ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第六十二話「ラグドリアン湖畔」




「なんだかすごいね」
「きゅ」
 眼下には十数隻にも及ぶ空中船舶が、あるものはラグドリアン湖に碇泊し、あるものは丘に作られた空中桟橋に今しも接岸しようとしていた。その間をひっきりなしに竜や幻獣が行き交いしている。
 陸に目を向ければアーシャでも余裕で入るほどの大きな天幕がいくつもあり、その合間を埋めるように小さな天幕や、土メイジが腕を振るったのであろう簡易な屋敷が無数に並んでいた。数は少ないが一際目立つ大きな建物は、各国王族のためのものであろうか。
 王后マリアンヌの生誕を祝う園遊会のため、ここラグドリアン湖にはハルケギニア各地から貴顕が集まっているのだ。近年希な規模で催される園遊会であり、また、トリステインの主催としては先代国王の崩御以来久しくなかった大きな行事とあって、今後のトリステインを占う外交的な意味合いでも内外からも注目されている。
 リシャールももちろん参加者の一人であるが、気分的にはカトレアを連れていけなくなったことで、楽しみな旅行から単なる公務の一つに成り下がっていた。
 無論、疎かに出来るようなことではないが、義父や祖父らにくっついて歩くか、目立たない場所でぶらぶらするか、出来ればそのあたりで済ませられると良いなとは考えている。クロードが来ているなら、多少は楽しめるかも知れない。誰憚ることのない諸侯とは言えど新興の年若い貴族のこと、いかに義父が大きな存在ではあっても、そう大きな耳目を集めることはないだろうと、リシャールは高をくくっていた。
 それにしても……。
 規模は確かにすごいなあと、嘆息する。多少の高揚感や物珍しさがあることも手伝って、リシャールは上空からあちらこちらに目を向けて楽しんでいた。
 上空から見ると、実に壮大な眺めなのである。
 特に各国の貴顕が乗り入れてきている空中船や両用船は、リシャールが見たこともないほど大きな巨艦や、装飾も煌びやかな最新鋭のフネが多く、中には百メイルになんなんとするような大きなものまであった。
 開式前日でこの状態である。開式後には主賓格の各国王侯が、更に巨大なフネを足にここを訪れるのだろう。
「でも、どこに降りればいいんだろうね……」
「リシャール、竜のたくさんいる場所ならわかる」
「じゃあ、そこに行ってみよう」
「きゅー」
 アーシャはゆるりと旋回しながら、地上を目指して高度を下げた。
「アーシャごめん、ここは駄目みたい。
 ガリアの発着場だ」
「きゅ」
 一度目に降りようとした場所は、残念ながらリシャールが降りられるような場所ではなかった。天幕の頂や軍艦に掲げられた国旗がそれを教えている。
 トリステインの南に位置する大国ガリアは、両用艦隊と呼ばれる空海両用の艦隊戦力が充実していることでも有名であった。もちろん国力に比例して竜なども多い。アーシャはそれを見つけたわけだ。
 まさか他国の指定場所に割り込むわけにもいかず、リシャールは再びアーシャに高度を取って貰い、トリステインの国旗のある発着場を探した。

 降りてからがまた一苦労であった。
 諸外国からの招待客に配慮したのか、湖から少々離れた位置に配された国内貴族向けの発着場を無事に探し当てて降り立ったリシャールだったが、そこからラ・ヴァリエールに指定された宿営地までたどり着くのがまた大変だったのだ。
 場所自体はすぐにわかったが、国内の諸侯でも大貴族に位置する数家はなにがしかの問題が起きた場合に対処する後備えとして、宿営地の要所を押さえるように分散配置されていた。とりわけ大きな家であるラ・ヴァリエールは、トリステイン王家の宿営地とされた城からも遠く離れた湖畔に近い場所に陣取っている。すぐ近くにはアルビオン王家の宿営地があり、にわか作りではあるがアルビオンの旗が靡く二階建ての屋敷が建てられていた。ラ・ヴァリエール家は、アルビオン担当として諸事を取り仕切って歓待する役目も任じられているらしい。
 後から聞いた話だが、トリステイン側がゲルマニア、とりわけ仲のあまりよろしくないツェルプストーとラ・ヴァリエールの宿営地の距離を取らせようと苦心した結果でもあった。ゲルマニア側でもそのあたりは配慮したようで、手綱を付けたぞと言わんばかりにゲルマニア皇帝家の宿営地に隣接してツェルプストー辺境伯のそれは置かれている。皇帝のお膝元であるからには無論大貴族に相応しい扱いであり、この件に関してツェルプストー側からは文句もなかった。これがゲルマニア主催の園遊会であるならば、まったく逆の位置取りになったであろうことは考えるまでもない。他にも配慮せねばならない事例は山ほどあるはずで、王政府と貴族院の担当者達は、さぞや頭を抱えたに違いない。
 そして徒歩でラ・ヴァリエールの宿営地に到着したリシャールは、当家宿営地は竜で乗り入れても良いのでございますよと、公爵に先じて派遣されたまとめ役の家臣から教えられ、少々凹んだのであった。

 開式前日とのことで義父らもまだ到着しておらず、リシャールはアーシャを迎えに行ってから少々暇をしていた。
 リシャールも当日着でよかったのだろうが、慌てて参じるのも困りものかと前日の会場入りを決めたのだ。先に送り出したヴァレリー達は、既にラ・ヴァリエールの序列に組み込まれるようにして立ち働いている。
 手伝おうかとも思ったが、いらぬ気を使わせてもよくないかと、リシャールは割り当てられた部屋でのんびりと過ごしていた。
 この屋敷、ラ・ヴァリエール家お抱えの土メイジが突貫工事で建てたにわか作りの簡易建築ではあったが、二週間の滞在のためとはとても思えぬような立派な作りで、リシャールがギーヴァルシュで暮らしていた宿舎などとは比べものにならないほどしっかりとしていた。このあたり、倉庫や一般住宅で数はこなしていても、リシャールが簡単に追いつけるようなものではないらしい。
「リシャール様、失礼いたします。
 ……起きていらっしゃいますか?」
 部屋を見回しながらごろりとベッドに横になっていたリシャールだったが、ヴァレリーがラ・ヴァリエール家の家臣を伴って入室の許可を求めてきた。あわてて居住まいを正す。
「リシャール様、少々お願い事がございますれば」
「はい、えーっと……?」
「実は、アルビオン側の先触れ役であろうと思われる方がご挨拶に見えられたのですが、何分、爵位をお持ちの方の様でして……。
 当主様不在と追い返すわけにも行かず、リシャール様にお出まし願えればと、何卒伏してお願い申しあげます」
 なるほど、この場ではリシャールが一番偉い人になるので来客の相手をして欲しい、というわけである。
 彼としては苦汁の選択らしいが、ヴァレリーの方を見やると、彼女は微笑んで頷いてみせた。
「アルビオン王国からのご要望や打ち合わせについては、ラ・ヴァリエール家の実務ご担当の方が奥の間に控えて下さるとのことですので、リシャール様は歓待にのみ専念して下されば大丈夫ですわ」
「はあ」
「さ、もう客間にいらっしゃいますので、お急ぎ下さいませ」
 これも公務とやらの一つかと、頬をぱんぱんと叩いて気合いを入れ直したリシャールは、無理難題でなければよいがと思いながら、ヴァレリーらに先導されて客間へと向かった。
 こちらですと案内された客間には、リシャールの兄達と同じ様な年頃の、真新しい軽鎧を身につけた男性がいた。騎士のようである。
「失礼いたします」
 彼はリシャールを見て、若者と呼ぶには幼いながらもそれなりの立場らしいと確認したのか、立ち上がって胸に手を当て一礼した。背が高いなあといらぬ感想を抱く。百八十サントはある兄達よりもなお大きい。
「初めまして、若様。
 自分はアルビオン先遣団の副団長、ブレッティンガム男爵エルバートであります。
 先遣団の竜騎士隊長も兼ねております」
「私はリシャール・ド・セルフィーユ……失礼、セルフィーユ子爵リシャールと申します。
 こちらこそ、よろしくお願いいたします。
 それで……申し訳ないことですが、義父はマリアンヌ王后陛下らに同行して明日到着の予定になっております。
 お急ぎでございましたら、私が代わって御用向きをお伺いすることになります」
 リシャールも同様に胸に手を当て一礼した。
 軍人同士ならばお互いに貴族であっても敬礼と答礼で済ませることが多いが、リシャールの場合、敬礼を答礼で受けるのはあくまでも領内の組織に限られたことである。正規の軍人として軍務についたことがないので、敬礼をされたとしても軍人として答礼を返すわけにはいかないのだ。
「は、では……自分は当先遣団団長よりの伝言を預かっているのですが……」
「あの、それは私がお受け取りしてもよろしいものなのでしょうか?」
 重要なことであれば、それこそ夜を徹してでもトリスタニアまで赴いて公爵か王政府の判断を仰ぎに行かねばならない。
「はい、誰に憚るような内容ではございませぬ」
 どうやら大丈夫らしいと、リシャールは胸をなで下ろした。同時に、姿勢を正す。
 彼は直立不動になると、口上を述べた。
「『トリステイン王国の歓待振りまことに手厚く、当先遣団も滞りなく任務遂げたること、国王陛下への面目躍如するものなり。
 ついては御礼言上申し上げたく、参上仕りたし。
 アルビオン王国先遣団長ソールズベリー伯爵ロバート・ウィリアム』……以上です」
 なるほど、先遣団長がお礼も兼ねて公爵に挨拶したいらしい。ブレッティンガム男爵は、その先触れに派遣されたというわけだ。
「承りました、必ず伝えます。
 ……ですが、先ほど申し上げましたように、義父の到着が予定通りならば明日になりますので、ご返答をお伝え出来るのは、早くとも明日の昼頃になりそうです」
「そうでありますな……」
 公爵の不在は、目の前の男爵にも予想外だったらしい。これでは伝言ゲームになってしまうし現状仕方がないのだが、それはそれで失礼に当たりそうなのでリシャールも少々困っていた。
 公爵不在でなお代理として受け答えが務まりそうな立場の貴族、つまり、リシャールがこの場にいたことが話を複雑にしていたのだ。ここにいたのが公爵家の家臣団だけならば伝言だけを受け取り、ご返答をお返しするに相応しい身分の者がおりませんので後ほど、で話が済む。
 ……当日着にしなかったのは、失敗だったようだ。

「ご足労をおかけして申し訳ありませんでしたな、セルフィーユ子爵閣下」
「あーっと……リシャールで構いませんよ、ブレッティンガム男爵閣下」
「では、私のこともエルバートとお呼び下さい、リシャール殿」
 アルビオン宿営地からの帰り道、と言ってもほんの一街区分も離れていないような距離であったが、リシャールはブレッティンガム男爵と話し込みながら歩いていた。
 単に公爵の不在を告げて失礼を詫びるだけであったので、アルビオン宿営地でのソールズベリー伯爵との会見は無事に済んだ。もちろん、機嫌を損ねるような不手際もない。リシャールにせよソールズベリー伯にせよ、互いに主筋の到着を待つ身であり、大きな話をどうこう出来るような立場ではないのだ。園遊会を円滑に進めるための予備行動と考えるなら、この顔合わせは両者の関係を良好に保ちやすくする布石になったとさえ言える。
「リシャール殿は竜をお持ちだそうですね」
「ええ、使い魔なんですよ。
 そう言えばエルバート殿は、先ほど先遣団竜騎士隊のまとめ役と仰っていましたね」
「はい、王立空軍の竜騎士隊に所属しております」
 アルビオン王立空軍の竜騎士隊と言えば、規模も練度もハルケギニア随一とされる竜騎士の代表格である。アルビオン以上の大国であるガリアやゲルマニアは有力な空海軍戦力も大規模な竜騎士隊も擁しているが、どちらかと言えば両国共に陸軍国であり、トリステインは相応の規模を誇る竜騎士隊はあるものの、武名では、残念ながら衛星国であるクルデンホルフの空中装甲騎士団、ルフト・パンツァー・リッターにさえ及ばなかった。
「さぞや訓練も厳しいのでしょうね」
「ええ、もちろん。

 『我ら竜騎士、我らに恐るるものはなし!
  手綱を握れ! 杖を持て!
  雲を抜け風を纏い、いざ行かん空の彼方へ!
  我が行く空に敵はなし!』

 ……などと謳ってはおりますが、私もそうなるまでが大変でした。
 しかしながら、我らの自信の源でもあります」
 はははと笑うエルバートだったが、並々ならぬ苦労があったことだろう。
 リシャールは竜に乗る訓練など一度としてしたことはなかったから想像でしかないが、やはりアーシャで遠距離を移動する時などは相応に疲れもする。戦闘機動などを含む軍の訓練は、厳しさでは比べものにならないはずだった。今でも口では『乗る』とは言っているが、どう考えても実状は『乗せて貰う』が正しい。ちなみにリシャールは、乗馬はおろか、荷馬車の御者の方もかなり怪しかった。
「使い魔にでもしていなければ、私は竜に乗る機会など一生なかったかもしれませんね。
 内陸の生まれなので、実はフネにすら乗ったことがないんですよ。
 アルビオンは空中大陸ですから、空中船舶……フネがたいそう盛んに使われているそうですね?」
 リシャールは後ろを振り返った。空中桟橋につながれているアルビオン船籍の軍艦が目に入る。戦列艦に比べれば幾分小さい全長五十メイルほどのフリゲートだが、セルフィーユへとやってくる商船とは違い、細長い船体と高いマストがとても精悍に見えた。奥にはもう一隻、帆を畳んだ戦列艦も見えている。
「む、リシャール殿はフネに興味がおありかな?」
「え、あ、はい。
 格好いいなあ、と……」
「よろしければ、ご招待申し上げるが?」
 エルバートは気楽に片目をつむってみせた。

 リシャールはエルバートと共にそのまま来た道を戻り、アルビオン向けに指定されている空中桟橋へと向かった。
「なに、園遊会の開式は明日とはいえ、我らが国王陛下がこちらへと到着なさるのは、週末の予定でありますからな。
 あれに見ゆる『アンフィオン』は、昨年末に竣工して完熟訓練を終えたばかりの新鋭艦ですからこれと言って整備や補修も必要なく、我々も各国貴顕のお出迎えぐらいしか仕事らしい仕事もありません。
 お客様をお迎えすることで、彼らの気も引き締まりましょう」
「お言葉に甘えさせていただきます、エルバート殿」
 リシャールがフネに興味を持ったのは事実だったが、エルバートがこうも簡単に招待したのには、もちろん理由もあった。角の立ちにくい示威外交の一種なのである。我が国はこれだけの軍艦を建造・運用しておりますぞと、誇示しているのだ。単なるお国自慢というわけではない。
 アンフィオン号のみならず、トリステインも含めて各国から園遊会や即位式などの大きな公式行事へ賓客を乗せて派遣されるほぼ全ての艦艇が、そのことを任務に織り込んでいると言っても過言ではなかった。大国はここぞとばかりに最新鋭艦や巨艦を繰り出す。
 辺境の小国でさえ、大見得を切って虎の子の軍艦を持ち込んでくるぐらいだ。もっともそれらはアルビオン、ガリア、ゲルマニア、トリステインいずれかの中古が多く、時には居合わせた大国の艦隊司令官が候補生時代に乗り組んでいた艦だったなどという笑い話にも事欠かない。
 雑談を交えつつ歩くうちに、哨兵の立つ空中桟橋の下まで来た。すぐ近くでアンフィオンを見上げる形になる。今は閉じられているが、船体下層にも砲門があった。同じフネでも両用船舶では水上航行が想定されているので、そのような場所に砲門は設けない。
「やはり、間近に見上げると大きいですねえ。
 それに、作りも立派です。
 商船はうちの港にも来るので見慣れていますが、軍艦にここまで近づくこと自体が初めてなので、圧倒されます」
「私などは以前に乗り組んでいた母艦が全長百メイルほどの戦列艦でありましたからな、ずいぶんと小さく思えます」
 セルフィーユの港に入ってくる船も、最近ならば目の前のアンフィオン号よりもずっと大きい百メイル近い大型商船も見かける。しかし、戦闘を意識して造られた軍艦と、船腹の大きさや経済性を主に造られた商船とでは、やはり比較にならない。単純な表現になるが、迫力が違った。
 しばらくはアンフィオン号を見上げてあれこれと話し込んでいたが、哨兵の敬礼に見送られて桟橋の階段を登らせて貰う。下で見上げているうちに連絡が行っていたのか、渡り板の手前で艦長他、数人の士官が敬礼をして待ちかまえていた。
「リシャール殿、彼はサー・ウィルフレッド・ブレイスフォード、アンフィオン号の艦長です」
 船長や艦長と言った職業は不思議と似てくるのか、ブレイスフォード艦長はベルヴィール号のブレニュス船長と近い雰囲気を持っていた。髭と帽子がそう思わせている、というだけではないだろう。
「ようこそ、アンフィオン号へ。ブレイスフォードであります。
 閣下のご訪問を歓迎いたします」
「初めましてブレイスフォード艦長、リシャール・ド・セルフィーユです。
 さきほどエルフォード殿にアルフィオン号見学のお誘いをいただきまして、道中大変楽しみにしておりました。
 ……軍艦に乗せて貰うのは、実は初めてなんです」
 艦長は片眉を僅かに上げて、にこやかに笑った。
「ほう、閣下にとって記念すべき日と言うわけですな。
 そして我が艦も、今日が就役以来初めて他国のお客様をお迎えするという、記念すべき日になりましょう」
「それはとても光栄です、艦長」
 しばらくの雑談の後、エルバートらの口添えもあって、艦長から乗船の許可を貰う型通りのやり取りがなされることになった。少々情けないことに、正規の軍務に就いたことがないのでよくわからないとエルバートに見本を見せて貰う始末である。
「ブレッティンガム男爵エルバート、アンフィオン号への乗艦を希望する」
「乗艦を許可します」
 二人のやり取りを見て、そう言えば大昔にテレビか何かで見たかなあと思い出す。もちろん、自分がそのようなやり取りをすることになろうなどと、その時は思いもしなかった。
「子爵リシャール・ド・セルフィーユ、アンフィオン号への乗艦を希望します」
「乗艦を許可します」
 リシャールの乗艦許可には拍手も送られ、場も和気藹々とした雰囲気ではあったが、彼は少々複雑な面もちになった。いかにも軍人然とした周囲の雰囲気に、自分も呑まれそうになったからである。

 艦内へと足を踏み入れたリシャールの目をまず奪ったのは、整然と砲が並べられた砲甲板であった。砲自体も真新しく、台座ごときっちり綱で固定されている。
「この艦には二十四リーブル砲が二十四門、十八リーブル長砲身砲が十二門、それぞれ装備されております。
 フリゲートとしては重武装ではありませんが、代わりにこのアルフィオンは新型の風石機関と大型の帆を備えておりまして、従来型のフリゲートよりも高速を発揮出来ます」
 あまり軍には詳しくないリシャールの為にと、ブレイスフォード艦長は軍艦の種別なども解説してくれた。
「空軍や海軍での主力艦である戦列艦は、敵艦隊と砲列を並べ合っての空海戦を主な任務とします。
 戦列艦は主に四つの等級に分類されておりまして、大きいものから順に一等、二等となりますな。
 本艦はその下のフリゲ−トと呼ばれる艦種でして、大きな戦では戦列艦の補助や速度を活かした追撃や奇襲を、通常時は偵察、護衛、要人送迎と、なんでもござれの多用途艦として運用されております。
 さらにその下に、コルベットやスループと呼ばれる小型艦があり、フリゲートを投入するほどではない連絡や哨戒、護衛などの任務に当てております。
 軍艦には他にも様々な艦種がありますが、主なものはこの四つですな」
 少し乱暴だが、戦列艦が戦艦で、フリゲートが巡洋艦、コルベットとスループが駆逐艦や護衛艦に当たるのかなと、リシャールは思い描いた。さすがに航空母艦はないようだが、空を飛べる幻獣は大抵垂直に離着陸出来るので、甲板を少し開けてやれば殆どのフネには載せられる。竜などの大型種は大きさが大きさなのでコルベットなどに載せるのは少々無理があるだろうが、フリゲート以上の艦ならばアーシャでも大丈夫だろう。
「いや、流石はアルビオン空軍、大したものですね。
 さすがにこれだけのフネを個人で所有することは適わないでしょうが、フネそれ自体が魅力的で困ります」

 空中船舶も含めて、諸侯が船を所有していることは決して希ではない。リシャールでさえ小さいながらも数隻の漁船を所有しており、漁民へと貸与している。特にセルフィーユのようにそれなりの港を持つ諸侯などは、そのまま領地の収入に直結するので船を持ちたがることが多い。
 商船などの外洋船舶を所有しているなら、無理に自前で運用せずとも商人に貸し出すなりしておけば、維持費の心配のない程度の賃貸料と運航に伴う税収が入ってくる。
 だが、リシャールも躊躇ったように、船は建造にも維持にも莫大な費用がかかる。船の更新や乗組員の育成までを含めたサイクルにして考えてみると、なかなかに黒字を維持することは難しいのだ。有事に備えて造られた軍艦式の構造を持つような船だと、性能は高くとも船腹が小さいから更に条件は厳しくなる。
 そのような事情もあって艤装を施せば戦列艦に転用できるような大型艦を領主個人が持つことはまずないが、それでも領地近傍の航路維持や船団護衛の為に純粋な軍艦を常時配備して、海賊や空賊と小競り合いを繰り返している猛者もいた。何のことはない、規模こそ大きいが、これはリシャールが領内で政策として行っている王都往復便の荷馬車と護衛の関係そのままである。
 更には戦時ならば、有無を言わさず空海軍に徴用されて乗員もそのままに輸送船として使われたり、武装を施して仮装砲艦などに仕立てられたりすることがあった。行動に自由のきく私掠船として登録されればまだ良い方だ。下賜金や報奨金を得られる場合もあるが、運航の費用は自弁せねばならず、場合によっては贖えないほどの損害も覚悟しなくてはならなかった。沈んでしまえば、それこそ全てが水泡に帰してしまう。船を所有するには、それなりのリスクも考慮しなくてはならないのだ。
 故に船舶は諸侯の全てがこぞって手を出すような存在ではなく、商船はともかくも、空海軍で一線に立てるような軍艦は一部の例外を除いて基本的に王と国家が握っていた。

「ええ、小官も空軍に奉職して三十年になりますが、このアンフィオン号は実に魅力的でありますな」
 ブレイスフォード艦長はにやりと笑い、大砲を軽く叩いてみせた。
「本国でもこの新型艦には期待しているのか、我が国の国名に似た名前を本艦に与えております。
 先代のアンフィオン号も、就役当時は本艦同様に新機軸を取り入れた高性能艦でありましたな。
 特に高速性能は本艦の有力な武器でもありますが、それ以上にですな、足の速いフネはやはり乗っていて気分がよいのです」
 なるほどアルビオン王立空軍期待の最新鋭艦なのだなと、リシャールは頷いた。残念なことにこれまでトリステイン空海軍とは接点がなかったので、自国のそれとは比較のしようがない。
 それでも一つ、判ったことがあった。
 軍艦としてはさほど大きくないフリゲートでさえ、これだけの数の大砲を積んでいるのだ。フロランとリシャール次第ではあるが、良い大砲を造ることが出来ればかなり大きな商売が出来るだろう。
 今はほぼフロラン任せだが、園遊会が終われば時間を作って少し力を入れてみるかと、リシャールはひとりごちた。
「さあ、続いて風石機関をお見せしましょう。
 どうぞこちらへ」
 リシャールはもう一度砲甲板を見回すと、艦長らに続いて機関室への階段を下りていった。






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