ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第十七話「駆け回る日々」今回の旅程の重要な部分を終えたリシャールは、実家に顔を出した後、アルトワの城館へと向かった。 先ずはクロードに会いに行くことにする。約束をしていたわけではなかったが、流石にすぐ取り次いで貰えた。 クロードは庭で鍛錬をしていた様で、剣を横に置いて汗を拭いていた。 「リシャール、久しぶりだね」 「はい、お久しぶりです。 クロード様もお元気なご様子で安心しました」 「なんか凄いんだって? おいしい油漬けが王都で人気だって聞いたよ」 ここにも噂が届いているらしい。土産に持ってくれば良かったかとリシャールは思った。 「はい、お陰様で。 あれ、クロード様、少し背が伸びられました?」 「そうなのかな? でも、リシャールは余り変わらない気がする」 確かに身長差はアルトワを出る前とあまり変わっていないような気がしたが、リシャールも少し背が伸びていた。 「私も少し背が伸びましたよ。 だからかも知れませんね」 「そうだね」 そうして暫く談笑していたが、伯爵がお呼びですのでと侍女が来たので、また遊びに来ますと約束して別れた。 「元気そうじゃな、リシャール」 「リシャール、なかなか見事な働きぶりのようだね」 伯爵の執務室では祖父ニコラとクリストフが迎えてくれた。 「クリストフ様、お祖父さま、ご無沙汰しております」 「そうだ、もっと遊びに来てくれてもいいんだぞ」 「頑張るのはよいが、無理をするでないぞ」 「はい、肝に命じておきます」 知らないところで心配掛けているんだろうなと思いつつも、引き返すつもりもないのでごめんなさいと心の中で付け加えておく。 「そうだリシャール、もう聞いているかもしれないが、フネを使った水運の件、本格的に動き出したぞ」 「はい、是非上手く行って欲しいものです」 セルジュやシモンと茶飲み話をしているときにも話題になっていたが、もうフネの発注もしているらしい。 「まあ、大丈夫だろう。 ギルドの上の方が、フネの用意から船着き場の整備まで全部やると言っていたからね。 よくもまあ、あれだけやる気にさせたものだと感心したよ」 もちろんリシャールにも感心したよ、と重ねる伯爵だった。 「アルトワ商人にとっての川を使った水運とは、誰もが欲しながら諦めていたものですからな」 「そういうわけで、こちらの方は順調だから心配しなくていいよ」 「わかりました。 もちろん、僕も負けないように頑張ります」 「うむ、その意気だ」 結局そのあと、夕食までは姫様方につかまったりして色々と大変だったのは言うまでもない。 その日は実家に泊まり、翌日はギーヴァルシュに向かうのに一日潰れたので、実質五日の王都行きとなってしまった。結構ぎりぎりだったのだ。 ギーヴァルシュに戻ってからは、マルグリットの報告を聞きながら壷を錬金していくほど忙しくなってしまった。とにかく、両手剣にエルランジェ訪問、新しい加工場と、それぞれに重要な事柄であるから気の休まる暇がない。 マルグリットとも相談した結果、新しい加工場は用地だけを先に確保して余裕が出来次第手を着けることに決めて、エルランジェ伯領訪問の準備を優先という事にした。剣の方は流石に後回しにせざるを得なかった。 ではと言うことで、壷を作りためて時間を捻出した後、油漬けと塩油漬けの壷を一つづつ持って、ギーヴァルシュの港町に出かけた。 まずはギルドである。 運良くアレクシがいた、というより、どうもアレクシは店の方は誰かに委ねてこちらの方であれこれやっているようだった。 「よう、儲けているそうじゃないか」 「こんにちわ。 実際は火の車ですけどね」 本当に火の車だった。主に時間に追われると言う意味だったが、火の車には違いない。 「何にせよ店が回ってるのはいいことだ ま、丁度良かった。 こっちもちょっと話があったんだよ」 あー、まあそうだろうなあと思ったが、顔には出さない。 「はい、なんでしょう」 「お前さんの商売だが、王都じゃ大人気だそうじゃないか。 こっちでも美味い話だってんで、何人か同じ事をやろうと考えてる。 そこで、一応顔色をうかがっておこうと思ってな」 「はぁ」 「お前さんとこの商品を、王都の商人が独占して商ってるのはわかってる。 だが、どうしても商いはかぶっちまうからな」 道理である。商業圏は、賞味期限と輸送時間の限度一杯に広がってもおかしくはない。 「まあ、そうなるでしょうね」 「そうだな。 そのあたりはどう考えてる?」 下手に情報を流すのも得策ではないし、かといって何も話さないのもよくない。 「そうですね。 仕方ないとは思いますよ。 でも、止められるものではないでしょう?」 「まあな」 「尻馬に乗られるのは癪ですが、だからと言って僕に何が出来るわけでもありませんから、仕方ないですよ」 「ふむ……」 ここは、適当に意味のないことを並べたてておくことにする。相手に優位に立たれるのは良いことではないが、相手に自分の方が優位だと思わせることは、とても大事なことだ。 「特に何か見返りを要求したりはしないと?」 「まともに相手されるとも思えませんが……。 あからさまな妨害や圧力がないだけ、ありがたいと思うべきなのでしょうね」 アレクシも苦笑する。 「まあ、そういうわけだ、今回はちと我慢してくれ」 「我慢は性に合わないんですが、仕方ないです」 『仕方ない』を連発することで、悔しいながらも認めるといった風を装っておく。 「そういえば、今日は何か用があったんじゃないのか?」 「ああ、そうでした。 今度この近くに加工場を作ろうと思いましてね」 「ほう……」 「一応こちらにも話を通しておこうということで、お伺いに上がったんですよ。 これ以上、下手に上納金の額を釣り上げられても困りますからね。 初月度など税額とほぼ同等とか、他の皆様は懐に余裕があるんでしょうが、流石に厳しいです」 先に確認しておけば、言い訳を用意もできるだろうか。予防線の大事さを改めて心に思い浮かべつつ、アレクシを観察する。 「なるほどな。 まあ、二軒なら倍だ」 「百エキューですか。 相当きついですね」 「まあでも二軒も出すんだから当然だ」 「なら一軒閉めれば元に戻りますよね?」 「当然だ」 アレクシも頷く。確かに当然だった。過去にまで遡って巻き上げられてはたまらない。それにしても高いなとは思うが、こちらではこれが相場なのだろう。 「では、移転の間だけは倍額支払う形になると思いますのでよろしくお願いします」 「うむ。 ……口利きはいいのか?」 小遣い稼ぎはさせないぞ、と内心澄まし顔をしたリシャールだった。 「はい、紹介状を書いて下さった人がいらっしゃいましたので」 「奇特な奴だ」 「面白い方でしたよ」 アレクシには想像もつかないだろうが、紹介状と一筆を書いたのはギーヴァルシュ侯爵本人である。 次に城館に向かい、オーギュストを呼んでもらった。 「こんにちわ、オーギュストさん」 「はい、お久しぶりですね」 「早速なんですが、新しく土地を借りたいと思いましてね、ご相談に上がらせてもらったのですよ」 オーギュストは信頼しても良いとリシャールは評価していた。なんというか、非常に真面目な人柄だが、役人独特の匂いが薄いのだ。 移転についての話と共に、侯爵の手になる紹介状と一筆も見せる。 「ほう、領主様ご自身の……」 「はい、運良くお話を聞いていただけましたので。 これもイワシのおかげですよ」 嘘も方便と言うことで、少々申し訳ないがオーギュストには勘弁して貰うことにしよう。 「しかし、これは流石に私の手には余ります。 公子様にお伺いを立てなければなりませんね」 「はい、お取り次ぎをお願いできますでしょうか?」 「もちろんですとも」 流石に侯爵直筆の紹介状は効き目が強いらしい。すぐに領主代行である公子の元に通された。 「はじめまして、公子様にはお初にお目にかかります。 ラ・クラルテ商会のリシャールと申します」 「ほう、噂のやり手商人がこうも若いとはいささか驚いたぞ。 私がここを預かっているアラン・ブリュノ・ド・ギーヴァルシュだ」 歳は父と同じぐらいだろうか、公子アランはアルチュールに似た感じの偉丈夫だった。手みやげの壷は、控えた執事らしき人物に既に預けてある。 「ぶしつけで申し訳ないが、君は幾つだ?」 「はい、十二歳になります」 「うちの娘より年下なのか、立派なことだ。 暫く前にな、我が父からの手紙にも書いてあったのだ。 そのうちラ・クラルテ商会から誰か来るはずなので、門前払いをせずに話を聞いておけと」 「ありがたいことです」 「もっと早く来るのかと思っておったのだがな」 不義理をしてしまったかと内心悔やむが、もう遅い。 「私がここに来たときは身一つで、商会とは名ばかりの何の実績もない行商人でしたゆえ……。 公子様、旅の行商人が城館を訪ねた場合、毎回お会いになって居られますか?」 「……ふむ、尤もだ。 ほぼ会うことはなかろうな」 「私も、もちろんそう考えました。 挨拶が遅れたことは申し訳なく思っておりますが、流石に恥も知っておりますゆえ」 「ふむ、それも道理であるな」 特にお咎めがあるということはないようで、ほっとする。 「しかし、父上自らが紹介状を寄越すとは、正直驚いてもいるし計りかねている部分もある。 そのあたりも含めて説明してもらえるか?」 「もちろんでございます」 リシャールは侯爵に対して話したのと同じように、お墨付きとその印税、そして加工場移転についての話をした。少し迷ったが、私的なコネと思われるのも心象を悪くしそうだと思い、エルランジェ伯の孫であることは黙っておく。 「ふむ、なるほどな。 我が父がわざわざ手紙に書いて寄越すだけのことはあるな。 だが、一つわからないことがある」 「はい、どのような事でしょうか?」 不審な点はなかったようにリシャール自身も思っていたのだが、見落としがあったのだろうか。警戒感がつのる。 「内容といい手の打ち方といい見事であると思う。 他の商人との軋轢も少なかろうし、ただ座しているだけで私も利益が増す。 だがお主は商人だ。利に聡く、機を見るに敏、その筈だ。。 しかし、わざわざ自ら首を絞めずともよかろうに、この手の打ち方。 ここまで利益を切り詰める理由がまったくわからん。 リシャール、お主自身は何を得るのだ?」 なるほど、ハルケギニアの商人としては、いくらか外れているのかもしれない。 公子に教えられたと、リシャールは思った。 しかし、リシャール自身の前世での感覚では、この状態でも充分に利益が出ている計算になるのだ。不況日本の小売業界で店長を任されていたのは伊達ではない。しかしこの現状は、他者には少々詰め込みすぎに見えるようだった。 先月時点でのラ・クラルテ商会の売り上げは八百エキュー弱。このうちの四割が税に取られ、四割が材料費などを含む諸経費に消え、そこから更に一割五分近くがアーシャの食餌代金となり、それら以外がやっとリシャールの手元に残った。マルグリットも実は懸念していたのだが、事業をはじめたばかりということもあり、リシャールには何も言わなかった。 実際、ハルケギニアの商人ならば旨味が少ないと判断して手間をかけずに事業を処分するか、何らかの手を打つかするラインである。二割は利益を取るのが当たり前、三割なら上々というのが一般的な考え方であった。 「公子様の仰ることはわかりました。 しかし、今のところはこれで十分なのです。 理由は、利益が目的ではないからでございます」 「商人なのに利益が目的ではないと申すのか?」 「はい。 金銭だけならば、実は商売しない方が、多くの利益を上げられることがわかっておりますゆえ」 「ほう、どういうことだ?」 アランも興味を惹かれたようだ。 「私には錬金鍛冶師としての顔もございます。 そちらで稼げばよいだけなのですから、面倒を重ねて商売をすることもありません。 しかし、商売は公子様が先ほど仰られた『利に聡く、機を見るに敏』、これに尽きると思います。 錬金鍛冶では剣のみに工夫の度合いが集約されますが、商売はこの世のありとあらゆるもの全てにそれが要求されます。 これがたまらなく楽しいのです。 それにですね」 「うむ?」 「移転後には商売の方でも充分な利益が出ると、私は見ております」 リシャールはにっこりと笑った。嘘ではない。 アランの方も頷いた。 「そういうことならば、納得はした。土地の方はオーギュストと相談せよ。 そうだな、街の南側ならば多少は広く使えるだろう。 我が父の口添えもあるし、良識の範囲内であれば好きにして構わん。 お主自身も面白いやつであるようだ。期待しているぞ」 「ありがとうございます、公子様」 無事に新加工場の敷地は確保出来たようである。リシャールは再び礼を述べてアランの前を辞した。 その後城館内の一室でオーギュストと詳しい打ち合わせに入った。 海岸丸まる一つを借りるべきか否か、これが問題であった。 全部借りれば広さは凡そ十分の一アルパン、約十万坪にも及ぶ。今の加工場の約二十倍であった。借り賃も月に三百エキューと、広さの分はともかくも、街に近いだけあって高くなっている。 しかしリシャールは、街の人口から考えるとこのぐらいの拡張は可能とも見ていた。 そのあと現地も見に行ったが、なるほど、好条件であった。街の門からも徒歩で五分ほどであるし、街道にも近い。浜の全部が使えるわけではないが、十分だ。 リシャールは、新加工場の予定地はここで決定することにした。借り賃は今日でなくともよいとオーギュストから聞いたので、数日中に持って伺うと約束して契約を交わす。 一仕事終えた気分でリシャールは加工場に戻ったが、勿論壷を作る仕事が彼を待っていた。 それから数日はマルグリットにも手伝ってもらいながら、エルランジェ領行きの本格的な準備に入った。可能な限り壷を作り、作業場の邪魔にならないように積み上げていく。もっとも、リシャールは壷の製造には十分慣れていたので作業は予想を上回って進み、直近になるまではさほど気にしなくても良いのではということになった。 そこでリシャールは、セルジュに依頼していた鉄塊と炭が届いたこともあり、空いた時間で両手剣の方を先に一本製造してみることにした。 一度作っているので、多少は楽になるだろうとは思っていたが、こちらも一本作るのに前は三日半かかっていたところが、二日で済んでしまった。鉄を錬金する時間やその魔力をおさえられたのと、前回はバランスの調整に苦労していたために試行錯誤の繰り返しだったことが大きいようだ。壷の減り具合をみながら、今月中にもう一本製造することにした。 この間にアルトワから一通の手紙が届いた。差出人はギルドになっており、ラ・クラルテ商会で働いても良いという人物が現れたと書かれていた。 女性で二十五歳、夫が病で亡くなったので働き口を探していたのだという。商家に勤めたことはないが、結婚前は貴族の屋敷に勤めていたので、文字の読み書きと簡単な計算なら大丈夫らしい。 元侍女ならば礼儀などもわきまえているだろうし、悪くないなとリシャールは思った。あとは実際に会ってみて判断するしかない。 だが、こちら側の問題もあった。 早めに面接はしたいが、今の時期にリシャールがギーヴァルシュを出るのは厳しい。かと言って、マルグリットに行って貰うなら往復一週間はかかる。 「リシャールさんがアーシャちゃんに乗って行くにしても往復二日、今はちょっと痛いですね」 「うーん……」 「どうしたらいいでしょうね」 考え込んだ二人だった。 「いっそ、来て貰ってはどうでしょう?」 「こっちにですか?」 「はい。 試用期間ということにして、その間の働きぶりで採用か否か決めるんです。 旅費などの余計な出費は必要になりますが、今は時間の方が大事ですわ。 旅費はギルドの預託金から出せばよいと思いますし、私たちもここから動かなくてよくなりますし……」 マルグリットは、どうでしょうとばかりにリシャールの方を見た。いい手だった。交通費支給の面接と短期雇用を組み合わせてある。本来なら、リシャールが思いついて然るべき手であった。 「うん、それで行きましょう。 そうですね、試用期間は一ヶ月、その間の給与は十エキュー、宿舎の代金は無料で旅費は別に出せばいいでしょう。 このあたりでいいと思いますが、マルグリットさんは?」 「はい、私も賛成です。早速手紙を出しておきましょう。 預託金引き出しのための書類はお願いしますね」 「ええ、すぐに用意します」 どんな人かはわからないが、いい人であればいいなと切実に願うリシャールだった。 そうこうするうちにも、月末は近づいてくる。もう第三週であるエオローの週に入っていた。壷は必要分以上に積み上げられ、二本目の両手剣も出来上がった。今週に入ってからは時間を作っては、新加工場の予定地での建設作業に追われている。 新工場の予定地は、南北に海岸に沿って細長い長方形になっている。ここに設備を移転するのだ。先日三百エキューを支払いに行った際、現地でオーギュストに確認しながら人間大の杭を錬金して打っておいたので、場所を間違えたりはしない。 大体の構想は、既にリシャールの頭の中に出来上がっている。街に近い方に入り口、入ってすぐに事務所とアーシャの寝床、そしてリシャール達の寝る宿舎を置く。土地の真ん中に道を配して奥は陸側に倉庫、海側に作業場を作れば作業もしやすくなるだろう。 岩場もあったが、底を浚うことが可能なら船着き場が欲しいところである。粘土のゴーレムでは無理だろうが、材質を鉄や青銅にしたゴーレムにスコップを持たせてやれば何とかなるかも知れない。だがこれはかなり後になるなと、ため息をついたリシャールだった。先ずは倉庫や宿舎を建てて引っ越しをせねばなるまい。 「こんにちわリシャール様、ヴァレリーと申します。 アルトワでお城勤めをしていた頃は、エステル様に大変お世話になっていました」 やってきたヴァレリーは、薄紫の髪をした真面目そうな女性だった。エルランジェ行きを前にばたばたしていたリシャールとマルグリットだったが、待望していたアルトワからの新人候補の未亡人が到着したことで、少し楽になった。彼女は、リシャールの母エステルからの手紙を携えていたのである。 手紙には近況報告の他に、彼女の仕事ぶりや人柄についても記してあり、十分な信用を置けそうだったのだ。 「こちらこそ初めまして、リシャールです。 こちらはうちで仕事をしてもらっている、マルグリットさんです」 「はじめまして、マルグリットです」 「ヴァレリーです、よろしくお願いします」 「しかし、アルトワの城館にいらしたとは驚きでした」 「はい、小さい頃のリシャール様も存じておりますわ」 「ヴァレリーさん、是非詳しくお聞きしたいです」 「うわぁ……」 思わぬ方向からの奇襲に頭を抱えたリシャールだった。 ヴァレリーが到着してからリシャールがエルランジェに出発する日までの数日間の間に、マルグリットとヴァレリーは随分と仲良くなったようだ。 とりあえず、加工場の方は安心とみていいだろう。女性二人と言うことで強盗や物取りが心配だったが、二人には数日分の損害などはすぐに取り戻せるので、万が一の場合は何を置いてもとにかく逃げるようにと、こればかりはきつい調子で二人に厳命したリシャールだった。ついでにリシャールがいないと動かないながらも、岩のゴーレムを敷地の数カ所に配置しておいた。お飾りだが、ないよりはましだろう 実際、数日分の損害などいつでも取り戻せるのだ。自転車操業とは言え、経営自体は健全な状態を維持しているから、特に追いつめられると言うこともない。最悪でも、伝家の宝刀錬金鍛冶を発動すれば、数千エキューまでなら何とか出来る自信はあった。 「いってらっしゃい、リシャールさん」 「気を付けていってらっしゃいませ、リシャール様」 「はいいってきます、マルグリットさん、ヴァレリーさん。 商会のことはよろしくお願いします」 税や上納金、地代は既に払ってあった。税は月末のために各地を飛び回らないとならないと言うことで、予想金額を計算した上で多めに支払い、翌月分で調整をしてもらうということで話をつけておいた。ごねられるかとも思ったが、オーギュストの話によるとよくあることらしい。城館側としては、先払いする分には特に咎め立てをすることはないのだそうだ。 「行くよ、アーシャ」 「きゅー!」 エルランジュでは何があるやら。 楽しみではあるが、心配でもある。 リシャールは、のんびりとした休暇になればいいのだがと、曖昧に微笑んだ。 ←PREV INDEX NEXT→ |