ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
挿話その一「地韻竜の娘」




 その娘は、退屈していた。

 理由は簡単で、父親から眼下に見える人間の村に行くことを禁じられていたからである。
 娘は人の形をしてはいたが、大地の属性を持つ竜であった。

 それまでもたまにふらりと人の姿で村に降りては、人間の作る料理に舌鼓を打ったり、仲の良くなった同じ年頃に見える娘達と、花を摘みながら談笑していたりしたのだ。
 だが、数日前にその山村が野盗に襲われたとき、その場に居合わせた娘は、精霊の使役による攻撃を使って二十ほどいた野盗全員をあっと言う間に伸してしまったのだ。
 村人からは感謝されたが、少々居心地の悪い視線を貰いもしたし、父からは人里に降りることを禁止され、小言を頂戴した。

 父曰く。
 懇意にしていた村人を救ったことは良いことだと思うし、村人にも野盗にも死人を出さなかったことも褒めてよい。しかし、その方法がとてつもなく拙かったのだ、人の理を未だよく知らぬお転婆な我が娘よ。

 何がよくなかったのだろうか?
 よくわからなかったので素直に父に尋ねてみた。

 父の話すところによると、人間は精霊の力を拒む考え方が主流で、それをいともたやすく使役してみせるとなると、拒むどころか敵視されてしまうのだそうだ。
 耳の長いエルフならば、人間とは違って精霊にも理解があるが、彼らは人間とは致命的に仲違いしていて、お互いに出会えば殺し合うほどなのだとも教えられた。
 もしも人間の前で、人の姿で精霊の使役をするのなら、杖を掲げ、人の言葉で呪文を唱え、人の魔法使いの振りをするように、とも付け加えられた。

 どうして父様はそんなに人間に詳しいのだろう?
 疑問に思った娘は再び父に問うてみた。

 父は昔、ある人間の使い魔をしていたのだと答えた。
 世界中の人の街を旅して巡り、様々な出会いをして沢山の冒険をしたと。
 そのおかげで母とも巡り会えたし、その後娘も生まれたのだと。
 その人間と主従を結べたからこそ、今があると。

 父様の方が人間よりもずっと強いのに、何故使い魔などされていたのだろう?
 娘の疑問は更に広がった。

 父は、そこに理由はなかったと思う、と昔を振り返った。
 召喚されて出会った時には、何故に自身が呼ばれたのか、何故に自身が選ばれたのかよくわからなかったそうだ。
 それでも、面白そうだったからその人間に付き合うことにしたのだと。
 主従というのは最初は屈辱だったが、一緒にいるうちにそれは友情となり、心が満たされていったと。
 その人間のひたむきさや人柄に惚れ込み、共にあることに大きな喜びを見いだせるようになったと。
 あとでその人間に聞いたところによると、使い魔の召喚は一生に一度、同じくして生を歩むに相応しい最高の相手と巡り会うための大事な儀式であるから、人間もあだや疎かな召喚は行わないのだと。
 その人間とは、人の子の寿命の短き故にもう二度と相まみえることはないが、種族を越えて最高の友たりえたと。

 娘よ、だからもしも、お前の前に召喚の鏡が現れたならば。
 最高の友と最高の生に巡り会える幸運に感謝して、迷わず飛び込みなさい。

 父は満足げに頷くと話を締めくくった。
 側で父と娘の会話を黙って聞いていた母も、その人間には思うところがあったらしく、一言だけ娘に付け加えた。

 人の心は、竜よりも遥かに強いのよ、と。

 なるほど、父様母様よりも強いのならすごいと娘は思った。

 娘の興味は一つに集約された。
 どうすれば私は召喚されるのですか?

 父と母は顔を見合わせてから、喚びたいと云って喚ぶものではなく、喚ばれたいと云って喚ばれるものではない、それはその時までは誰に分かるものではないのだと答えた。

 そういうものなのかと、娘はよくわからないままに両親に頷いて見せた。

 そんなやりとりがあって数日。
 娘は毎日のように人の村を眺めていた。
 今日も父の話を思い出しながらしばらく村を眺めていたが、娘は父による禁を守って村には近づかずに山に戻った。

 その代わり、父には毎日のように使い魔をしていたときの話をねだった。
 それは楽しくもあり苦しくもあった、その人間の人生そのもの。
 父が主と旅した遠い異国の話には、不思議が詰まっていた。
 父の鱗をも貫いたという強敵の話には、たいそう驚かされた。
 父がうっかりと竜身のまま人の言葉を話してしまったために主とともに逃避行を重ねた話には、とてもはらはらした。
 父の主が懸想する相手に恋を告げるに至った話には、心動かされた。
 父が母と出会うきっかけとなった話には、笑いが止まらなかった。
 時には母も交えて、人型をとった父によって再現された遙か遠き地の料理を食べもした。

 そして季節も巡り。
 人里に出かけることの禁も解かれてしばらく。

 ついに娘の前にも召喚の鏡が現れた。

「父様!
 母様!
 行って参ります!!」

 地韻竜の娘は、躊躇うことなく鏡に飛び込んだ。







←PREV INDEX NEXT→