ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第五十七話「新生」




「あのね、赤ちゃんが出来たみたいなの」
「えっ!?」
 カトレアの言葉に、リシャールは呆けた様子で彼女の顔を見つめていた。
 自分の、子供……?
 いや、夫婦なのだし、カトレアのことを気遣いながらもやることはやっているし、全く不思議はないのだが、それでもぽかんとして、リシャールはカトレアを見ていた。
 驚きや嬉しさが入り交じって、どうしていいのかわからなくなったのである。
 そんなリシャールの様子にも気付かない風に、カトレアは続けた。
「この間から、体調が少し悪かったでしょ?
 最初はお祭りで疲れたせいかなと思っていたの。
 でも少し様子が違うみたいに思えたから、ヴァレリーに相談してみたのよ。
 それで、しばらく様子を見ていたのだけれど……」
 そうか、僕の子供かと、ようやくに衝撃を受け止めたリシャールは、ぐっと両手に力を入れて立ち上がると、嬉しそうに報告をするカトレアの言葉を遮り、ぎゅっと抱きしめた。
 ようやく実感が湧いてきたのだ。
「嬉しくて、言葉が見つからないよ。
 おめでとう、と言うのも変だし、頑張ったねというのも何か違うし、えーっと、ごめん、なんて言えばいいんだろう?」
「うふふ、リシャール。
 言葉はなくても、あなたが喜んでくれているということはわかるわ」
「うん、も、もちろんだとも!」
「だから、その事で困らなくてもいいのよ」
「……うん」
 くすくすと笑いながら、カトレアもリシャールを抱き返した。
「そうだ、名前をどうしよう?
 ああ、男の子か女の子かもわからないから決められないかな。
 それに、ベッドや産着も用意しないと……」
 リシャールは、そわそわと落ち着かない様子であれこれ考えていた。
 初めての子供に、気が動転していたのだ。
「リシャール、気が早いわよ」
「そ、そうかな?」
「そうよ。
 それにしても……」
 カトレアは、もう一度くすりと笑った。
「リシャールが慌てているところって、初めて見た気がするわ。
 そんなに驚いたの?」
「ああ、うん。
 ……えーっと、いまも驚いたままだと思う」
「そうみたいね」
 カトレアは、リシャールに巻き付けていた腕をほどいて、自分のお腹を優しく撫でた。
 もちろん、外から見てもまだわからないが、そこには新しい命が宿っているのだろう。
「ねえ、わたしの小さな赤ちゃん。
 あなたはね、普段は落ち着いていて少しのことでは動じないお父様を、言葉が出ないくらいに驚かせたの。
 うふふ、それはとてもすごいことなのよ」
 リシャールも、カトレアの腹に手を伸ばしてみた。少し手が震えているが、彼はその事に気付いていない。
「僕のことなら、何度驚かせてくれてもいいよ。
 ……楽しみにしているからね」
 リシャールは喜びを噛みしめながら、カトレアのお腹を撫でた。
 ようやく混乱から立ち直ったようで、頭が働き出す。
 まずは城をあげて、客人を迎え入れる準備せねばならない。
 カトレアの懐妊を知らせなくてはならない人々は幾人もいるが、手紙を受け取ったうちの何人か、おそらく義父や祖父は、確実に政務も何もかも放り出してここにすっ飛んで来ることは疑いようもなかったからだ。

 三日後、予想通りに祖父母であるエルランジェ夫妻と、カトレアの両親であるラ・ヴァリエール公爵夫妻、それに義妹のルイズが竜籠で到着し、リシャールとカトレアは大いに祝われた。
「ちいねえさま、お腹……触っても大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんよ。
 優しくね、ルイズ」
「曾孫を抱ける日が今から待ち遠しいこと。
 カリーヌ様には、初孫でいらしたかしら?」
「ええ、クリステル様。
 でも、甘やかしてしまいそうで困ってしまいます」
「あら、孫は甘やかすものですのよ」
「それは……とても楽しみですわ」
 祖母とカリーヌとルイズは、カトレアを囲んであれやこれやと和やかな雰囲気であった。
「これでセルフィーユ子爵家も安泰じゃな。
 いやしかし、実に楽しみ楽しみ」
「リシャールよ、くれぐれもカトレアに無理をさせるでないぞ?
 いや、夫にして主治医たるお主には今更ではあるが、これだけはカトレアの父親として言っておかねばならんのだ。
 わかるか、リシャール?」
「そ、それはもう、重々に気を付けます」
 リシャールは、祝いの酒を浴びるように飲んで半分出来上がっている祖父と義父に捕まっていた。もっとも、リシャールもかなり出来上がりつつある。先程から、何度も乾杯させられていたのだ。
「こうして皆様にお祝いの言葉を頂戴すると、いやが上にも責任感が、こう、ですね……」
「なに、お主とカトレアの子供のこと、優秀な子に育つことは約束されたようなものだ」
「そう言えば、リュシアンが産まれると聞いたときも、同じようにクリスチャンは戸惑っておったかのう」
「父上が、ですか?」
「うむ。
 初めての子供に嬉しい気持ちが大きすぎて、何をすればよいのかわからぬ様子であったな」
「ふむ、いまのお主そのままだな」
 祖父の言葉に、公爵はにやりと笑ってリシャールを見た。
「もっとも、わしもエレオノールが産まれると聞いたときは仕事にも手が着かず、よくカリーヌに窘められたものだったな」
「公と同じくわしもそうじゃったよ、リシャール。
 男親などというものは、そういうものじゃ」
 うむうむと、祖父も公爵の言葉を肯定した。
 リシャールも、人生の先達二人がそう言うのなら自分もそうであるのだろうと、頷いた。

 祖父母らは、翌日も上機嫌でセルフィーユに滞在していた。
 カトレアの様子だけでなく、セルフィーユ自体の視察も兼ねていたようである。
 祖父と公爵は、合間にリシャールを引っ張ってセルフィーユ中に出かけ、その中で、子爵家の懐事情に色々と思うところがあったらしい。リシャールは、ラマディエの庁舎の執務室で二人から散々に絞られていた。
「ふむ、自由にやって良いと言うても、限度があろうに……。
 計画では総予算が最低でも八十万エキューとなっておるのう。
 何故に、ここまで大規模にしたんじゃ?」
「そもそもだな、街道は大事とて、ここまでの額を出す必要性がわしには感じられぬし、我が家でもおいそれとは無理な金額ぞ?
 その上、ツェルプストーなんぞにまで道を延ばすだと!?
 何を考えておるのだ、お主は!」
「これでは、公の仰るように子爵家が傾いても不思議ではないと思うんじゃが……」
「これほど大規模な街道工事の予算を一子爵家のみの負担とするのは、如何に王政府の命とは言え、許し難いぞ。
 陞爵程度では割にあわぬこと甚だしいわ!
 お主もお主だ、断るべきところははっきりと断れ!」
「あまり良い手ではないが、せめて税率を上げるなり何なり、手を打った方がよいのではないか?
 さすがにこれではのう……」
 公爵は怒りだし、祖父は眼鏡を掛けて鋭い目でリシャールを見据えている。
 リシャールの計画では、主要な街道として三本の道を指定し、その整備が主軸におかれていた。
 セルフィーユ・リール間の工事に二十万エキュー、セルフィーユ・ハーフェン間の国境までの工事が十万エキュー、そしてセルフィーユ・ツェルプストー間の国境までの工事が四十万エキューである。他にも、支道とも言うべき周辺部への道路工事も予定していたので、この額にまで膨れ上がっていた。
「あー、全額を一気に負担するというわけではありませんから、大丈夫です。
 それに金額については、新しく来た領民が飢えるのを防ぐ意味もありますので……」
「確かに、急激に人が増えておるようじゃ。
 なるほどの、仕事を与えておるわけじゃな?」
「はい、日割りにすれば一日三百エキューほどになりますが、これで働き手とその家族、あわせて数百人が口を潤せることになります。
 それにもう一組の製鉄炉が完成すれば、そこからは黒字になりますので、それほど無茶な額でもありません」
「……そう言えば、お主は商会を持っておったのだな」
 税収以外の収入については、まだ資料を見せていなかったのだ。
 リシャールはマルグリットを呼んで、商会の方の資料を持ってこさせた。
「このように、現状でも工事の費用を負担した上で週に数百エキューの利益がありますし、兵器工場の方も徐々にではありますが、量産の目処が立っております。
 お借りしている借財の返済を考えても、年内には去年よりも余裕を持てるようになりましょう。
 それにツェルプストーのことですが……」
「うむ?」
「いずれこちらの方が得をするようになっておりますので、それで溜飲を下げていただければ、とは思っております」
「……どういうことだ?」
 いぶかしげな公爵と、興味深い表情の祖父に、リシャールは丁寧な説明をした。

 しばらくして、一応納得はしたようだったがそれでもぶつぶつと資料をためつすがめつしていた公爵と、面白そうな表情でリシャールと公爵のやり取りを眺めていた祖父は、やがて顔を見合わせて申し合わせたようにため息をついた。
「……公爵殿、リシャールに金の絡むことで論戦を挑んでも、我らに勝ち目はないようですな」
「……そのようですな」
「ですがもう一点、公爵の仰るように、流石に一諸侯への命にしては度が過ぎておると、わしも思います」
「これは我ら諸侯の沽券にも関わる問題。
 鳥の骨とは、一度きっちりと話を付けておかねばならぬようですな」
 うむ、と二人の貴族は頷いた。
 これはマザリーニ枢機卿に一筆送っておいた方がよいかもしれないなと、リシャールは内心で冷や汗を流した。

 数日して客人らは帰途につき、リシャールもほっと一息を入れた。
 城の方は、名のある貴族の客を迎え入れても混乱無く機能するようになっていた。人海戦術によるところも大きいが、少なくともクロードが来たときとは雲泥の差である。
 それでも、親しい人々とは言え多少は気疲れもあったし、困ったことに肉体は酷使されていた。視察の翌日、急遽、カリーヌとの訓練が行われることになったのが原因である。
 領内に緊急の布告を出して練兵場に近づかぬように、また大きな音や煙が上がることもあると周知させ、二次被害を恐れて兵士さえも立入禁止とした。
 幸いなことに剣での訓練が中心で、リシャールが恐れていたような事態にはならなかったが、彼自身はボロ布のようにくたびれた姿で屋敷に戻った。
 技術も大して持たない上に、腕力でさえカリーヌに劣るところを見抜かれて、こてんぱんに伸されてしまったのだ。魔法の才はともかくこれは少々戴けませんねと、お小言と共に、普段すべき訓練の内容が記された紙片を渡されたリシャールである。
 今は玄関ホールで腰を労りつつ、カトレアと一緒に届いた荷物の山を検分しているところである。
「ねえリシャール、見て」
「うん?」
「私が赤ちゃんの時に使っていたベッドよ。
 ルイズも使っていたかしらね」
 カトレアは、子供用のベッドを懐かしそうに撫でた。
 公爵家からは、ベッドから産着から果ては乳母車に至るまでの品が即座に届けられ、リシャールを呆れさせていた。もちろんどれもが上等の品で、小部屋が一つ埋まるほどの量があった。気が早いなあとも思ったが、カトレアから懐妊を聞いた直後の自分のことを考えると、あまり人のことは笑えない。
「寝室の隣の部屋を子供部屋にしようか。
 大きくなれば別の部屋を与えてもいいし」
「そうね。
 うふふ、本当に楽しみだわ」
 リシャールも頷いて、大きな物にレビテーションをかけ、メイド達にも手伝わせながら届いた品々を片付けていった。

 夜になって、久々に落ち着いた様子の屋敷で、ギーヴァルシュ以来の面々にカトレアを加え、晩餐を兼ねた会議が行われていた。領内のことを話し合うわけではないので、先日と違ってリュカらはいない。
「ヴァレリーさん、お城の方はどうですか?」
「はい、こちらはお子さまがお生まれになって以降のことを、先に準備したいと思います」
「リシャール様、それについてでありますが、工場の警備よりも城の警備の方が薄いのは如何かと思うのですが……」
「ジャン・マルクさんも、そう思われますか?」
「やはりマルグリット嬢もそうお考えで?」
 昼間に限らず、工場にはメイジを含めた十名ほどが常駐して警備に当たっている。それに対して、城は支庁と変わらぬ門衛の二名だけであった。
「盗んで価値のある物は、向こうの方がずっと多いんですけれどねえ……」
 美術品などが殆どない子爵家の財産など、全部集めてもたかが知れているし、現金などは庁舎に置いている額の方がずっと大きい。庁舎は兵舎も兼ねているので城より警備も厳しく、夜も歩哨を立てさせてあるから向こうの方が安心なのだ。
「リシャール様、そのような問題ではありませんわ」
「リシャール様およびカトレア様御自身が、価値のある宝物なのです。
 誘拐の身代金に換算した時に、いったい幾らになるかをお考え下さい。
 そうであれば、ご理解いただけると思います」
「あー、それもそうですね……」
 リシャールは頭を掻いていたが、ジャン・マルク夫妻にはかなりの問題であったらしい。
 領軍が総員十名足らずだった頃は、城に客人が来た際に誰も門に立っていないのは体裁が悪いから、という面が大きかったのだが、今は違う。むしろ、子爵家の規模に比して二人しか居ないことの方が体裁が悪いのだと、ヴァレリーからお小言を貰った。
「では、城の衛兵は増員する、ということでいいですか?」
「はい、リシャール様」
「明日より早速増員いたします」
 やれやれといった表情のリシャールに、カトレアがくすりと笑みを浮かべる。
 続いて、マルグリットが報告を始めた。
 新しく取り入れた裁判の方も、特に問題なく運営されているようである。リシャールが記録を見る限りでも、特に問題のある事例はなかった。
「庁舎の方はやはり組織の改変と増員の効果が非常に大きく、滞りなく運営されております。
 月々のお給金の増分を考えると、顔が引きつりそうになりますが……」
「領軍も同様ですな。
 少々大きな盗賊団が突っ込んできても、正面切って戦えると思います。
 ただ、私はメイジではありませんので、そのまま隊長の椅子に座っておってよいものやら、少々悩みますな……」
 ジャン・マルクは、少々情けない顔で頭を掻いた。メイジの部下を持つことについては、悩みの種でもあるらしい。気疲れもあるのだろうなと、リシャールは申し訳のない気分でもある。
 指揮官としての能力にメイジであるかそうでないかは関係ないのだが、やはり気は重いのだろう。
「……厳しいですか?」
「あきらかに士官学校を出ている者までおります」
「え、正規の教育を受けた軍人ですか!?」
「はい、少なくとも実戦は経ているようで、中隊長の経験を持つと言っておりましたが、普段の言動を見る限り本当のことでしょう。
 他にも、元騎士などもおります」
「なるほど……」
 領軍の組織も大きくなってきた事であるし、ここは思案のしどころであろう。
 ジャン・マルクはたたき上げの優秀な者であるが、どちらかと言えば、小部隊の隊長としての優秀さなのかなとリシャールは思った。それに、自分の能力の限界も良く把握している。名誉も実もある職を自ら降りようなどとは、なかなか言えることではない。
「では、ジャン・マルク隊長には……そうですね、城及び子爵家の衛兵隊長として、新たな職務について貰いましょうか。
 増員する予定になっていましたし、専属にした方が都合も良いですね。
 領軍の指揮官は、ジャン・マルク殿の推薦を特に許します。
 引継が済み次第、新しい職務の方に就いて下さい」
「ありがとうございます」
 彼も、ほっと一息をついていた。
 これならば、左遷扱いにもならないし、妻と一緒に過ごす時間も増えるだろう。
「僕の方からは特に大きな要望はないのですが、借財の返済にも関わってきますので錬金に使う時間を増やせると嬉しいですね。
 それから、夏にある園遊会の準備ですか」
「カトレア様はいかがなさいますの?
 やはり、ご欠席ですか?」
「ええ、無理は出来ないわね」
 ヴァレリーの問いに、とても残念そうな表情でカトレアはため息をついた。規模が大きくない内輪の集まりならば出席しても問題はないだろうが、公式の、それもここまで大きな規模の園遊会では、気疲れの方が心配である。距離もあるし、気楽にお出かけというわけにはいかない。
「旅行は子供が産まれてから、かなあ。
 子供もあわせて三人で一緒に行こう」
「そうね」
 夫としても、そして、未だ実感はないながらも『父親』としても、カトレアには無理をさせたくはないのだ。

 翌日ジャン・マルクは、早速城の方へと新隊長ともう一人を連れてきた。
「リシャール様、まずは彼が新隊長のレジスです」
「レジスであります」
 レジスはジャン・マルクよりは年輩の、三十代前半の男性だった。リシャールも面接の時に一度会っていたが、いかにも軍人、という風体でないところは、父クリスチャンを思わせる。腰にはリシャールと同じ様な作りの軍杖があった。彼がジャン・マルクの言う、士官学校出のメイジなのだろう。
 彼ももちろん、クレメンテの推薦状を持って庁舎を訪ねてきた内の一人である。信用はしても良い、と言うより、信用するしかないのだ。
「レジス隊長には、二つほど新しくやって貰わねばならないことがあります」
「は、何なりと!」
 背筋を伸ばして即答するあたりは流石だなと、リシャールは内心で思った。
「ではまず一点、領軍の訓練にマスケット銃の訓練も加えて下さい。
 そしてもう一点、通常の編成とは別に、亜人や野盗の討伐を意識した有事に於ける軍の編成を組んで下さい」
 これまでは、人数も少なく領内の治安維持が主体であったこと、また兵士全員に行き渡るほどのマスケット銃が確保できなかったこともあり、短銃の訓練に留めていた。
 しかし今では人数も増えてメイジも居り、領内でマスケット銃も確保できるようになったので、斧槍兵、銃兵、メイジの組み合わせによる部隊・軍隊としての運用も視野に入れたのだ。
 領軍が軍隊として機能するようになれば、リシャールとアーシャが不在でも、盗賊や亜人に対処することが出来るようになる。これまでも、ラ・ヴァリエールとの往復や王都行きなどでセルフィーユを不在にすることも多かったが、多少は不安が解消されることになるだろう。
「は、了解いたしました」
 レジスは敬礼をして一歩下がり、代わりにもう一人が、リシャールの方へと一歩前に出た。
 線の細い、二十歳前後の若者である。
「こちらは衛兵隊の副隊長に推薦しますアニエスです」
「アニエスであります」
 名と声を聞いてわかったが、どうやら女性であるらしい。聞かなくて良かったと、リシャールは内心で胸をなで下ろした。
 顔立ちが綺麗で気の強そうなところは義母に似ているかと、彼女の方を見る。
「若いながら傭兵の経験も長く、剣の腕なら私以上ですな」
「それは大したものです」
「奥方様のお部屋にまで私が入るわけには参りませんので、警備の半分は彼女に任せることになります」
 義母に弟子入りしてからは、訓練の相手などを引き受けて貰っていたから、ジャン・マルクの腕はリシャールもよく知っている。。その彼がそう言うのであるからには、相当な腕の持ち主だろう。
「お褒めに与り光栄であります」
 アニエスは、しゃちほこばった敬礼をリシャールに返した。真面目な人であるらしい。
「ではレジス隊長は新たな編成が決まり次第、私のところへ報告して下さい。
 ああそうだ、もう一つありました。
 この機会に、軍馬は……流石に数が揃えられませんが、乗用馬と荷馬車の数も増やしましょう。
 通常の任務もあるでしょうから……えーっと、ひと月もあれば大丈夫ですか?」
「それだけあれば十分です」
「ではよろしく頼みます。
 ジャン・マルク隊長とアニエス副隊長は、城の警備のことで相談がありますので、もう一度、夕方にこちらまで来て下さい」
「はっ!」
 三人はリシャールに敬礼をして、執務室を後にした。






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