ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第五十二話「新妻」




 宰相との話し合いを終えたリシャールは、奥向きまでカトレアを迎えに来た。王家の団らんに違和感なく混じっている新妻に、さすがは公爵家のお嬢様だなあと妙な関心をしてから、彼女と連れだって王宮を後にする。
 公爵家の別邸へと戻り、待ちかまえていた公爵らに子爵陞爵の報告をするとかなり驚かれた。公にはなっていなかったらしい。
 しかし、公爵家の別邸へと戻ったリシャール達だが、中途半端に時間が余ってしまっていた。リシャール一人ならアーシャに乗ってセルフィーユへと帰る時刻だったが、カトレアも一緒とあってもう一泊させて貰うことにする。
「ねえ、リシャール」
「うん?」
「わたし、王都に来るのって初めてなのだけれど……」
 何かを期待するカトレアに皆まで言わさず、リシャールは彼女の手を取った。
 紋のついていない黒馬車を借り、早速街へと出る。
「あまり遠出は出来ないけれど、どこか行きたいところはない?」
「そうね……。
 『魅惑の妖精亭』に行ってみたいわ」
「……はい!?」
「王都ではいつもそこに泊まっているって、ヴァレリーが教えてくれたのよ。
 料理が美味しくて、明るく楽しいお店なのよね?」
 間違ってはいないが、間違っている。
 でもまあ、スカロンらには紹介しておくのも悪くないかと、リシャールは少々複雑な気持ちながらも御者に行き先を告げた。

 魅惑の妖精亭までは、同じ王都内とのことでそれほど距離はなかった。しばし雑談に興じていれば、すぐに到着する。
「あ、領主様!」
 リシャールが馬車から降りると、馬の番をしていた兵士が目ざとく見つけ、敬礼を返してきた。
「はい、ご苦労様」
 しかし兵士の目は、続いて降りてきたカトレアに釘付けになっていた。
「そちらの方が、あの、奥方様ですか?」
「うん」
「よろしくね」
「は、はい!」
 いや、そりゃあこれだけの美人に微笑まれれば、鼻の下が伸びても仕方ないだろうなとはリシャールも思うので、叱責は心の中に留めてカトレアと共に中へと入っていく。
「あら、リシャールちゃんいらっしゃい!
 そしておめでとう、結婚式凄かったらしいわね!
 街中の噂になっていたわ!
 それにまあ、なんて美しい奥様!
 ほんとにトレビアンね!!」
 店に入るなり、いつもの数倍増し熱い抱擁をスカロンから贈られたリシャールは、早々に撃沈した。
 カトレアもスカロンの姿をみて、最初は目を丸くして大層驚いていたようだったが、やがてころころと笑って楽しそうにリシャールが振り回されるのを見ていた。
 ミ・マドモワゼルが心からリシャールを祝ってくれているのは、勘の鋭い彼女のこと一目瞭然なのだろう。
 いつものようにジェシカに助け出され、奥の席で一心地つける。
「昨日は兵隊さんたちも大騒ぎだったのよ。
 領主様のご結婚だー、って……」
「そうだろうなあ……」
「リシャールも知らなかったものね」
「そうなの……ですか?」
 流石に貴族の女性、しかも明らかに年上とあって、リシャールには遠慮のないジェシカも、カトレアには多少緊張しているようだった。
「あら、普通になさってよろしいのよ。
 スカロンさんもあなたも、リシャールのお友達なのでしょう?
 わたし、普段のリシャールのお話も聞いてみたいわ」
「……では、遠慮なく」
 リシャールは、程なくジェシカにも撃沈された。
 魅惑の妖精亭では秋波を送っていた妖精さん達の誰にも靡かず、のろけ話を続けていたリシャールは、そのことで逆に足下をすくわれたのだ。
 もっとも、カトレアには大いに感じ入るところがあったようで、ジェシカの話に身を乗り出して聞いていた。
「少し恥ずかしかったけれど……リシャール、あなたがわたしを愛してくれているということは、よくわかったわ」
「……ごめん」
 帰り際の馬車で、リシャールは少しならず凹んでいた。

 翌日、竜籠かアーシャか悩んだが、少しでも移動時間が短い方がカトレアにも楽だろうと、リシャールはアーシャに乗ってセルフィーユへと移動することに決めた。カトレアが疲れているようなら、途中で旅程を区切って宿にでも泊まればいい。無理をすることはないのだ。
 魅惑の妖精亭に残っていたセルフィーユの兵士達は、今朝方、商人達の荷馬車と共に出発した。輿入れの荷などはラ・ヴァリエールから川を下り、船でセルフィーユへと向かうことになっている。
 セルフィーユの受け入れ準備以外は、既に整っていた。かといって、時間を浪費するために二人で新婚旅行というわけにも行かなかった。仕事は山積みで、おまけに街道整備まで増えているのだ。
 
 そしていよいよ出発である。
 家族による見送りを受けて、やはりと言うか、カトレアは涙ぐんでいた。
「うむ、その、気を付けてな。
 離れてはいても家族であるのだから、たまには顔を見せるようにな」
「カトレア、あなたも人の妻になったのですから、いつまでも娘気分でいることは許されません。
 立派に務めを果たしなさい」
「セルフィーユでも、きちんと療養を続けなさいね。
 まだ無理は出来ないのだから……」
「ちいねえさま、必ず遊びに行きます!」
 カトレアは家族の頬に一つづつ親愛のキスを贈ると、リシャールの手に引かれてアーシャへと乗った。
「お父様、母様、姉様、小さなルイズ……いままでありがとう。
 ……いってきます!」
「いってきます。
 アーシャ、おねがい」
「きゅいー!」
 いつもそうするように、アーシャは羽をばさりと伸ばしてから王都の空へと舞い上がり、見送りの人々へと大きく輪を描いてみせた。

 途中で一度昼食に休憩したが、カトレアは強行軍にもかかわらず体調を崩すことなく、夕方前には無事にセルフィーユが見えてきた。リシャールとアーシャもそれとなく気遣っていたが、カトレアにはまだ余裕があるようだった。
「あそこが港のあるラマディエ、それからあっちが城のあるシュレベール。
 もう一つドーピニエっていう村があるけど、山陰になっててここからじゃ見えないかな」
「港には遊びに行ってみたいわね。
 わたし、海を見たのも今日が初めてだもの」
「カトレア、ここは魚が美味しい」
「あら、楽しみだわ」
「身体が丈夫になったら、遠出するのもいいかなあ。
 僕もアルビオンやガリアには行ったことがないからね、一緒に旅行しよう」
「ええ、とても素敵なことだわ」
「きゅー」
 すーっとアーシャが速度を増し、ほどなくセルフィーユの城へと無事に到着した。

「お帰りなさいませ、リシャール様、カトレア様」
「……ただいま、ヴァレリー」
 カトレアは、『ただいま』を言うのが少々恥ずかしかったようだが、最初のうちは自分もそのようなものだったなと、リシャールは思い返した。これからはここが我が家であるのだから、カトレアもそのうち慣れるだろう。
「ただいま。
 ……忙しかったでしょ?」
 後半は小声である。
「ええ、でももう大丈夫ですわ」
「うん、ありがとう。
 とりあえず、部屋で落ち着くことにするよ。
 みんなへの紹介は、食事の時でいいかな?」
「かしこまりました」
 ヴァレリーに見送られ、リシャールはカトレアの手を取って自室へと案内した。
「夕日が綺麗ね」
「うん、僕も気に入ってる」
 この城の二階から見る夕日は、格別であった。
 ラマディエも一望できるし、海も山も目に入るのだ。
「さあどうぞ」
 リシャールは、自室に椅子などが追加されているのを確認した。カトレアの自室はラ・ヴァリエールからの荷物などが届いてから、改めて調えることになるはずだ。寝室は二人用に模様替えされ、居間などにも手が入ることになるだろう。
「ごめんね。
 実用性に偏りすぎて、殺風景かもしれない」
「でも、リシャールらしいお部屋だわ」
 執務室は別にあるので領主の仕事こそ持ち込まないが、錬金での小物づくりなどはこの部屋で行っているし、棚には自分で書きためた資料類を紐で綴じただけの紙束が並んでいる。美術品などは一つとして置かれていなかった。
「うふふ」
「どうしたの?」
「ちょうど一年になるのよね、リシャールと出会ってから」
「そう言えば、去年の降誕祭明けに初めて公爵様にお会いして、それからすぐラ・ヴァリエールのお城に行ったっけ……」
 長いようで短い一年だった。
 あの時はまだ行商人に毛が生えた程度の商人だった。なのに今は、百五十アルパンの領地を持つ子爵で、結婚もしている。
「リシャールと最初に会ったときにね」
「うん」
「我が家に新しい風を運んできてくれたのだと、そう思ったの」
 カトレアの手がそっと、リシャールに触れた。
「でも、少しだけ違っていたわね。
 あなたは、わたしに新しい風を運んできてくれたのだったわ」
 そう言って、カトレアはくすくすと笑った。
 最初から、彼女はリシャールを見てくれていたのかも知れない。
「僕は一目惚れだったからなあ。
 その時は、他に何も考えてなかったかも……」
「あら、嬉しいわね」
「でも、その時はまさか、こうしてお嫁さんに貰えるとは思わなかったよ。
 ……カトレアに告白されたから、余計に諦めきれなくなったのは間違いないと思う。
 だから色々と頑張れたんだろうなあ」
「わたしもそうね。
 身体のことは諦めかけていたけれど、リシャールが本気だったから、頑張れたのかも知れないわ」
 今度は二人でくすくすと笑いあう。
 殺風景な部屋だが他になにもない分、それなりにロマンチックでさえあった。
「お互いが出会うべくして出会えたのなら、こんなに嬉しいことはないね」
「本当に、そうね」
 そのようなやりとりが、夕食前まで続けられた。
 リシャールにとっても、カトレアにとっても、それはとても大事な時間だった。

 その日は無事に終了して……とは言い難かったが、カトレアを迎えても屋敷が機能していることを確認して、リシャールも一安心であった。
 翌日からまた忙しくなることは確定済みだったが、それでも城に帰ればカトレアが待っているというだけで、やる気がみなぎってくる。
 カトレアが眠りについてからも、リシャールは彼女の体温を横に感じながら、これからのことを考えていた。
 製鉄所と兵器工廠、それに道路網の整備と、大仕事が続くのだ。
 製鉄所の方は、施設の拡張などはリシャールが引き受けるにしても、あとはフロランを主軸に据えればなんとかなりそうである。彼の求める良鋼に関しては、精錬炉の工程の後に、鍛造設備で鍛えさせるしかないだろう。リシャール一人の錬金ではとても賄えない。川沿いに水車を建てるか製鉄所内に風車を備えるかして、鍛冶工房で使っているような鍛造設備を作らなくてはならない。正確な現代知識があれば炉だけでもなんとかなるのだろうが、リシャールも流石にそこまで詳しいことは知らなかった。
 兵器工廠は、流石にその後だ。こちらもフロランに任せ、リシャールは製造に関わるにしても、一点物の調整と固定化や硬化の魔法をかける程度にしておいた方が、無難かと思える。
 最後に道路の整備だが、これはリュカらにも聞き取りをした後で地図に線引きをして、実際の工事にかかる前に現地に出向いて現状を調べること決めた。特に、行商人たちからは情報を得ておきたい。基本的には今ある道を拡張するのだが、野盗、山賊、亜人等が出やすい場所は避けておきたいし、山や谷が多ければ難工事を要求される可能性もあった。
 本当に、数年ですめばよいのだが……。
「おはようございます、リシャール様、カトレア様」
 寝た気がしないのは気のせいだと思うことにしておこうと、リシャールは頭を振った。

 降誕祭の休暇はまだ数日残っていたのでリシャールものんびりとしたいところであったが、そうもいかなかった。
 休暇明けの政務や布告の準備があるのだ。
「これからは、わたしもお手伝いするわ」
 朝の運動を終えたカトレアが、そう申し出てくれた。
「だって、わたしはリシャールのお嫁さんだもの。
 そうでしょ?」
「……あー、うん。
 すごく助かるけど、無理はしないでね?」
「もちろんよ。
 もう急に倒れたりはしないと思うけれど……」
 リシャールも、カトレアの普段の言動や理解力から彼女が優秀だとは思っているが、まだ身体が全快したわけでもないので、無理はさせたくない。しかし、人手が欲しいのも事実であった。
 カトレアには先にセルフィーユの内情を知って貰うことが先決かと、執務室内の資料の整理をお願いする。
 しかし、そう時間も経たないうちに、リシャールはカトレアから声を掛けられた。
「リシャール、質問があるのだけれど……」
「うん、何かな?」
「子爵家には、メイジはこのミシュリーヌという人しかいないのかしら?」
「そうなんだ。
 募集ぐらいはかけた方がいいのかも知れないけれど……さすがにこんな田舎だと、来てくれる人もいないからね」
 給金を釣り上げるにしても、これがなかなかに厳しいのだ。
「じゃあ、道路も建物も、全部自分一人で……?」
「うん。
 細かいところは街の人に任せてるよ」
 カトレアは考え込んだ。リシャールの方が不思議に思うほどだ。
「ねえ……わたし、もう魔法を使っても大丈夫かしら?」
「うーん……せめて、半分は『アレ』を抜いてからの方がいいと思うんだ。
 特に、魔法は体調を崩すきっかけの一つでもあるし……。
 それに、減らしたとは言ってもまだ薬の服用はしてるから、先にそっちかなあ」
 魔法薬の服用は、当初の四半分程に減らしている。もうしばらくすれば、止めても良いだろうとリシャールは思っている。
「そうね、焦ったら駄目なのよね。
 はやくリシャールの力になりたいのだけど……」
「去年の今頃なんて少し散歩するだけで大騒ぎだったのが、今はセルフィーユで僕の手伝いをしてくれるぐらいにまで快復したんだ。
 来年はもっと良くなってるよ」
 うん、と頷いたカトレアは、資料の整理に戻った。多少不服はあるようだが、リシャールもカトレアの健康についてだけは、やはり譲れないものがあるのだ。

 降誕祭の休暇が明ける前日、リシャールは領内の主立った者を招いて新年会を開いた。
 共に食事をして雑談する程度の簡単なものだったが、ともかく、カトレアの紹介、子爵陞爵の報告、それにトリステイン東北部全体に於ける道路網の整備について発表した。
 前者二つはめでたいで済ませられるが、後者は流石に驚きをもって受け止められた。
「しかし領主様、それほどの規模になりますと生半可なことでは……」
「ええ、もちろんです。
 領道のように素直に作っていたんじゃ、絶対に無理だと私も思います」
「では、どうされるのですか?」
「はい、煉瓦を使います」
「煉瓦?」
 リシャールは、製鉄所で生産される煉瓦の使い道を思いついていた。
 もっとも、道の全てを煉瓦で舗装しようと言うわけではない。馬車の通る部分のみを煉瓦敷きにするのだ。
 基本的には必要に応じて拡幅を行い、基本は片側一車線の対面合計二車線で、馬車が余裕を持ってすれ違える幅を持つ街道とする。道路の拡幅自体は人数を投入するか時間をかけるかすれば可能であるから、メイジが絶対に必要と言うことにはならない。
 これは重要だった。リシャールが自由に動けるようになるのだ。極端な話、リシャールは鍛冶場に篭もって武器防具を作り、その代金で道を造っても良い。
 実際の工事の方は、基礎工事がされていない軟弱な路面を持つ場所は幾らか掘り返し、砂利などで基礎を固めた上で車道の轍部分のみを煉瓦で補強する予定だ。これならば、石畳には及ばないものの、リシャール、もしくは他の土のメイジによる路面の固定化が不必要なぐらいには強度を得られる上に、全面舗装に比べて費用も安く済む。
 詳しい試算は出していないが、最悪でも自身を道路拡幅の為の土木魔術師として投入すれば、極端な出費は抑えられるはずであった。
「最初は実験も兼ねて、近隣の王領と繋がっている道をどれか一つ選んで、この方法で作ってみることにします。
 次に王都トリスタニアまでの道が比較的整備されている西のリールまで、その次は反対側にゲルマニアのハーフェンへと伸ばします。
 最後に山道が多いので難所も含むかと思いますが、同じくゲルマニアのツェルプストーですね。
 もちろん、最後の二つはゲルマニア国内まで伸ばすわけにはいきませんが、こちら側だけでも道が良くなれば、後は商人たちが勝手に煽ってくれるでしょう」
 ツェルプストーの名を出したときに、カトレアがあらまあという顔をしていたが、仕方のないことかとリシャールはあまり気にしないことにした。義父への言い訳も、一応は用意してある。
「それから、流石にベルヴィール号を使うには勿体ないですが、リールとハーフェンの間には小さくても良いので定期船も欲しいところです。
 最初は大きな赤字になるでしょうが、航路で繋がっているという事も大事です。
 遠距離になればなるほど、船の方が強いですからね。
 とにもかくにも、人が動けば物も動きますから」
 リシャールはそのように締めくくって、年始の所信表明とした。
「あなた、少しよろしいですか?」
「ん?」
 カトレアも、流石に人前とあって『リシャール』とは呼ばない。
「これは皆さんにも聞いていただきたいのだけれど……。
 先日あなたのお手伝いをしていて、気になったことがありましたの」
「なにかな?」
 リシャールも、カトレアからそのような相談は受けていなかった。
「あなたも皆さんも一生懸命で、それはとても素晴らしいことなのですけれど、少し一生懸命すぎます。
 働き過ぎではないのかしら?
 たまには息抜きも必要ではないかと思うのですけれど……」
 カトレアは、皆を見回してからリシャールの方を向いた。
「例えば、お祭りなどを催してはどうかしら?」
「お祭り、か……」
 そう言えば、大砲の試射をした時でさえ、あれだけの人が集まった上にそれぞれが楽しんでいたようだったと、リシャールは思い出していた。あの時は、前日に布告を出して事故の無いようにと注意を促した程度だったのに、シュレベールからも人が来ていた。なるほど、人々は少ない娯楽に敏感に反応したのだろう。
 『パンとサーカス』とは民心掌握についての格言であるが、リシャールはパンは用意したが、サーカスの方は用意していなかった。
 これは行った方がよいかも知れない。カトレアは良い提案をしてくれたようだ。
「祭りなど、収穫の祝いぐらいしかありませんでしたからな」
「こちらも同じです。
 あとは降誕祭を家族で祝うぐらいですかな」
「ラマディエでは漁師達の豊漁祈願ぐらいですが、街全体で何かをするわけじゃありやせん」
 リシャールは皆の顔を順に見てみたが、確かに娯楽に飢えているのは間違いないらしい。
「じゃあ、何か適当な理由を考えておきましょうか。
 時期は……あまり忙しくないときの方がいいなあ。
 農繁期はもちろん外すとして……」
 出来れば皆が納得できるような理由があれば良いのだが、なかなか良い日が浮かばない。かと言って、暦をめくって適当な聖人を探し当てるのも何かおかしい。
「ここらがセルフィーユになった記念、というのはどうですかな?
 日取りは、領主様が叙爵なされた日か、こちらへと来られた日あたりで……」
「フェオの月の頭でしたな」
「それならば収穫まではかなり間があります。
 準備にも時間が取れますぞ」
 セルフィーユ男爵領、いやセルフィーユ子爵領の成立記念日。祝祭の理由としては悪くないが、リシャールにはどうも照れくさかった。
「あー、もっとこう、僕個人のあれじゃなくてですね、皆が盛り上がれるような……」
「あら、よろしいのではないですか?
 あなたはこの領地を預かる領主なのですから、憚ることはありませんわ」
「うーん……」
 微笑むカトレアに、リシャールは反論できなかった。元より、理由に気後れしているだけで祭り自体には賛成なのだ。
 リュカらは早速尻に敷かれているのかと、にやにやしていた。
「……じゃあせめて、祭りの名は『感謝祭』と。
 私はその日、トリステイン王家より領地を賜ったことを祝し、王家と始祖に感謝を捧げます。
 皆さんは、それに便乗して下さい。
 来週、もう一度集まって詳しいことを決めることにしましょう」
「ええ、よろしゅうございますわね」
 カトレアに続き、他の面々も次々と賛成の声を上げる。
 こうして、感謝祭という名のセルフィーユ領成立記念祭が行われることとなった。
「あなた、頑張って下さいましね」
 うん、やはり尻に敷かれているらしい。
 だが、悪い気は全くしなかった。






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