ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第十六話「二足の草鞋」




 ギーヴァルシュに加工場が出来て二ヶ月目。
 僅かだが人を増やしたせいもあって出荷量は順調に伸び、月の売り上げ高は八百エキュー近くに達した。来月は概算であるが千エキューは越えるものと予想されている。
 しかし、北モレーの加工場ではこのあたりが限度だった。広くすることは出来ても、労働力が確保できないのである。
 リシャールは最悪いつでも引き払えるよう、また、北モレー村の企業城下町的な取り込みまでは行かないように注意を払っていた。これはマルグリットにも説明して、理解を得ていた。
 万が一の事態になっても錬金鍛冶師としては何処でも仕事を再開できるし、それだけでもアーシャの食餌代とマルグリットの給料はなんとか捻出できるから見捨てないで下さいねと、マルグリットには笑ってお願いしておいたリシャールだった。

 万が一、というかリシャールにも簡単に想像が出来、なおかつ懸念していたのは、競合する生産者の出現だった。いまのところその気配はないようだが、この世界には特許の出願もなにもないので、真似をされても文句を言えないのである。
 先に手を打っておこうと考えたリシャールは、王都の祖父エルランジェ伯に改めてギーヴァルシュ侯を紹介して貰おうと手紙を書くことにした。
 一週間ほどで返事が返ってくるだろうと予測して、リシャールは王都に行く準備に追われた。もちろん必要になる大量の壷の生産と、錬金鍛冶による運転資金の捻出である。滞在は最長一週間を見越して準備をすることにしたのだが、祖父の反応は素早く、五日で返事が来てしまった。
 一週間は無理でも五日は持ちこたえられると判断して、手持ちの資金八十数エキューのうち十エキューと僅かな小銭を残して残り全額をマルグリットに預け、作ったばかりの剣二本を持ったリシャールはアーシャに乗って王都に向かった。十エキューはもちろん、竜牧場でのアーシャの宿泊費である。
 
 太陽が傾く前に王都に着いたリシャールは、竜牧場にアーシャを預けて先に武器屋に向かった。とにかく当座の活動資金を得なくてはならない。
 武器屋に持ち込んだ片手剣二本には、合計百六十エキューの値が付いた。ラ・ロシェールで売るよりは若干高いのだが、ギ−ヴァルシュからだと王都へは往復二日かかってしまうので、頻繁には訪れにくいのだ。
 無事に剣を金に換えたリシャールは、テラスのある料理屋で簡単な食事をしてから、祖父エルランジェ伯の屋敷へと向かった。

「おお、待ちかねたぞ」
「いらっしゃい、リシャール」
「お久しぶりです、お祖父さまお祖母さま」
 相変わらずの歓迎ぶりで、リシャールとしてもとても嬉しいのだった。
「ジェルマンから聞いたぞ。
 もう例のイワシも市場で売られているそうではないか」
「はい、なんとかやりくりしております」
「で、アルの奴への紹介が欲しいのじゃと?
 お前ならあ奴とも顔見知りじゃし、改めて紹介するまでもないと思うのじゃが?」
「あの、でも、勝手にお伺いしたらお祖父さまがお怒りになるのではないかと……」
「あー、まあ、怒ったりはせんが……」
 多少は機嫌が悪くなると、祖父の顔に書いてあった。
 半分は嘘であるが、それでも、少しは頼りにしているし、祖父にも不義理はしたくない。
 それらは頭の中だけに留めて、リシャールは考えていることを祖父に並べていった。

 現在はイワシの油漬けと塩油漬け、煮干しはラ・クラルテ商会が市場を独占しているが、類似品が出回るのはそう先のことではない。煮干しなど、即日出回っても不思議ではないのだ。
 ここでその為の対策として、ギーヴァルシュ侯の御印、お墨付きを得たい。
 その見返りとして、侯爵はラ・クラルテ商会に印税を課すことで、ラ・クラルテ商会は他の商人よりも多くの税を納める。

「ふむ、よく練られてはおるの。
 じゃが、他の商会への対応はどうするのじゃ?」
「基本的には放っておきます」
「なんじゃと!?」
 祖父は流石に呆気にとられたようだった。リシャールは続けて訳を話す。

 実際これらの品は、王都では売れ筋の商品となりつつある。侯爵に談判して独占権を手に入れ、商品の囲い込み計る手もあるが、それでは他の商人から無用の恨みを買うだけだ。それに実際、リシャールの手だけで需要を賄うのは困難であるし、他の領地にいる大勢の商人にまでは、拘束力がない。
 そこで他の商人にも自由に作らせて市場の要求する流通量を満たすようにするが、そのままではこちらとしても得られるべき利益が減少する。しかし、ここで先のお墨付きが生きてくる。
 従来品とは別に厳選した素材を使い、製造にも従来より手間をかけた貴族向けの需要を満たす高級品の製造を開始するのだ。これは一筋縄で真似を出来ない上にお墨付きもあるので、自然とラ・クラルテ商会の独占となる。

「なるほどのう……。
 そういうことであれば、改めてあ奴を紹介しよう。
 訪問は明日でもよいかの?」
「はい、大丈夫です」
 祖父の了承は取れた。なにかお礼をしなければいけないなあと思ったが、相手は祖父とは言え伯爵家の当主、そうそう思いつく物もなかった。
「うむ。
 それからな、リシャール」
「はい」
「明後日は一日開けておけ。
 わしの方に付き合って貰うことにするぞ」
「え、お祖父さまにですか」
「そうじゃ」
 悪戯小僧のような目をして、祖父はにやりと笑った。

 翌日は朝のうちからギーヴァルシュ侯爵の屋敷へと向かうことになった。祖父が予め手配しておいてくれたらしい。
「おお、よく来たリシャール。
 ん?
 用があるのはリシャールだけだろうに、そこのくそじじいはついて来んでもよかったんじゃぞ?」
「ふん!
 わしの可愛い孫を悪の侯爵から守るために来たに決まっておろうが」
 いつものやりとりの後で奥の応接室に通されたので、やっとリシャールも挨拶をして、話を切りだした。昨日祖父に話したままに、お墨付きと高級品生産の話をする。
 要はブランド化しようというのであるが、この世界ハルケギニアでは、ブランド化という言葉はなくとも、類似するものはあった。例えば、剣は巷間に溢れているが、ゲルマニアのシュペー卿作の剣は、卿の作だというだけでも値が上乗せされて取り引きされていた。リシャールも、自分の手になるラ・クラルテの商品の位置づけを、そこまで高めようとしているのだ。
 また、お墨付きを頂戴するにあたって、ラ・クラルテ商会は、ギーヴァルシュ侯爵に通常の税を納めた上で、その金額の更に二割を、御家の名前と紋章、つまり御印を使わせて貰った礼である『印税』として納めると説明した。
「なるほどのう、そこまで見越すか。
 確かに、他の商家の邪魔はせんから多少競合しようとも極端な軋轢は生まれんし、わしも全体に税収が上がるから口も挟みにくい。
 しかしリシャール、それは老練の商人のやり口だぞ。
 末恐ろしいのう」
「それほど大それたものでもないのです。
 私はまだ商人としての実績を云々するどころか年齢もこの通りですし、安定した収入を連続して得るための基盤を少しでも早く作っておきたいのです」
「ふむ」

 実際、他の商会がラ・クラルテ商会と同じ品質の物を作っても、大儲けが出来ないはずだとリシャールは見ていた。リシャールは自分の魔法で必要となる建物や資材を作っているが、これらは通常、魔法使いを雇うか専門の業者に代金を支払って得るものである。つまり、初期投資の回収に時間がかかる上に、利益率がさほど高くないのだ。
 手を抜けば製造原価は下がるが、当然品質は落ちる。値段を上乗せしようにも、既にラ・クラルテの商品は出回っているから下手な高値はつけられない。店を持っているなら製造直売が出来るが、王都に支店を持つほどの豪商はギーヴァルシュには二つしかない。

「なるほどな。
 しかし、リシャール。
 他の商家も同じようにお墨付きを欲しがったら、わしとて断るのは難しいぞ?」
 領主はある程度の公平性を発揮しなければ統治に支障が出るから、リシャールにばかり天秤を傾けるわけには行かない。
 また、在ギーヴァルシュの商人だけでなく、海に面する場所に拠点を持っているなら、どの商人も塩油漬けを作る可能性はあるのだ。
「アルチュール様、私は何も不正を働いているわけではありませんから、気にしたりはしませんよ。
 お墨付きを出すに相応しい、とお思いになられるお相手にならば、出されて良いのではないですか?」
「良いのか?」
「もちろんですとも。
 私と同じく真面目に二割増しの税を納めている商家ということになりますから、私もそれ以外の商人も文句は言えませんよ」
 一瞬狐に摘まれたような顔をしたアルチュールだったが、次の瞬間爆笑した。
「わっはっは!
 なるほど、そういうことかリシャール!
 税額の二割増しは、ギーヴァルシュに店を構える普通の商家には出し得ない金額ということだな?」
「はい、仰るとおりです。
 普通の商家であれば、従来からも扱っている多くの商品にまで、その税が重くのし掛かってくることになります。
 また、現在に於いてある商品を独占的に扱っている商家であれば、特にお墨付きを頂戴せずとも既に独占しているのですから、本来なら払わなくて良い余計な税を抱えることになってしまいます」
「むう、正に二重の罠じゃな」
「うちの孫はどうしてどうして、計算高いのう」
「お祖父さま……」
「うん?
 褒め言葉じゃぞ?」
 実に良い笑顔でそう言われると、流石にリシャールも返す言葉がなかった。

 その後、お墨付きについては全てリシャールの希望通りに了承がなされ、現在領主代行としてギーヴァルシュ領を治めているアルチュールの長男宛てに、紹介状と一筆を書いてもらった。もちろん、ギーヴァルシュの港町近郊の海沿いに、新しい加工場を増やしたいという件にも口添えも頼んでおいた。
「しかし、お主の孫は勿体ないのう」
「ん?
 何がじゃ」
「わしの孫なら、今すぐにでも領地の経営を教え込んで仕事させたいぐらいじゃ。
 なんなら孫の婿に……」
「おお、その手があったか。
 しかし、わしのところは皆男で孫娘がおらんからのう。
 ……そうじゃ、気になる娘がおったら連れてこい!
 わしの養女ということにすれば大丈夫じゃ。
 リシャール、どうじゃな?」
「さ、流石にまだ結婚は……」
 お墨付きに関しては無事に話が通せたものの、商売とは別の問題が浮上しそうであった。
 リシャールは、三男で家を継ぐということもなく、ラ・クラルテの家格は低いながらもエルランジェ伯爵の孫でもあった。また、この若さで商才の片鱗を見せ、その上トライアングルのメイジであるから、非常にお買い得な物件なのである。特に大きな貴族でもない限りは、婿入りの相手としてはそこそこに好条件なのだ。
 そしてもちろん、貴族に限らず三男坊の結婚には、本人の意思は含まれにくいのがハルケギニアの常だった。

 ギーヴァルシュ侯爵邸からの帰り、馬車の中で祖父からはまた別の話があった。
「のう、リシャール」
「はい、お祖父さま」
「お主、一度わしと一緒にエルランジェに遊びに来んか?」
「ありがとうございます。
 前もって仰っていただけるなら、数日程度であれば自分が抜けても大丈夫かと思います」
「ふむ、そうじゃな。
 今月の末あたりはどうじゃ?」
 今は月の第一週にあたるフレイヤの週だったから、壷を作る余裕もありそうだった。
「では、お祖父さまが領地に戻られるのに合わせて、直接お伺いしますよ」
 祖父の治めるエルランジェ伯爵領はガリアに近いトリステイン南西部にあったから、ギーヴァルシュからなら王都まで出るよりも近いのだった。
「うむ、楽しみにしておるぞ」
「はい、私もとても楽しみです」
 頑張って壷と剣を作り貯めねばと、リシャールは気合いを入れた。

 翌日も、リシャールは祖父と共に馬車に乗り込んだ。せっかくリシャールが来ているのに私はおいてけぼりなのと、祖母には少々拗ねられたが、今日は祖父と二人での行動になるらしかった。
「お祖父さま、今日はどちらへ向かわれるのですか?」
「うむ、到着するまでは内緒じゃ」
「うーん、残念です」
「はっはっは。
 まあ、いいところじゃよ」
 心の準備が出来ないなあとは思ったが、祖父が楽しそうなのでまあいいかということにしておいた。

 やがて馬車が止まった。
「お祖父さま、ここで間違いないのですか?」
「うむ、間違いないぞ」
 馬車が到着したのは、どうみてもトリステイン王国の中枢たる王宮であった。リシャールにしても遠くから眺めることはあったが、足を踏み入れるなど考えたこともなかった場所である。
「さ、行くぞ。
 惚けとらんでしゃんとせい」
「は、はいお祖父さま」
 前世で例えるなら皇居に行くようなものだったからどうしてよいかわからず、祖父の後についていくしかなかった。
 主城らしき建物の入り口で案内の衛兵が付けられてそのまま奥に入り、応接室らしき部屋に案内された。部屋を見回してみると流石に調度品も高級そうで、値段などはリシャールには想像も付かないほどだ。
 二人はさほど待たされることもなく、五十絡みの軍人が入ってきた。
「お待たせして申し訳ない、エルランジュ伯」
「お久しぶりですな、ルメルシェ将軍」
「伯爵、そちらの少年がまさか……」
「わしの孫でしてな。
 リシャール、将軍に挨拶なさい」
 アルチュール様相手と違って普通だなと思いかけたのを、慌てて頭の片隅に追いやる。
「はじめまして、リシャール・ド・ラ・クラルテと申します」
 孫として紹介されたので、商会の名は使わない。
「うむ、私はジョアシャン・ド・ルメルシェ。
 王軍で一連隊を預かっている軍人だ。
 ……早速だがリシャール君、先日私は伯爵から一本の大剣を委ねられたのだが、あれは君の作った物で間違いないかね?」
 リシャールは、祖父が頷くのを確かめてから返事をした。どうやら祖父は、ルメルシェに剣を渡していたらしい。
「はい、先日王都に来た折、祖父に両手剣を預けました」
「ふむ……」
「将軍、わしは水のメイジな上、職業軍人でもありはしませんのでな、剣の善し悪しまでは詳しくありませぬ。
 まあ孫が一生懸命作った物なら、そう悪い物ではないだろうとは思うておりましたがの。
 孫はこの歳でトライアングルの土メイジですのじゃ」
「ほう、優秀なことですな……
 是非我が連隊に欲しいところですが、まあ、それは置いておきましょう。
 リシャール君、順を追って話すが先日北部の王領で亜人が出たというので、討伐の命が下った。
 私の部隊から一隊を派遣したのだが、その折にあの剣を持たせたのだ」
「あれを振り回せる人がいたのですか!?」
 リシャールの方が驚く羽目になった。なにせリシャールでは、剣にレビテーションをかけなければまともに持てない重さなのだ。元々、冗談半分に作った剣である。
「うむ、平民の兵士だが彼は大活躍だったそうだ。
 オーク鬼が楽に切れたと報告が上がってきていた」
「凄いですね」
「いや、凄いのは君の作った剣の方だろう。
 普通の剣ではこうは行かなかったはずだ」
「ありがとうございます」
 リシャールは素直に頷いておくことにした。
「率いていた小隊長からの報告にもあったのだが、あの剣は重鎧を着た相手などには従来通りの効果しか見込めないが、鎧を身につけない亜人には絶大な威力を発揮するそうだ。
 亜人討伐の際に両手剣を使う何人かに持たせれば、同じ人数でも大きく戦力が上がることは間違いない。
 そこでリシャール君には、同じ物をもう五本ほど作って貰いたいのだ」
 とてもありがたいことだが、あの両手剣を五本ともなると、これは大仕事になる。
「どうだろう、引き受けて貰えないだろうか?
 価格は先の剣も含めて六千エキュー出そう」
「六千!?」
「並の両手剣でも二百や三百はするのだ、驚くほどでもないだろう」
 リシャールもそんな大金は目にしたことがなかった。六千エキューもあれば、小さな館なら十分買える。
 しかしイワシの方もあるので、剣ばかりにはかまけていられない。
「今の仕事の方も予断を許さない状況なので、剣をお納めするのに二ヶ月は見ていただきたいのですが……」
「ふむ、二ヶ月だな。
 宜しく頼むぞ、リシャール君。
 早速書類を持ってこさせよう」
「わかりました、こちらこそ宜しくお願いいたします」
 思わぬ大金が、転がり込んできた。

 ルメルシェが一旦退席し、リシャールはほうっと一息ついた。
「む、緊張しておったか?」
「はい、王宮も軍の偉い人とお話しするのも初めてでしたから……」
「ま、今のうちに慣れておくんじゃな」
 緊張していたリシャールと違って、祖父は飄々としたものである。
「しかしのう、わしも鼻が高いわい。
 これからもわしを楽しませてくれよ?
 それが何よりの孝行じゃ」
「お祖父さまには感謝しても仕切れません」
「はっはっは、可愛い孫のためじゃ、わしも痛快じゃし気にするでない」
 その後戻ってきたルメルシェと、財務担当者らしき人物も交えて契約を交わし、リシャールは祖父と共に王宮を辞した。

 祖父と共に屋敷に戻った後、祖母も交えて昼食を取ってから礼を言って月末にエルランジェでお会いしましょうと約束して市街に出た。デルマー商会と魅惑の妖精亭に顔を出すのも忘れない。先日とおなじ店で今度はクックベリーパイを求め、アーシャのいる竜牧場へ向かう。
「待たせてごめんね」
「きゅー」
 自分もパイを摘みながら、コーヒーはなかったなあと考える。日本人だった頃は、缶コーヒーにはお世話になっていたものだった。
「アーシャ、食べ終わったらアルトワに行くからね」
「きゅ」
「うん、ありがと」

 アルトワに戻ると早速ギルドを尋ねたが、セルジュは店の方だった。
 セルジュのコフル商会は、鉄や材木を主に扱っていた。取引金額ではアルトワでも一、二を争う豪商である。
 大店の並ぶ旧市街でも目立つ位置にコフル商会の本店はあった。もちろん、リシャールも見慣れている。そのうち、自分もここに店を並べられたらいいなと、ちょっと思ったりした。
 運賃を考えれば王都で買っても良いのだが、義理もあるので顔を出そうと思ったのだ。商品自体は王都の支店から送って貰えばいい。
 眺めていても仕方ないので、店先にいた下働きらしい少年に声をかける。
「ラ・クラルテ商会のリシャールと申しますが、セルジュ会頭はいらっしゃいますでしょうか」
「は、はい、いらっしゃいませ、直ちに!」
 少年にはえらく緊張されてしまって、首を傾げるリシャールだった。
 入れ替わりに奥から壮年の男性が現れて、リシャールを案内してくれた。
「どうぞこちらに」
「ありがとうございます」
 そのまま二階の部屋に案内され、香茶が運ばれてきてきょとんとする。店を持たないリシャールには想像でしかないが、明らかに上客への対応だった。
「戻ってきたのか、リシャール君」
「お久しぶりです、セルジュさん」
 待つ間もなくセルジュが現れて、声を掛けられた。
「マルグリットはどうだ?
 しっかりやっているか?」
「ギーヴァルシュの方はとっくに任せきりですよ。
 それはもう大助かりです」
「そうかそうか。
 なんでもイワシの油漬けが人気だそうじゃないか。
 アルトワまで噂が届いておるよ。
 ところで、今日はどうしたんじゃ?」
「鉄と、それから炭が欲しいのです。
 それぞれ、最高級でなくても良いので上質の物はありませんでしょうか」
 鉄は勿論だが、両手剣を五本となると、炭は錬金の補助としてそこそこの量が必要になる。
「そうか、リシャール君は錬金鍛冶師でもあったな」
「はい、そちらの方の仕事で必要になりまして……」
「量はどのぐらいじゃな?」
「鉄の方は精錬済みの鉄塊で百リーブルほど、炭は荷馬車一台分あれば大丈夫です。
 申し訳ないのですが、ギーヴァルシュまで運ぶ手段がありません。
 馬車を差し回していただきたいので、その分の値段も入れておいて下さい。
 来週中でも大丈夫でしょうか」
 炭の方はもう少し少なくても良かったが、イワシの方でも使うものなので売って貰いやすい量にしておいた。
「その量ならばすぐに用意できるとも。
 価格の方は後で正確なものを出すとして、そうじゃな……鉄の方が十七か十八、炭が五十、王都から荷を出すとして運賃に二十ぐらいか、合計で大凡九十エキュー弱になるかな」
 炭は上質な物をと注文を付けた分、いつもの物より少々高くなったが、鉄の値段が思ったよりも安かった。いつも錬金で済ませているので、リシャールは今一わかっていなかったのである。しかし、今回は魔力消費を少しでも押さえるために、注文を出したのだった。
「その金額であればとても助かります。
 ギルドの預託金から引き落として貰うことは出来ますよね」
「もちろんじゃとも」
「では宜しくお願いします」
 両手剣の制作のための資材は、これで調達できた。
 あとはギーヴァルシュ近郊への加工場新設と、どこまで両立して行えるかが勝負である。
 色々とやることが増えて忙しいリシャールであった。
 二足の草鞋を交互に履くのは、これでなかなか大変なのだ。







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