ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第四十三話「権利と義務」




 クロード達がセルフィーユに来て、二週間が過ぎた。
 領民との間には、最初のうちはクロードらが他家の若様と領主の兄ということもあって微妙な緊張感が漂っていたようだが、しばらくするとそれもなくなった。
 クロードは、生来の呑気なところが受け入れられたようだった。リシャールと仲が良い様子も微笑ましく見えたようで、その物腰や態度も相まって、お優しい若様だとの評判が立っている。
 兄は外でこそ従者としての態度を崩さなかったが、城館の監督や教育だけでなく、合間にはマルグリットやリュカらにも助言や提案を幾つか与えてくれたようで、尊敬の念をもって遇されていた。
 元の代官などのこともあって、貴族には余り良い印象を抱いていなかった雰囲気が領民の間にはあったのだが、リシャールの努力もあって払拭されつつある。とはいえ、余計な問題などが起きたりしなくてよかったと、彼はほっと一息ついていた。

 彼らが帰途につく前の夜、リシャールはリュシアンと共に、私室でワインを傾けていた。報告会も兼ねた晩酌である。クロードはお別れ会を兼ねた晩餐で食べ過ぎたせいもあって先に寝ていたから、二人きりだ。
 兄からは、予定通りの二週間を丸々使ってはしまったが、城館での指導も一通り済ませ、ほぼ及第点を出せるようになったと聞かされた。
「遜色ない、とまで言ってしまっては何年も勤めたアルトワの働き手達に申し訳はないだろうが、ほぼ問題はないよ。
 あとは経験が補ってくれるだろう。
 ヴァレリーさんは元々優秀な人だしなあ」
「ええ、本当に」
 兄が城に上がった頃はまだヴァレリーも独身で、アルトワでメイドをしていたから面識があったらしい。ヴァレリーは母とも懇意にしていたようだったが、当時まだ幼かったリシャールには、そのあたりはよくわからない。
「でも兄上、仕事ばかりさせてごめんなさいね」
「いや、私にもいい経験になっているよ。
 お祖父様に色々教わってはいるけど、実際に領内の仕事を任せてもらえることは滅多にないからなあ」
「そう言って貰えると嬉しいです」
「都合がつくなら、本当はお祖父様に見て貰えるといいんだろうが……」
「流石に無理でしょうね……」
 ニコラはアルトワの筆頭家臣でもあるから、いくら祖父でもおいそれとは借りられない。
 それでも、リシャールは城館のみならず、限られた時間の中で、領内の諸事をも助けてくれた兄には感謝の言葉もなかった。
 リュシアンの方でも、今はクロードの従者が主な仕事ではあるが、将来は祖父の跡を継いでアルトワ伯爵家の筆頭家臣になることが確実視されている立場だったから、ここでの仕事には大きな意味を見出していた。
「本当は兄上にもクロードにも、ずっとここに居て欲しいところですが……」
「まあ、流石にそういうわけにもいかないなあ」
「はい」
「そう頻繁に訪れるわけにもいかないけれど、また来るよ」
「ええ、是非」
「しかし……」
 リュシアンは一度言葉を切ってから、リシャールの方を向いて笑った。
「まさか、旅立ってほんの一年弱で、爵位持ちの貴族にまでなるとは、流石に思わなかったよ」
「僕もですよ」
 リシャールにも想定外だったが、こればかりは譲れない部分でもあった。兄にわざわざアルトワから来て貰ったのも、偏にカトレアの為である。
 それこそ、祖父らから領地拝領の話を持ちかけられた時には、男爵ではなく話のままに勲爵士として一家を立てていただろうし、商会はマルグリットに譲って、それほど大きくない屋敷でのんびりとまでは行かなくとも、今ほどは忙しくせずに錬金鍛冶に精を出していたのではないかと思える。
 後々振り返ってみなくてはわからないだろうが、今のところは、苦労も多いが順風満帆と言えよう。
「とにかく、兄上には感謝です」
「うん、お前も頑張れよ」
「はい」
 二人は再び杯を掲げ、乾杯をした。

 翌日、必ずまた遊びに来るからと手を振るクロードを屋敷の皆で見送り、リシャールも一息をついた。寂しくはあるが日常に戻るとしよう、と気分を切り替える。
 ヴァレリーには、城館の皆には多かれ少なかれ緊張もあっただろうと、数日掛けて全員が交代で休暇を取るようにと指示してあった。
「ヴァレリーさん、実際のところどうですか?
 僕の方は、見せて貰った限りでは大丈夫だろうとは思っているんですが」
 朝食後、リシャールとヴァレリーはいつものように予定を確認しながら打ち合わせしていた。朝の日課である。
「そうですわね……。
 私も、お客様の人数が少なければ大丈夫かと存じます。
 一家族分のお客様までならば、十分にお城も回ると思いますわ」
「お付きの人たちの滞在人数は、どのぐらいまで大丈夫です?」
「はい、こちらの離れは大きいですから、夜具などを考えても二十人ぐらいまでならばすぐに対応出来ます。
 執事や重臣の方々には一階の客間を使っていただくとして、こちらも数人程度なら問題ありませんわ」
 本館は二階建てだが、一階の客間は城壁のために景色が見えないのだ。数は多いが広さはそれほどでもないので、往事もそのように使われていたのではないかと、リシャール達は見ていた。それでもまだ締め切ったままの部屋が数多く残されているから、やはりリシャールには過ぎた城なのであろう。
「維持の方が大変だと思いますが、頑張りましょう」
「ええ、本当に。
 でも、流石はリュシアン様ですわ。
 私も仕事に自信がつきましたもの」
「それは何よりでした。
 おっと、さて……」
「はい、行ってらっしゃいませ。
 お出かけは明後日でしたですわね?」
「はい、そうです。
 では行ってきます」
 朝は誰もがそれなりに忙しい。
 明後日はカトレアに会うために、ラ・ヴァリエールに向かう予定もしていたから尚更だ。
 リシャールも、自身も含めてそれぞれがもう少し余裕を持てるようになれば良いなとは思っているが、なかなかに上手くは行かないのであった。
 これでは家庭教師を呼んでも、時間が取れないのではないかとも思っている。

「お待たせしました、マルグリットさん。
 えーっと、今日は土地の境界の調停があるんでしたっけ?」
「はい、訴状はこちらです。
 朝の早いうちに庁舎まで来るようにと、連絡してあります」
 アーシャで庁舎まで飛んでくるリシャールとは違い、マルグリットは荷馬車で送迎されていた。急ぎの日などはジャン・マルクの馬に同乗してくる事もあったが、普段はこちらだ。
 荷馬車の方は、馬を遊ばせておくよりは良いだろうと、マルグリットを乗せるついでに加えて、更に一日数回、ラマディエとシュレベールを往復させている。幌はあれども座席の着いていない荷馬車だったが、誰でも乗ることが出来る無料の公共交通機関として、割と便利に使われていた。特に、ラマディエに買い出しに出ざるを得ないシュレベールの人々には好評である。
「はあ、根が深そうだなあ……」
「そうですわね。
 あ、それから、昼からは豚の件でイジドールさんが来られるそうですわ」
「昨日のうちに連絡して下さったんですね、ありがとうございます」

 庁舎に持ち込まれる日々の仕事のうちで、リシャールが主に扱うのは現代日本では裁判所が管轄するような事柄が多くを占める。現代社会で云う行政、司法、立法の三権は、これ全て領主リシャールの手の内にあった。恐ろしくもあり、面倒でもあるが、これらは領主の権利であり、更には義務でもあった。
 行政のうちで、いわゆる納税や各種届け出、男爵家直轄地の貸借許可、狩猟権の販売といった役場仕事は、マルグリットに大半を任せていた。最初のうちは二人で細かい規定を決めていったものであるが、それらも細かく仕分けて用例ごとに閲覧が出来るようにまとめてあったから、今では大抵の場合、それぞれの担当者でも処理出来ている。
 立法とそれに近い布告については、基本的にトリステインの国法とハルケギニアの慣習法を守ればいいかと、余計なことはしていない。領主としての大きな布告は、領に入った直後に出した税の引き下げと、練兵場周辺への立入禁止ぐらいである。
 練兵場の方は訓練でも銃を使うようになったので、事故があっては困ると普段とは違ってリシャールも大変厳しい調子で知らしめておいた。これといった罰は決めていないが、許可無く侵入して怪我をした場合も責任は負わないと明言してある。特に遊びたい盛りの子供を持つ親の元には兵士を向かわせて、各々説明に回らせた程だ。
 最後の司法、これが頭の痛いところであった。高々人口六百人程度と侮ってはいけない。リシャールが根を上げそうになるほど、各種様々な問題がリシャールの元には持ち込まれてきた。
 幸いにして、殺人や放火などの重犯罪はなかったが、周囲の仲裁では押さえきれなかった喧嘩などは、容赦なくリシャールの元に持ち込まれた。あまりにもくだらない理由で始まった喧嘩の調停などは正直言って勘弁して欲しいところであったが、これも領主の務めである。書記に回す人手が足りないので、訴えを聞いてリシャール自身が記録を付け、場合によっては数日使って聞き取りなども行うこともあった。
 参考にするような資料もなく、もちろん裁判の経験もないリシャールは、不安ながらも手探りで訴えを処理して行かざるを得なかった。その場で判断が付かなかった場合などは聞き取りにかこつけて数日の調査期間を設け、その間にマルグリットやジャン・マルク、場合によってはリュカやゴーチェらにまで意見を聞くことで、なんとか切り抜けていた。特に村長であるゴーチェの意見は、経験に裏打ちされたものであり、非常に参考になった。
 こちらの方も判例が集まってきたので、程度の小さな問題は事務的に処理している。宿屋での食い逃げ程度なら、苦役を課して代金と罰金に充てさせればよかったが、不満は出るにしても、その場しのぎの結論や感情論で人を断じては後々大事になるだろうことはそれなりに判っていたから、リシャールも真面目に取り扱っていた。

 昼にはへとへとになりながらも、リシャールは無事に土地境界の調停を終えた。代官や判事を雇って人任せにすることも出来なくはないが、給金も高い上に地方では呼ぶのも一苦労だ。また、調停や裁判を盾に私腹を肥やされることも予想されるので、今のところは自らが苦労するしかなかった。
「はい、お疲れさまでした。
 お昼が届いてますよ」
「あー、いただきます」
 リシャールが庁舎で仕事をするときは、宿屋から軽食を取り寄せてマルグリットと雑談をしながらの昼食となるのが日常となっている。
 もちろん、日によってはそれが遮られることも多い。
「領主様、イジドール氏が来られました」
「ああ、こちらに来て貰って下さい。
 それと、彼の分のお茶か何か……」
「はい、かしこまりました」
 先日のクロード来訪以来、庁舎の方でも接待役の必要性を感じたリシャールは、屋敷のメイドから交代で二、三人を派遣するようにしていた。これまではマルグリットや、時にはリシャール自らがお茶を汲んだりしていたのだが、流石に問題だと兄から指摘されたのだ。
「領主様……っと、お食事中でしたか」
「こんにちは、イジドール殿。
 お昼がまだでしたら、ご一緒にどうです?」
 イジドールは、このあたりでは比較的大きな農家の主人で、ラマディエ周辺に点在する農家のまとめ役だった。だがリシャールがこちらに来てから、彼は多忙な身である。
 原因はアーシャであった。

 アーシャの餌も含めた領内の豚の消費量は、それまでに比べてほぼ三倍になっていた。彼女も魚や、時には山で鹿や猪を狩って食べたりもするが、リシャールの方では豚を食べさせていることが多い。鶏や牛では食費がかかりすぎ、かといって魚ばかりというわけには行かないのだ。
 そこでリシャールは、領内の農家に対して養豚を奨励した。もちろん、さあ増やしてくれと言って増やせるものではないから、近隣から迷惑が掛からない程度に繁殖用の種豚を買ってきて、農家には餌代と手間賃を渡して育てて貰っている。手軽に現金収入が得られるとあって、忙しいながらも概ね好評であった。
 但し、今のところはまだ本格的な増産には至っていない。品種改良された現代の豚とは違い、こちらでは年一産で、六から八頭しか仔を産まない。妊娠期間は四ヶ月弱あるから、発情期が来た順に種付けは行っていても、未だに仔は産まれていないのだ。
 それでも今年中には肥育も含めて何とかなりそうで、アーシャの食餌としてだけでなく、海産物を主菜とするセルフィーユ周辺でも比較的安価に肉が流通出来そうであった。

「では失礼して……。
 それで領主様、お話というのは?」
「ああ、話というのはですね、養豚についてなんですが、今のままでも大丈夫なのかと言うことを聞きたかったんです。
 今は麦の刈り入れも終わって大丈夫でしょうが、もし、農家の皆さんの本業を圧迫するようなら、ちょっと困ったことになるなと……」
「なるほど」
「元々豚を飼っていた人以外は、慣れない苦労も多いでしょうしね」
「そのあたりはお互いに補っておりますよ。
 それにこのあたりでは、豚を飼えるのは裕福な農家の印ですから、皆喜んでおります」
 セルフィーユの周辺では、税が高かったことも相まって農家にも当然厳しい暮らしが要求されてきた。しかし、借り物とは言えど豚も飼えて、きちんと手間賃を払って貰えるのだから文句の出ようもなかったのだ。これが中央に近い裕福な土地なら賃上げ要求の一つも出ただろうが、この辺りの人々には十分な贅沢だった。
「それから、先日お話しした農地の実験の方なのですが……」
「そちらは交代で人を出す、ということになりました」
「助かります、イジドール殿。
 これも豚とは別に人手に応じて手間賃を支払いますので、よろしくお願いしますね」

 リシャールは、エルランジェ領での滞在中に幾ばくか考えた、農法の改良も進めようとしていた。
 ただ、いきなり農家に押しつけては反発も強かろうと、男爵家の直轄地を新たに開墾している。ほんの一サンチアルパン、約一万坪ほどではあるが、ここを使って輪作を試す予定だ。初年度の今年は、地味の改良も兼ねて大豆を植え、その後は四分割して輪作の実験を行う。特に問題がないようなら、順次導入していけばいい。働き手も領内の農家から交代でと言うことであれば、改めて作業内容やその効果を教える必要もないから一石二鳥である。
 小麦、カブ、ビール麦、クローバー、一周して再び小麦。
 休閑地を設けないこの方法は、農学の発達した現代世界では世界史を学ぶ学生の頭を悩ませる程度のものでしかなかったが、それ以前の農業とは一線を画する画期的な農法だった。
 リシャールは休閑地が減れば領内の農業生産力が上がるだろう程度にしか考えていなかったが、実際は少々異なる。農地が広がっただけでなく、牧場も同時に広がる計算になるのだ。輪作には。専用の牧草地が無くとも一年を通じて家畜を放牧もしくは飼養できるという、恐ろしく大きな利点があった。
 数年後、そのことに気付いたリシャールは嬉々としてそれまでに倍する家畜を買い付けてくることになる。

「しかし、上手く行くのでしょうか?
 休閑地を設けない農法など、聞いたこともありません」
「もちろん、私も人に聞いただけですよ。
 でも、だからこそ、実験するんです。
 もしもいい加減な与太話だった場合、取り返しがつきませんからね。
 最初から上手く行くことが判っているなら、実験なんて手間をかけずに皆さんを説得してまわってますけれど……」
「なるほど、仰るとおりですな」
「ええ。
 新しい農地を拓く手間はありましたが、駄目なら駄目でこれまで通りの農法を用いて、普通に使えばよいでしょう」
 もちろん口から出任せもいいところなのだが、リシャールの方も、大体の理論は知っていても結局はうろ覚えなので、輪作については実験せざるを得なかった。
 万が一、作物を作る種類や順番を間違えていたりすれば目も当てられないし、輪作障害などがあれば、税収が落ち込むことにも成りかねない。また、方法としてハルケギニアで確立されてもいないだけに下調べも行えなかった。時間が無駄に思えても、慎重を期して実験するしかない。

 イジドールが帰ってすぐ、今度はゴーチェが訪ねてきた。
 リシャールも夕方には城館へと帰るから、急ぎの用か何かのついで以外では、彼が庁舎に来ることは少ない。
「領主様、これを」
「えーっと……見てもいいんですか?」
 ゴーチェはリシャールに、一通の手紙を差し出した。
 手紙の宛所はシュレベールの隣村ドーピニエで、宛名はリシャールの知らない人物である。
「はい、これは昨日ドーピニエの司祭様に届いた手紙でして、司祭様から預けられたと、ついさっき私の所に若い者が来ました。
 少し前に、どうすれば新しい司祭様をお呼び出来るかってお話をドーピニエの司祭様にお伺いしたところ、お手紙を書いて下さると仰ったんで、お任せした……って話は先日申し上げましたですな」
「ええ、もちろん伺いました。
 じゃあ、これはその返事なのですね」
「そうです。
 セルフィーユの教会に、わざわざロマリアから司祭様が来て下さるそうで」
「ロマリアから!?」
「はい」
 リシャールは失礼して、と一言断って、手紙に目を通した。
 確かにロマリア宗教庁からの手紙だった。驚いたことに、手紙の署名には司祭枢機卿とある。読み進めると、どうやらドーピニエの司祭はロマリアの知り合い聖職者に向けて手紙を送ったが、既に亡くなられていたので代わってこの枢機卿が返事を書いたらしいということが判った。
 ……何とも大事になったものだ。
 リシャールは余りブリミル教の組織や位については詳しくないが、それでも手紙の主がロマリア中央のかなり偉い人ということ位はわかる。
「大変なことになりましたね」
「そうなのですか?」
「手紙の差出人のところに、司祭枢機卿ヤコポ・アゴスティネッリとあります。
 枢機卿猊下とあれば、このトリステインの宰相閣下と同じく、相当偉い人ですから……」
 もっとも、トリステイン宰相たるマザリーニ枢機卿は、同じ枢機卿でも教皇選挙に選出される資格を持つ司教枢機卿であったが、リシャールは教会の位階にそこまで詳しくはなかった。
「まあ、こちらに来られるのは、単なる司祭様でない人かもしれない、ということです」
 偉い人か、偉い人予備軍だったら嫌だなあと、リシャールはため息をついた。
 御布施の相場が跳ね上がるのに加えて、面倒なことに政治性を帯びる可能性が高いからである。田舎なので多分大丈夫だとは思うのだが、派遣されてきた司祭に会うまで、これはわからない。
「何か拙いことでも?」
「ああ、ゴーチェ殿たちは大丈夫ですよ。
 教会で祈り、始祖に感謝を捧げること自体には、変わりはありませんから」
「はあ……」
 なんとなく重苦しい雰囲気になったリシャールに、ゴーチェは心配そうな目を向けた。
「来られる前に、もう一度教会の掃除もしないといけませんね。
 修理の方は先日皆さんにも手伝って貰いましたし、大丈夫だとは思うんですが……。
 丁度いい、今から見に行きましょうか」
「そうですな」
 リシャールはマルグリットに一声掛けて、教会に向かうことにした。

 旧ラマディエ教会は、ラマディエの街からシュレベ−ルに至る道のラマディエ寄りに建てられていた。小さな教会だが、周辺の人口を考えれば妥当なあたりであろう。シュレベールには元から教会が無かったので、往事にはゴーチェらもこちらの教会で祈っていたという。
 十人も座れば満杯の信徒席しかない礼拝堂に、やはりこじんまりとした懺悔室、特に大きくもない鐘楼。裏手は司祭らの生活空間となるが、やはり広いとは言えない。菜園などもあったが、こちらは流石に荒れ放題である。これでラマディエとシュレベールの両方を面倒を見ていたのだから、結婚式や葬式ともなれば、えらく大変だったに違いない。
「先日の修理では、内装にはあまり手を入れてませんでしたな」
「鐘楼の鐘もなんとかしないと駄目ですね……」
 人が住むと言うことを考えると、少々雑な修理だったかと反省しきりである。外観の方はガラスの錬金や崩れた部分の補修などかなり頑張ったのだが、やはり細々とした部分までは行き届いていなかったようだ。
「もう一度、今度は小さな部分まで手を入れることにしましょうか」
「そうですな」
「鐘の方は、私がなんとかします」
「お願いいたします」
 これも、民心を慰撫する為に行わねばならない、領主の義務の一つなのだろう。手紙の日付を考えると、急いだ方が良いのかもしれない。
 リシャールは、錆びたままになっている鐘を修理するか新造するか迷いながら、礼拝堂の高い天井を見上げた。






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