理由(仮) 1 過去、公園の縁にある交差点。    木々が青く生い茂っていて、蝉の声が響いている。    パトカーや救急車などの無数の緊急車両が止まっていて、道路や歩道は通行止めとなっている。    周囲には何事かと人々が集まっている。    そこに、幼い少年が人々の集まりに入り込む。    少年は服の所々が汚れていて、袖の所には擦り剥けた様な跡がある。    少年は人々の間をくぐって最前線に出る。    先には立入り禁止の黄色いテープが貼られていて、バンパーが歪んだ乗用車の前で慌しく警察や救急隊員が動いている。    救急隊員が担架で、轢かれたと思われる人を運んでいく。    少年がその光景を見た時、担架で運ばれている人が少年を見る。    少年はその人に対して、本能的に慄く。    その時パトカーのサイレンが鳴り響き、その音で公園にいた無数の鳥達が驚いて飛び立っていく。    少年は自分の真上を飛び立っていく鳥達を見る。    鳥たちが飛び去っていくと、少年はすぐ事故現場に目をやる。    救急隊をはじめとする、事故処理の関係者が慌しく動いている。 1 夕方、公園の周辺。    かつての事故現場はなりを潜め、交差点の信号に従って様々な車が行き交っている。    通りの先には針葉樹の緑あふれる、大きな公園がある。    道路の縁には広い歩道があり、家族連れをはじめとする、様々な人間が行き来している。    人々の中を青年が歩いている。    青年は、周りの景色を見たくないのか、足元だけを見てとぼとぼと歩いている。    青年は公園の入り口へ来ると、顔を上げて先を見る。    青年はふと立ち止まり、先に見える公園を見る。    公園には出入りする人々で賑わっている。    と、青年とジョギングをしている人との肩が触れ合う。    ジョギングをしている人は咄嗟に青年を見ると、公園の縁にある歩道へと進んでいく。    青年は特に何も感じず、俯いたまま先へとぼとぼと進んでいく。 2 公園内広場周辺。    枯れかけた葉が茂っている人工林が延々と広がっている。    マラソンコース等の道があり、人々が駆けていてそれなりに賑わっている。    青年はジョギングコースをとぼとぼと歩いている。    そこにジョギングをしている人とすれ違い、肩が触れ合う。    ジョギングをしている人は青年を見る。    一方、青年は特に興味もなく、振り返る事無く歩き続ける。 3 公園の奥。    日が暮れてきて、徐々に暗くなってくる。    林の密度は濃くなっていき、所々にある照明に照らされた道を外れると、黒く染まった木々の輪郭しか分からない。    人気が全くなく、風がせせらぐ音だけが聞こえている。    青年はとぼとぼと、感情一つ変える事無くじっと先を見て歩いている。    そこに風が強く吹き、木々についていた葉が飛んでいく。    青年は寒さで少し凍えるが、それだけで特に何も表情を変えない。    風が止み、青年は何事もなくとぼとぼと歩き続ける。    と、そこに無数の鴉の鳴き声が聞こえる。    青年は泣き声がした方向を見る。    無数の鴉が道から外れた雑木林から、こちらに向かって飛んでいく。    青年は飛んでいく鴉の群れをじっと見るも、表情に変化はない。    一瞬、鴉の1匹と青年との目が合う。    鴉は嘴に肉片のようなものを咥えている。    青年は鴉の目つきに一瞬、はっとなる。    そして、青年は鴉が飛んで来た所を見る。    黒い輪郭の、退廃的に見える雑木林が見える。    青年は踵を返し、去ろうとする。    しかし、雑木林が気になって振り返る。    風が吹き、せせらぐ音だけが響く。    その時、鳥の泣き声に似た高い音が響き、同時に頭の中から何かが飛び出す感覚を覚える。    青年は驚き、周囲を見回す。    しかし、今さっき見ていた光景があるだけで、何も変化はない。    青年は片手で頭を抑え、じっと雑木林を見つめる。    青年は気になったのか、青年は先を見る事無く雑木林へと歩いていく。 4 雑木林の前。    街灯の明かりが届いておらず、足元が余り見えない程暗い。    所々に家電製品らしきものが捨てられていて、濡れた木の葉や枝が被さっている。    特に鳥の声等の騒がしさはなく、静かである。    青年はぼけっとした状態で雑木林の前に来る。    そして、雑木林に入る直前で足元に何かを見つけて立ち止まる。    足元に小鳥が痙攣して倒れている。    暗さゆえに小鳥の輪郭しか見えず、色や小鳥の容態などの詳細が分からない。    青年は小鳥を見つめる。    小鳥の瞳に青年が映りこむ。    青年は一瞬、鼓動が全身を駆け巡った感覚に襲われて固まる。    青年は自分の感覚に戸惑い、 青年(何だ……?)    と思いぼおっとする。    しかし、先程襲った感覚は全くない。    青年は大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。    そして、小鳥を見つめる。    小鳥は震えていて、瞳には青年が、自分が見つめているかのように映りこんでいる。    青年は小鳥に何かを感じ、しゃがみ込む。    そして、小鳥をそっと掬って立ち上がり、周辺を見回す。    特に何も変わった所はない。    青年は何も迷うことなく、踵を返して早足で雑木林から去って行く。 5 動物病院、診察室内。    清潔感のある部屋に、様々な計器や薬品などを入れておく棚が計画的におかれている。    中央には診察台があり、白衣を着た獣医が小鳥を診ている。    小鳥は灰色がかった茶色で頬の部分が赤く、麻酔されていて殆ど動かない。    獣医は手袋をした手で羽の部分を診る。    羽の部分は所々乱れていて、出血の形跡が診られる。    獣医は診察台を通して対面にいる青年を見て、 獣医「本来なら獣医ではなく、専門の保護医がするものですが……」    と、愚痴を言った上で、 獣医「しかしながら一刻を争いますので、私の所で預かりましょう」    と、冷静に言う。    青年は特に返さず、じっと小鳥を見る。    獣医は青年の目線が小鳥にあるのに気づく。    そして、小鳥を見たうえで、 獣医「鴉にやられたようですね、所々に引っかかれた傷が見えます」    と、冷静に言う。    青年は小鳥を見て、 青年「助かりますか?」    と、棒読み気味に尋ねる。    獣医は唸り、 獣医「殺すと言うよりより弄んだらしく、怪我自体は酷くありません。しかし……」    と話をしている最中、言葉を曇らせる。    青年は獣医の言葉に違和感を覚え、 青年「しかし、何です?」    と、やや抑揚のない言葉で鸚鵡返しに尋ねる。    獣医は気難しい表情で、 獣医「羽とつなぎの骨が酷い物で……繊細なだけにここの回復は難しいですね」    と言い、青年に分かる様に小鳥の羽の部分を指差す。    青年は獣医が指差した部分を見る。    指差した部分は、素人目に見てわかるほど、羽根の流れが不自然になっている。    青年は、 青年「……飛べないと?」    と、獣医に尋ねる。    獣医は頷き、 獣医「そうなりますね」    と、淡々と言う。    青年は小鳥を見て、 青年「そうですか」    と、他人事の様に言う。    獣医は青年に眼をやり、 獣医「その場合野鳥保護の手続きを取って、君が保護する事になるけどいいかい?」    と、尋ねる。    青年は即座に、 青年「お断りします」    と、返事をする。    獣医は青年の返事に意外性を感じ、 獣医「君が保護してきたのに、引き取らないのかい?」    と、繰り返し尋ねる。    青年は小鳥を見て、 青年「ええ」    と、あっさり返す。    獣医は呆れ、 獣医「……回復するまで時間は掛かる。それまで考えてくれ」    と言う。    青年は小鳥に眼をやったまま、 青年「……分かりました」    と、抑揚のない声で言う。    小鳥は麻酔を受けていて、僅かに呼吸で腹を動かしている以外、目を閉じていて全く動かない。    獣医は青年に、 獣医「待合室に行ってくれ。治療費と診察券の記入で呼び出す」    と、半ば事務的に言う。    青年は頷く以外に返事をせず、診察室のドアに向かう。    そして、ドアを開けて出て行く。    青年が出て行くと、ドアは自動的に閉まる。 5 日の入り、郊外。    すっかり日が暮れ、夜の闇が空を覆っている。    青年はコートをしっかりと着ていて、広い歩道を歩いている。    車が行き交っているものの、ぼんやりとした雰囲気重視の外灯だけが照らしている。    本来の明かりを信号機が代わりをしている程である。    そんな状況故、人気もない。    青年はため息をつき、脳裏に診察台に乗った小鳥を浮かべる。    そして、財布を真上に投げる。    青年は落ちてきた財布を無意識にキャッチし、 青年(アホみたいな治療費取られて、財布が軽くなったか……最悪な日だ)    と思って交差点を渡ろうとする。    と、そこに車がブザーを鳴らしながら突っ込んで来る。    青年は思わず引き下がる。    車は通り過ぎていく。    青年は信号機に目をやる。    歩行者信号が赤になっている。    青年はため息をつき、 青年「何だ、赤か……」    と言い、立ち止まる。    そこに、クスクスとうっすらと笑い声が聞こえてくる。    青年は笑い声が気になり、声がした真後ろを向く。    公園の入口に立っている柵に、少女が腰掛けている。    少女はくすくす笑いながら、 少女「ぼおっとして、轢かれそうになっているなんて。随分間が抜けているわね」    と、青年をからかう口調で言う。    青年は、 青年「間が抜けている?」    と鸚鵡返しにいい、少女に近づく。    暗闇で分からなかったが、少女は冬が近い今の季節とは思えない、肌が露出したいかにも健康そうな服装をしている。    青年は、 青年「間が抜けているのはお前だ。寒い季節にその格好。しかも暗い通りに一人」    と、少女を観察しながら言い、 青年「呆れて物もいえん」    と、呆れ加減に言う。    少女は即座に、 少女「いけない?」    と、尋ねる。    青年は話を無理矢理切る為に、 青年「風邪引くぞ。不審者に捕まる前に早く帰れよ」    と、ぶっきらぼうに言って踵を返す。    少女は青年を観察するように見て、 少女「じゃあ、君は不審者じゃないの?」    と、はっきり言う。    青年は頭の中に、少女の言葉が直接響いてくる感覚を覚える。    青年ははっとして少女を見る。    少女は青年を見て、にこりとする。    青年は呆れ、 青年「そんな趣味はない……寧ろ嫌いだ」    と、棒読み加減に言う。    少女は青年を見て、 少女「冷たいんだね。でも、小鳥を助けてくれたんだもの。本当は優しいんだよね」    と、とても少女とは思えない優しい、艶かしい口調で言う。    青年は少女の言葉に反応し、 青年「な……!」    と、はっとし、 青年「あの時誰もいなかったはずだ……お前、何処にいた?」    と、強く尋ねる。    しかし、少女は口をつぐみ答えようとしない。    青年はじっと、少女の前で固まったかのように動かない。    少女もまた石造の様に固まり、返事をしない。    青年は苛立ち、 青年「答えろ」    と、低い声を出して、少女に迫る。    少女はゆっくりと口を開け、 少女「分かるものは分かる。それ以上理由はないわよ」    と、あっさり言う。    青年は眉間に皺を寄せ、少女に近づく。    しかし、青年が食って掛かる直前に少女が、 少女「どうして小鳥を助けたの?」    と、声を上げる。    青年はぴたりと、時が止まったかのように立ち止まる。    青年は思わず引き下がり、俯く。    少女は、 少女「理由もなく、小鳥を助けたの?」    と尋ねる。    青年は徐々に気分が悪くなっていき、 青年「……止めてくれ」    と、ポツリ口に出す。    少女は黙る。    青年は気分を悪くし、踵を返す。    少女は青年の先にある信号機を見て、 少女「信号機、気をつけてね」    と、注意する。    青年は舌打ちをして、 青年「同じテツ踏むかよ」    とぼやく。    少女はすました表情をして、 少女「なら、いいか……それと」    と言い、 少女「……ありがとう」    と、囁くように言う。    青年は少女の言葉にどきりとして振り返り、少女がいた所を見る。    少女の姿はなく、闇に染まった不気味な公園が見える。    青年は少女の言葉が理解できず、眉をひそめると前を見て横断歩道を渡ろうとする。    と、そこに車が通ってきてブザーを鳴らされる。    青年は驚き、思わず引き下がる。 6 翌日、夕方の公園内、雑木林周辺。    日が暮れかかっていて、人気は全くない。    青年はとぼとぼと歩き、雑木林の前に来る。    雑木林は暗く、昨日と同じで何も変わった所はない。    そこに、鴉の群れが鳴きながら飛んでいく。    青年はその様子を見て、 青年(昨日と変わりない……でも)    と思い、足を踏み入れて昨日、小鳥が倒れていた場所に目をやる。    そこには小鳥がいない以外何も換わった所は見られない。 青年(何だろう……この違和感)    と思い、空を見上げる。    先程飛んでいった    そこに…… 少女の声「また来たんだ。懲りないね」    と、天真爛漫な声が後ろから響く。    青年は後ろを向く。    少女が昨日と同じ服装で、背中で腕を組み、青年を観察するように立っている。    青年は少女を見て、 青年「またとは何の意味だ?俺は散歩がてらに来ただけだ」    と、抵抗する様に言う。    少女は青年の返事にくすりとし、 少女「嘘ばっかり。理由が欲しいんでしょ」    と、青年が思っている事をはっきり言う。    青年は眉間に皺を寄せて少女を睨む。    少女は周囲を見回す。    空に浮かぶ雲が、夕暮れの色に染まっている。    少女は笑みを浮かべて、 少女「何で自分は小鳥を助けたのか。そう思っているから、ここに来た。でしょ?」    と、はっきり言うと同時に尋ねる。    青年は、何だか自分の心の中が読まれて気がして苛立つ。    しかし、少女の無垢な表情を見ると、何故だか分からないが徐々に苛立ちが消えていく。    青年は落ち着いて一息つき、 青年「お前なら分かるのか?」    と、淡々と言う。    少女は首を降り、 少女「理由なんてないでしょ?君は、いちいち理由つけないと行動一つ出来ないの?」    と言って、青年に迫る。    青年はため息をついて小鳥が倒れていた場所に向かい、足元を見る。    少女は青年の後をついて行く。    暗く、落葉しか見えない。    少女は踵を返し、空を見る。    空には闇が迫っているものの、僅かに橙色が残っている。 少女「馬鹿みたいだね、人間って。自分がした事をいちいち考えて……」    と言い、憂いた表情をして、 少女「そんなのに理由なんて、ないのにね……」    と言って去っていく。    青年はむっとし、 青年「人の心を知っているみたいに!」    と声を上げ、少女がいた所へ勢いよく体を向ける。    少女はそこにはいない。    青年は目を見開いて驚き、周囲を見回す。    人気は全くなく、外灯の光がこれから覆う闇の公園を照らしている。    青年は体を震わせ、 青年「嘘だろ……」    と、思わず声を上げる。    その時、ばさばさと雑木林から木々が揺れる音が響く。    青年は驚き、音がした方を向く。    雑木林から鳥の群れが飛んでいく。    青年はほっと一息つき、 青年「脅かすな……」    と、冷静に言い、再び周囲を見回す。    少女の姿は何処にもない。    青年は眉を顰め、 青年「勝手にいなくなったんだ……俺が悪い訳じゃない」    と言い聞かせ、駆け足で雑木林から去っていく。 7 翌日、昼過ぎの公園内雑木林。    雨が降っている。    夕方ほどの暗さはないが、雲により光が遮られて薄暗く、雨により全体の像がぼやけてしまっている。    その為か昼過ぎにも関わらず、外灯の電球が光っている。    人気はない。    青年は傘を差して雑木林の前に立ち、じっと先に見える雑木林を眺めている。    と、青年は何を思ったのか、傘を畳み雑木林の中に足を踏み入れる。    一歩を踏むたび、木の葉で覆われた柔らかい地面から水がじわりと染み出し、靴に入り込む。    しかし、青年はお構いなしに雑木林の中に入る。 8 雑木林の中。    木々と草が入り組んでいて、更に人が踏み入れるスペースには木片や不法投棄された瓦礫が散らかり侵入者を阻止している。    木々によって雨は遮られ、雨はさほど感じない。    青年は瓦礫に登り、中に踏み込もうとする。    と、手が滑り転ぶ。    幸いに柔らかい地面に転んだ為、怪我はなく青年は痛がりながら上を見る。    と、そこには少女が木の枝にちょこんと座り込んでいるのが見える。    青年は驚き、 青年「雨が降っているんだ、そこで何をしているんだよ!」    と、少女に声をかける。    しかし、少女は動かずに青年を見下して、 少女「じゃあ、君は何をしているの?」    と、平然と尋ねる。    青年は起き上がり、 青年「鳥だ、何故鳥がやられたのか知りたい。それだけだ!」    と、声を上げて説明する。    しかし、少女は納得せず、 少女「本当にそれだけ?」    と尋ねる。    青年はむっとして眉間に皺を寄せ、 青年「それだけだ!それ以外にこんな所に入る理由なんて、ねえよ!」    と、思いっきり声を上げていい、少女から目を逸らして瓦礫に手を掛けて登り、降りると歩いていく。    暫く歩いた所で振り返り、少女が座っていた枝を見る。    少女の姿はない。    青年ははっとし、少女が座っていた枝の真下を見る。    生い茂る木々と草、遠くに自分が登った不法投棄された瓦礫があるだけで、他に何もない。    青年は焦り、 青年(まさか……)    と思い、引き返そうとする。    と、そこに…… 少女の声「へえ、他人の心配するんだ」    と言う声が正面から聞こえる。    青年ははっとして正面を向く。    眼前に少女の姿がある。    少女の背丈は見た目よりも大きく、青年より頭一つ程度小さい程度である。    少女は青年の顔を覗き込む様に眺め、 少女「嘘つき。私の心配してたんでしょ」    と、からかう。    青年はいらつき、 青年「からかうんじゃねえよ、邪魔だからどいていろ」    と言い、少女を跳ね除けようと手を出す。    しかし、少女は青年の行動よりも早く、青年に飛びつくように腕を取る。    青年は少女の行動に混乱し、次の行動を取る事が出来ずに固まる。    少女は青年に、 少女「理由なんてないって、最初から分かっているでしょ。どうして認めないの?」    と尋ね、 少女「壊れるから怖いの?大丈夫だよ。大丈夫だから……」    と優しく言い、そっと青年の手を握る。    青年は小の暖かい手の感覚が伝わってくるのと同時に、頭の中で何かが割れるような感覚がする。    青年はその感覚に混乱し、思わず少女を突き放す。    少女は突き放され、よろけると何事かと思い、青年を見る。    青年も自分が何をしたのかわからず、先程少女が握っていた自分の手をじっと見る。    そして、困惑した表情で少女を見て、 青年「ふざけるな……ふざけんな!」    と、大声を上げる。    少女はぽかんとした状態で青年を見る。    青年は、悔しさと悲しさが混じった表情を少女に見せ、 青年「……いちいち俺に干渉してくんな!」    と罵声を浴びせて踵を返し、勢いよく駆けて行く。    少女は立ち上がり、自分の元から去っていく青年を無表情で見つめている。    そして、 少女「痛そう……」    と、断片的に小さく呟く。 9 同日、公園内広場。    いつもならば人気に満ちているこの場所も、雨のために人気がなく、所々に水溜りが出来ている。    傘を差した、びしょ濡れの青年は何処か苛立った表情で舗装された道を歩いている。    青年はイラつきながら、 青年「びしょ濡れで何も実入りなしかよ、今日は最悪な日……」    と言いかけた時、脳裏に何かを思い出して立ち止まる。    そして、 青年「あれ、確か前にも同じ事言ったよな?確か……」    と、疑問に感じる。    そこに、胸元のジャケットに入れていた携帯電話が鳴り響く。    青年は胸元に手を突っ込み、携帯電話を取り出して開く。    液晶には『花形動物病院』と表示され、その下に電話番号が書かれている。    青年は携帯電話のスイッチを押し、 青年「もしもし……」    と、電話に出る。    電話の主は、 獣医『貴方が預かった小鳥ですが、処置が終わりましたので、来院してもらえますか?』    と、はきはきと言う。    青年は、 青年「分かりました。今公園にいますので、直ぐに行きます」    と、はっきり返事をして携帯電話のスイッチを切る。    青年は、 青年「たく……こんな時に」    と言い、くしゃみをして公園を駆けて行く。 10 動物病院内、診察室。    青年はバスタオルで頭をふき取りながら、丸椅子に座っている。    そこに、獣医が鳥かごを持って奥のドアから出てくる。    鳥かごの中には、至る所包帯が巻かれた小鳥が止まり木に止まっている。    助手が青年の元に来た時、青年はバスタオルを助手に差し出し、 青年「これ、ありがとうございます」    と、丁寧に言う。    助手は礼をして、 助手「いえ、気になさらずに」    と言って受け取り、診察室を出て行く。    獣医は鳥かごを青年の前にある診察台に置いて、 獣医「肋骨の骨折で圧迫していた部分をはじめ、諸々の部分を手術しました」    と、青年に向かって話す。    青年は立ち上がり、鳥かごの中の小鳥を観察するように見る。    小鳥は呼吸で震えているものの、大人しくしている。    獣医は眉を顰め、 獣医「命の危険は回避しまして、普通に暮らす分には問題ありません。しかし……」    と、口ごもる。    青年は獣医の態度に疑問を感じ、 青年「あの……何かあったのですか?」    と、不安げに尋ねる。    獣医は、 獣医「翼がかなり酷くやられていまして……回復しても、もう飛ぶ事は叶いません」    と、重く話す。    青年と小鳥の目が合う。    小鳥の瞳に映った今の自分と、小鳥を拾う時に見た小鳥の瞳に映った自分とが重なる。    小鳥を拾う時の自分は無表情であったが、今の自分は頬がゆるく、僅かに感情を見せている。    と、同時に小鳥は翼を動かそうと胸を振るわせる。    しかし、翼は包帯や拘束具で固定されている為に動かす事ができない。    小鳥は次に必死に嘴を動かしだす。    小鳥からすれば本能的な行動であるが、青年からすれば何かを訴えているように感じる。    青年は小鳥の行動に悲しみを覚え、 青年「……悲しいですね」    と、同情するかの様な口調で言う。    獣医はきっとした表情で、 獣医「それで、引き取り手は助けた君に……」    と話した所で、何かに気づき、 獣医「ああ。君は引き取る気はないんだったね。じゃあ、協会に……」 青年「自分が引き取ります」    獣医の言葉を遮り、青年は強く訴える。    獣医は青年の眼差しを見て、ため息をつき、 獣医「……なら、許可が必要ですね」    と言って、棚に向かって行く。    獣医は棚を開けて書類を取り出し、青年の元に近づく。    そして、青年に書類とペンを差し出し、 獣医「野鳥の保護に関する規則です。読んだ上で契約書にサインして下さい」    と言う。    青年は獣医の言っている意味が分からず、困惑の表情を見せて、 青年「すぐ引き取るんじゃないんですか?」    と、尋ねる。    獣医は気難しさと呆れの混じった表情をして、 獣医「野鳥は法律で無闇に飼えないんですよ。保護は例外としてね」    と言う。    青年は書類を受け取り、目を通す。    獣医は書類を見ている青年を見て、 獣医「野鳥はペットショップで買える代物じゃないから、世話が大変でして……」    と言う。    青年は獣医の話に耳を傾ける。    獣医は話を続け、 獣医「しかも怪我をして飛べない以上、更に繊細なケアが必要になる」    と言う。    青年は書類から獣医に視線を移し、 青年「奴は自分と同じで可哀想なんですよ。だから、見捨てる気になれません」    と、ふっと笑みを浮かべて言う。    獣医は青年の言葉に妙な安心感を覚え、 獣医「そうですか」    と、返す。    青年はちらりと、書類から小鳥へと視線をそらす。    小鳥はじっとしている。    青年は小鳥を見て、ふっと笑みを浮かべる。 11 数時間後の夕方、公園外の通り。    雨脚は軽くなっているものの、それでも降っている事に変わりはない。    青年はてくてくと、カバーのついた鳥かごを持って公園の縁にある歩道を歩いている。    と、そこに強い風が吹く。    青年は腕で目をカバーする。    風が止んで青年が先を見た時、青年は驚いた表情をする。    そこには、公園の入口で少女が青年と対面する形で立っている。    鳥かごの中にいる小鳥がばたつく。    青年は鳥の動きに驚き、 青年「おい、止めろ。お前怪我してんだぞ!」    と言って諭すも、小鳥には全く通じない。    青年は小鳥を宥めるのを諦めると、少女に眼をやり、 少女「お前……俺に用でもあるのか?」    と、尋ねる。    少女は黙り込んだまま、片手を翳す。    と、ばさばさと少女の後ろにある、公園の中にある並木が揺れる。    青年は何事かと驚き、並木を見る。    並木から無数の小鳥が群れを成して飛んでいく。    青年は小鳥の織り成す壮言な光景に驚く。    少女はふっと笑みを浮かべ、青年を見つめる。    青年は少女に眼をやる。    少女は、 少女「思い出したんだよね……ありがとう……」    と、ゆっくりと優しい声を出し、にこりとして、 少女「もう、閉じなくていいから……」    と言う。    その時、青年に頭痛が走る。    青年は咄嗟に頭を抑え、少女を見る。    少女の容姿が、過去に見た担架で運ばれていった人の姿と重なる。    青年は、 青年「あの時の……お前は……!」    と声を上げて少女の元に向かおうと一歩を踏む。    その時またも頭痛がして蹲り、再び頭を押える。    そして、顔を上げた時にはっとする。    少女の姿はなく、夕方の日が差している公園があるだけである。    青年は公園の周囲を見る。    様々な建物から、青年は自分が立っている場所が過去、交通事故があった交差点の前だと気づく。    青年は目を見開き、 青年「そうか、そう言う事だったのか……」    と、呟いて目をゆっくりと閉じ、鳥かごの中の鳥を見る。    小鳥は大人しくしている。    青年は鳥の様子に安らぎを覚え、いつの間にか頬を伝っている涙を拭うと交差点を見る。    交差点はいつもと変わりなく、車が往復している。    しかし天候故か、若干車が多く人通りはない。    青年は小鳥を見て、 青年「行くか」    と言い、歩行者信号が青になっているのを確認してから歩道を歩き出す。    「理由 完」