ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第五十八話「刃鋼」




 夕方、執務を終えたリシャールは、ジャン・マルクとアニエスとともに城の警備について詳しい打ち合わせをした後、アニエスだけを伴って自室へと戻った。
「ただいま、カトレア」
「お帰りなさい、リシャール。
 あら、お客様?」
「うん。
 昨日話したように、ジャン・マルク殿には正式に城の衛兵隊長に就いて貰ったよ。
 それから、こちらはアニエス副隊長。
 これからはジャン・マルク殿と同じく、お城を守って貰うことになる。
 アニエス副隊長には、主に奥向きの警備をお願いするからね、紹介しておこうと思ったんだ」
「よろしくね、アニエス。
 リシャールの妻、カトレアよ。
 赤ちゃんとわたしを守って下さいましね」
 カトレアに微笑まれたアニエスは、一瞬何かに驚いていたようだが、すぐに敬礼をして挨拶を返した。
「はい、奥方様。
 この身に賭けて、お守り致します」
「ジャン・マルク隊長は、お風呂の中まで警護は出来ないからね」
「うふふ、頼りにしているわね、アニエス。
 それと、もう少しだけ態度を和らげて下さらないかしら?
 騎士様のようで格好いいのだけれど、赤ちゃんがびっくりしてしまうわ」
「は、はあ……」
 アニエスは、カトレアの申し出に多少困っている様子であった。リシャールに対しては、領主様であるからには領軍の総司令官で、上官に接する態度であればよいが、護衛対象とは言え、軍人ではない貴婦人とあってどういう態度をとれば良いのか困ったのですと、後から聞かされたリシャール達である。
 戦場生活が長かった上に、仕事の内容は亜人狩りや盗賊の討伐、内乱の鎮圧といったものばかりを選んで来たので、メイジと接することはあっても、個人的に諸侯と知り合う機会は殆どなかったそうだ。
「と、ともかくも、任務に全力を尽くします!」
 そんな様子のアニエスに、リシャールとカトレアは苦笑した。
「奥向きの詳しい事情はヴァレリーさん……もとい、ヴァレリーに尋ねて下さい。
 彼女に一切を任せていますのでね」
 アニエスには、家族用に使っている部屋に近い客間を一室与え、そこで暮らして貰うことにした。最初は恐縮していたが、ジャン・マルクらも部屋を与えられているし、任務に伴う部分もあるからと納得させた。
 彼女がセルフィーユに来たのは先月で、ジャン・マルクによればクレメンテ司教の推薦状も持っていたそうだ。メイジではないのでリシャールが直接の面接をすることはなかったのだが、新教徒であるにしても、一介の傭兵としては破格であった。しばらくは領軍兵士として任務についていたが、女性ながらも見事な腕がジャン・マルクの目にとまり、彼の異動につき合わされたとのことだった。
 見ず知らずの人物であるアニエスにカトレアらの身の安全を委ねることは、リシャールにとっては多少心配でもあった。しかし、クレメンテの紹介状、ジャン・マルクの推薦、ついでに僅かばかりの時間に皆の前で示した本人の態度と様子を勘案し、リシャールは彼女を信用することに決めた。
「それから……っと、少し表に出ますから、ついてきて下さい」
「はい」
 リシャールは裏庭や鍛冶場を案内し、その奥にあるアーシャの寝床まで連れていった。
「アーシャ、アーシャ」
「……きゅー?」
 アーシャは食餌も済んだのか、少々早いが眠りにつこうとしていたようだ。
「起こしてごめんね。
 新しく来たアニエス副隊長だよ。
 今日からお城を守って貰うんだ。
 武器を持ったまま僕やカトレアの側にいることになるから、覚えていてね?」
「きゅー」
 アーシャはにゅっと首を伸ばすと、アニエスの匂いを確かめるように顔を寄せた。アニエスは多少以上に緊張しているようだったが、危険はないと判断したのか、アーシャにされるままになっていた。
「アニエス殿、彼女が僕の使い魔アーシャです。
 ……ごめんなさい、驚かせましたか?」
「は、領主様が竜を使い魔にしておられるとは聞いておりましたので、そのことには特に驚かなかったのですが……」
「どうかしましたか?」
「いえ、戦場以外で竜に接するのは初めてですので、余りのおとなしさに驚いておりました」
 なるほど、とリシャールは思った。竜籠を曳く竜でさえ、機嫌が悪ければ暴れて手が付けられない時もあるのだ。戦場では人々も気が立っているから、尚更であろう。
「彼女は確かに竜ですが、使い魔でもありますからね。
 人の言葉も理解しますから、ここが戦場ではないと言うことも、もちろんきちんと判っています」
「きゅ」
 リシャールは、頷いているアーシャを撫でた。
「それに、戦場で頼りになりますが、可愛いところもあるんですよ。
 桃リンゴのパイとか大好きですし。
 ね、アーシャ?」
「きゅー」
 アーシャも大きく首を縦に振って、リシャールの言葉を肯定した。その様子に、アニエスも苦笑している。
「アニエス殿」
「はい」
「平穏で退屈な任務かも知れませんが、それこそが最大の成功です。
 くれぐれも、カトレアをよろしくお願いしますね」
「はっ、領主様」
 アニエスは、丁寧な敬礼をリシャールに返した。

 先日話し合った城の警備はジャン・マルクとアニエスに任せたし、政務の方はマルグリットの言葉通りに上手く回り始めていた。雇用の創出も、問題は多々あったが破綻するほどではない。
 しかし、心配事もあるにはある。
 カトレアの懐妊は、果たして病の完治していない彼女にとって耐えうるものなのかどうか、ということだった。
「アーシャはどう思う?」
「もう少しお腹が大きくならないと、調べてもカトレアと区別が付かない」
「そっか……」
「うん」
 朝の移動の時に聞いては見たものの、いまのところアーシャにも判別はつかないようだった。
「もう少し、様子を見てからだね」
「きゅー」
 アーシャによる治療は今も続けられているし、カトレアも量は多少減らしたものの、朝夕の運動や散歩は妊婦となった今も欠かさないようにしている。
 問題がないのならよいが、前例などあるはずもなく、リシャールには確かめようもない。
 何とか無事に産まれてほしいと、リシャールは願うのだった。

「領主様、レジス隊長がお越しになられました」
「こちらに通して下さい。
 ああ、少し長くなるので飲み物もお願いします」
「かしこまりました」
 彼は新隊長に就任して数日を経ず、有事の編成案を持ってリシャールの元を訪ねてきた。仕事熱心で良いことだ。もっとも、自分が指揮をする部隊のことでもあり、レジスの方でも望んで頭を悩ませていたようである。リシャールも既に売り物の中から新型マスケット銃三十丁を領軍に引き渡し、訓練に使う弾薬なども手配を済ませていた。
「失礼します」
「どうぞ。
 そちらに掛けて下さい」
「はっ」
 リシャールは、早速受け取った資料に目を通してみた。
 現在、領軍の総員はレジスも含めてメイジ六名、兵士三十八名で、ジャン・マルクら数名が城の専属衛兵として抜けたので、先日よりは若干少なくなっている。
 レジスの作成した編成では、槍兵分隊と銃兵分隊が主戦力でメイジは遊撃、それに若干人数の少ない砲兵分隊と輜重隊が加わる形になっていた。
「諸侯軍として傭兵の雇用まで考慮する場合には、主に銃兵を増やす方向になります」
「なるほど……」
 ここしばらく、トリステインでは大きな戦争などは起こっていなかった。しかし、一部地域の諸侯に対して動員の命令が下されることも、まったくないわけではない。事変や叛乱の鎮圧に、王軍の後詰めとされる場合などがそれに当たる。
「そうでした、もう一つ聞いておかないと……。
 先日も少しだけお話ししましたが、全員が馬、もしくは荷馬車に乗るとして、どのぐらいの数が不足していますか?」
「はっ、伝令に使う馬までを考慮しますと、乗用馬四頭、荷馬車三台、加えて野砲の牽引馬も欲しいところです」
 言われて気付いたが、領軍の四リーブル砲は、これまでの訓練の際には人力で移動させていたかとリシャールは思い出した。練兵場から出したことがないので、失念していたのだ。
「あの砲自体は小口径で威力も射程も大したものではありませんが、戦場では砲が一門でもあるだけで、かなり魔法の節約が出来ます。
 いくら威力は低いと言っても、ドットの放つマジック・アローなどよりは余程強力でありますからな、使い方次第です」
「そこまで考えて手に入れた物ではないのですが、レジス殿の言には納得出来ます。
 ……数も増やした方が良いですか?」
「そうですな……」
 レジスは顎に手を当てて考え込んだ。
「セルフィーユ領軍の規模からすれば過剰かもしれませんが、もう一門あれば、運用にもかなり柔軟性が出せると思います」
「では、近い内に……とは言えないですが、工場の方で生産が出来るようになり次第、砲を二門に増やしましょうか。
 馬と荷馬車の方は、次の王都行きの時に購入します。
 普段は荷運びか村や道路工事の方で使うことにすれば、無駄にもならないですしね」
「はい、有事に確保できるのであれば、こちらとしても問題ありません」
 リシャールは頷き、レジスの案を正式に採用することにした。
 彼が退出した後、またお金がかかるなあとため息が出かかるのをぐっと押さえたリシャールは、別の書類を手に取って仕事を再開した。
 今日もレジスの訪問こそあったが、庁舎で書類漬けの予定である。書類仕事の息抜きに工事現場の方に顔を出して杖を振るうこともあるが、残念ながら本日は予定されていない。
「やれやれ……」
 上手く行っているのかいないのか微妙な感触ながらも、リシャールは領内の施策をあれこれと考えては実行に移していた。どうにも後手後手で場当たりな感じは拭えなかったが、流石にこれは自分を責めても仕方のないことであると思うしかない。
 たったひと月余りで人口が倍以上になるなど、流石に想像の外であった。しかも、僅かながら未だ増加の傾向にあり、徐々に規模を縮小しようかと考えていた道路工事なども当初の勢いのままに進められていた。今では工事が進むに合わせて街道の先で土地を借り、宿泊施設を建てているほどである。
 それでも領主の仕事に専念出来るようになっただけ、ずいぶんと状況は良くなっているのだ。目先の大きな仕事で全くの手つかずになっているのは、大砲の製造ぐらいだった。ただ、こちらは初期投資に必要な額が借財の年間返済額を上回る金額であり、年始に見積もって後回しにされたままである。いかなリシャールと言えど、五万エキュー余をすぐに用意するのは無理だった。
 返済用とも投資用ともつかない予備の資金は、現在五千エキューほどに目減りしていた。工場で作られた銃やリシャールが錬金した剣、防具など、ラ・クラルテ商会が在庫として抱えている商材はいくらかあるが、こちらも金額としては同程度である。これでは少々どころではなく足りなかった。このままでは、刃鋼が倉庫に積み上げられてゆくばかりである。
「……ん、刃鋼?」
 リシャールは在庫の量を確かめるべく、工場へと急いだ。

 十分少々を歩くのが面倒だとばかりに、アーシャで一飛びして、工場の事務所に駆け込む。
「フロラン殿!」
「おや。領主様?」
「今、刃鋼の在庫はどのぐらい残っていますか?」
 慌てるリシャールに少々驚きつつも、フロランは帳簿をめくっていった。
「おおよそですが、十二万リーブルほどかと……。
 どうかなさったのですか?」
 十二万リーブル、六十トン弱。粗鋼の引き取り価格が一リーブル当たり二十スゥ前後であるから、それよりも低くなることはないだろう。
「後で云々するよりも、気前よく売って先に大砲の工作機械を買った方が良いかなと思ったんですよ。
 ちょっとコフル商会に掛け合ってきます!」
 リシャールはフロランの机の上にあった刃鋼の見本を借りると、とんぼ返りで旧市街に戻ってコフル商会に向かった。
 取引量を反映してか、はたまたセルジュがリシャールに気を使ってか、コフル商会のセルフィーユ支店はそれなりに大きな建物を丸ごと借り上げている。鉄の買い上げだけでなく、製鉄に使う石炭や石灰なども融通して貰っているので、リシャールとしても助かっていた。
「おお、領主様!
 お呼びいただければ、こちらから参りましたものを」
「ああ、いえ。ちょっと慌てていたもので……」
 リシャールは、笑顔で迎えてくれた支店長に早速刃鋼の見本を手渡した。
「どうです?」
「む……少し、失礼いたします」
「はい」
 支店長は奥から道具箱を持ち出し、リシャールの持ってきた見本を金槌で叩いたり、幾種類もある鋼材の見本と見比べたり摺り合わせたりして品質を確かめた。最初に粗鋼を卸した時も、同じ様な検査の末に値付けを決めたなあと、慣れた様子で作業を進める支店長の手つきを眺める。
 しばらくして、支店長は唸った。
「領主様、少々お時間を戴いてもよろしいですか?
 これだけ高い品質の鋼材……私の手には余ります。
 これは会頭に直接伺わなくてはなりません」
「高い評価をして戴けたようですね、ありがとうございます。
 粗鋼のように定期的には卸せないのですが、余剰分は今後もこちらで引き取っていただけると嬉しいです」
 リシャールはにっこりと笑って見せた。
「その見本はお預けします。
 セルジュさんにはよろしくお伝え下さい」
「はい、必ず」
 リシャールは見本を預けて、店を後にした。
 刃鋼から粗鋼に加工する手間や費用を考えれば、少なくとも五割増しぐらいの値付けを期待したいところであるが、そこまで行かなくとも十分に元は取れる。
 再び工場に戻ったリシャールは、すべて出荷する予定にしておくようにとフロランに言い含め、その代金で大砲の製造に取りかかると宣言した。
「いよいよですな」
「ええ。
 取引の進み具合で一、二ヶ月のずれは出るかもしれませんが、機械類の発注の準備だけはしておいて下さい」
「了解しました、お任せ下さい」
 首肯するフロランの目は、喜びでいっぱいだった。
「一日も早く大砲が製造できるように、自分も頑張ります。
 実は四リーブル砲の設計は、もう終わっているのですよ」
 気の早いことだとリシャールは苦笑した。魔法を憶えたての頃の自分もこのような感じだったのかも知れない。
「最初の二門は領軍へ配備しますね。
 レジス隊長が、もう一つ欲しいと言ってましたよ」
「もう予約が入っているのですか!
 それは何より嬉しいことです」
 しばらくは笑顔が消えそうにないフロランであった。

 見本の鋼材を見てからすぐに飛んできたのか、セルジュは数日を経ずしてセルフィーユにやってきた。
 えらい慌てようで、出迎えたリシャールの方が驚くほどだ。娘であるマルグリットのことも目に入らないらしい。
「リシャールくん、あ、いやセルフィーユ子爵閣下!」
「あー、いつも通りでいいですよ、セルジュさん。
 あの見本はどうでしたか?」
「どうもこうも……。
 あれはとんでもないぞ」
 どうも、良質の鋼材と言うだけではないらしい。セルジュの目は笑っていなかった。
「へ?
 と、とりあえず奥へどうぞ。
 中でお話ししましょう」
「う、うむ……」
 人払いをした執務室で、リシャールはセルジュと向き合った。
「えーっと、何か拙いことでもあったんでしょうか」
「リシャールくん、渡された鋼材の見本を見せて貰ったが、あれはここで作られたもので間違いないかね?」
「はい、もちろんです。
 工場にあった見本を一つ、そのままお渡ししただけですよ」
「むう。
 リシャールくんは、ゲルマニアに本気で喧嘩を売る気なのかね?
 それだけは確かめておきたいんじゃが……」
 セルジュはとんでもないことを言い出した。
 しかし、リシャールにも、思い当たる節はあった。考えてみれば当然のことでもある。
 ゲルマニアから鉄を輸入しているセルジュが間に入っている上に、総量が少ないので目立ちはしないが、セルフィーユは確実にトリステイン国内に於けるゲルマニアの鉄市場を食らって利益を得ているのだ。
「そこまでの品質ですか?」
「わしがかつて扱ったことのないほどの品質だと言えば、理解できるかな?」
「……それほどとは思いませんでしたよ」

 リシャールも、ゲルマニアに正面切って喧嘩を売る気はない。
 しかし、悪目立ちするほどの品質とは思わなかった。
 セルフィーユから出荷している粗鋼は良品質とは言え、それはあくまでも通常の鋼材としての評価だ。だがこの『刃鋼』は、普通は鍛冶屋が自前で行う鍛錬の工程を丸ごと省略出来る刃鋼とは、比べ物にならない。
 錬金の出来ない平民の鍛冶屋なら、空いた時間で倍以上の数の製品を作ることが出来る筈で、数倍の価格でも飛びつくだろうとセルジュは語った。

「そんなに高く売れそうなんですか?」
「間違いなく売れるじゃろうなあ。
 このまま溶かして型流ししても、十分に良質の剣が作れそうじゃよ。
 なにせ、鉄を鍛える手間がほぼ無くなるとあればのう……」
 セルジュは預かっていた見本を懐から取りだし、手触りを確かめつつ続けた。
「リシャールくん、それだけの鋼材がゲルマニア以外から出たとなれば、どうなると思うかね?」
「当然、出所を探られますね。
 もちろん、そのぐらいならば放っておいても良いでしょうけど……」
「そうじゃろう。
 先日のリュドヴィックではないが、確実にあの類の厄介事の種は増えるのう」
 さて、どうしたものだろうか。
 これが売れないとなると、リシャールの方でも困ったことになる。
「良い物であることは間違いないんじゃがのう」
「フロラン殿……ああ、うちの工場長が、『これがあれば、ゲルマニアに負けない大砲が作ってみせる』とは言っていましたが……」
「わしもその意見には大いに賛同するよ。
 ……いや、ちょっと待ちなさい、リシャールくん。
 大砲を作れるほどの量があるのかね!?」
「とりあえず、十二万リーブルほどが倉庫に眠っています」
「じゅ、十二万リーブルじゃとっ!?」
 うーんと呻いたセルジュは、椅子に深く座り込んで黙ってしまった。予想外の量だったらしい。
「セルジュさん、なんとかゲルマニアに喧嘩を売らずに捌く、良い方法はないですか?」
「うむ……」
 リシャールも考えてはいるが、良い案は浮かばない。これまでも、粗鋼の販売についてはセルジュのコフル商会に任せきりであり、取引先もよく知らなかった。
「流石に十二万リーブルはのう……。
 聞いたときには数百リーブルか、せいぜい数千リーブルじゃろうと思っておったんじゃ。
 これならリシャールくんに注意を喚起して、後は口の堅い鍛冶屋を選んで小量づつ卸せばよいかと思っておったんじゃが……」
「ごめんなさい、セルジュさん。
 値段を聞こうと思って支店の方にお伺いして、僕もそのまま伝え忘れていました。
 支店長殿も相当驚かれていたようです」
「じゃろうなあ。
 わしも腰が抜けるほど驚いたよ。
 む……そうじゃ、リシャールくん」
 セルジュは何か思いついたらしい。
「はい?」
「リシャールくんの義父殿は、あのラ・ヴァリエール公爵じゃったな?」
「ええ、そうです」
「公爵様なら、王宮の偉い人を紹介して貰えたりはせんかのう?」
「王宮の偉い人、ですか?」
「うむ。
 王都に店は構えておっても、地方都市の鉄商人程度ではなかなかに敷居が高くてのう。
 王軍の兵器工廠の偉いさんあたりに上から直接話を持っていけば、ゲルマニアだけでなく、他の鉄商人からの横槍も入りにくいはずなんじゃ。
 口止めはせんといかんじゃろうが、王政府が直接絡んでおればまだ幾らか安心できるわい」
「なるほど。
 じゃあ、その案で行ってみましょう」
 リシャールには、王宮の偉い人で真面目に話を聞いてくれそうな人物に心当たりがあった。






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