ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第四十四話「策謀」




 リシャールがセルフィーユに腰を据えて半年余り、ハルケギニアの暦は第九番目の月に当たるラドの月を迎えていた。まだまだ残暑は厳しいが、内陸のアルトワよりは海風があるせいか、かなりましな暑さだとリシャールは思っている。……それでも、暑いには違いない。

 領地の方は概ね順調だった。ベルヴィール号が頻繁に出入りするようになり、月々の商税の額も倍する勢いだ、男爵家の全てを賄えるほどではないが、城館に費やす経費を全て出しても余力が出るほどにはなっている。リュカらも王都と往復する機会が増えた上に、ベルヴィール号によってロリアンからも荷が入ってくるようになったので、ここらでは手に入りにくい物を買いに近隣の領地から人が来るようになっていた。リュカなどは息子に暖簾分けをして、それなりに大きな店をもう一軒出したほどだ。領外からの行商人の出入りも増えてきたから、アルトワに習って常設の自由市場を作ってもよいだろう。あれならば、広場と管理人を置くだけでよいから、大して費用もかかるまい。
 こちらから売りに出している農具の類も堅調だったから、適度な規模を見極めながらも、鍛冶工房の働き手も増やしつつある。
 領地だけでなく、男爵家の家臣団も充実してきた。
 庁舎はマルグリットを筆頭に、官僚格の税吏や書記らが三名に増え、見習いや下働きなども含めて合計十名で構成されている。ここに来た当初では考えられないほどの充実振りだ。官僚格の者は周辺の他領や王都、アルトワにまで募集を頼んでようやくこの人数である。あとは見習いをどこまで育てられるかが勝負だった。
 庁舎併設の領軍兵舎には、ジャン・マルクを指揮官として定数に定めた二十名の兵士が揃い、日々訓練に巡回にと精を出している。志願兵ばかりとは言ってもジャン・マルク以外に隊長職がいないことは今後の課題だったが、数人を任せて班長として扱うに十分な者もいるので、今のところはこれでよいだろう。メイジこそ皆無ながら、小口径の大砲まで装備する一端の軍隊になっていた。
 城館はヴァレリーに任せきりだが、メイドは見習いも含めて十六名、料理人や庭師等の専門職八名、それに従者達が七名と大所帯になっている。これに加えてリシャールらも住んでいるから、賑やかなものである。

 しかし、領地の方は順調だったが、リシャールには別の問題が迫っていた。借金の返済と王税の準備である。
 領地の運営に必要な分を除いた手持ちの資金は、現在約一万五千エキュー。年明けには領税が八千エキューほど納められてくるだろうが、それまでに返済分の三万に加えて、概算ではあるが五千エキューにも届こう王税を集めなくてはならない。
「とりあえずはこっちかなあ……」
 最近リシャールは庁舎での仕事を減らし、城の鍛冶場に篭もりきりになることが多かった。『亜人斬り』ももちろん作っていたが、領軍の兵士用に作った胸当てと手甲の評判がよかったので、こちらも作って売りに出そうとしていたのだ。
 ジャン・マルクが、王都往復の折にエルランジェ時代の旧友に自慢していたところ、祖父の目に留まったらしい。祖父からは三十組の注文が入り、これは既に先月下旬にまとめて出荷していた。
 これらの代金は、手甲と胸当てを一組として、祖父故の特別卸価格で百五十エキューが二十組の計三千エキュー。実際の製造費が百エキュー少々とはなったが、十分に商売になりそうで、リシャールも本格的に作ることにした。
 皮革職人への手間賃や素材の費用が嵩むので利益率は『亜人斬り』を大きく下回ったが、それまでの手作業に近かった錬金鍛冶に改良を加えたところ、一日に作れる数が十数組ともなって話が違ってきたのだ。元から剣を鍛えるよりは工程も作業も少なかったが、この改良によって更に量産性が高まることになった。
 リシャールは、作業用ゴーレムに持たせる冶具と金型の制作にこそ数日をかけたものの、実際の作業に入ってから注文数を揃えるのには、二日ほどしかかからなかった。特に胸当ての方には、TシャツのS、M、Lではないが、大きさの異なる三種類の金型や治具を用意したから、今後もさほどリシャール自身の手を煩わさずに数を作ることが出来る。型押しと鍛接はゴーレム任せで、自身は調整と仕上げに加えて呪文処理を行うだけでよくなったからだ。
 市場に卸すなら、他の商品との兼ね合いを見てからだが、少々上乗せしても確実に売りさばける筈だった。魔法のかかった防具としては安価な部類に入るから、傭兵が個人的に購入する可能性も高い。『亜人斬り』は流石に個人で買うには高すぎるだろうが、防具の方は個人市場を見込んでもよいだろう。
 これら防具が順調に売れれば、今年の分の出費については心配なくなるのだ。注文に関わりなく作れるだけ作ることに決めて、リシャールは鍛冶場で作業を続けていた。

 もちろん、合間には来客などもあるし、庁舎から馬に乗った伝令が来ることも多い。
「旦那様、司祭様がいらっしゃいました」
「ああ、もうそんな時間……っと、すぐに行くよ」
 今日の来客は、先月からセルフィーユの教会に赴任してきたクレメンテ司祭である。これは予定されていたから、リシャールも鍛冶場で仕事をしつつも来客の準備だけはしていた。
 クレメンテは、六十前という歳を感じさせない人物だった。リシャールも幾度か会っているが、彼からは働き盛りの壮年ような若々しさを感じていた。ハルケギニアでは珍しい、現代日本における仕事は引退したが第二の人生を謳歌しようとしている六十代男性のような、明るく希望に満ちた雰囲気を持った老人である。
「お待たせしました。
 いらっしゃいませクレメンテ殿、フィオレンティーナさん」
 客間にて待つ二人に、丁寧に挨拶をする。どうにも、聖職者との距離感が計れていないリシャールだった。今日は、シスター見習いのフィオレンティーナも連れての来訪である。
「お時間を取らせて申し訳ない、領主様」
「おじゃましてます」
 しばらく前にゴーチェらと話題にしていた教会の鐘の修理はクレメンテの赴任には間に合わなかったが、今はもう朝に夕に、綺麗な音を響かせている。リシャールにも大仕事だったが、領民達のみならずクレメンテも自ら協力してくれたおかげで、音階の調整には苦労したもののなんとか数日で片がついた。もう作ることはないだろうと苦労を振り返りつつも、ハンドベルの様な小さな楽器を作っても面白いかもと、内心では思っている。
「どうかなさったのですか?」
 クレメンテがこちらに来た当初、あまりの清貧さに驚いて、生活用品一式とともにエキュー金貨百枚を献じたリシャールだった。それほど出す気はまったくなかったのだが、領主という立場もあったせいか、なんとなく勢いで出してしまった。
 態度も物腰も一司祭にしては立派で、その上ロマリア本国の枢機卿直々の推薦とあってリシャールも当初は警戒していたのだが、良い方に外れたらしい。すぐに領民からも慕われるようになったクレメンテだが、幾度か話すうちに、どうも政治的意味合いでこちらに流されたというより、それに便乗して自ら都落ちしてきたのではないかと、リシャールは思っている。
「少し、お願いがございまして」
「あ、はい」
「次に王都に行かれる便に、私も同乗させていただきたいのです。
 トリスタニアにすこし用が出来まして」
「それでしたらおやすいご用ですよ。
 ジャン・マルク隊長に伝えておきます」
 大事ではないとわかって、リシャールは気安く請け負った。
「ありがとうございます」
「フィオレンティーナさんもごいっしょに?」
「ああ、彼女はこちらに残します。
 教会の方も、割と毎日皆さんが来られるのですよ」
「なるほど、失礼しました」
「では、申し訳ありませんがよろしくお願いします」
「はい、道中お気をつけて」
「優しき領主様に始祖の御加護を」
「ありがとうございます、クレメンテ殿」
 リシャールは旅行の目的を聞かなかったが、トリスタニアには大聖堂があるから、こちらに来た挨拶ついでに旧交を温めに行くのだろう程度にしか思っていなかった。クレメンテの留守中は、リシャールの方から時々誰かを教会にやって、力仕事などを手伝わせればよいかなどとのんきに考える。
 数日後、流石に荷馬車では申し訳ないかと、男爵家に一台しかない乗用馬車を用意してクレメンテにあてがい、同行のジャン・マルクには要人警護の訓練も兼ねるようにと言い含めて、王都に送り出した。 
 しかしその翌週、無事に王都への旅を終えて帰ってきたクレメンテに、リシャールはえらく慌てることになる。

「リシャール様、父からリシャール様宛に手紙が届いております」
「セルジュさんから?」
 馬車を送り出した翌日、庁舎での仕事中にリシャールはマルグリットから手紙を渡された。ついにセルジュは、製鉄技師の候補を見つけてくれたらしい。
 ガリア人だが腕は確かだとも書いてあり、諸条件が折り合えばすぐにでもセルフィーユに来てくれると言う。
「条件ねえ……」
「どうかされましたか?」
 その条件付けが、少々妙な具合であった。
 給金は月に五十エキュー。
 家族と使用人が住める場所の提供。
 ここまではいい。
 だが……。

 一アルパンの私有地の無償提供。

 これがいけない。
 給金は希望の二倍三倍でも構わなかったが、一アルパンもの土地は、流石に容認できなかった。大体、何に使うかも不明である。セルジュは相手の希望をそのまま書いただけのようで、手紙には具体的な内容までは書かれていなかった。
「どうしたものかなあ……」
「流石に一アルパンもの土地となると、考えますね」
「ですねえ……うーん……」
 いくらセルフィーユが田舎で男爵領にしては広いとは言え、無茶にも程がある。しかし、製鉄技師は喉から手が出るほど欲しい。早期に招聘出来れば、それだけ発展も早くなるのだ。
 それに、土地は絶対に渡したくはなかった。島国根性と言われても、リシャールは胸を張って頷いただろう。
 それに、領内に一アルパンもの得体の知れない場所を作られるのは困る。単なる農地であれ、何かの施設であれ、貸してしまえば向こうの思うつぼであるのは間違いない。
 よし。
 土地は渡さないにしても、給金の上乗せで応じるならよし、駄目なら交渉は決裂。
 これで行こう。
 リシャールは様々な予定を変更して、翌日アルトワに飛んだ。
 しかし、一アルパンもの土地を、何に使うというのだろうか?
 アーシャの上で、リシャールはずっと考えていた。

 アルトワに着くとミシュリーヌを呼び出して、伯爵らへの挨拶もそこそこに、彼女をお供にセルジュの元に向かう。
「元気そうで安心したよ。
 お城務めはどう?」
「作法や魔法のお勉強は厳しいけれど、皆様とても優しくして下さいます」
「それはよかったよ」
 彼女自身がしっかり者だし、母が面倒を見ているのでは、問題の起きようもないだろう。
 彼女はずいぶんと明るい様子で、リシャールも彼女が話すのに任せて城のことなども聞いていた。驚いたことに、彼女の魔法はセヴランが見ているようだった。彼は火のラインだから適任ではあるのだが、どうにも血なまぐさいなあと心配になる。彼は領軍で一隊を任されている隊長であり、リシャールの初陣も彼の手によるものだった。
「すじはいいと、隊長さんも仰って下さいましたよ?」
「……それは、よかったよ」
 後から、一般的な魔法については母が教えていると聞いて、リシャールも安心した。

 ギルドを訪ねると、セルジュはすぐに出てきてくれた。今日は店ではなくこちらにずっと居たようだ。
「おお、リシャール君。
 早速飛んできてくれたのかね」
「はい、流石に条件が厳しいので、ご本人にお会いしてから決めようかと思いまして……」
「ああ、土地の件じゃな?」
「そうです。
 流石に二つ返事では頷けませんでした。
 早期に来て欲しいのは間違いないのですが、ちょっと困りました」
 セルジュも流石にどうかと思ったらしいが、どうしてもと言うのでそのままリシャールに伝えたようだ。
「ガリアにいらっしゃるんですか、その人は?」
「いや、今はうちの家に居候しておるよ。
 手紙を送った後、こっちに訪ねてきてな」
「え!?」
「彼は説得できると思っておるようじゃが……。
 あとはリシャール君次第じゃな」
 なんとも、やる気のある御仁であるようだ。これは少々気を引き締めねばなるまい。

 セルジュの自宅を訪問するのは初めてだったなと思いながら、リシャールは門をくぐった。リシャールの実家の何倍も大きく、使用人も多いようである。
 セルジュ自らに、応接室に案内される。
「閣下、こちらがガリアの製鉄技師、リュドヴィック殿です」
 セルジュから閣下呼ばわりされるとこそばゆいのだが、来客の手前もあるので仕方がない。
「はじめまして、リュドヴィックであります、閣下」
「リュドヴィック殿、はじめまして。
 リシャール・ド・セルフィーユです」
 リュドヴィックは四十過ぎの、目つきの鋭い男だった。体つきは中肉中背で、腰には杖を下げている。しかし家名を名乗らなかったことから、市井のメイジかと判断する。
「早速ですが本題に入りましょうか。
 どうしてそれほど広い土地が必要なのですか?
 流石にそこまでの土地を求められるとは思わなかったんで……」
 リシャールは、大上段で斬りかかることにした。
 土地は渡さないことに決めたが、正直言って興味の方が勝っている。彼はそこに、何を求めているのだろうか。
「それは……今はまだ申し上げられません」
「……そうですか」
「でも、私には必要なんです」
「そう仰られても、流石にそれでは応じられません」
 必要とは言いながらも、内容については口を閉ざしたままだ。彼の目つきはリシャールを計っているようだった。ディベートのふっかけあいをしているような気分になる。前世では、大学出たての若い営業に多いタイプだったなあと、思い返す。論破すれば勝ちと刷り込まれているあたり、手に負えない。
 もちろん、ハルケギニアにはディベート論などはなかったが、似たような意識を持った人間はどこにでもいた。手法化されていないだけ、随分とましかもしれない。
 それに、リュドヴィック自身もリシャールには不快だった。言葉遣いは丁寧だが、完全にこちらを舐めている上に、自分に酔っている。これでは土地の話がなくとも、雇いたくはない相手であった。どうにもいけない。
 話は平行線のまま、時間だけが過ぎていった。
「給金の上乗せならば応じられるのですが、それでは意味がないようですね?」
「はい。
 土地さえ使わせて貰えるなら、給金は減額されても構いません。
 半アルパンでも構いません、なんとかなりませんでしょうか?」
「セルフィーユ男爵」
 セルジュが何か言いたそうな顔をしていたが、リシャールはそれを押しとどめた。
「……残念です。
 貴方の熱意と根気には感服いたしましたが、条件が折り合わなかったようですね。
 交渉はこれまでとしましょうか」
「お待ち下さい閣下、それが領地の発展に大きく貢献するとしても、ですか?」
 彼はにやりと笑ってリシャールに視線を向けた。これが彼の切り札なのだろう。普通なら、それを聞くことで話は振り出しに戻り、交渉は継続される。それこそが、切り札の切り札たる所以である。
 だがリシャールは、土地を渡さないことを既に決めていた。元からそう決めてあったし、交渉中に、彼が土地にこだわりすぎていることに気付いた。
 そして、もう一つ気付いたことがある。恐らく、間違いない。
「大きく貢献するとしても、それは領主である私の管理下にないものでしょう?
 それに、そこまで大きく貢献するならば、はっきり申し上げて我が家の領地である必要はないはずなのですが、そのあたりはどうです?」
 意味がないばかりか、危険でさえあるのではないかと、リシャールには思えてきた。得体の知れなさがそれに輪を掛けている。
「それも……残念ながら申し上げられません。
 しかし、確実にこれは閣下の御為にもなります」
「……そうですか。
 しかし、こちらとしてもその条件が飲めない以上、やはり交渉は決裂ですね
 ああ、これは旅費の足しにでもしてください」
 懐から小袋を取り出して、テーブルの彼の側に置く。予め用意しておいたものだ。交渉がまとまれば、支度金になっていたものである。
「それから……」
 リシャールは言葉を切り、リュドヴィックを一旦見据えてから決め手の一言を言い放った。
「貴殿をこちらに寄こした方にも、よろしくお伝え下さいね」
 彼は言葉を失い、目も大きく見開かれた。

 リュドヴィックは青い顔をしたまま、挨拶も早々にセルジュの家から去っていった。テーブルには、リシャールが渡そうとした小袋も置かれたままだ。余程慌てさせたらしい。
「リシャール君、その、申し訳ないことをしたようじゃな」
「いえ、セルジュさんにもご迷惑を掛けてしまって……」
 リシャールがリュドヴィックを『紐付き』と断じたのには、もちろん訳がある。
 彼は言葉に詰まると、宮仕え独特の口調になっていたのだ。そこに気付いたお陰で、交渉の後半は落ち着いて彼の顔色をうかがうことに集中できたのだった。
 ガリアと決まったわけではないが、密偵か工作員か、そのあたりであろう。リュドヴィックがガリア人だったからと、その背後までがガリアであると決めつけるのは危険だが、そこまではリシャールにもわからない。それでも、何らかの策謀が行われようとしていたことだけは間違いない。
 しかし、経験の浅い少年領主と舐められたのか、あの程度の鎌かけで顔色を変えるような練度の低い者を送ってきて……いや、ここは試されたと考えるべきだろうか?
 話が大きくなりすぎて、ついていかなくなりそうな頭を引き留め、リシャールは必死に考えていった。
 しかし、直接交渉したお陰で判ったこともある。
 一アルパンもの土地。
 個人では様々な使い道が考えられるが、国家規模で考えると、逆に目的が絞られるのだ。
 国外に一アルパンもの飛び地があるなら、大国の指導層ならばどうするだろうか?
 表だったものならば租界、或いは空港、工場などの経済目的での利用も考えられるが、今回の場合は秘密裏に工作を進めようとしていた。つまり、軍事目的しかない。
 これだけの広さなら、平時から伏兵を潜ませても少々のことでは露見すまい。補給処としても物資弾薬を置き放題だ。国内では逆に設置が面倒な、倫理的に問題のある違法、または外法を扱う研究施設などを設置するのも良いだろう。
 リシャールは、えらい貧乏くじを引かされるところになるところだったと、セルジュと顔を見合わせてため息をついた。
 知らずとは言え外患を引き入れたとなると、通常は死罪、軽くとも自裁は確実である。

 しばらく休憩した後。
 掛かった費用についてはセルジュも思うところがあったのか、迷惑料も含めて全額出そうとするリシャールを押しとどめ、結局折半にすることになった。
「しかし……話が大きくなったもんじゃなあ。
 わしの方でも少し調べてみるよ」
「お願いします。
 ……いや本当に困ったことです」
 そして、面倒なことになったものだ。
 そのまま放っておく訳にも行かず、セルジュからも経緯を詳しく聞き取って、頭を突き合わせながらその場で顛末を記した王政府への報告書を書き上げる。
 今後の技術者探しのことも、併せて話し合った。費用は嵩んで手続きも煩雑になるが、王政府に陳情することも視野に入れておく。また、セルジュはギルドの評議会の方を使ってリシャールの手助けと、似たような話があったかどうか調べておこうと請け負ってくれた。国家規模にまではならないものの、商会同士の騙しあい化かし合いは日常的にあるらしい。
「これで大丈夫かとは思いますが、何かあったらまた連絡して下さい。
 お互いがお互いの背中を護るのが一番でしょうから……。
 今回は良い勉強になりましたよ」
 リシャールは肩をすくめて見せてから、セルジュの屋敷を後にした。

 その日はクロードを改めて訪問した後、久しぶりに実家に泊めて貰い、リシャールは両親や兄にあれこれと構われた。
 やはりアルトワは気楽でいい。
 しっかりと英気を養って、翌日早朝に王都へと向かう。
 早速王宮へと出向くが、これでも男爵であるから門前払いも厳しい身体検査もなかった。
 門衛の隊長に、約束はないのだがと断りを入れ、持ってきた報告の内容を簡単に話す。すぐに顔を引き締めた隊長は、リシャールを貴賓室へと案内すると、しばらくお待ち下さいと言い残して彼は退出した。
 待つことしばし。
「久しぶりだなリシャール君、いやセルフィーユ男爵」
「ルメルシェ将軍!」
 リシャールにとっては、『亜人斬り』を世に送り出すきっかけとなった人物である。相手がリシャールとあって、来てくれたらしい。がっちりと握手を交わす。
「わざわざ将軍がお出まし下さるとは、思いませんでした。
 お手数をおかけします」
「おいおい、君も今や男爵閣下なのだぞ?
 担当の尉官佐官を宛って、はいはいどうぞで済ますわけにもいかん。
 それに、我が連隊に大きな手柄をもたらしてくれたからな、君の『亜人斬り』は。
 敬意を払うには十分過ぎる」
「過分なお言葉、恐れ入ります。
 それで、こちらなのですが……」
 挨拶をそこそこに切り上げ、持参の報告書をルメルシェに示しつつ、事態の経緯を報告する。流石にルメルシェも、渋い顔で真剣に聞き入っていた。
「事を荒立てるべきではないと判断したのでそのまま返しましたが……。
 もしかすると、私以外にも同じ様な手口を使われるかも知れませんので、ご報告に上がった次第です」
「うむ、その判断は正しいだろうな。関連の部署にはそれとなく注意を促しておこう。
 しかし、まったく頭の痛い話だな。
 ……おおそうだ、ついでにこちらからも一つ、よいだろうか?」
 話も一段落したことで、ルメルシェも元の様子に戻った。切り替えの早さは、流石現役の将官である。
「はい、なんでしょう?」
「『亜人斬り』には片手の物もあると聞いたが……事実かな?」
「はい、一度売りに出したことがあります」
「おお、やはり!
 こちらも注文に応じて貰えるのだろうか?」
「ええもちろん、喜んで」
 これはありがたい。わざわざ王都にまで来た甲斐があったというものだ。
 将軍からは一万エキューで片手の『亜人斬り』十本の注文と、ついでに騎竜での王都上空の飛行および登城の許可も貰い、リシャールはほくほく顔で王宮をあとにした。
 旅程に余裕があれば、こちらに来るジャン・マルク一行を待ちかまえても良かったのだが、緊急の外遊であったから今回は仕方ない。
 日のあるうちに城に着けるかは微妙だったが、リシャールはアーシャに乗ってセルフィーユへと戻っていった。






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