ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第四十二話「公子来訪」リシャールは慌ててマントを身につけ、身だしなみを整えながら庁舎の表口に向かった。 「クロードさ……っと、クロード! 兄上も!」 「リシャール!」 「元気そうだな、リシャール」 にこにこと、アルトワの未来の主従はリシャールに笑顔を向けてきた。久しぶりと言うほど会わなかったわけではないが、ここまで会いに来てくれるというのは実に感慨深い。 「馬車から眺めてたけど、景色のよいところだね」 「うん、僕も気に入ってる。 ……っと、お客様に立ち話もなんだし、とりあえず中にどうぞ。 城館じゃないから、大したおもてなしも出来ないけれど」 アルトワでは同僚だった御者とメイドにも一声かけてから後をマルグリットに任せ、クロードと兄を案内する。 「え、ここは城館じゃないの!?」 「元は城館だったけど、今は庁舎兼兵舎なんだ。 流石に二つもいらないから、こっちは政務で使うことにしたんだよ」 「へえ……」 クロードは物珍しそうに周囲を見回していた。庁舎の内装には金をかけていないので、リシャールとしては恥ずかしい限りである。 「それにしても、ここまで馬車で来たの? たいへんだったよね?」 「ううん、リールまでは河を下って来たんだ。 今は定期船があるからね」 クロードは、アルトアを流れる河の河口にある街の名を口にした。 「そっか、こっちまでは定期船の航路がないからなあ。 ああ、客間の用意がなくてね、執務室でごめん。 ……このあたりも考えておかないとなあ」 「こっちこそごめんね。 驚かせたかったんだ」 「うん、驚いた。 でも、最初のお客様がクロードで良かった、とも思ってるよ」 やはり想定と実際は違うのだと、改めて考えるリシャールだった。 とりあえず、いつもリュカやマルグリットらとの商談や会議に使うテーブルに着いて貰う。リュシアンは兄とは言え今は職務中だからと一旦は断ったが、クロードに引き留められて席に着いた。 この三人、それぞれの立場が三竦みで複雑なのだ。 リシャールはセルフィーユ男爵家の当主だがクロードの元従者で、リュシアンの弟である。 リュシアンはクロードの従者だが、リシャールの兄であることも間違いない。 気楽なのはクロードぐらいだろうか。公式の場ではともかく、セルフィーユ滞在中はリシャールの友人であればいい。 「リシャール、忙しいなら僕らのことは気にしなくていいよ?」 「ごめん、これだけ済ませてしまうから、ちょっと待ってて」 マルグリットらの負担を少しでも軽くしようと、自らの仕事の合間に、書類の検算や清書などの下処理さえもしているリシャールだった。 とりあえず急ぎの分だけを四半刻ほどで終わらせ、担当者に手渡しして簡単な指示を出した後、リシャールはようやくクロードの向かいに座った。 「ふう、お待たせ」 「お疲れさま」 「ほんとにごめんね」 「なかなかに忙しいようだなあ」 既に城館には来客の知らせも伝えておいたし、後はヴァレリーに任せるしかない。 「はい、兄上。今日は書類仕事が主体でしたからよかったですよ。 当初の予定の大半は終わらせたんですが、土木工事などは外な上に一日仕事になりますし……」 「先に港に行ったけど、新しい倉庫がいっぱいだったね」 「まだまだ増やすつもりだよ。 今はまだ準備してるところ、かなあ。 そのうち、アルトワとまともな取引が出来るぐらいになればいいんだけどね。 ……ああ、そう言えばこの間、デルマー商会から麦を買ったよ」 特に隠すこともないので、リシャールも気楽なものである。この二人が相手であるからというだけでなく、元からセルフィーユ男爵家には秘密と呼べるほどの秘密はない。強いて言うなら祖父らに借りた借金ぐらいだろうが、これとても人々の口にのぼれば少々恥ずかしいという程度で、取り立てて珍しい話ではない。第一、貸し主の一人はクロードの父親だ。アーシャが韻竜であることは流石に話せないだろうが、リシャール個人の秘密であるから、これとはまた別の問題だった。 ともあれ、執務室で暫く雑談をした後、クロードらは馬車で、リシャールはアーシャで城館へと移動することした。 当然、アーシャに乗ったリシャールの方が早く到着したのであるが、城館の方は戦場だった。既に話が伝わったのか、門衛は人数を増やして隊長のジャン・マルクが直卒しているし、城館の中はひっきりなしにメイド達が行き来していた。 「ヴァレリーさん!」 「リシャール様!」 「とにかく、僕も歓待の準備を整えます。 今ならば馬車が着く前にラマディエともう一往復出来ますけど、足りない物とかありますか?」 「食事の材料やお部屋などは問題ありませんわ。 今はお風呂の掃除に人手が取られていますが、こちらも大丈夫でしょう」 「ああ、炭などが足りない場合は、僕の錬金鍛冶用の物から流用して下さい。 もちろん、夜着や寝具なども、用意が足りなければ僕よりもお客様を優先して下さいね」 「はい、かしこまりました」 リシャールも自身の着替えや準備のチェックなど、息をつく暇もなかった。 そうこうする内に、馬車の到着が告げられる。 慌ててホールにメイドと従者達を並ばせ、リシャールもヴァレリーとともに待ちかまえた。 準備にはあれもこれもと心残りはあるが、考えてもきりがないと、ホスト役に徹することにする。 「い、いらっしゃいクロード」 「お迎えありがとう、リシャール。 城館って聞いてたけど……お城だね、ここは」 クロードの背後に立つ兄は苦笑していたが、ここまでは何とか体裁も保たれているようである。リシャールは内心ほっとした。 その後、晩餐までは自室にてクロードと二人で話し込んだ。 申し訳ないながらも、長兄には早速ヴァレリーとともに仕事に入って貰っている。 「ほんとに領主様なんだなあって、実感したよ」 「うーん、でも、前よりも忙しいぐらいだよ。 クリストフ様みたいに、余裕を持ってきちんと領内を回せるようになるのは一体いつになるか……」 「大変そうだね。 もちろん、僕も他人事じゃないけれど」 余程のことがない限り、彼も将来はアルトワを背負う事になるはずだ。 「父上からは、リシャールのすることをよく見て、領主たる心得を学んでくるようにと言われたんだ。 もし、お願いできるなら……」 「うんわかった、僕もクロードの前では飾らずにいることにするよ。 庁舎も城館も好きに出歩いてくれていいし、報告書や資料も見ていい。 うちのみんなにも伝えておくよ」 「ありがとう」 身内故の気楽さもあった。そうでなくとも、長兄には内情が筒抜けになるし、クロードの将来のためにも良いだろう。 流石に晩餐の方はいつものようにヴァレリーらと食べるわけにも行かず、クロードと兄との三人でテーブルを囲んでいる。今のところ、リシャールが疑問を抱いたりしない程度には、給仕も厨房も機能している。どこかに無理は出ているのだろうが、急な来客にも関わらず屋敷が回っているのには安心した。 「アルトワだと手に入りにくい海の物を中心にしたんだけど、味はどうかな?」 「うん、新鮮な魚は鱒ぐらいだからね。 どれも珍しくて美味しいよ」 今は主菜である鯛の香草焼きがテーブルの上に鎮座している。クロードの従者達にも、海の物が沢山振る舞われているはずだ。 「兄上も遠慮せずにたくさん召し上がって下さいね」 「海沿いだととてつもない贅沢、と言うわけでもないんだろうが、少々気が引けるな……」 「少なくとも、雇ったメイジが魔法で氷漬けにして竜籠で運んできた、なんていう事はないですから安心して下さい」 「それもそうだな、遠慮なく戴こう。 しかし……」 「はい?」 リュシアンは感慨深げに、リシャールに向き直った。 「リシャールは旅に出る前、お金が欲しいと言っていただろう? 本当に叶えてしまうとはなあ、と思ってね」 「うーん、難しいところです。 忙しさはお城に務めていた時以上ですし、領内は安定こそしていますが、とてもアルトワほど上手く統治されているとは言い難いですから……」 確かに、借金はあれどもお金は増えている。旅に出た当初のように、アーシャの餌代程度の金額なら、心配せずに財布から出せるようになった。 しかし、この忙しさは半ばカトレアの為でもあるから甘受せざるを得ない。 「そうかなあ、やっぱりすごいと思うよ。 道路も立派だし、新しい建物もあちこちにあったし」 「うん、道と建物だけはね。 でも、借りているお金を返していないうちは、まだまだ借り物も同然だと思うんだ。 クロードはどう思う?」 クロードは食事の手を止め、少し考え込んだ。リュシアンは魚をつつきながらも、二人のやりとりを興味深そうに見守っている。 「大きな金額だとしか聞いていないけれど、きちんと返す約束をしてそれを守れるなら、別に気にしなくていいんじゃないかな。 悪いことに使ってるわけじゃないし……。 例えば、僕が同じようにリシャールから大きなお金を借りようとしたら、リシャールならどうする? やっぱり、返せるかどうか、貸すべきかどうか、色々考えてから貸すかどうか決めると思うんだけど……」 「そうだね」 「もちろん、いくらリシャールが相手でも、父上は簡単にお金を貸したりしないと思う。 でも、父上はリシャールにお金を貸してもいいと考えた。 その理由なんだけど……」 少々言いにくそうに、クロードは口ごもった。 「クロードには心当たりがあるのかい?」 「うん少しね。 リシャールへの信用はもちろんあるとは思うし、それが決め手であるんだろうけど……その方が面白いし儲かりそうだから、じゃないかなあと思うんだ」 リュシアンの手は止まり、リシャールもまじまじとクロードを見つめてしまった。 「しばらく前に父上が楽しそうに話してくれたんだ。 リシャールが旅立つときに、父上はリシャールの為に手形とか紹介状とか用意して保証金まで用意してたよね?」 「うん、あれがあったおかげで随分と楽が出来たよ。 クリストフ様には、いくら感謝してもしきれない」 商会の手形と錬金鍛冶師の鑑札。 この二つが最初からあったからこそ、リシャールはさして大きな苦労もせずにここまでやって来られた。得られたものは非常に大きい。 「それでね、父上はこう仰ったんだ。 『二百エキュー少しの保証金を立て替えて書類を二つ三つ書いただけで、リシャールは半年で数千エキューの税を納めている。 こんなに投資し甲斐のある相手は、他に知らない』って、すごく嬉しそうだったよ。 父上はもちろん色々な商人に投資してるけれど、戻ってきたお金がここまで膨らんでいたのは、リシャールだけなんだって」 「あー……」 アルトワには、ラ・クラルテ商会がギーヴァルシュ侯へと納税した二割の商税と同額の領税に加えて、リシャール個人の錬金鍛冶師としての税も納められていた。リシャールでも、投資の数十倍の金額が対した労もなく帰ってくれば笑いが止まらないだろう。 「僕も話を聞いてわくわくしたよ。 父上も、貸したお金でリシャールの領地が発展したりするなら鼻も高いだろうし、貸した方が面白い上に儲かる可能性が高いなら、僕も貸してると思う」 クロードはべた褒めで賛成の様だったが、リシャールは見落としがあることに気付いていた。 「でもクロード、僕が失敗する可能性もないわけじゃないんだよ? たとえば、明日風邪をこじらせて死んでしまうかも知れないし、領地が野盗や海賊に襲われるかも知れない」 「うん、でも、それは僕も父上も同じ事じゃないの?」 「それはそうだけど……」 「ギーヴァルシュ侯爵様やエルランジェ伯爵様だって、そのあたりはお考えじゃないのかなあ」 ここで兄が少し楽しげに会話に加わった。ここまでは、じっと聞いていたらしい。 「クロード様」 「なあに、リュシアン?」 「一つ、見落としておられますよ? リシャールもかな」 「そうなの?」 「兄上?」 リシャールも少し考えたが、よくわからなかった。クロードと一緒に首を捻ってみる。 リュシアンは暫く間をおいてから、リシャールに目を向けた。 「リシャール、ここはセルフィーユ男爵家の治めるセルフィーユ領だよな?」 「はい、もちろんです」 「では、未来はともかく、今現在リシャールに次ぐ爵位の継承者は誰だ?」 「特に決めていません」 「そうか」 ふんふんと兄は頷いてみせた。 「少々不吉な例えで申し訳ないけれど、リシャールに何かあったとして、誰が男爵家を継ぐかの話し合いが行われたとしよう。 ……可能性が高いのは、今の時点だと兄弟である私か、ジャンのどちらかかな? もちろん結婚していれば夫人が継ぐだろうが、婚約者のままでは普通、考慮されないからね。 この場合には、セルフィーユ男爵家は借金を返済する義務と共に存続するわけだ。 また、継承者が決まらなかったとしても、領地自体を競売にかけるなり、別の家から金で養子を取って引き継ぐなりする。 こちらは、その代金を貸し手が分配して損を埋める形になるな。 どちらにしてもだ、借財をしているとしても、領地と家が担保にもなるんだ」 なるほど、確かに、領地も家も担保になる。 領地はそれ自体が利益を生むし、家の方は養子を取る形にして誰かに継がせれば、借財と引き替えにそのまま継承される。リシャールのように様々な手続きや工作を経て一から貴族家を興すよりは、よほど楽である。 特に、侯爵家、伯爵家あたりの次男三男からすれば、領地のついた家を得るなどというのは、喉から手が出るほど魅力的な提案なのだ。裕福な家ならば、リシャールの背負っている程度の借金なら簡単に出せるだろう。 「……と言うわけで、貸し手たるクリストフ様も、簡単に損はしないような仕組みになっているのです、クロード様」 「はあ、上手いこと出来てるねえ」 「まったくです、兄上。 でも、ありがとうございます。 ……ちゃんと考えておかないと、みんなに迷惑がかかりますね」 「お前がいくらしっかりしていても、不測の事態というものはあるからな」 「はい、兄上」 「これでも、ラ・クラルテ家の長男だからね。 リシャールに先を越されたけど、将来一家を背負って立つというのは、私も変わらない。 特に父上は軍人だから、そのあたりはよく口にされていたよ」 「みんな大変だ。 ……僕もだけど」 重くなった空気を払うかのように、クロードが戯けてみせた。 「一番大変なのはクロード様ですよ」 「この中で、一番大きい家を背負うんだものね」 「はあ……。 今のうちからリシャールに色々教えて貰うことにするよ」 クロードは肩をすくめて見せてから、鯛に添えられたセルフィーユをひとまとめにして口に運んだ。 翌日からはクロードは一日中リシャールと行動を共にし、リュシアンはヴァレリーと共に城館の状況を確認しながら助言するという形をとった。兄と共にこちらに来たアルトワの従者達も手伝ってくれるらしい。 兄には申し訳ないが、ここで一気に城館運営の基礎を築いておかないと、カトレアのみならず、他の貴族の客が来たときに大恥を掻く羽目になるのだ。屋敷の使用人達にも、普段とは気持ちの切り替えをしてよく学んで下さいとはっぱをかけておく。 それらの確認を終えたリシャールは、クロードと共にアーシャに乗って城館を後にした。 「さて、まずは庁舎だ。 朝は政務……と、雑務があるんだよ」 「うん、わかった。 それにしても、アーシャは速いなあ」 「きゅー」 アーシャの背を撫でながら、クロードは景色に目を細めていた。アーシャの飛翔が城館よりも高度が高い分、遠くまで見えるのだ、 「僕も竜が喚べたらいいのにな」 「クロードなら水竜かな。 クロード自身もそうだし、クリストフ様もジュスティーヌ様も水のメイジだものね」 「そう言えば、父上達の使い魔って見たことないや」 「僕もだなあ」 関係こそ変化したものの、幼なじみの二人はのんびりと短い空中散歩を楽しみながら庁舎へと向かった。 庁舎では改めてクロードにマルグリットらを紹介し、執務室へと向かう。 「いまは街の方も落ち着いてきたし、次の準備をしている所なんだ」 「何をするんだい?」 「製鉄所を建てたいと思っていてね、その準備なんだ。 本当は技術者を雇ってからと思っていたんだけど、なかなか見つからなくてね」 「そうなんだ」 「今はまだ鉄材も輸入しているし、小さな工房が一つあるだけでね。 でも鉄の鉱山があるから、将来は製鉄所と工房を育てて鉄製品を輸出する予定だよ」 「ずいぶん大がかりだなあ」 もちろん、今の段階では見積もりも何もあったものではないが、今も流しの鍛冶屋には声を掛けているし、暫くは職人を集めるだけでもいいかと割り切っている。 「海の方も、暗礁を崩して安全に船が入港できるようにしたし、魚礁を作って魚を増やせないかとか、色々やってるよ。 ただ、この結果は来年にならないとわからない。 本当は規模の大きな船団漁や養殖もしたいところだけど、そっちまでは手が回らないし……」 魚礁と言っても、ベルヴィール号の修理の時に使った鉄骨を適当な形に組み合わせ、航路から外れた海中にぼこんぼこんと放り入れただけのものである。廃材利用のおかげで投じた手間も資金も小さいのに対して、効果は大きいはずだとリシャールは見ている。 「と、まあ、こんな感じでね。 人手とお金がとにかく足りない。 今は入った分以上に出て行ってるしね」 リシャールは、先月の収支がまとめられた紙束をクロードに渡した。 「細かいところはおいといて、上から二枚目と三枚目を見れば大体のところはわかると思う」 「ありがとう」 クロードは真面目な顔でふむふむと紙束を眺めていたが、しばらくしてから、半分泣きそうな顔になってリシャールの方を向いた。 「……ねえ、これでどうやったら借金返せるの?」 ちなみに先月の収支は、三千エキューほどの持ち出しになっていた。 「あー、それだけ見ると酷いことになってるけど、割と大丈夫なんだ。 午後は城館で仕事があるからね」 クロードは不安そうな顔のままであったが、うん、とリシャールに頷いた。 午後は城館で昼食を摂った後、クロードを鍛冶場に連れていった。 「ここがセルフィーユ男爵家の屋台骨なんだ。 ……今のところはね」 「錬金鍛冶?」 「うん、ここでは主に剣を鍛えてる。 男爵家で使うものはともかく、他は鍛冶工房に任せているけどね。 ……これだよ」 リシャールは、両手剣の『亜人斬り』をクロードに手渡した。 「買えば高いから領軍の兵士が使う防具なんかも自分で作るし、ほんと、土のメイジでよかったよ。 クロードと同じ水のメイジだったら、魔法薬でも作って売っていたかもしれないね」 「僕は癒しの魔法は得意なんだけど、魔法薬を作るのは苦手だなあ」 「そうだったね」 「でも、苦手だからって勉強しないわけにもいかないんだよね……」 水の使い手には、魔法薬学がついてまわるものだ。家を支える経済力の基盤を魔法薬製造に頼る家や個人もある。クロードのように直接の治癒魔法が得意な者なら、歩く救急箱として軍で重宝されることが多い。いずれにしても、魔法薬学の知識は水の使い手と密接に関わりがあり、手助けをする。土のメイジであるリシャールにとっては、錬金鍛冶に対する素材への知識と理解がそれに当たるだろうか。 「で、話は戻すけど、この剣は元の作りもかなり気を使っているし、固定化や硬化の呪文もかけてある。 王都に持っていくとね、それなりに良い値段で引き取って貰えるんだ」 「幾らぐらいするの?」 「一本で千から二千エキュー」 「えええぇえー!? そ、そんなに高いのー?」 予想通り、とリシャールは微笑んだ。クロードは大きく驚いてくれたようだった。 「少し前にまとめて売りに出したら、三万六千エキューになったよ」 「三万六千エキュー……想像も付かないや」 クロードは目を白黒させている。 「そういうわけでね、きちんと借金を返す算段もついてるし、領地が赤字でも今のところは大丈夫なんだ。 ……もちろん、百エキュー二百エキューの品物を二千エキューで吹っ掛けてるわけじゃないよ?」 「うん、それはわかる。 僕はこんなに見事な剣、見たことない」 「ありがとう。 クロードにそう言って貰えると嬉しい」 クロードは剣を矯めつ眇めつしていたが、ふとリシャールに視線を戻した。 「リシャールは、マジックアイテムとかは作ったりしないの?」 「マジックアイテムかあ」 マジックアイテム、いわゆる魔法具は、魔法の効果のある品々に対する総称であり、国宝として大切に扱われる由緒ある逸品から、リシャールが作るような単なる固定化の呪文を掛けたナイフまで多岐に渡る。いまクロードが言ったような狭義の意味で使われる場合には、魔法の道具等を指し示す。 「うーん、難しいんだよね」 「そうなの?」 「うん。 実は、マジックアイテムを作るときに役立ちそうな呪文って、固定化と硬化の呪文ぐらいしか教えて貰ってないんだよ。 僕も作ってはみたいんだけど……」 軍人である父から受けた教えは、戦場で役に立つものが殆どだった。母からはコモン・マジックなどの基礎的な物は教わったが、母は水のメイジなので限度がある。祖父から直接教わったことはないが、父の師匠であるから、教わったとしても結果は似たようなものになっただろう。 「家庭教師を呼んだらどうかな?」 「……家庭教師?」 「うん。 前はリシャールも僕と一緒に勉強してたじゃない? だから同じように、マジックアイテムを作るのが得意な人を呼んで、先生をして貰えばいいと思うんだ」 クロードはさも当然という顔をして、リシャールに言った。 なるほど、知らないことなら学べばいいのだ。 さすが親友、さらりと良い答えをくれるものである。 但し、授業を受ける時間を作る余裕があるのかは、リシャールにも疑問だった。 ←PREV INDEX NEXT→ |