ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第四十話「発展の足がかり」




 アルトワの城館で歓迎された後、リシャールは領地や城館の様子を伝え、ミシュリーヌを一時預かって欲しい事、可能なら近日中に家族の誰かをこちらに寄越して欲しい事をクリストフに伝え、快く了承された。
「後ろ盾になると約束したけれど、それぐらいなら頼られたうちにも入らないなあ」
「いえ、ものすごく感謝しております」
「しかし、当主自らがテーブルマナーや立ち居振る舞いの見本をせねばならないとは、大変そうだね?」
 クリストフはリシャールを労いながらも、くすくすと笑った。
「最初の内は、本当にどうなる事かと思いましたよ。
 今はかなり様になってきましたが、やはり細かい部分にまで目が行き届いているとは言えません。
 これで僕に従者としての経験がなかったらと思うと、ぞっとします」
「そのうち私も遊びに行かせて貰うとするよ。
 リシャールが領主として普段どんなことをしているのかは、かなり興味があるね」
「クリストフ様ならば大歓迎いたしますよ。
 今はまだ料理人さえ雇えていないので食事をお出しすることさえ出来ませんが、そのうち必ず」
「……ああ、抜き打ちに訪問するのも面白そうだなあ」
「それだけはご勘弁下さい」
 クリストフが楽しそうに呟いたので予防線を張っておくことにしたが、効果のほどは、リシャールにも正直なところ薄いような気がしていた。

 昼をご馳走になった後、リシャールはミシュリーヌの実家に連絡を出して貰い、合流してから改めてセルジュのところに顔を出した。領内も含めて、領主たる者、往来ではなるべく一人でうろうろしないようにと、ヴァレリーから釘を刺されているのだ。これもカトレアを迎えるための格式かと、ぐっと堪えるリシャールだった。
 セルジュには快く迎えられたが、肝心の技術者の件については、芳しい返事が得られなかった。ついでに、マルグリットの一番弟子だと言うことで、ミシュリーヌを紹介しておく。
「トリステインはこっち方面に関してはほぼ壊滅的じゃからな。
 ……まさか王軍の工房から引き抜くわけにもいかんしのう。
 そこでな、ゲルマニアの方で幾人か知り合いを当たってみたのじゃが、どうも統制されておるような雰囲気……かのう」
「それは厄介ですね。
 私も技術の囲い込みは考えておくべきでした、セルジュさん」
 ハルケギニア随一の技術を誇るだけのことはあるなあと、リシャールは思った。鉄工業は国家事業的な側面も大きいので、やはりそのあたりは手綱をしっかりと押さえ込んであるのだろう。
「他の者にも聞いてみてはおるんじゃがな」
「製鉄技師に限らず鍛冶師も募集していますので、もし良かったらこちらもお願いします」
「ほう……」
「最初は普通の鍛冶屋と変わらないかもしれませんが、大きな鍛冶工房に育てて見せますよ」
 リシャールは引き続き、無理のない範囲で引き抜けそうな人を当たって貰うことにして、マルグリットからの手紙を渡してからシモンの所へと向かった。
「今年の麦はどうですか?」
「良い悪いはあるけど平年並みからやや不作、と言うところかな。
 リシャール君のところはどうだい?」
「飢えると言うほどではないのですがうちも不作でですね、買い付けの方をお願いしたいのです」
「ふむ、どのぐらいの量が必要かな?」
「はい、領民が三ヶ月から半年は飢えない程度です。
 今はどのぐらいの値段になっていますか?
 ああ、小麦とビール麦、両方の値段をお願いします」
「飢饉対策か……なるほど」
「普通なら、毎年の収穫を貯めてそれに充てるんでしょうけど……」
「流石に初年度では無理だろうね。
 ああ、麦の値段だったね、少し待っていてくれないかな」
 リシャールはシモンが人を呼んで正確な値段を確認している間に、必要量を暗算していた。
 一リーブルの小麦は一人が一日に食べる量のパンに相当するので、案外計算が楽なのである。リシャールの感覚だと、一リーブルは五百グラム弱だ。ちなみにビール麦の方が価格は安いが、味は一段落ちるし、固焼きのパンかオートミールにしかならない。麦飯にして食べたいリシャールはともかくも、一般には食料としてのビール麦の評価は低かった。その代わり、余る様なら醸造に回せるという利点もある。
 さて、必要量の方だが、セルフィーユの人口が六百人ほどであるから一日六百リーブルの麦が必要だ。しかし、今年に限れば不作ではあって凶作でも飢饉でもないので、全てを賄う必要もない。とりあえずは三ヶ月分もあればいいだろうか。六百リーブルに九十日をかけ算して五万四千リーブル、大体二十五、六トンぐらいになるだろうか。ハルケギニアの暦では、正確には一ヶ月が三十二日なのであるが、今は概算で良い。半年分なら、無論その倍だ。しかし、翌年以降のこともあるので、ある程度は常時確保して入れ替えていきたい。
「リシャール君、小麦の方は一スゥと七十ドニエ、ビール麦の方は一スゥ二十五ドニエだ。
 ああ、もちろん上物でなく、並品の値段だよ」
 思案するリシャールに、戻ってきたシモンが声を掛ける。
 告げられた価格は、作柄は平年並み以下とは言え、秋播きの収穫が終わってしばらくなので比較的落ち着いた価格だった。これならば、安心して必要量を購入できる。
 領民の口に入る頃には運賃に粉挽き代、パン屋の利益やらが加算されるのでもう少し値段は上がるが、許容範囲であろう。苦しいようなら価格統制を行って、価格を下げればいい。元より飢饉対策の一環であるから、こちらが持ち出しをするのは折り込み済みなのだ。
 リシャールは、ここで欲を出してみるべきか少し考えてみた。つまりは翌年が不作かどうかなのであるが、これはリシャールには判断がつかなかった。そもそも翌年の作柄が素人に判るなら、小麦の相場で大儲けなどと言う話にはならないのだ。
 今回は、どうするかだが……。
 結局リシャールは欲を引っ込め、中途半端ではあるが少し多めというあたりに留めておくことにした。目的は飢饉の予備対策なのであるから、それが達成できればいい。大儲けには少々未練もあるが、それは後々でも構わないだろう。
「シモン殿」
「うん」
「小麦とビール麦、両方を五万リーブルづつお願いします。
 これまで通りで申し訳ないんですが、荷の手配はお願いしますので、運賃は別途請求して下さい」
 リシャールは約半年分を備蓄することに決め、シモンに量を告げた。
「それと、不作ではあっても飢饉ではないので、こちらに送って貰うのはゆっくりで構いません。
 シモン殿の荷馬車が空いている時で良いですし、一度に送って貰わなくても大丈夫です。
 ああ、五十メイル以下の中型船までなら入港できる港もありますから、もちろんそちらでも結構です」
「そうだなあ……ロリアンから船で送るのが一番安上がりかな」
「そのあたりはシモン殿にお任せしますよ。
 代金は先払いでもいいですか?」
「もちろんだとも」
 麦の方は、港に新築した倉庫と城館に分けて保管すればいいだろう。足りなければ、また建てればいい。
 こうしてリシャールは、十万リーブル分の麦を運賃に心付け込みの二千エキューで買い付け、懸案の一つは解決した。

「あなたがミシュリーヌね」
「はい、エステル様。
 よろしくお願いします」
 リシャールはアルトワの城館に戻ってから、母にミシュリーヌを紹介した。
 セルフィーユ男爵家唯一のお抱えメイジであることや、メイドではあるが、半ば重臣扱いであることなどを簡単に伝える。
「まあ、かわいらしいこと。
 そうそう、お部屋の方はリシャールの小部屋を使っても良いからと、クリストフ様が仰られてたわ。
 明日からは私付きの見習いとして、ジュスティーヌ様のお側でお仕事して貰いますからね」
「はい、エステル様」
「母上、よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくていいわ。
 大事な息子の頼みだもの、張り切っちゃうわ」
 母は気軽に請け負ってくれた。
 もちろん、リシャールも心配はしていない。
 エステルの事は母親としてだけでなく、仕事の上司としても伯爵家での働きぶりを間近に見ていたのだ。十分に信頼も信用もおけるのである。

 リシャールはアルトワに一泊した後、ラ・ヴァリエールを経由してセルフィーユに戻った。もちろん、カトレアとは泉での逢瀬を楽しみ、治療も施してきている。
 庁舎で報告などを受けた後、リシャールは港へと向かった。ベルヴィール号のブレニュス船長が戻ってきていると聞いたからだ。
「船長!」
「おお領主様、おかげさまで数日中には出航できそうですよ」
 ブレニュスもすっかり元気を取り戻したようである。船員の方も一月余りを陸で過ごすことになったが、怪我人も回復して準備万端との事だった。
「船の方の修理も終わったのですか?」
「はい、船体の方は済みました。
 後は艤装などの到着待ちであります」
「到着?」
「はい、ロレアンでこちらの航路を通る船主の何人かに声を掛けまして、ゲルマニアに向かう途中に寄って貰うことにしました。
 注文した艤装品が揃い次第、そのうちの一隻がこちらに向うことになっております」
 なるほど、これならば費用も手間も圧縮できそうだ。
「しかし領主様、修理費用はともかくも、引き揚げの費用はあれだけでよかったのですか?」
「損はしていませんよ?」
 ブレニュスはもちろん、リシャールにも知らされていたが、マルグリットがまとめたベルヴィール号引き揚げの総費用は、千二百エキューと少しであった。これには直接的な修理費用の他にも、船台の材料費や船員の治療費、領民が負担した様々な物品などの代金すべてが含まれている。リシャール自身はただ働きだったが、それはマルグリットの方に計算に入れないようにと含めていた。
「私のことは気にされなくていいですよ。
 気分的にも、桟橋の整備や倉庫の建て増しと変わらないものです」
「そうでありますか?」
「船長ならおわかりになるかも知れませんが……」
「はい?」
 リシャールは、船長に向き直った。
「人気取り……とまで言ってしまっては身も蓋もありませんが、似たようなものなのです。
 領主と言えば船では船長に当たる者ですが、私はまだ領地を得てふた月余り、その上ご覧の通り、十三歳の子供ですからね。
 領民からの信頼も、やっと得られたかどうかと云うところです。
 ここで船長にいい格好を見せておけば、領民達も何かあった場合に、領主になら助けて貰えるかも知れないと思うでしょう。
 ……もちろん、本当に助けますけど」
「なるほど。
 そういうことならば、私にも理解できますな」
 船長は帽子に手をやって、頷いて見せた。
「まあ、そう簡単に行くわけもないでしょうが、少なくとも恐怖と暴力で統治をするのは無理ですからね。
 どちらにしても、私は一生このやりかたで領主としての道を歩むと思います。
 そういうわけなので、船長はお気になされなくてよいのです」
 ブレニュスは少し考え込んでいたが、ふっと笑ってリシャールの方を向いた。
「領主様」
「なんでしょう?」
「私は幸運ですな」
「はい?」
「船が座礁したのがセルフィーユでよかったと、心から思います。
 もちろん、助けて下さったことやその後のことも含めてですが……。
 領主様が今し方つまびらかにして下さったお考えにも、納得いたしました。
 しかし……」
「どうかされましたか?」
 ブレニュスはにやりと笑った。
「失礼ながら、一船乗りとしては領主様を領主のままにしておくのは、実に惜しいですな。
 領主様ならば、軍に奉職なされば空海軍の一等戦列艦の艦長でも務まりますぞ」
 彼なりの最高の賛辞なのだろう。
 リシャールも笑ってそれを受け取った。

 数日後、無事に進水式を終えたベルヴィール号は、桟橋で艤装していた。船員達の怪我も治り船もすっかり元通りだが、座礁前と一点だけ違っていることがあった。フィギュアヘッドがアーシャを模した竜に取り替えられているのだ。作業の合間に船員達が彫り上げたらしい。命が助かったことへの感謝の現れと厄除けであろう。軍人にしろ船乗りにしろ、縁起を担ぐ人々は多い。
 桟橋の反対側には、船長が頼んだというロリアンからの船が入港し、ディミトリは、船が二隻も同時に桟橋に並ぶするのはいつ以来だろうと、張り切って作業に当たっていた。
 ただ、残念なことにセルフィーユからは積み出せるような荷がなかったので、ベルヴィール号は空荷での出航となる予定だった。鉄鉱石は、リシャールが鍛冶に使ったり橋を架けたり船台にしてしまったりと、まともな在庫がなかったのだ。
「ブレニュス船長」
「なんでしょう、領主様」
 リシャールは注文が何もないのも勿体なかろうと、船長に荷を頼むことにしていた。
「寄港地はどこでも良いし急ぎでもないのですが、一つお願いがあるんです」
「はい」
「ベルヴィール号に積んである物よりも小さい大砲を一門、買い付けてきて欲しいんですよ。
 可能なら、四人以下で運用出来る物がいいです」
「それでしたらおやすいご用ですよ。
 うちの船に積んである砲もそう大きいものではありませんが、それよりも小さい物なら余裕を持って船に乗せられます」
 ベルヴィール号には、海賊よけに十二リーブル砲が四門積まれている。比較的安全なトリステインからゲルマニアにかけての近海の航路とは言え、流石に非武装では航海できないのだそうだ。
 リシャールは、砲の種類自体は艦載砲でも野砲でも構わないが、出来れば四リーブル砲、大きくとも六リーブル砲以下が良いと船長に伝えた。それぞれ、軍で運用されている砲では下から二、三番目に当たる小口径砲である。威力は弱いが、取り回しが楽で価格も安い。
 艤装品と一緒に弾薬も届けられたので、昨日はリシャールの希望でベルヴィール号の艦載砲の試射が行われた。
 一門だけを陸揚げし、桟橋からすこし外れた場所で射撃を行ったのだ。もちろん時間も決めて、領民には大砲の試射を行うので大きな音はするが危険はないとの触れを出して、港にもその時間は漁に出ないように知らせておいた。
 しかし、何をどう勘違いされたのか、大勢が見物に集まってきてお祭りのようになってしまった。わざわざシュレベールから、ゴーチェが見に来ていたぐらいである。試射後は一瞬だけ騒ぎになった後、大きな拍手が起こっていた。
 話を聞いてみると、皆、大砲が発射されるところを見たことがないから見に来たと口を揃えていた。リシャールは驚かさないようにとのつもりで布告を出したのだが、娯楽の一種と認識されたようだ。確かに、大砲を撃てば煙も上がるし音も出る。そこだけ見れば、祭りの花火と変わらない。リシャールの目指している領地開発の目標を知るゴーチェやリュカなどは、いずれはあのぐらいの物を作りたいと、拳を握っていた。
「そういえば船長、行き先はどうされるのです?」
「まずはロリアンに戻ってからですな。
 後は適当に荷を探して、ゲルマニアとの往復になるでしょう」
 これまで通りですなと、ブレニュスは笑顔で答えた。

「領主様、一メイルほど右のくぼみにもう一本ですじゃ」
「了解です」
 ベルヴィール号ともう一隻が出航した翌日から、リシャールは暗礁の破壊と撤去を始めた。万が一妙な崩れ方をしては困るので、出航後まで作業を進めなかったのだ。一つだけでも崩せば入港がかなり楽になると、ディミトリらと相談の上、二つの暗礁の内、ベルヴィール号の接触した方を崩すことにした。
 この作業が終われば、今後ラマディエには百メイル級の大型船でも入港が可能になる。但し桟橋付近の水深の関係で、今のところは五十メイル以下の船が二隻までしか岸壁には横付けできない。こちらの拡張は浚渫が厄介ではあるが、極端に難しくはない。今のところはこのままでいいとしておいた。
「次は今の杭から二メイル手前ですじゃ。
 それから順繰りに打ち抜いて下され」
「はい」
 小舟を一艘借りて、水中で大金槌を持たせた大型ゴーレムを操作し、山から石を切り出すようにして、鉄杭を打ち込んでは割るという地道な作業を繰り返す。
 最初はゴーレムにツルハシを持たせたり、錬金で水に変えたりして作業を進めていたが、余りに効率が悪いので知恵を貸りることにしたのだ。シュレベールに鉱山があった事が幸いして、大きな石を割る方法を幾つか実地で見せて貰い、それぞれを水中で試した。中で最も効率の良い方法が、この金槌と杭を用いることだった。
 今も助手として借りてきた元鉱夫の老人が、リシャールと同じように船眼鏡を覗きながら指示を出している。経験のある技術者が一人居るだけでこうも効率が上がるとはと、リシャールは舌を巻いていた。
「サミュエル老のおかげで作業がはかどりますよ」
「海底を見て、杭打ちの場所をお伝えするだけでお給金を頂戴できるのは、いささか気が引けますじゃ」
「いや、とても大事なことです」
 当初は一月でも無理だと思われた撤去作業は、サミュエル老のおかげで一週間とかからずに終わった。

 これで一旦ベルヴィール号の座礁から始まった海の方の騒動と港湾の整備は一段落したのだが、シュレベールの方には殆ど手が付けられていないのが現状だった。
 そろそろ夏になろうかとするその日も、リシャールは城館にゴーチェを呼んで、製鉄に関しての話し合いをしていた。城館はシュレベールの村のすぐそばであるから、呼ぶ方も呼ばれる方も気楽なものである。
「ゴーチェ殿、昼間リュカ殿にも話したのですが、実は製鉄技術者の誘致が難航しそうなんですよ」
「技師なしで製鉄にこぎ着けるのは、流石に厳しいですな」
「そこでですね、この際、鉄材を買い付けてでも鉄製品を作る工房を先に作った方が、良いかなと。
 ただ、こっちはこっちで鍛冶師を探さないといけませんが、製鉄技師を探すよりは余程楽だろうと思うんです。
 こちらも声を掛けて貰うように頼んであるんですよ」
「確かにそうですな。
 ……流しの鍛冶屋なら、私にも何人か知り合いがおります。
 彼らに渡りを付けてみましょうか?」
「助かります。
 実はですね、少し考えていることがあるんですよ」
 リシャールは自分の考える鍛冶工房や、その後の製鉄や鉄工業への発展について、あれこれと並べ立ててゴーチェの意見を求めてみた。
「そういうことならば、了解いたしました。
 しかしまた、えらく大胆な構想ですな。
 私が考えていた以上の規模です、領主様」
「最終的には、ですけれどね。
 それに、これなら最初は小規模で投資も少なくて済みます。
 とにかく、人を集めることが先決なのですよ」
「人と言えば、修理した教会に司祭様は呼んだりされないのですか?」
「そうですね、すっかり忘れていました。
 心当たりも何も、正直言えばよくわからないんですよ。
 ……トリスタニアの大聖堂に行って、手続きをしてお招きしたりするのかなあ、ぐらいにしかわかりません」
「前の司祭様がご高齢の為に亡くなられて以来、数年になりますか……。
 今では土地の者は、ドーピニエの教会まで祝福を受けに行っています」
 ゴーチェは隣村の名前を出した。何かあるごとに隣村へと足を運ぶのでは、大変かもしれない。
 リシャールにとっては、教会は冠婚葬祭を司ったり寄進を納めたりする場所である。食事の祈りも人が見ている時は欠かさないが、残念ながらちょっと面倒ないただきますでしかない。諺に言う『長い物には巻かれろ』の『長い物』だ、と言ってしまっては身も蓋もないが、その程度の認識だった。
 ただ、世間での影響力は非常に大きいから、熱心ではないものの、それなりには敬意を払うように心がけていた。
「こちらも一度、ドーピニエの司祭様に聞いてみます」
「そうですね、私も詳しい人を見かけたら聞いてみますよ」
 リシャールはそう言ってにっこりと笑い、ゴーチェも了承した。
 セルフィーユ男爵領の総人口は六百人弱、何をするにも人手が足りなさすぎるのだ。






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