ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二十二話「技術と功罪」




 城館内にて案内された応接室で待つことしばし、ギーヴァルシュ侯爵アルチュールと領主代理の公子アランが現れた。リシャールは改めて、そっくりな親子だなあという印象を持った。二人とも似たような、軍人然とした巨躯なのである。
「お久しぶりです侯爵様、公子様」
「うむ、先日の一件以来であるか」
「リシャール、王都以来だな。
 まあ楽にせい」
 ほどなく茶などが運ばれてきた。リシャールにも判ったが、上等な香茶のようである。
「モリスの奴がな、来年になったら旨い酒を飲ませてやるからと笑っておったぞ。
 お主、なんぞしたのであろう?」
 半分は見当が付いているぞと言う目で笑いながらも睨まれたリシャールは、正直に話さざるを得なくなった。香味酒の製造についての話ならば、特に問題にはならないだろう。エルランジェとここでは風土が違うから、同じような手順で作っても風味が変わるはずなのだ。
「待て、リシャール」
「はい、公子様?」
「話を聞いていておかしいと思ったのだが……。 
 お主はエルランジェ伯モリス様の孫にあたるのか!?」
「む、リシャール。
 息子には話しておらんかったのか?」
 こちらからも話は伝わっていなかったらしい。
「そうであれば、何も紹介状など必要なかったであろうに。
 我が家の客人として歓迎するに十分であるぞ?」
 流石にアランからは非難がましい目を向けられた。
「公子様には重ね重ね失礼を」
「まあ、これについてはわしもわざと黙っておったからのう」
「父上?」
「リシャールが、あ奴の孫が自分の力だけでどこまでのことをするのか、見てみたかったのだ。
 最初にあったときにはえらい大言を吐く、物怖じせん子供じゃと思うた。
 祖父に付き合ってわしを楽しませようとしてくれるだけなら、何も苦労を背負い込むような大言を吐かずともよいものを、とな。
 だがな、その年若さであるのに理路整然と考え、行動する力も持っているようにも見えた。
 ならばわしもそれに乗ってみようと決めたのだ。なに、最初は味見をするだけの約束であったから、腹も痛まんしな。
 ふふん、しかし結果はこの有様だ、見事に期待以上の成果を出してくれたわ」
「は、父上」
 アランも納得したのか、リシャールには目元が少し優しくなったような気がした。
 その後も暫く雑談を続けていたが、帰り際になって、アルチュールから夫人が体調を崩しているので見舞っていって欲しいと言われた。もちろん否はないので、侯爵と共に見舞いに向かうことにした。

 侯爵夫人コリンヌは、祖母クリステルと同年輩の優しそうな人である。リシャールには、最初に試食して貰ったときにずいぶんと褒めて貰ったのが印象に残っていた。
 夫人は、いまはベッドに寝かされていた。体が起こせる程度ではあったが、確かに調子が悪そうだった。
「さきほどアルチュール様よりお伺いしましたが、お加減はいかがですか?」
「そうね、竜籠に乗る前から少しよくなかったのよ。
 手足が冷えてね、とてもつめたいの。
 体もだるくて、疲れているのよ」
「コリンヌは最近体調を崩すことが多くてな。
 しばらく前はそうでもなかったのだが……」
 冷え性と風邪かなあと、リシャールは考えた。
「お医者さんにはもう?」
「ええ、お抱えの医者を王都から呼んだわ」
「だがな、こちらに着くのが明日になるのだ」
 王都はアーシャでさえ、片道一日はかかる。仕方のないことだろう。
 ふとリシャールは考えてみた。
 流石に水のメイジでもなく医学の知識はないが、治療は無理でも、少しなら体調を楽にすることは出来るかも知れない。
「手足が冷えるのですよね?」
「ええ、そうよ?」
 リシャールは少し考えた。足湯などはどうだろうか。これなら身体への負担も少ないし、それなりに効果が期待できる。
「コリンヌ様、少しならばお楽にして差し上げられると思います」
「リシャール?」
「……是非、お願いするわ」
「準備にしばらくかかりますので、コリンヌ様は横になられていて下さい。
 アルチュ−ル様、人手をお借りできますか?」
「無論だ」
 アルチュールが内容を聞かずに即答する程度には、信用されているリシャールだった。
 
 すぐにリシャールはメイドを二人ほど借りて、指示を出しはじめた。
 一人には足湯の準備に、大きめの手桶を用意してコリンヌの部屋に運んで貰う。
 もう一人には湯を沸かして貰った。ついでとばかりに足湯用とは別に、ホットジンジャーとその場で命名した生姜湯もどきも作ることにした。そのままでは飲めた物ではないので、蜂蜜とレモンで味を調える。ハルケギニアでも体を温めるのにホットワインを飲むことなどはあったが、病に伏す人にアルコールを与えるのはどうかと思ったのである。
 準備が整ったので、コリンヌはメイドにまかせてリシャールは部屋を出た。温度や時間、効能の説明は済ませてある。医者や家族ならばともかく、ご婦人が素足を晒すことになるので遠慮したのだ。ホットジンジャーを飲んで足湯に入り終えたら、そのままお休みになられて下さいと、挨拶も済ませてあった。
「リシャール、いったいあれでどうするのだ?」
「足湯です、アルチュール様」
「足湯?
 なるほど、足だけを温めるのか?」
 アルチュールも納得したようである。ちなみに彼の手にも、生姜湯もどきが入った茶杯があった。
「はい。
 風呂ならば全身を温められますが、身体も大きく動かさねばなりませんので、今のコリンヌ様にはお勧めできません。
 でも、部分だけ温めるのならば負担も少ないです」
「なるほど、よく考えたものだ」
「いえ、私が考えたわけではないのですが……」
「それにこの、ホットジンジャーというものも良いな。
 いや、味はさして旨いというわけではないが、酒のようにすぐに身体が温まるのが感じられるわい。
 その点では、ホットワインよりも数段上であるな」
「薬湯の一種なので、味はご勘弁下さい。
 でも、薬効は確かなのです。
 酒精が入っていないので、お仕事中などに飲まれてもよいかと思いますよ」
 実際、生姜湯の効き目は確かな物である。外での立ち仕事が比較的多かった前世では、リシャールもかなりお世話になっていた。
「しかしのう、お主は本当に引き出しの多い不思議な奴だのう……」
「うーん、自分ではよくわかりません」
「はっはっは、よいよい」
 アルチュールは上機嫌で笑い飛ばした。

 翌日、荷馬車を送り出して仕事にかかろうかと言う頃、なんとアルチュール自身が夫人を連れて加工場にやってきたので、リシャールは大いに慌てた。
「おお、リシャール!
 コリンヌはとても元気になったぞ。
 お主のおかげだ」
「リシャール、あれは本当によく効いたわ。
 前よりも良いくらいよ」
「えええっ!?」
 もちろん、リシャールの方が驚いた。
 リシャールとしては大したことはしていない。単なる足湯と生姜湯である。療法と言えるほどのものでは、絶対にない。それでここまで回復するとはどういうことだろうかと、大いに首を傾げた。
 もちろん、理由はある。
 リシャールにはわからないことだったが、水の秘薬などに頼る魔法医学とは根本的に違う対処法だったために、効果が上がったのだ。元々、少し体調を崩していたとは言え、風邪やその他の病などを併発していたわけでもなかったことも影響が大きい。
 足湯自体は直接的に体を温めて、本来の自然回復力を大きく助長した。こちらでは貴族も毎日風呂にはいるわけではないから、これも効果が大きくなったのだろう。通常の入浴と違い、身体に負担が少なかったことも影響していたと言える。
 また、ビタミンやミネラルなども存在を知られているわけではなく、当然栄養学もない。対症療法的に使われてきた滋養のある食べ物や薬湯薬草と言ったものはあるが、こちらも民間療法の域を出る物ではない。それにハルケギニアの貴族の食べる物は肉に偏りすぎているきらいがあったから、肉食を減らして少し余計に野菜や果物を食べること、この場合はレモンや生姜になるが、それだけですぐに改善の効果が見られたのだった。
「あの、たったあれだけで、ここまで快復なされるとは僕の方が驚きなんですが……」
 リシャールは驚きの余り素に戻って、侯爵夫妻を相手に僕などと言っていたが、もちろん気が付いていなかった。
「でもね、とても体調が良いのよ。
 ありがとうね」
「うむ、リシャールは良いときにこちらに居ってくれたものだ。
 感謝するぞ」
 確かに夫人は顔色も良さそうであるし、まあいいかと納得せざるを得なかった。それでも、一度きちんとお医者さんには診て貰って下さいと念を押しておく。
 ついでだから加工場の見学もと言うことになり、リシャールは侯爵夫妻を案内してまわった。領主様の御訪問と言うことで流石にマルグリットらは緊張していたが、これは仕方のないことだった。緊張していなかったのは、アーシャぐらいだったろうか。

 昼前には上機嫌で侯爵夫妻は戻っていったが、どっと疲れたリシャール達だった。
 それでも領主様御自らのご訪問ということで、ありがたくはある。一息入れて、それぞれの仕事に戻ることにした。
 リシャールは、ここのところ鍛冶場で片手剣の制作に力を入れていたので鍛冶場に向かった。例の『亜人斬り』の片手版である。
 リシャールにとって西洋剣にあたるハルケギニアの剣は、斬ることも出来ないわけではないものの、どちらかと言えば刃もついた殴打具であり、斬ることに特化された日本刀とは根本的に異なるのだった。教えられた剣の製法と少ない知識で想像してみる日本刀を比較すると、使い方の異なる全く違った武器であるといえる。
 『亜人斬り』は武器屋で見かけたデルフリンガーを思い出しながら両手剣の製法を基本にして製造された物だったが、カトラスやサーベルといった斬ることも考えて作られた剣はハルケギニアにもあった。
 薄い刀身に鋭い刃先を持つこれらの剣は、確かにソードに分類される片手剣よりは斬るという一点では遥かに優れていたものの、それ以上に突くということに重きがおかれていた。室内や船内などの、狭い場所での使用を前提として作られているのである。また、軽くて扱いやすい分、強度はお世辞にも良いとは言えない。ソードと打ち合えば、下手をすれば数合もせずに折れるほどである
 リシャールとしては、出来る限りソード型式の片手剣に斬るという能力を与えようと腐心していた。要はいいとこ取りをしようと考えたのだ。
 『亜人斬り』同様に芯に粘りを持たせるのはもちろんだが、堅固な層と柔軟性のある層を重ねることで、より強度を持たせようとした。一度は層が薄すぎて単なる剣とそう変わらない物になってしまったりもしたが、試行錯誤も予定の内である。
 なんとか年内にはそれなりの試作品が作れそうではあったが、もう少し時間がかかりそうだった。
 素材の錬金などには魔法を使うが、剣自体を魔法的に強化するのは、剣としての完成後である。元の強度が足りなければ、同じように強化された剣には打ち負けることが予想されるので手は抜けない。
 これを完成させて慣れるまで幾らか量産したあと、今度は剣ではなく別の物を作ってみたいと考えるリシャールだった。
 まあ、これが出来てからでも良いかと、考えるのは後回しにすることにして、リシャールは試作片手剣のバランス取りに意識を向けるのだった。

 そうこうするうちに年始を迎え、リシャール達はラ・ロシェールに遊びに来ていた。アーシャに乗ったリシャールは、先行したマルグリット達よりも早く到着していた。アーシャには、奮発して牛の枝肉を丸々プレゼントしておいたので機嫌もいい。
 時間があったので少し街をぶらぶらとしたあと、宿に荷物を置いて三人の乗った馬車を待っていた。先ほど無事に合流できたところである。
 もちろん商会の方は仕事納めもきちんと終えたし、加工場の方は厳重に戸締まりもしてある。戸締まりの方は扉自体を錬金で塞いで、破壊しないと中には入れないようにしてあった。金庫なども、建物の中を掘り下げて埋めてある。
「すごいですわね」
「ええ、本当に」
「あれが世界樹……」
 ラ・ロシェールは、世界樹を利用して作られた空中船の港と、岩をくり抜いて作られた建物が印象的な港町である。リシャールは幾度となく訪れていたが、最初に見たときは、見事な造形とその大きさに驚嘆した。いまも彼女達は、街そのものに見ほれているようだった。
「とりあえず、荷物を置きに行きましょうか」
 宿の方は三人が泊まれる大きい部屋と一人部屋、一つづつ予約しておいた。二人部屋二つというのはバランスもいいのだが、その選択肢はもちろん選びようがない。身持ち云々よりも、なんとなく避けてしまうのだ。
 馬車が着いた時間には夕方も近かったので観光は翌日とし、慰労と新年の祝いを兼ねた食事の方は、こちらも少し奮発して時間も長めに取ることにした。
「では、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
 普段も四人で食事をしているのだが、今日はまた特別である。会話も弾んで楽しい食事となった。

 翌日は物見遊山と決めこんで、世界樹の桟橋や岩をくり抜いて作られた街並みを見て回った。リシャールも、香辛料の発注や鍛冶仕事の卸売りでそれなりにラ・ロシェールを歩いてはいたが、こうしてのんびりと街並みを見ることはなかった。
 一通り見て回って満足した後、今度は市場の方まで出向いて屋台で買い食いなどもし、露天を冷やかす。降誕祭の休暇は、ある種の商人にとっては大きな稼ぎ時でもある。彼らはいつにもまして、大きな声と身振り手振りで次々と客を呼び込んでいた。
 リシャールは女性陣と連れだってふんふんと露天を見て回っていたが、彼女達がアクセサリーを売る店の前からしばらく動きそうになかったので、自分はその隣の骨董屋でも見て時間を潰すことにした。彼女達にはお小遣いと称して、お年玉代わりにいくらかの現金を給金とは別に渡しておいたのだ。
 しかしリシャールは、どれどれと骨董屋の商品を見たところで固まってしまった。
「これは……」
 その店先にあったのは、紛れもなく銃弾だった。リシャールが知る現代世界の物だ。
 使われる前のようで、薬莢と一体になっているものが小さなカゴに山盛りになっていた。そう大きくないところを見ると、ライフル銃の弾だろうか。金色でぴかぴかと光っている。
 元は現代人でも、兵士だったり軍事マニアだったりはしなかったリシャールにはわからなかったが、それは七・六二ミリNATO弾と呼ばれる、主に機関銃や小銃に使われている軍用弾だった。薬莢の底部には、それを示す刻印も打たれている。
 深呼吸してから平素を装い、店の親父に尋ねてみる。
「親父さん、これは何なんですか?」
「さあ、よくわかんねえけど綺麗だろ?
 坊主、安くしとくぞ。
 一つ五スゥでどうだ?」
 カゴの中身全部で三十発ほどだろうか。この値段なら発泡スチロールの時よりもよっぽど安い。
「うん、綺麗ですね。
 よし、じゃあ……全部買いますから、ちょっと割り引いて貰えます?」
 親父の目が輝いた。
「お、全部か、ありがてえ!
 全部なら一エキューでいいぜ」
「親父さん、太っ腹ですね」
「まあ、降誕祭の祝いってこった」
「ありがとう」
 笑顔でエキュー金貨を支払ったが、入れる物がないことに気がついたリシャールに、親父はにんまりと笑った。
「坊主、これもどうだ?
 安くしとくぞ?」
 と、これは明らかにハルケギニア製の巾着袋を差し出された。

 その後、満足そうな女性陣とともに宿に戻ったリシャールだったが、銃弾を買ったはいいもののどうしたものかと頭を抱えていた。
 剣ならば幾度か作ってきたし、戦の道具でもあることはわかっていたが、こちらはもっと酷いことになるのが想像できたからだ。
 これらを元にした弾丸や速射の出来る銃の量産は、すぐには無理でも、この弾丸に使われている火薬を複製しただけで、恐ろしいほどに死者は増えるというのは深く考えなくても分かった。樽一杯に詰めて竜で軍艦や敵陣にでも落としてやれば、それまでの火薬樽などとは比較にならない威力を発揮するだろう。また、これを知る研究者が現れれば、大砲や銃の威力が今の数倍になるかも知れない。
 ああそうかと、リシャールは思い至った。
 自分は、責任を負いたくないのだ。
 以前、イワシの油漬けを作る前にも考えた事があったが、割と気楽に思いついたことでもこの世界に大きな影響力を与えてしまう。それが自分は恐いのだ。それこそ、コリンヌの体調を良くしたことも善意ではあっても、リシャールの知る知識の流出の一つである。小さなことではあっても、本質は変わらない。
 これも割り切らなくてはならないのか、それとも見なかったことにして封印してしまうべきなのか。
 年始から気分が重くなってしまったが、自分の人生が行き着く先の事まで考えてから決めるぐらいで丁度良いかと考え直し、銃弾の方は、手元に置いておくだけに留めることに決めた。

 その日から二日ほどはラ・ロシェールで目一杯休暇を楽しんで、三人は馬車で、リシャールはアーシャでギーヴァルシュへの帰途についた。
 先に戻ったリシャールはすぐ銃弾に固定化をかけ、錬金で作り出した発泡スチロールの箱に納め、さらに箱にも固定化をかけた上で鉄箱を使って厳重に封印を施し、誰にも知られないように寝床の下の土中深くに埋めた。
 明日は加工場再開の準備などをして、明後日からは香味酒のお披露目に立ち会うため、王都に向かうことになる。
 年始から忙しいことだった。
 今年はどういう年になるのかなと、自分で煎れた麦茶を飲みながら、リシャールはまた一つため息をつくのだった。







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