。
「いえ、ラインのままだと思いますが……」
 ただ、答えながらも、リシャールにももしかしてと言う気がしてきた。目の前の使い魔はどこからどうみても高位の幻獣、ドラゴンである。本にも書いてあったが、ライン以下のメイジに幻獣が召喚されることはまず無い。ある程度は術者の力量に比例した強さの使い魔が召喚されるからだ。
 ついでに、ここのところ魔法の調子がいいことも事実だった。
「クリストフ様、息子に少し魔法を使わせたいのですが、よろしいでしょうか?」
「かまわないよ。
 ……ああ、リシャール、うちの子供達が君の竜に興味を持っているようだ。
 大人しくしてるように言い聞かせてくれるか?」
「はい」
 もう一度、地竜の方に向き直って頼んでみる。
「姫様たちが君に触るけど、くすぐったくても我慢して」
「きゅいー」
 大丈夫だとでも言うように軽くリシャールの肩口に嘴を押しつけた竜は、ゆっくりと子供達の方に近づいていった。
「はっはっは、聞き分けのいい竜だな」
「ええ、大人しい良い子のようです」
 うん、穏やかな性格のようだとリシャールは安心した。
「ではリシャール、こちらに来なさい」
「はい父上」
 竜を囲む一同から、クリスチャンと共に少し離れる。
「今から父さんがゴーレムを作るから、それを倒してみなさい。
 攻撃はさせないようにするからな」
「はい」
 父は軍人だけあって、魔法に対しては甘くない。
 そうでなくともトライアングルの土メイジであるから、リシャールとしても見習うべきところは多かった。土系統の魔法についての師匠でもある。
 父が杖を取り出して呪文を唱え始める。
「調整するから、少し待ってくれ」
「はい、わかりました」
 リシャールも教えられていたが、作り出したゴーレムに魔法をかけてより堅固にしたり、または別に錬金した武器を持たせたりすることで戦闘力を増加させるのだ。
 初めから堅い、あるいは武器を持ったゴーレムを作ることもできるが、分割することで汎用性が高くなるのだ。
 父はどうやらゴーレムを堅くしているようだった。程なく魔法をかけ終わった父は、ゴーレムを二十メイルほど歩かせてこちらを向かせた。
「リシャール、アース・ニードルであのゴーレムを貫いてみなさい。
 但し、一撃に全力を込めなさい」
 アース・ニードルは、土の矢で相手を攻撃する呪文である。貫く強さはアイス・ニードルなどに劣るが、同程度の大きさの矢なら氷に比べて数倍の質量があるために、貫けなくとも相手を押し倒したり押し潰したりと、威力は十分だ。アイス・ニードルを剣に例えるなら、アース・ニードルはハンマーに相当するだろうか。
「はい。……いきます」
 杖を構え、言われたとおりに魔力を練り上げる度合いを最大限に高める。
 最近魔法が冴えているのは自覚していたから、思い切り力を込めてみた。
「アース・ニードル!」
 リシャールの身の丈ほどの土の矢が、父の作ったゴーレムにぶち当たった。結構大きな音がする。
 土煙が晴れると、手をもがれながらも立っているゴーレムが見えてきた。流石に父のゴーレムである。
「父上ごめんなさい、だめでした」
「いや、そうでもないよ」
 父がゴーレムを呼び戻したが、戻ってきたゴーレムは、背中側が大きく抉れていた。
 アース・ニードルはゴーレムの表面で砕けてはいるが、運動エネルギーはそのままゴーレムに伝わっているのだ。ゆえに、表面はクリスチャンによる硬化と固定化のおかげで耐え抜いたが、そうでない部分は弾け飛んだのだった。リシャールも知らないことだったが、言うなれば、戦車に対する粘着榴弾のような効果を示したのだ。
「うん、やはりそうだね。
 胴体の表側にだけ固定化をかけたから、力を受け止めきれなかった裏側はこの通りだ。
 結論から言えばリシャール、お前は間違いなくトライアングルになってるよ」
「そうなのですか?」
 確かに最近魔法の調子はいいリシャールだった。だが、それがトライアングルへの昇格ともなれば、かなり状況が変わってくる。これまでよりも使える呪文が増えるのだ。
「自覚はないようだけど、このゴーレムだって、硬化と固定化をかける前でさえ、それほど柔な作りをしてるわけじゃない。
 もちろん父さんの全力ではないけれど、ラインの呪文に負けるようなものではないよ」
「実は、初陣の後からどうも魔法使うときに調子がいいなあ、とは思っていたのですが」
「ははは、そう言えば、ドットからラインに昇格したときもリシャールそんな感じだったな」
 魔法の知識には貧欲だが、魔力自体にはそれほどこだわっていないリシャールだった。ただ、魔法に対しては自分にも使えるとわかった瞬間からかなり力を入れていたし、同年代の子供に比べて大人の理解力と前世の知識という絶対的なアドバンテージがあったから、効率的に魔法を学べていた。結果的には魔力もかなり伸びていたのだ。

 皆のところに父と戻ったリシャールは、呼び出した竜が大人しくしていたようで一安心だった。
「ねえリシャール」
「はい、クロード様」
「この竜、名前はなんて言うの?」
「あ!」
 呼び出すことや呪文自体に気を取られて、その事をすっかり失念していたリシャールだった。
「そうですねえ……」
 リシャールは地竜に歩み寄った。
「君は男の子? それとも女の子?」
 竜は一瞬目をぱちくりとさせて、リシャールに向けてふいっと鼻息を吹いてからカトリーヌとリュシーの方に頭を寄せた。
「ごめんごめん、女の子だったんだな」
「きゅい!」
 ならばとリシャールは考え込んだ。
 土、大地、地竜、アースドラゴン……アース……!
「うん、君は地の竜のようだから、大地……アースをもじってアーシャと呼ぶことにする。
 いいかな?」
 アーシャと言う名前には覚えがあった。西欧の方で女性の名前に使われていたような気がする。何かのゲームのキャラクターだったかもしれない。
「きゅいー!」
「うん、よろしくね」
 竜は先ほどと同じように、リシャールの肩口に嘴を寄せてきた。受け入れてくれたらしい。

 この後、流石に自宅には竜舎もなく、庭もアーシャが落ち着けるほどの広さがなかったので、父に手伝って貰いながら練兵場の隅っこにアーシャの寝床を作らせてもらったリシャールだった。







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