ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第十九話「亜人斬り」




 エルランジェ伯領に於ける、リキュールの製造。
 リシャールが捻り出した案は、祖父にも叔父にも受け入れられた。もちろん、最初からこれだというものはない。小規模にして、色々試してみる事に決まった。

 香味酒と仮の名前をつけたが、まずはそれに加える食材や香草、薬草が検討されることになった。可能な限り、地元で賄える材料を使うように付け加えておく。
 基本的には瓶に入れた蒸留酒に試料を漬け込んで、一週間、二週間、一ヶ月……と馴染ませる期間を色々試し、その後、熟成期間をいくばくか取って味の変化を見ることにした。
 素材を加えて寝かせる以外は、従来の蒸留酒の製法とさほど違いは出ないものの、風味重視のために、実行程前には陶製の壷とオーク樽のどちらで熟成させた方が美味かも試しておくようにする。
 地元で採れる食材の類については、城の料理長に相談した後、本格的に仕込む前に各村の村長に種類や量を報告してもらって検討することにした。

 翌日、とりあえずお試しにと、担当に決まった従者と料理人を交えて実際に幾つか作ってみることにした。
 城のワイン倉から蒸留酒の樽を持ち出し、ありったけ用意した空き瓶に詰め替えていく。試しに飲んでみたがビールを蒸留したものらしく、まだ寝かせて若いのか、ウイスキーになりきれていない微妙な味だった。
 リシャールは地元で採れた野菜や山菜、木の実、ついでに果物を瓶の口に合うように小さくして詰めていく。ついでに、詰める量も問題だなと考え、更に数種類の分量を変えた瓶もつくる。
 こうして一種類の材料に対して、量の違う三本にそれぞれ熟成期間を変えた四本、合計十二本が用意され、瓶にはそれぞれ日付と材料、漬け込んだ量を記しておく。
 リシャールが個人的に是非試してみたいと思った、昨日作った麦茶もどきの煎り麦の仕込んだ瓶も作っておいた。
 ここまででほぼ一日を費やしたが、担当になった二人も興味がでてきたようで、自分たちでも色々試してみると意気込んでいた。リシャールとしては、頻繁にここを訪れるわけにもいかないので任せるしかないが、注意として、油の多いものは使わないこと、風味はともかく試飲するとき万が一があっては困るので、少量を家畜の餌に混ぜて食べさせ、翌日まで異常がなかったら少しづつ味見してみることなどをお願いしておいた。
 アルコールに溶け出すのが風味だけなら問題ないが、種類によっては大麻酒や目薬酒みたいな困った物も出来上がる可能性があるので、酷いことにならないように気を配らないといけないのだ。

 リシャールは報告も兼ねて、夜になってから祖父の部屋を訪ねた。
「リシャール、どんな具合じゃ?」
「はい、出来ることからとりあえず、ということで二百本近く漬け込みました。
 担当の二人が頑張ってくれると思いますので、もういくらか種類を増やして試すことになると思います。
 あとは味ですが、用意される酒肴によってもかなり左右されますので、完成後に試飲会を開いて見るのもよろしいかと思います」
「ほう、楽しそうじゃの」
 いっそ、村をあげてのお祭りにでもしてしまえばいいかもしれない。
 酒祭り。
 ……これはこれで、名物にも出来る様な気もした。
「どうしても好みのわかれる品物ですから、逆に一つに絞らないで、少しづつ色々な種類を出荷した方がいいかもしれません。
 例えば、お祖父様はどのような種類のお酒を好まれますか?」
「そうじゃな、わしはどちらかと言えば、ワインなら赤が好きかのう。
 エールならゲルマニアの北方産のやつが美味い」
「お祖父さまは渋みや苦みの強い系統のお酒がお好きなのですね」
 ちなみにリシャールは酒に関しては、甘さも辛さも割に極端な物が好きだった。
「ふむ、そういうことになるかのう。
 ……なるほどな、クリステルは甘い白が好きじゃ。
 質も大事じゃが、飲む者の好みも大事だということじゃな」
「はい。
 好みだけに、色々なものが出来上がればそれだけ人の口に上りましょうし、名が売れればそれに釣られて買う人も増えます。
 売り方を工夫してよい循環が出来れば、酒の宝庫となると思います」
 また魅惑の妖精亭にお世話になるか、とリシャールは考えた。スカロンにならまかせても大丈夫だろう。なんだか世話になりっぱなしの様な気もするが、向こうも利益は出ているはずだから、これがスカロンの云う持ちつ持たれつになるのだろう。
「うむ、そなたには無理を言うたな」
「いえ、まだ上手く行くとも限らないわけで……」
「心配性じゃの」
「はあ、どうにも出来上がりを見るまでは、なんとも」
「はっはっは、よいよい。
 売れるかどうかそのものよりも、出来上がる香味酒の方が楽しみになってきたわい」
 祖父は上機嫌だった。楽しませることだけは出来たようだ。
 リシャールとしても、もちろん成功はしてほしいのだ。
 ついでに、好みの酒が手に入るなら言うことなしである。余裕が出来たら、自分で何か作ってみるのもよいかもしれない。

 開けて翌日はエルランジェでの三日目、予定の最終日である。折角孫が来ているのに遊んでいないと祖母が言い出し、馬車で近くの見晴らしの良い丘までピクニックに行くことになった。残念ながら、政務のある祖父と叔父は留守番である。
 もちろんのんびりとしたもので、前後に兵士はついていたが、取り立てて何があるというわけではなかった。これは一つの格式なのだ。
 祖母からは母の昔話などを聞きつつ、叔母も交えてリオネルと遊んで回った。リオネルに草笛の作り方を教えてみたり、魔法で錬金した橇で遊んだりと楽しみながらも、リシャールは十分に羽を伸ばした。ちなみにリオネルに一番受けたのは、発泡スチロールのゴーレムと戦う勇者ごっこだった。
「えい!」
「お上手ですよ、リオネル殿」
 このゴーレムは、リシャールが一人で行う模擬戦の時にも大いに役立っていた。なにせ軽いからスピードもあるし、殴らせても怪我をしないのだ。適度に強度を落とすことと消費魔力を少なくすることに苦心したのも、今となってはいい思い出である。
 帰城後ものんびりしていたが、前日に香味酒の仕込みを手伝って貰った二人と話し合ったりもした。城のワイン倉の一角を香味酒専用として与えられたので、すこし大がかりにやってみるとのことだった。
 晩餐後は祖父や叔父とその後について話し合い、試作品が出来て本格的に香味酒を仕込む頃に、再びエルランジェを訪れることになった。

「ではリシャール、わしはまた数日後に王都へ戻るが、こちらにも時々は遊びに来るのじゃぞ」
「次回の来訪を心待ちにしているよ。
 息子も懐いたようだし、楽しみにしている」
「はい、必ず」
 祖父らのみならず、討伐を共にした兵士らにも見送られ、リシャールはエルランジェの城をあとにした。出発前に、アーシャもちゃっかりと食餌を貰っていた。
 良い天気だった。空の上は気持ちいい。アーシャに乗っているので、不安もない。
 今日一日を使ってギーヴァルシュに戻る予定であるが、問題が山積みとまでは言わないまでも、少なくとも来月いっぱいは忙しいだろう。
 新しい加工場が安定したら、リシャールが作業から手を引けるようにもしていきたい。
 特に、壷の発注先だけでもなるべく早い内に見つけないと、リシャールが手を取られ過ぎてしまって色々と宜しくない。
 出来ればギーヴァルシュ近隣がよいが、駄目なら王都までの街道沿いでもよいだろう。デルマー商会に出して貰っている荷馬車が往復しているので、都合もつけやすい。荷馬車代をこちら持ちにしてもいいくらいだ。その余力を錬金鍛冶にまわすなり、また何か新しい物に手を着けるなりすればいい。
「リシャール」
「なあに、アーシャ?」
「悪いやつをやっつけるのは気持ちがいい」
「ん!?」
「また震える息をつかいたい」
「何もないのに使ったらだめだよ」
「うん。
 父様もそう言っていた。
 主の許しなく使ってはならないと。
 だからリシャール、もっとたくさん悪いやつをさがそう」
「あー……またそのうちにね」
「約束」
「ああ、うん、約束しよう」
「ふふふー」
 意外とトリガーハッピーなアーシャだった。

 夕方、無事北モレーの加工場に帰ってきたリシャールは、商会の二人に出迎えられた。
「おかえりなさい、リシャールさん」
「休暇はどうでしたか、リシャール様?」
「お二人とも、お疲れさまでした、マルグリットさん、ヴァレリーさん。
 休暇というか何というか……そちらは夕食の時にでもお話ししましょう。
 こちらの方は大丈夫でしたか?」
「加工場の方は問題ありませんでしたわ」
「デルマー商会様からお手紙が届いていますが、御者の方も至急とは仰っていませんでしたので、後でご覧になって下さいね」
「はい、わかりました」
 夕方で奥さん連中はもう帰宅しているので、三人きりである。食事などはヴァレリーが来る前でもマルグリットと持ち回りで作って食べることにしていたから、そこにヴァレリーが加わったかたちになる。
 日々の生活と言えば、いつの間にか洗濯物が消えて綺麗になっていたときは少々慌てたが、男の人にさせるわけにはと、うやむやにされてしまっていた。実際助かってはいるが、申し訳なさが先に立ってしまうのである。彼女達は、リシャールの使用人やお世話係ではないのだ。
 せめてものお返し、ということで、食費だけは全部自分で出すことにしていたリシャールだった。なんとなく立場がないなあと思うものの、口にしたら負けな様な気がして何も言えなかった。二人のせいではなく自身のプライドの問題だ、ということもリシャールには判っていたからなおさらである。

 リシャールは事務所の椅子に座ると、先ほど手渡された手紙を開いてみた。
 デルマー商会のシモンが送ってきた手紙には、同様の油漬けの壷が王都の市場に出回りつつある、と記されていた。リシャールは少し考えてから、新加工場移転に伴って一時期出荷量が落ちること、お墨付きが正式に認可されたので、来月中には高級品の市場投入が可能になることを返事に書いた。
 高級品の方は、塩油漬けの方の仕込みのみ始めている。その他の品は、新加工場が出来上がってからの予定にしてあった。
 自分で選んだにしても、少々忙しすぎるのではないかと思わないでもなかったが、少なくともマルグリットとヴァレリーとアーシャに対しては責任があるから、今は頑張らないといけない。
 リシャールは小さくため息をついてから、その他の雑事や翌日の準備をしていった。

「あら、忙しい休暇になってしまったんですね」
「その香味酒というものには、私も少々興味がありますわ」
 夕食を囲んでエルランジェでの顛末を二人に話しつつ、リシャールは考え込んでいた。
「基幹となる人手があれば、こちらでも更に色々なことが出来るんでしょうけれど……」
「アルトワでの募集は引き続きかけていますよね?」
「はい、まあ」
 とは言え、アルトワでは常に売り手市場気味であり、期待は薄かった。給金は高めにしてあるが、ギーヴァルシュはやはり遠い。
「リシャール様、こちらでは募集されないのですか?」
「ええ、考えてはいるのですが、少々心配事があるので落ち着くまではやめておきます」
「心配事?」
「ええ、今はですね、ギーヴァルシュでは他の商人も動いていますから、その息のかかったような人物に潜り込まれても困るんですよ」
 リシャールの心配しているのは、有り体に言えば産業スパイだった。製法は今のところ表には出していないし、こちらから積極的に出そうとも思わない。商品は市場に流れているし、来て貰っている漁師の奥さん連中に口止めしているわけでもなかったが、なるべくなら秘密にしておきたい。もちろん今の時点では、正確な内容はリシャールとマルグリットしか知らない。ヴァレリーにも徐々には教えていたが、まだこちらに来て一週間ほどである。特に、保管中に時々行う燻煙消毒や温度湿度の管理などは外部には秘していた。
「なるほど」
「もちろん、ちょっと製法を聞かれたぐらいでは、揺らぐようなことはないと思うんですけれどね。
 正直言えば、普通の雇用人だけでなく、警備の傭兵やメイジを雇ったりもしたいところなんです。
 アーシャや僕がいるときなら、ちょっとぐらいは何とかなりますけど……」
「そして、まとめ役になる人、ですか」
「リシャールさん、少々新しい加工場が出来るのが遅れても、人を増やす方に力を入れませんか?」
「うーん、でも、どこから……」
 単なる労働者集めならば、どこで募集しようと少々いい加減だろうといいのだ。しかしリシャールとしては、商会の今後を占うことにもなりかねないので、管理職に当たる人は能力よりも信用に重きを置いておきたい。今のところ、マルグリットは副会頭としてしまっても良いほどだし、ヴァレリーも能力は未知数ながら信用ということでは太鼓判を押してもいい。しかし、リシャールを入れても三人きりでは回せるものも回せないのだ。
「リシャールさん、駄目で元々ですが心当たりに手紙を送ってみてもいいですか?」
「マルグリットさん、それはどのような方ですか?」
「私の幼なじみです。
 農家の次男坊でリシャールさんの二つ上、そろそろ一人立ちするかどうするかというあたりのまだまだ子供なんですが……」
「子供といっても、私より年上なら十分ですよ」
 子供であることにかけては、中身はともかくリシャールも大概なのだ。
「リシャールさんは、時々私よりも年上に見えるぐらいしっかりなさってるじゃありませんか」
「私もお仕えのし甲斐がありますよ、リシャール様」
「お仕えって……貴族として家を立てたりしたわけではないので、それは……」
「あら、わかりませんわよ。
 リシャール様ならば、大きいお屋敷から婿入りのお話が来ても不思議ではないでしょう?」
「あー、まあ……」
 祖父やギーヴァルシュ侯が冗談で口にする程度には、可能性がないわけではないのが困ったものだった。リシャールも流石にまだ早いと思っているが、縁談は向こうからやってくるのだ。
「そのうちあるかも知れませんが、今は商会第一と言うことで」
「うふふ、はい」
「かしこまりました」
 ふたりはにっこりと笑って首肯した。
 世界や暮らす人々が違っても、恋愛話が女性にとって最大級の娯楽であるのは変わりがないようだった。

 翌日からは、壷、新加工場、両手剣とリシャールは目も回るような忙しさだった。
 先にこちらかと、両手剣の方を完成させたのが月半ばである。もちろん、合間に壷を作ることも欠かせなかったが、毎回二つ三つではあるが徐々に荷馬車に乗って戻ってくる壷もあり、一息ついたリシャールだった。
 しかし、残念なこともあった。マルグリットが手紙を送った幼なじみは、勤め先がもう決まってしまっていたらしい。惜しくはあったが、もちろん無理強いも出来ない。
「え、領軍ですか?」
「はい、兵士見習いとしてアルトワの軍に入ったそうです。
 たしか、リシャールさんのお父上が領軍をまとめていらっしゃったのですよね?」
「ええ、そうです。
 私も、父や隊長さん達にしごかれていましたよ」
 特に出発前の数日、トライアングルになってからの訓練はきつかった。
「それでリシャールさん。
 返事と一緒にその妹からも手紙が来たんですけど、こちらで雇って貰えないかと……」
「妹さん?」
「はい、リシャールさんと同い年です。
 そろそろお屋敷の下働きか、機織りか何かでも始めていい年頃なんですが、うちなら私もいるから大丈夫だろうと親の許しも得ているようです」
「うちでも、やっていけそうですか?
 実際、お二人はよく耐えて下さっている方だと思いますんで……」
 こればかりは聞いておかなくてはならない。これでも経営者でもあるのだと、自分に言い聞かせる。
「芯のしっかりした子なんで、きちんと教えれば大丈夫だと思います。
 それに、私たちについてですがリシャールさん。
 待遇については最高級だと思いますわよ」
「そうなのですか?」
 酷いとまでは言わないが、給金は上乗せしているにしても、無理もさせているのでよくて平均的じゃないかとリシャールは思っていた。
「はい。
 だから、もっと自信を持って下さいね」

 マルグリットにしてみれば、想像していた待遇とは余りにもかけ離れていたので、当初は驚きの連続だったのだ。
 給金は高いが、行商人と聞いていたので旅回りの覚悟さえしていた。だが蓋を開けてみれば、個室を用意されて食事は無料、宿舎には風呂さえあった。ヴァレリーが来るからと二人部屋になるつもりでいると、リシャールは宿舎そのものを増築してしまったので個室のまま。日常で指定された勤務時間も、アルトワの平均的商人からすれば短かった。その上虚無の曜日はともかく、雨天でも給金からの棒引き無く休みが貰えるのである。女だからと半ば諦め掛けていた責任ある仕事を任されていたこともあり、ますますやる気になったマルグリットであった。
 ラ・クラルテの天才児は、人使いも天才的だ。
 セルジュから商売についての教えを受けていたマルグリットからすれば、目から鱗が落ちるような経営方法であったが、自身が気持ちよく働けるというのは、とても重要なことだった。
 リシャールの持つこの世界での労働の基準は、アルトワの城館でのものでしかない。その他の部分を自分の持つ前世での経験と照らし合わせながら行っていたので、このような認識の差が生まれるのだ。
 しかし今のところは大きな問題にはなっていなかったし、マルグリットにしろヴァレリーにしろ、少々不思議には思っていても歓迎すべき事であった。

 月半ば、ようやくにして両手剣の生産から解放されたリシャールは、本格的に新加工場の建設に入った。剣の方は月末にお届けすると、ルメルシェ将軍に手紙を出しておいた。
 それこそ人手を雇おうかとも思ったが、都合をつけるのが面倒だったのと、最初の規模は北モレーの方と同規模でよいつもりだったので、自分一人で行うことにした。大きなものは倉庫と宿舎、事務所、鍛冶場、アーシャの寝床ぐらいで、後は荷馬車も通れる道と竈や干し場ぐらいだった。作りは前とほぼ同じ型式にしておいたが、広いだけあって連絡路の錬金が割と面倒だった。
 また、来月からということで働き手の募集も始めた。パートさん的に働いて貰う半日の働き手には一日二十スゥ、月を通して全日で働いて貰う人には月額で十エキューという条件である。

 五日も頑張ると最低限の建物が出来たので、リシャール達は引っ越しも始めた。街で荷馬車を雇い、倉庫の中身を移し替える。人の移動はそれこそ後でも良いが、仕事の方は一気にやってしまわないと大変である。デルマー商会の荷馬車の方も、来月からは新加工場の方に来て貰うようにした。
 そして月末にあたるティワズの週、相当な重さになったが両手剣五本を一人で担げるように荷造りし、リシャールは王都へと向かった。

「じゃあ行って来るね、アーシャ」
「きゅ」
 例の如く竜牧場にアーシャを預け、剣を背負って王宮を目指す。もちろん、剣の包みには軽くレビテーションをかけてある。まだ夕方には早いので、いまならば訪ねても大丈夫だろう。返事にはいつでもよいと書かれていた。
 竜牧場から王宮までは一時間弱ほどかかったが、閉門前にはたどり着けたようである。
 手形を見せ、衛兵に納入業者の入り口はどこかと尋ねてみると、そのまま通って一つ奥の詰め所で聞けと言われたので、言われたように入っていく。王宮には幾つかの門があるが、警備の都合か正門脇に夜間の通用口があるのみで、裏口はない様だ。
 多少おっかなびっくりであるが、歩みを進める。
 詰め所では、将軍の手紙とともに手形も改められ、荷も解かれた。このあたりの手際の良さは、流石に王宮だなと妙に感心したリシャールだった。その後案内をつけられて、大きめの執務室と言った風の部屋に連れて行かれ、無事にルメルシェ将軍に対面することが出来た。
「おお、待ちかねたよリシャール君」
「無事にお納めすることが出来て、ほっとしております」
 包みを再び解いて、将軍に確認を取って貰う。
「うむむ、良い出来だ、礼を言うぞ。
 『亜人斬り』五本、確かに受け取った」
「『亜人斬り』!?」
「うん?
 部下達はそう呼んでおるぞ」
 いつの間にか、剣の方には二つ名がついていたらしい。
 はっはっはと将軍は高らかに笑って、剣の出来映えを賞賛した。







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