ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第二十話「日々是忙日」「壷の方お願いしまーす」 「はーい」 リシャールがギーヴァルシュに来て四ヶ月目、ハルケギニアの暦では十一番目にあたるギューフの月になって、ようやく新加工場が動き始めた。 北モレーの加工場は、働いてくれていた奥さん方には惜しまれながらも閉鎖した。但し、残念ながら引っ越しが終わりそうになかったのでまだ借りてはいる。今月中には終わるだろうが、少々もったいなかったかと思わないでもない。 新しい加工場の方はリシャール達三人に、新たにアルトワからやってきたミシュリーヌと、街から雇い入れた五人の奥さん方と二人の若者でスタートした。 北モレーでの加工場立ち上げの時と同じように、商品の扱い方や食品衛生の概念をそれとなく教えたりと忙しくはあったが、マルグリットとヴァレリーがリーダー格として支えてくれたのでかなり楽を出来たリシャールだった。 十二歳のミシュリーヌには、実際の作業ももちろんだが、マルグリットが算術や文章を、ヴァレリーが作法や雑務を平行して教えていった。若いうちから教えればものになるだろうとは、リシャールの内心である。 「リシャールさん、荷馬車がつきましたよー」 「ありがとう、ミシュリーヌ」 長い金髪をなびかせて立ち働く一生懸命な姿は、微笑ましいものであった。同い年と言うこともあって、リシャール自身も魅惑の妖精亭のジェシカに対するような気楽さがある。 また、マルグリットが最初に言っていたように、芯のしっかりした真面目な子だった。親元を離れて不安だろうにとは思わないでもなかったが、住み込みで働くことは割とあることのようだったし、マルグリットがそのあたりの面倒を見ているので大丈夫だろう。 新工場始動が一段落したところで、リシャールは改めて次の段階を考えていた。 現在の出荷量は北モレーの最盛期には多少及ばないものの、一日あたり油漬けが十五、塩油漬けが十、煮干し六十リーブル前後で総額約三十五エキュー、月の実働が休日である虚無の曜日と雨の日を計算して大凡二十五日前後となるので月の売り上げは九百エキューほどとなる。ここから税に材料費に人件費に地代に雑費にと順に引いていくと、月々二百エキュー程度の赤字だ。もちろん錬金鍛冶で補っているし、先月末に納入した『亜人斬り』の代金六千エキューが手元にあるので、それほどせっぱ詰まっているわけではない。もっとも六千エキューのうち、半分近くは錬金鍛冶師の方の税金で飛んでいくので動かせるのは実質三千エキューほどだが、それでも大した金額だった。 また、今月からは予定通り高級品の方も出荷できそうな具合だったし加工場の増設も行っていくので、来月には赤字が解消されると見ていた。一日あたりの出荷額が今の倍、七十エキュー前後になれば黒字が出だす計算であり、数は少ないが高級品の投入が追い風になるはずだった。もちろん手間もかかっているが、あちらは少々利益率を高く設定してあるのだ。 また商品とは違うが、土のメイジには建築物を作ることにかけては絶対的な能力がある。本来なら一日数十エキューを支払って雇うべきところが、リシャールは自身に能力を持っているので都合の良いときに使いたい放題なのだ。他の商人からすれば、そんな馬鹿な話があるかと叫びたくなるほどの、有利な切り札であった。壷と建物はほぼ無料なのである。ただ、リシャールがトライアングルの土メイジとして別に雇われて稼ぐとすればそれ以上に稼ぐことが出来るのは確実なので、リシャールにしてみればあまり得をしているという気分でもなかった。 とりあえず、敷地一杯は無理でも可能な限り加工場を拡張することで、赤字を解消すると同時に、船と漁師も雇い入れたいと考えていたリシャールだった。昆布も本格的に取り扱いたいのだ。 「リシャールさん、私の父からなんですが、手紙が届いておりますわ」 「セルジュさんから?」 ギューフの月も半分を過ぎた頃、セルジュから手紙が届いた。 封を開けて読んでみると、フネを使った水運がついに始まったと書かれてあった。人と物が新たに流れ込んでくるようになったので、特に露天の並ぶ南市場が賑わっているそうだ。また、下流域でゲルマニアとの街道がない地域からの品のおかげで、セルジュも忙しいらしい。いまのところ良い効果をもたらしているようで、ほっとしたリシャールだった。 こちらも徐々に落ち着いてきていますと返事を書くと、マルグリットに手渡す。 「マルグリットさん、一緒に送っておいて貰えますか? ああ、書いてあるのは報告とお礼ですから、中身は別に見て貰ってもいいですよ?」 「はい、わかりました」 「水運が始まったようで、セルジュさんもお忙しいらしいですね」 「私たちも負けてはいられませんわ」 マルグリットもやる気十分のようである。 「はい。 今日明日中に倉庫をもう一棟と、それから作業場も建て増ししますから、今週中にまた働き手の募集をかけましょう」 「そうですわね」 今年もあと一月半、せめて年末までには赤字の解消をなしとげておきたいものだった。 「さ、こっちも頑張りましょうか」 「はい、リシャールさん」 さて、それから数日である。 無事新しい倉庫も作業場も出来上がって人の数も増やし、そろそろデルマー商会から来てもらう荷馬車の数か回数を増やして貰おうかとも思っていたときのこと。 ギーヴァルシュのギルドからリシャールに呼び出しがかかった。 月末にはまだ間もあるし、こちらからは特に用事もないので、首を傾げながらも使いの男についてギルドを訪れた。 「よう、久しぶりだな。 新しい仕事場もできて順風満帆じゃねえか」 「アレクシさんにはかないませんよ。 追い風に乗って美味しいところを持っていっておられるではありませんか」 「まあ、思ったよりは儲からねえってところだな」 「本業がおありにになるのですから、余録としては十分でしょうに」 デルマー商会からは売り上げの報告書と共に時々会頭のシモンや支店長のヴァランタンからの手紙も届いているのだが、王都近隣での油漬けや塩油漬けに関する同業者の情報も書かれていた。その情報は王国の各地に及ぶが、その中には当然ギーヴァルシュ領の情報もあり、アレクシのクーロ商会の名もあったのだ。直接ではないようだったが、この男も油漬けの商売に一枚噛んでいるらしい。 「それよりも、今日はどういったご用件でしょうか」 「幾つか聞いときたいことがあってな」 「はあ」 無理難題は勘弁だったが、顧客ではなく商売敵としての認識があるから、リシャールは多少強気になってもよいかと考えていた。 「まずは、なんでギーヴァルシュに店舗を出さねえのかだ。 お前さんはギルドにも金払ってるし、問題はなかろうが?」 「その事でしたら、余裕がないからですよ。 店舗は確かに魅力的なんですが、わざわざ街中に店を出さなくても独占契約で全部買い取って貰ってますし、人を新たに雇わなくてはならないでしょう。 この上まだ上納金を増やされても困りますしね」 「ふん、警戒してやがる」 「地代が思ったより高かったので、今月は赤字確定なんですよ。 本気で困ってるんです」 嘘ではない。 「まあ、お前さんの自由だ、それはいいんだが……。 もう一件だ。 これは商人としてじゃなくメイジとしてのお前さんへの依頼なんだが、港の方の補修の仕事でな」 「土のメイジ、としてですか」 「そうだ。 大桟橋含めて五カ所だ。 大きな改修や浚渫はしなくていいんだが、どうだ、引き受けちゃ貰えんか?」 特に断る理由はないが、やりたくない。 直感がそう告げている。 リシャールは、話を断るのに無理のない理由を探した。 「時期や報酬はどうなってますか」 「お、引き受けてくれるか、ありがてえ」 「引き受けるとは言っていませんよ。 それらを聞かずに引き受けたりは出来ません」 「ふん、道理だな。 時期はなるべく早い方がいい。 報酬は二百エキューだ」 「日割りではなくて、完了でそれですか!?」 余りの露骨さに、リシャールも呆れた。 完全に舐められている。あわよくば体よくこき使って、金を浮かせようと言うあたりだろうか。 「おう、どうだ?」 「流石にそれではお引き受け出来ません。 王都で流しのメイジでも雇われたらどうですか?」 「つれねえなあ。 ちったあサービスしてくれてもいいだろうに」 苦い顔をされるが、ここはリシャールにも譲れないし、可能なら断りたい。 「何故メイジへの報酬が高いかは、ご存じでしょう?」 「魔法使うからだろ?」 「その通りです。 しかし、使ったら終わりというものでもないのです。 全力で一日働けば翌日は使い物になりませんし、場合によってはそれが数日に及ぶ場合もあります。 雇われる側も、それ故に高額の報酬を要求します。 雇う側も、普通に人を雇って工事させるよりも、工期の短縮や経費の圧縮がはかれるからこそ、高額でも支払うのです」 基礎的なことだが、メイジ一人の働きはドットでも人足数人から十数人分に相当すると言われているし、実際その通りでもある。単に魔法だからと報酬を釣り上げても、一人雇うだけだからと報酬を引き下げても、市場として成り立たない。成果と対価のバランスがとれているからこその市場なのだ。 「私を雇っていただけるなら……そうですね、商売の方にもかなり影響が出ますし、少なくとも五、六百エキュー程度は日当が欲しいところですね」 「そんなに出せるか!」 「でしょうねえ」 五百エキューといえば、下級貴族の年金に匹敵する金額である。 だがリシャールは法外だとは思っても、不当な金額だとは思わなかった。なにせ、一本千エキューで売れる『亜人斬り』の製造にかかる日数は、実質二日である。 「でも、実際の話、ドットのメイジでも日当に五エキューや十エキューは要求されますよ? それに大桟橋を含めての補修と言うことであれば、とても数日で終わるとは思えませんし……」 「だから安くしろと言ってるんだ」 根本に相違があったかと思ったが、訂正するべきかどうか迷うリシャールだった。いや、脅しも兼ねてばらして置いたほうがいいかもしれない。 「あー、まあこの歳ならそう見えてもしかたないんでしょうが、私はドットじゃありませんよ?」 「なに、ラインのメイジなのか!?」 「いえ、トライアングルです」 「なッ!?」 流石に絶句したアレクシだった。 竜に乗ってる時点で気付けとも思ったが、リシャールは口に出しては何も言わなかった。魔法と縁のない人々には、そのあたりの認識が普通なのかも知れない。 アレクシはドットやラインの違いを認識しているだけでも大した物だ。ギルドや仕事に絡んで、魔法使いを雇い入れることも多いのだろう。 「そんなわけで、流石にその報酬ではお受けできませんね。 同じ時間を使って錬金鍛冶でもしていた方が、よっぽど儲かります」 「ぬう……」 部屋に沈黙が満ちた。そうでなくても帰りたいリシャールだったから腰を浮かそうとするが、アレクシが止めた。 「まあ、まて。 まだ話がある」 「はあ」 「油漬けと塩油漬けのことなんだが……」 そらきたかと身構える。これが本題、と云ったあたりだろうか。 「どうも旨味が少ねえ。 そこでだ、お前さんところも少し値上げしちゃくれねえか? これは他の何人かも言ってる」 なるほど、談合というやつかとリシャールは思い至った。価格カルテルとも言うが、要するに同業者全員で値上げしてしまえば利益を増やせるから同時に値上げしよう、ということだ。もちろん前世では違法行為であったが、トリステインにはこれを規制するような法律はないようだった。 「うーん、それには賛成できませんね。 ギーヴァルシュだけの特産物であれば意味のあるお話なのでしょうが、ちょっと無理がありますよ」 「どういうことだ?」 「私が聞いたところによると、海に面した大きな街の殆どで油漬けの生産は始まっているそうですからね。 現地ではもう出回っているようですよ」 「そうなのか!?」 アレクシは王都の情報には詳しくとも、それ以外からの情報には疎いらしい。もっともこれは、リシャールがデルマー商会と繋がっているからこその情報の早さと言うべきだろうか。 「はい。 中央への流通はもう少し先になるでしょうが、単に値段を上げるだけなら売れる物も売れなくなります。 同じような品物を買う時にこれといった差がなければ、人は普通安い方を買うでしょう。 これでは、自分で自分の首を絞めることになりかねません」 「当然だな。 ……しかし、思ったよりも素早いな」 「公子様のお言葉ですが、商人とは利に聡く、機を見るに敏なのだそうで」 「ふむ……。 こりゃあ、もう一度話し合う必要があるな」 扱いにくい糞餓鬼と思われようが、構わなかった。舐められた上に、足まで引っ張られてはたまらないのだ。 とりあえずの話は終わったようなので、足早にギルドを後にするリシャールだった。 話し合いとやらにも誘われたが、自分の所属はアルトワのギルドだと断った。これ以上の面倒事は御免である。 「あ、おかえりなさい、リシャールさん。 ……なんだかお疲れですね?」 加工場の事務所に戻ったリシャールを、ミシュリーヌが出迎えてくれた。今は事務所の留守番らしい。マルグリットとヴァレリーは作業場の方にいるようだった。 「ただいま、ミシュリーヌ。 ちょっと疲れたけど、これで音を上げてちゃ笑われるからね。 休憩したら壷を作りに行って来るよ」 「じゃあ、香茶でも煎れましょうか?」 「うん、お願い」 ああ、癒される。 アレクシと顔を合わせて腹の探り合いをしていたせいもあり、思ったよりも疲れていたようだ。お墨付きの件が知れ渡ったらまた嫌味の一つでも言われそうだと、気分が滅入ってくる。 もちろん不正を働いているわけではないし、ギーヴァルシュ侯にもお墨付きの条件は公平にと約してあった。下手に手を出せないようにはしてある。 「はい、どうぞ」 「うー、ありがとう」 香草のお茶は不味くはないのだが、こういうときには日本茶が恋しいのだった。前世ではコーヒー党だったからそれほど飲んでいたわけではないが、たまにはそういう気分になるときもあるのだ。いつかの発泡スチロールのようにこちらの世界にやってこないとも限らないが、食料品だけに、万に一つ手に入っても飲めるものである可能性は低い。 ついでに、日本食も少々恋しかった。 ふと思いついたのは、米の飯は無理でも麦飯ならば作ることが出来るかも知れないということだった。炊くのが面倒だと聞いたことがあったが、昔は食べられていたのだ。失敗しても水を多めにして長時間炊き込み、粥にしてしまえばいい。 リシャールは脱穀して粉にする前の麦をデルマー商会に注文しようと決めた。マルグリット達は妙な顔をするかも知れないが、無理に付き合わせる必要もない。良さそうな野菜を選んで、浅漬けでも作れば完璧だ。浅漬けの素は流石に手に入らないが、昆布は自前で手に入るし、少々高いがトウガラシなら王都で売っていた。ついでに、麦茶用に脱穀前のビール麦も注文しよう。 「リシャールさん、とてもお疲れなんですね……」 次の荷馬車が来たときに一通り頼んでおこうと拳を握りしめ意気上がるリシャールを、さっきまではどんよりしてたのにと、不思議そうに見つめるミシュリーヌだった。 翌週、平常の壷仕事や増築の合間に、にこにことしながら麦飯の準備をするリシャールの姿があった。もちろん、浅漬けの仕込みも終わっているし、この為にわざわざ茶碗も錬金した。 傍目から見ても機嫌が良さそうなのでそれを不思議がって聞いてきたマルグリット達には、ロバ・アル・カリイエの方でこういう食べ方があるらしいと聞いたのでちょっと試していると答えたリシャールである。大嘘だったが、なんとなくそれらしく聞こえたようで、三人共に興味津々だった。 一日の仕事が終わると、夕方まで水につけておいたビール麦を火に掛けた。いよいよである。米ならば炊き方はなんとなく知っていたが、麦の方は良くわからなかったので、リシャールは時々味見をしたり水を足したりしながら竈の前に陣取っていた。 二時間後、どちらかと言えば炊いたと言うより、湯がいたとか煮たという表現が合いそうな気がしたが、どうにか麦飯が出来上がった。米に比べると粘り気がないような気もしたが、こういうものなのだろう。今度作るときは最初は湯がくようにして大量の水を使い、途中で余分な水を捨ててから弱火で蒸すような炊き方の方が、途中の行程が楽でいい知れない。これは次回への課題となった。 「いやあ、思ったよりも美味しいです」 「わたしはちょっと……」 「味がないですよ、これ……」 「ロバ・アル・カリイエの方では、これがご馳走なんでしょうか?」 三人の女性陣にも振る舞ってみたが、三人が揃って美味しい言ったのは麦茶だけであった。味が淡泊すぎたせいだろうか。 リシャール自身は、麦飯自体は米とは違ったもきゅもきゅとした食感ではあったものの、粒の飯に漬け物という久しぶりの和食に舌鼓を打ち、茶漬けまで作ってかき込んでいた。もっとも、箸は怪しまれるだろうと、木匙だったのが心残りだろうか。 リシャールは、しばらくしたらまた作ろうと心に決め、新しい楽しみが増えたことに満足したのだった。 「荷の方はお任せ下さい」 「ええ、シモン会頭には宜しくお伝え下さい」 「はい、リシャール殿。では」 月末、いよいよ高級油漬けと高級塩油漬けの出荷が始まった。価格はそれぞれ二エキューに八エキューと、正直言って暴利かなと思わないでもない価格が付けてある。もちろん、ギーヴァルシュ家の紋章をさりげなく配した飾り紙を、これまた綺麗な飾り紐で結んであったりする。 これで今月からは二割増しの商税を払わなくてはならなくなったが、その分、価格に頼らない販売力を手に入れることが出来るようになった。 製法自体はそれほど変わらないが、さすがに品質、というか見た目にはこだわったのだ。手間はかかるが形の良い物を選んで漬け込んであるし、イワシももちろんだが、試作品の時に使ったような上質のオリーブ油を手配している。また、同時に漬け込む香辛料の類も少々量を増やしたりと、実際に風味をよくする工夫も凝らしていた。 手間も多いので、油漬けと塩油漬けを合わせても一日に数個送り出せればよし、としなければならなかったが、いくら貴族が多いとは言え毎日こればかり食べる人も少なかろうからこれでいい、ということにしておく。それでも、大きな宣伝にはなるはずだった。高級品の効果で、従来品の方も売り上げが牽引され続けるはずである。 これで基本的な手は出揃った。あとは単純に規模を拡大して、赤字を解消して行けるだろう。 今月の売り上げも、倍々とまでは行かないまでも順調な伸びを示し、マルグリットの試算では赤字も三十エキュー程度にまで圧縮できるということだった。この額ならば手持ちの現金に手を着けずとも、合間の錬金鍛冶で何とかなる。 また、壷の外注を出来るところも見つかった。ラ・ロシェールにほど近い焼き物の工房で、一つ四スゥ四十ドニエと大きさの割に高くはなったが、仕事ぶりはいい。 固定化はかけられていないが、その分丈夫なものをと注文を付けたのでこの値段になったのだ。 デザインも少し変わったし、壷の底にはラ・クラルテ商会の印は入っていない。だがこれからは、この壷がラ・クラルテ商会の顔になる。もちろん、これまでに作った壷もそのまま平行して再利用するつもりである。 ただ、残念なことにその工房は王都とギーヴァルシュを結ぶ街道からは少々外れていたので、デルマー商会差し回しの荷馬車とは別の荷馬車を手配しなくてはならなかった。壷の方は、来月頭から順次納品されてくる予定になっている。 これでようやく、リシャールが直接手を着けなくても加工場が回るようになったのだった。諸事全てを任せることは出来ないにしろ、負担は随分と減る。 これでドットでいいから土のメイジでも雇えればいいのだが、ギーヴァルシュでの住み込みとなると、用心棒を兼ねて雇うにしても月の給金が五十エキューでも少ないかも知れない。これならば、王都に仕事場を作って流しのメイジを必要に応じて雇った方が、ずっと小回りがききそうだった。 「あっと言う間の一ヶ月だったなあ。 ね、アーシャ」 「きゅる?」 こうして少しは商会の仕事に余裕が出来たリシャールは、再びエルランジェに向かう準備を始めた。 ←PREV INDEX NEXT→ |