ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二十七話「告白」「じゃあリシャール、カトレアのことはよろしく頼んだわよ。 それから王都に来たときには、私の所にも遊びに来ること。 いいわね?」 「ありがとうございます、エレオノール様」 アカデミーの方がそれなりに忙しいらしく、エレオノールはわずか数日で王都に戻っていった。 時折、畳みかけるような勢いで質問責めにあったりもしてリシャールも少々とまどったが、慣れてしまえば真面目で一途な人なんだなあと、振り返る余裕さえあった。このあたり、外見に少々引っ張られているとは言え、中身の歳が歳なだけにそうそう動じたりはしないのだ。 カトレアはそれなりに姉との再会を楽しんでいたようだったが、ルイズの方は、エレオノールが王都に戻ったことでようやく緊張感から解放されたのか、一息ついていた。カトレアに慰めて貰おうにも、エレオノールもカトレアの傍らにいることが多かったから尚更だったのだろう。 そんな一幕もあったが、休暇を終えたエレオノールが王都に戻った次の日、ようやくアーシャが帰ってきた。ほぼ一月振りの再会である。 「きゅー!」 「おかえり、アーシャ!」 リシャールも無事に帰ってくるとは信じていたが、嬉しいものは嬉しいのである。 カトレアのことも含めて話したいことは沢山あるのだが、人目に触れては困るので夜まで待つことにした。 その日の深夜。 静かに屋敷の上空へと飛び立ち、リシャールは久しぶりに言葉を交わした。 アーシャと話すのはほぼひと月ぶりである。 「おかえり、アーシャ」 「ただいま、リシャール」 「アーシャの元いた場所は随分と遠いんだね。 心配したよ」 「うん。 ここからずっとずっと遠く、東の山の中だもの。 それにアーシャはたくさん練習した。 だから時間がかかった」 「練習?」 アーシャには、アーシャの父竜ならば知っているかも知れないというカトレアの治療法について聞きに行って貰ったのだが、練習とはどういうことだろうか。 「アーシャは水の精霊にお願いするのが苦手。 だから父様に見てもらっていっぱい練習した」 「もしかして、カトレア様の為に?」 「うん。 水の精霊には、少しづつカトレアから出ていってもらう。 そうすれば、カトレアは大丈夫になる」 そういえばと、リシャールは思い出す。出がけにアーシャは、カトレアの中の水の力が強すぎると言っていた。リシャールには感じ取れなくとも、人の身体にもアーシャのいう精霊の力が働いているのだろうが、そのバランスが極端に崩れていた、と云うことなのだろう。 「そんな方法が……。 アーシャのお父さんには感謝だな」 「父様は知っていた。 やっぱり父様はすごい」 「うん、すごい、すごいよ。 ありがとうアーシャ!」 「ふふふー」 これでカトレアは完治するはずだ。あれだけ頑張っているカトレアへの、神様からのご褒美なのだろうか。 「でも、アーシャ。 どういうやり方でカトレア様から水の精霊を?」 「アーシャがカトレアの前で水の精霊にお願いをする。 でも、アーシャの声がカトレアには聞こえてしまう。 それに、少しずつ何回もお願いしないといけない」 「あー……」 アーシャが韻竜であることが、カトレアにばれてしまうのは確実だ。 確かにそれは、問題だった。 いや、カトレアだけなら構わないかも知れない。彼女なら、黙っていてくれるだろう。なんとなく、そんな気はする。 ではその他の人はと言うと、申し訳ないながらも、いまいち自信はない。アーシャのことは、アルトワの家族にさえ話していないのだ。 さてどうしたものかと考える。 カトレアだけを連れ出すのは難しいだろうか。いや、これは無理ではないだろう。 アーシャに乗せて散歩に誘えばいい。最近は体調も安定しているし、アーシャにも速度を落としてもらってリシャールがエア・シールドを張ればいい。リシャールは風系統の呪文が苦手とは言え、アーシャでの移動が多かったせいもあって最近は慣れてきている。普段より強度を増しても、数十分は余裕のはずだ。 「ねえアーシャ」 「なに?」 「水の精霊にお願いするとき、時間はどのぐらいかかるのかな?」 「五十を数えるよりは短い」 「じゃあ、少しづつって言っていたけど、回数は?」 「たぶん、二十回ぐらい。 でも、ふた月は間をおかないとだめ。 そうでないとカトレアが余計に苦しむ」 「そっか……」 流石に何年も滞在するわけにもいかないが、二ヶ月に一回の訪問は、継続するとなると結構厳しい。最初の一回二回はカトレアの様子を見るとでも言えばいいだろうが、何かと理由をつけなければ、いらない疑惑を抱かせてしまう。 まあ、それは後でいい。二回訪問するにしても四ヶ月は猶予があるから、合間に考えればいいのだ。いますぐ理由をつけなければいけないということはない。 「じゃあアーシャ、明日なんとかカトレア様を連れ出してみるからお願いするよ」 「うん。 カトレアの事は好きだから頑張る」 「そっか」 「うん。 リシャールはカトレアのこと、好き?」 「え!? ああ、うん、もちろん好きだよ」 「ふふふー」 思わぬ質問に、しどろもどろになるリシャールだった。 ああそうか、そういうことなのだろうなと、彼は心の中で呟く。 ……自分の心に、嘘はつけないのだ。 リシャールは翌日、近所にカトレアを連れて行けそうな場所はないかと公爵夫妻に聞いてみた。 最近は調子も良いし、たまには外に行くのも気が紛れるのではないかと、理由は付けておいた。但し、あまり遠くだと何かあったときに困るので、竜で十数分以内の距離でお願いしますと念も押すことを忘れない。ならば西の森に泉があるのでそこがよいだろうと言うことになった。猪がいるらしいが、竜がおれば寄っては来るまいとの事だった。 ルイズも行きたそうにしていたので、リシャールは、下見に一緒に行くか聞いてみた。ただし、カトレアと同時に連れていくのは出来ないのでごめんなさいとも断っておいた。先に聞かずにおいてけぼりをすれば、ルイズが拗ねるのは間違いなかったからだ。ルイズには悪いが、先に乗せておけば文句は言われまいという打算もある。ずるいと言うほどではないが、大人の思考だ。 空中散歩の定員が一名となってしまう理由は、万が一の場合、二人同時にレビテーションをかけられないからだと言うことにしておいた。 その日の午後、カトレアが昼寝をしている間に約束通りルイズを誘い、アーシャに乗って泉の下見に行ってみた。ルイズも知っている場所とのことで、案内もして貰うことにする。 風が気持ちいい。最近は良い天気が続いていた。 「あそこよ!」 「きゅー」 城から五分もない場所だったが、確かに森に囲まれたそこそこ大きな泉があった。冬場のことで花々はないが、それでも下生えの草は青く、日当たりもよいようだ。 「きれいな場所ですね」 「春の方がお花が咲いてずっときれいだけど、今は仕方ないわよね」 アーシャが口を付けて水を飲んでいたので、リシャールはカップを錬金して、一つをルイズに渡した。 「あ、おいしい」 澄んだ水は確かに美味だった。リシャールは、これなら良い酒が出来るかもと俗なことを考えていたが、慌てて頭からそれらを追い出した。 「ええ、冷たくてよいですね。 花は残念ですが、これならカトレア様にも喜んでいただけると思います」 「そうね。 ……ね、リシャール?」 「はい、なんでしょう?」 「リシャールは、おうちを継がないのよね?」 「はい。 私はエルランジェ伯の孫ではありますが、直系の従弟はおりますし、実家では三男坊ですからね」 突然の質問だったが、リシャールには想像がついていた。公爵からは聞かされている。おそらくは、ルイズ自身の婚約についてだろう。 口約束ではあるらしいが、ラ・ヴァリエールの隣に領地を持つワルド子爵家との縁談なのだそうだ。ちなみに長女エレオノールは、某伯爵家だか何侯爵家だかの当主と婚約しているらしい。 カトレアについては、リシャールにとっては幸いなことに縁談はまだない。やはり病弱であると言うことが、それを阻んでいた。世継ぎを産めそうにない嫁を取る貴族は、まずいないと言っていい。そうでなければ、既にどこかの家に嫁いでいてもおかしくはない歳だった。 かと言って、リシャールが彼女を嫁に貰えるかというと、少し厳しい。伯爵家の孫でもあるが、ラ・クラルテの家格に公爵家の娘では、余りにも無謀だった。伯爵家から嫁を貰ってきた父は、万分の一の奇跡を起こしたと言っていい。 「ね、私の歳で婚約って早過ぎるかしら」 「そんなことはないと思いますよ。 お家によってはお産まれになってすぐにご婚約、という場合もありますでしょう。 ルイズ様のお歳では結婚には早いとは思いますが、それだって無いわけではありません」 「リシャールには婚約者はいるの?」 「いいえ、まだです。 私は男ですから、女性よりもそういう話は遅いのが普通ですね。 それに下級貴族の三男坊ですから、そのまま平民になって市井で暮らす可能性も高いですよ」 「大変そうね……」 商会も錬金鍛冶もあるので、食べていけないという事だけはないのが救いだった。 「う−ん、割と気楽なものですよ?」 「そうなの?」 「はい、商会で働いて貰ってるみんなとアーシャを食べさせていく責任はありますけれど、言ってしまえばそれだけです。 ルイズ様のお父上に比べれば、なんということはありません。 公爵様ともなればご家族だけでなく、領民への責任も疎かには出来ませんからね」 「でもリシャールは立派だわ。 わたしとそうかわらないのに……」 「ルイズ様も、いつも一生懸命ではありませんか。 私はそれも立派なことだと思いますよ」 姉のこと、婚約のこと、自分のことと。 ルイズは頭の中で、色々と主題を飛び地させながら考え込んでいるのだろう。リシャールにだってよくあることだ。なにかもやもやとして、考えがまとまらないのだろうなと、リシャールはしばし待つことにした。 少し物憂げに泉の側で佇むルイズは、実に絵になる。ならばカトレアは……と考えてみるも、これでは両者に失礼だなとリシャールは自省した。 「……そろそろ戻りましょうか、ルイズ様。 カトレア様が起きられる頃です」 「そうだったわ。 戻りましょう、リシャール」 「はい」 ルイズは何かが吹っ切れたのか、それとも別のことを考えているのか、いつもの様子に戻っていた。 ルイズと共に屋敷に戻ったリシャールは、二人でカトレアの部屋に向かった。 「ちいねえさま、泉の水はとても美味しかったわ」 「まあ、そうなの? それは楽しみね」 近所ではあるがせっかくのお出かけということで、カトレアが化粧を直して着替える間に、リシャールは厨房に向かった。確かにせっかくのことだなと、軽いおやつと茶器を用意することにしたのだ。ピクニックとまでは行かないが、楽しみが増える分には良いだろう。ルイズには化粧を手伝って貰うほかに、カトレアのために防寒用の厚手の上着も用意して貰うようにした。 「いってらっしゃい、ちいねえさま、リシャール」 「ええ、いってきます」 「お留守番よろしくね、ルイズ」 アーシャには鞍をつけていないので、リシャールはカトレアを横座りにさせて抱えていた。ルイズは乗馬が得意とのことでリシャールと同じように跨っていたが、カトレアは馬には好かれていも、乗馬が得意というわけではない。 「アーシャ、お願い。 さっきの場所まで、ゆっくりとね」 「きゅ!」 アーシャは返事をして、ゆっくりと上空へ舞い上がった。 「とてもいい眺めね」 カトレアが嬉しそうなので、もう一度アーシャに声をかけて、寄り道とばかりに城の廻りを一周してもらった。 「じゃあ、行きましょうか」 「ええ、お任せするわ」 前に抱いたカトレアの顔がとても近いせいで、リシャールは少々緊張していた。しかも手は腰に回している。 雰囲気も、リシャールがそう思っているだけかも知れないがよい感じだ。このままずっと一緒ならなあと思ったりもする。 いや、それはおいておこう。 リシャールは気持ちを引き締めた。今日の散歩は、アーシャによる治療の一環なのだ。これは単なる役得に過ぎない。 「ね、リシャール」 「は、はい」 リシャールは、カトレアからじーっと見つめられていた。 「リシャールにはとても感謝しているの」 「えーっと、はい、ありがとうございます」 突然お礼を言われて少し慌てたが、なるべく態度には出さないようにする。 「リシャールはね、わたしにとっては王子様なのよ」 「王子様?」 もちろんそんなことを言われたのは、前世を通しても初めてだった。母に似た女顔なので、冗談半分にお姫様と揶揄されたことはあったが、今はそういう雰囲気ではない。 「病という名の茨の檻から、わたしを連れ出してくれる王子様。 そうよね?」 夢見がちな例え話ではあったが、間違ってはいない。 王子様は今から竜の力を借りて、お姫様を助け出すのだ。 「はい、お姫様のお望みのままに」 「うふ」 こてん。 カトレアは目を閉じて、リシャールに身体を預けるようにしてもたれ掛かってきた。 いい匂いがしてあたたかい。いやそうではなくて。柔らかいなあ。 リシャールはもちろん嬉しかったが、それ以上に混乱した。前世ではともかくも、リシャールになってからは女性とこういった雰囲気になるのは初めてだった。 「わたしね、最近一つわかったことがあるのよ」 「……はい」 「リシャール、近頃ルイズと仲良くしてるでしょ? それが羨ましくて仕方がなかったの」 「カトレア様?」 「それで初めて気付いたのよ。 これが私の初恋なんだって」 リシャールは、そのまま固まってしまった。 「わたしのまわりにはもちろん年頃の男の子なんていなかったし、お客さまは年輩のお医者さまばかり。 でも、リシャールが来てくれたわ」 「……」 「最初はね、少し変わった雰囲気の男の子だなあって思ったの。 小さなルイズと同い年ぐらいなのに、私よりも年上のお兄さんみたいだったわ。 とてもいい感じの空気を運んできてくれたから、嬉しかった。 でも、その時はそれだけだったの。 次に、お医者さまだって言われて驚いたわ。 それからその後よ、もっと驚いたのは、リシャールが私を治そうと本当に本気だったこと」 「え!?」 「リシャール、あなたは『わたしの為にここにいる』って言ってくれたわ」 そこには、もちろん嘘はない。リシャールは本気でカトレアのことを少しでもよくしたいと思っていたし、日々、その為の努力もしている。 「わたしがそれを聞いてどれだけ嬉しかったかなんて、リシャールには、わからなかったかもしれないわね。 ふふ、その日からは毎日がとても楽しく過ごせるようになったわ。 それはそうよね、リシャールはわたしの為に頑張ってくれているんですもの。 気がついたら、ずっとリシャールの方を見てたわ。 それにリシャールは言葉通り、わたしのそばにずっといてくれた。 それまでは気にならなかったのに、急にリシャールより七つも年上だったり、体が弱いことが気になりはじめたわ。 でも、本当に大事なことは、そういうことじゃないのもわかったの。 ……ね、リシャール」 「はい」 カトレアは閉じていた目を開いて、そのままリシャールを僅かに見上げた。 「好きよ」 リシャールは一瞬でのぼせ上がった。 返事をしようとしたが、 「リシャールもわたしのこと、好きよね?」 リシャールは、はっと息を飲んだ。 決めつけられた、いや、見抜かれていたのだろうか。 このお姫様は、時折妙に勘の鋭いところをお見せになるのだ。 しかし、否はない。自分はカトレアの事が好きなのだ。 リシャールは早まる鼓動を押さえ込み、返事を口にした。 「はい、私もカトレア様のことが好きです」 リシャールは、カトレアの腰に回していた手に、そのままそっと力を入れた。 「嬉しい……」 所在なげなアーシャの声が聞こえてきたが、リシャールは無視することにした。 泉にはすぐに着いたのだが、なんとなく離れるのが惜しくなったリシャールは、アーシャの上でそっとカトレアと寄り添ったままだった。 「きゅるる……」 「あー、ごめんねアーシャ」 「あら、拗ねちゃったかしら? アーシャ、ご機嫌をなおしてくれる?」 「きゅー」 そりゃあ自分の上でいちゃいちゃされてはなあと、リシャールは少し反省した。 カトレアの手を取ってレビテーションで地上に降りる。 先の告白で、何の為にここへ来たのか忘れそうになっていたが、カトレアの治療の為なのだ。 「カトレア様、あらためてアーシャを紹介しますね。 アーシャ、もうお喋りしてもいいよ」 「きゅー……カトレア?」 「あら、アーシャはお喋りもできたの?」 「うん、出来る」 「とても素敵だわ」 カトレアは意外にも肝が据わっているのか、アーシャが話せると知って喜んでいる風ではあったが、大して驚いてはいなかった。公爵家にも喋るフクロウがいたから、そのせいかもしれない。 「アーシャもカトレアとお話がしたいと思っていた」 「まあ、嬉しいわアーシャ!」 「あの、カトレア様」 「なあに、リシャール?」 これはだめだとリシャールは思った。カトレアに見つめられるだけで顔が火照りそうになる。 「その、実はアーシャは使い魔だから話せるのではなくてですね……アーシャは韻竜なのです」 「韻竜……?」 カトレアは、あらためてアーシャの方を見た。 アーシャはきゅっと鳴いて肯定する。 「あの、くれぐれも内緒にして下さいね」 「もちろんよ。 エレオノール姉様が知ったら大変だもの。 でも、アーシャが韻竜だったなんて、リシャールには本当に驚かされてばかりだわ」 「ええ。 アーシャのおかげで、一人旅でも全然寂しくありませんでしたよ」 「……リシャール、アーシャはいつ水の精霊にお願いすればいい?」 今日は何かとおいてけぼりが続くアーシャだった。 「ごめん、そうだった。 カトレア様、大事なことですから、よく聞いて下さいね」 「ええ、リシャール」 リシャールはカトレアに向き直った。照れてなどいる場合ではない。 「アーシャが言うには、カトレア様の病の根本的な原因は、水の精霊力にあるそうなのです」 「水の精霊力?」 「はい、私にも詳しいことはよくわかりません。 ですが……時間はかかりますが、カトレア様の病は治ります」 「えっ!?」 今度は、カトレアの方が固まってしまった。 「そのまま、そこに立っていて下さいね」 「え、ええ……」 カトレアは、混乱しているようだった。確かに状態は良い方には向かっているが、リシャールは、自分には治せないけれど少しでもよくしようとしか言っていなかったはずだ。 「リシャール、精霊を入れる小さな瓶を作って欲しい」 「アーシャ?」 「父様は自分で作っていたけれど、アーシャには作れない」 「うん、わかった」 リシャールは急ぎ錬金で小瓶を作った。念のために固定化と硬化もかけておく。 アーシャはその間に人型になっていたので、リシャールは慌てて自分のマントを着せた。流石にカトレアの手前もある。 カトレアはまだ驚いたまま混乱しているのか、それともリシャール達を信頼しているのか、黙ったままリシャールとアーシャのする事を見ていた。 「カトレア」 「なあに、アーシャ?」 「いまからカトレアの中の水の精霊にお願いをする。 少し苦しくなるけど、すぐに楽になる。 だから大丈夫、アーシャにまかせて」 「ええ、お願いするわ」 「カトレア、目を閉じて楽にして」 アーシャは左手に小瓶を持ち、右手はカトレアを祝福するように掲げた。 『水よ、いと清き癒しの水よ。 我の導きに従いて、そのかけらを我が手の中へ』 「く……」 カトレアの全身から薄い霧が立ち上り、アーシャの持つ小瓶の中へ集まっていった。 カトレアは少し苦しそうだったが、そこまでひどい様子でもない。大丈夫なのだろう。 「これで終わり」 「カトレア様!」 「大丈夫よ、リシャール。 少し疲れたけど、身体は軽くなった気がするわ」 「よかった……」 本当に、よかった。 カトレアの手を取りながら、リシャールは心の底からそう思った。 その後、リシャールはテーブルや椅子を錬金し、泉の水でお茶を用意しと、少々忙しかった。さっきの今でちょっと惜しいが、カトレアの相手はアーシャに任せてある。アーシャはカトレアに、水の精霊についての説明をしていた。時間をおいて何回にも分けて出ていって貰うことなどを、たどたどしくもカトレアに話している。 既に仲の良い友達同士のような雰囲気でリシャールは少し悔しかったが、仕方がない。 「ねえ、カトレア」 「なあに、アーシャ?」 「カトレアはリシャールとつがいになるの?」 「ア、アーシャ!?」 リシャールは、用意していた茶で火傷しそうになった。当人の前でなんという直接的な表現をするんだろう、この使い魔は……。 「そうね、そうなれたら素敵だわ」 慌てるリシャールに比べて、カトレアは全然動じていないようである。 「カトレアはリシャールのことが好き。 リシャールもカトレアのことが好き。 だから大丈夫」 「うふふ、そうね。 アーシャの言うとおりだわ。 ……そうよね、リシャール?」 「えーっと……」 秘められた恋ならともかく、実際に結婚するともなれば問題は山積みなのだ。特に身分の差は如何ともしがたい。リシャールの持ち札は伯爵家の外孫というだけである。それに対して、場に出ている札は公爵家の娘。非常に厳しい。 「あら。 竜に乗った王子様は、今度は公爵家というお城からお姫様をさらっていってくれるのではないの?」 カトレアは期待に満ちた目で、リシャールをじっと見ていた。 「はい、お姫様のお望みのままに……」 他にどう答えればいいと言うのだろう。 リシャールにはわからなかった。 だが、それが姫の望みならば。 王子はそれを叶えるための努力を、惜しんではならないのだ。 ←PREV INDEX NEXT→ |