ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
プロローグ




「店長、お先でーっす」
「お疲れさまでしたー」
「はい、ご苦労さーん。あ、来月の仮シフト表出来てるから見ておいてよ?」
「はーい」

 日本国内なら何処にでもあるような、地域密着型のスーパーでの閉店時の一幕である。
 この店の店長、山本は大きくため息を吐き、伸びをした。
 夜八時の閉店だが、時計は既に九時をまわっている。
 但し、一人暮らしで独身故に、帰宅が遅くなっても家族からの小言一つないのは僅かながらの救いだった。部下などからその点について愚痴を聞くことも多いが、山本にはその心配はない。
 代償として帰宅直後の温かい食事や『おかえりなさい』の一言は諦めねばならないが、これは仕方のないことだった。
 世の中はバランスが取れていないようで取れているのだと、彼は思うことにしている。

 レジ〆。
 軽い掃除。
 目玉商品の準備。
 棚の整頓や値札のチェック。

 それらを終えた部下は先ほど全員が帰宅したが、店長である彼には、日報やら〆日前の予備業務やらの雑務が残っていた。
 中小規模とは言え、二階建てで売り場面積は五百坪ほど、昼間などはパートさんバイトくん含めて店員二十余名が常駐するそこそこの店舗だ。仕事など、探せば幾らでも見つかる。
 やれやれだ。
 階下に降りて自販機でコーヒーを買い、事務所に戻って窓を開け放つ。
 しばしの一服。周囲からは禁煙を薦められていたが、山本にその気はないようだった。ひっきりなしに吸うほどのヘビースモーカーではなかったが、日に数本は消費していた。残業代も付かない夜の事務仕事の合間の一服は、彼としてもささやかな楽しみなのだった。
 ……とは言え、彼とて勤続十数年、店長になってからでも五年以上は続く日常である。
 気付けば、残る仕事の量から帰宅時間の推測が±五分の精度で出来る程度にはベテランとなっていた。

「火元よし、施錠よし、忘れ物……なし」
 暫くして全ての業務を終えた山本は、店の裏口を開けながら魔法の呪文を唱えた。
 無論、本当に魔法であるわけではない。単なる指差し確認である。
 しかしミスが減るのは本当のことで、彼も幾度か救われていたし、安全工学上でも重要視されている『魔法の呪文』であった。
 続けてふふんふん、と鼻歌を歌いながら裏口のシャッターを降ろした彼は、鍵を掛けると自転車に乗った。
 市役所付属の放置自転車再生販売店で買った中古のママチャリである。
 四千円と安かった割には頑丈で、もう五年も乗り続けていた。

 それが徒になった……。

 店のおつとめ品の、半額の上に更に店員割引だった鶏もも肉でチキンソテーとしゃれ込もうか、などと考えながら自転車を運転していた山本は、突然自分を照らす車のライトに驚いた。
 旧国道の左脇をのんびり走っていた彼に、真正面からの光。
 それは、対向車が何らかの理由で彼に突っ込んできた事を意味していた。
 慌ててブレーキをかけたが、思いっきり握りこんだせいか、ワイヤーが弾け飛ぶ。そろそろガタが来ていたのだ。
「ふおおおっ!?」

 止まることも出来ず。
 逃げることも出来ず。

 無論飛んで避けたり瞬間移動したりする筈もなく。

 彼は、死んだ。

 山本優一。
 一九XX年生まれ、享年三十八歳。
 真面目ながらも気さくで優しかった一人の男が、この夜この時、この世を去った。







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