ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第十二話「ギーヴァルシュのイワシ」




 馬車で祖父の屋敷に戻る途中、リシャールはジェルマンに尋ねてみた。
「ジェルマンさん、お祖父さまのご用とは、いったいなんなのでしょう?」
「リシャール様、私のことはジェルマンで構いませんので。
 旦那様のご用は、おそらくですが、今夜旦那様はギーヴァルシュ侯爵様のところへご訪問される予定でしたので、ご一緒にリシャール様もお連れになるのではと」
「なるほど……」
 リシャールも、侯爵家の門をくぐったことは流石になかった。
 遊びに行くからお前も来い、というあたりならいいんだけど、とリシャールは思った。

 屋敷に着いたリシャールは、祖父への挨拶も早々に風呂に放り込まれて着替えさせられた。そういえば、しばらく入っていない。なかなか手の出せるものではないのだ。メイドに手伝われつつ渡された服に着替えながら、そのうち、お金が貯まったら風呂屋でもはじめてみようかとも考える。
 いま着ている服は、クロードの正装によく似たものだった。ジェルマンによると、叔父が昔使っていたものらしい。迷ったが、鉄杖はそのままぶら下げることにした。
「凛々しいわ、リシャール」
「おお、準備できたか。
 では行くぞ」
 そのまま説明もなしに、もう一度、今度は紋章の付いた立派な馬車に乗せられる。
「お祖父さま、ギーヴァルシュ侯爵様というお方は、どのようなお方なのですか?」
「ん、アルチュールか?
 あ奴とはもう五十年もつきあいのある腐れ縁でな、わしと同じく悠々自適な老いぼれじゃよ」
「親しいご友人なのですね」
「まあ親友というか悪友というか、面白い奴じゃよ」
 少しほっとしたリシャールだった。しかし、軽い緊張は残っている。それでも、祖母も笑っているから大丈夫だろうと、納得することにした。

 ほどなく、祖父の屋敷よりも更に立派な門構えの屋敷に到着した。
「まだくたばってなかったか、くそジジイ」
「お前を見送るまではあの世に行けるか、この老いぼれ」
 とても侯爵と伯爵のする挨拶には思えなかったが、周囲の従者達も気にしておらず、祖母も変わりなくにこにことしていたのでいつものことなのだろう。
 ギーヴァルシュ侯爵は祖父と同年代で、若い頃は軍人だったに違いないと思わせるような巨躯の持ち主だった。
「奥方にはご機嫌麗しゅう」
「アルチュール様もおかわりなく」
「そちらの少年はお孫さんで?」
「ええ、先日初めて王都に来ましたのよ」
 よかった普通だ、これが普通だよと思ったリシャールだった。目の前でやりとりされる、礼節と親愛が感じられる貴族的社交に安堵する。
「侯爵様、お初にお目にかかります。
 リシャール・ド・ラ・クラルテと申します」
「うむ、祖父に似ず立派なことだ。
 さすがにクリステル夫人の血を引くだけのことはある。
 わしはアルチュール・ブリュノ・ド・ギーヴァルシュ、そこにおるくたばり損ないの愚痴に付き合って五十年の大ベテランだ」
「余計な一言が多すぎるぞ、アル」
「モリス、お前にだけは言われたくないわ」
 ああ悪友とはこういうものなのかと、ちょっと納得した。

 その後、ギーヴァルシュ侯爵夫人を紹介され晩餐の席に着いた。やはり祖父と同じく領地は息子に任せているらしい。
 リシャールは久しぶりの正餐に作法を忘れていないか少々緊張するが、無事にやり過ごすことに成功する。
 その後サロンに案内され、ワインを片手に祖父達の話を聞いていた。
「ほう、ギーヴァルシュ領では今年はイワシが豊漁なのか」
「うむ。
 と言っても大して金になるわけでもないぞ。
 領民が飢えんだけましだがな」
 アルチュ−ルの領地、ギーヴァルシュ領は、どうやら海に面しているらしい。
「地の恵み海の恵みは神の恵みだからな」
「トリスタニアが近ければ多少は金になるんだろうが、フネや竜籠を使ってまで運ぶようなものでもないからな……」
 リシャールは考えた。前世で勤め先だったスーパーマーケットの食品棚の配置とその中身は、未だに忘れているものではない。
「あの……」
「ん、なんじゃ?」
「加工して売ったりされないのですか?」
 爺い二人どころか、祖母とギーヴァルシュ夫人まで顔を見合わせた。

「イワシの加工品か。
 塩漬けがあるにはあるが、あまり美味いものでもないぞ。
 流通の手間と値段を考えると領内で消費した方がましだからな」
 唸るようにしてアルチュ−ルが答えた。
「油漬けや干物はないのですか?」
「いや、聞いたこともないぞ?」
「リシャール、それはどういうものなのだ?」
 祖父も興味を惹かれたのか、身を乗り出して聞いてくる。
「油漬けの方は、二種類あります。
 一つは新鮮なうちに腸を取って塩をまぶし、低温の油で揚げてそのまま漬けたものです。二週間ほどは日持ちします。
 もう一つはひと月かふた月塩漬けにしたものを取り出して油に漬け込むもので、一年ぐらいは保ちます」
「一年じゃと!?」
 塩蔵では発酵が進んでしまうため、半年程度が限度だった。これが可能なら、味はともかくハルケギニアでの保存食としては革命的である。
「はい。
 この油漬けはパンにのせて食べたり、細かくしてソースに使ったりします。コクがあってなかなかに美味しいですよ。
 干物の方は、海水で煮てから天日でカチカチになるまで干すだけです。
 そのまま焼いても食べられますが、煮込むととてもよいスープがとれます。
 こちらは乾物ですから、湿気に気を付ければもっと日持ちします」
 店長だった頃は、POPの煽り文句なども自分で書いていた。そのために商品の製法や料理法も勉強していたから、このあたりはお手の物なのである。人間、なんでも真面目にやっておくものだなあと心の中で自賛しておいた。
「なんでそんなに詳しいんじゃ?」
「うむ、その歳にしては大したものだが……」
 懐疑的な目で見られたが、話してしまった以上このまま続ける。
「私は生まれも育ちもアルトワですから、休みの日などは一日中露天を見て歩いてました。色々な物が見られるので単に楽しかったからですが……。
 先ほどお話ししたイワシの保存食は、ロマリアか南部ガリアかは忘れましたが、そちらの方が産地だったと思います」
 大嘘である。
「リシャール、お前に作れるか?」
 祖父の目が鋭くなった。
「はいお祖父さま、多分大丈夫だと思います。
 あ、アルチュ−ル様もそんなに身構えないで下さい」
 アルチュールの方も、いよいよ身を乗り出してきた。
「お試しに少しだけ作るだけなら、えーっと、そうですね、費用も一エキューとか二エキューとかそのあたりだと思いますので、とりあえず僕が作ってみます。
 ご判断はそれを味見なされてからでも、よろしいのではないでしょうか?
 これなら誰にもご迷惑をおかけしませんし、子供がお祖父さまの前で格好をつけようとして大法螺を吹いたで済みますでしょう。
 それにアルチュ−ル様、私が失敗したとしても、ご自身にもご領地にも特に影響はございませんよ?」
「む?
 何故だ?」
「私は商人です。
 商人は儲けた金額によって、定められた税をご領主様に納めるだけです。
 私は別の事業をしてアルチュール様に税を納めていたわけではないので、アルチュール様の税収が幾らかでも増えることはあっても、ないものが減ることはありません」
 こんなこと言う子供は子供じゃないなと自分でつっこみながら、涼しい顔をする。
「わっはっは。
 リシャール、そこまで言うなら見事やってみせい!
 期待しておるぞ」
「うむ、大法螺にしても自信があるにしても、物怖じもせずによう言うた!
 さすがくそじじいの孫だけはある。
 気概だけはこのアルチュール、しかと受け取ったぞ。
 そしてもちろん、君の成功を祈らずにはいられん!」
 二人の老貴族は上機嫌にワインを煽った。

 その後、準備や実作業、熟成などの製造行程にかかる期間も含めて、一月ほど後にもう一度祖父と共に侯爵家にお伺いするとの約束をして、その日は解散となった。
 祖父と祖母と共には屋敷に帰ったが、リシャールは着替えた後、そのまま魅惑の妖精亭に送られていくことになった。
「そうか、明日はヴィンドボナに行くのか」
「気を付けるのよ?」
「はい、お祖父さま祖母さま。
 それと、今日は生意気言ってすみませんでした」
「いまさら気にしてもしょうがなかろうに。
 まあ、あ奴の言葉ではないが、一本芯の入ったところはしっかり見せて貰ったからのう。
 言うたからには全力でやれ」
「はい、全力でがんばります」
 祖父の言葉に大きく首肯する。
 思いつきではあったが、ラ・クラルテ商会の未来がかかっているのだ。

 馬車に揺られて戻ってきたリシャールだったが、魅惑の妖精亭がまだ営業中だったので、そのまま席に案内して貰ってグラスのワインと軽いおつまみを頼む。
「あらリシャールちゃんお帰りなさい」
「ただいまです、ミ・マドモワゼル」
「あらまあ、えらくご機嫌よさそうじゃないの」
 スカロンには頬が緩んで見えたのだろうか?
 ちょっと表情に出過ぎるのもあれだなと、リシャールは少し反省した、
「ええ。
 そうだミ・モドモワゼル、ちょっとお話聞いて貰えますか?」
「いまなら大丈夫よ」
 リシャールは、今度新しい食材が手にはいるかもしれないので、試食して感想を聞きたいとお願いしてみた。スカロンは酒場の主でなので、舌は肥えているはずだったから、リシャールにとっては絶好の試食人なのである。
「それならおやすいご用だわ」
「是非よろしくお願いします」
 ここまでは、順調のようである。

 翌日ジェシカに起こされてまた新作の賄いスープをご馳走になり、魅惑の妖精亭を後にした。アーシャのところに戻る前にお土産と昼食を買うのも忘れない。
「ただいま、アーシャ」
「きゅー」
「これからもう一度ヴィンドボナに行って欲しいんだ。
 その後は、海に行こう」
「きゅい」
 先日と同じく、街道斜めに見てに真っ直ぐ関所を目指して飛び立つ。
 アーシャも場所を把握したのか、休憩を挟みながらも夕方遅くには無事にヴィンドボナにたどり着くことが出来た。
 ヴィンドボナのギルドで手紙の依頼料六十エキューを受け取り一息つく。やれやれである。
 しかし特に動けそうな時間でもなかったので、ギルドで安宿を紹介して貰って宿泊する。料金は食事なしの相部屋で二十スゥ、リシャールには分相応というところだった。

 翌日。
 宿を引き払ったリシャールは、市場がどこにあるかを聞いてそちらに向かった。
 早朝の空気の中、少し歩く。
 とてつもなく大きい市場だった。
 ヴィンドボナでこれほどならば、これならハルケギニア最大の大国、ガリアの首都の市場はどれほどのものなのだろうか。
 ため息をばかりついていても仕方がないので、店先を冷やかして歩く。ついでに小麦の値段なども確かめる。
 鉄の国にしては鉄製品の店が少ないなと思ったが、輸出が多いなら大店で取り引きされているのだろう、小売りが主のこのあたりには逆に少ないようだった。

 銃や砲など、武器の構造を知っていれば大儲け出来るのになと少し考えてみたが、それで大量の死者が出るのも気分的にはよくないか。それでも遅かれ早かれ新式銃が登場するのだろうだから、自分が黙っていても戦争の死者は増えていくとは思う。
 ダイナマイトを発明したノーベルの伝記は、前世の子供の頃に読んだ憶えがあった。彼と同じ後悔を背負うこと、それをわかっていてやるのは、少し気が引けるのだ。同時に、生まれ落ちたのが戦争の最中だったら、委細かまわず悪魔の道に手を染めていたかもしれないとも思った。自分でも流されやすい性格だというのはわかっている。これからも錬金で機械類を作る可能性はあるだろうし、一つ間違えばそれは人を幸せにも不幸にもするのだ。
 機械だけではない。今からリシャールが行おうとしているイワシの塩油漬け、つまりオイルサーディンやアンチョビと言ったものでも、例えばそれが売れる分、代わりに他の物が売れなくなるわけで、少なくともその他の食料を生産する者には負担が行ってしまう。また、長期保存がきくと言うことは、飢饉にまでは行かなくとも麦などが不作であれば多少は高騰を押さえられもするし、餓死者が減れば人口は増える。直接的な責任は発生しなくとも、リシャールの心を多少なりとも圧迫する可能性は高い。
 自分だけがそれを知っていると言うことは、諸刃の剣でもあるのだなと、少し自戒するのだった。

 いつまでも考えていても仕方ないので、自分の朝食も兼ねて、アーシャに瓶詰めのあんずジャムと干しぶどうの入ったパンを買っていくことにした。ついつい元の勤め先と比較して、もっと豪華な菓子パンや総菜パンがあってもいいのにと思ったりもする。サンドイッチはあったが、この世界に来て、他にそれらしいものは見つけられなかった。
 落ち着いたらアーシャに食べさせてみよう。喜んでくれるかも知れない。

 ギルドでアルトワに手紙を出してからすぐに出立したが、その日は王都に戻っただけで一日終わってしまった。アーシャを牧場に預け、再び魅惑の妖精亭の宿泊客に収まる。
 こうも頻繁に訪れるなら、落ち着いてからになるだろうが、いっそトリスタニアで一部屋借りても良いかも知れない。いわしの件が上手く行ったら真剣に考えてみようと思った。
 翌朝、ジェシカに見送られて繁華街に出たリシャールは、アーシャに着せる服を探して女性向きの服飾店を探した。高級店はちょっと遠慮して、庶民向けの中でも上程度の店を探す。
 それらしい店が見つかったので店員をつかまえ、下着やフードのついた旅行用マントも含めて一式をお任せにした。選べと言われても正直無理だったので、今回は餅は餅屋と丸投げした。髪は緑で歳は十六、中肉中背、ついでに旅回りなので丈夫で汚れが目立たない方がいいことも合わせて伝える。
 選んで貰ったチュニックや丈のそれほど長くないスカートに納得して金を払い、ついでに鞄屋と靴屋も紹介して貰う。鞄屋では男女どちらが持ってもおかしくないデザインで作りのしっかりした肩掛け鞄を、靴屋では多少はサイズに自由のきく編み上げのサンダルを買ってきた。
 これで合計十エキュー弱の出費となった。結構痛いがまだ買い物は続く。

 次に向かったのは油を扱う食料品店である。ここで特上のオリーブ油を八リーブル、約四リットル弱の小樽で買う。これが樽代含めて五十五スゥ、ついでにとローレルや少量の胡椒粒を買ってこれが十スゥだった。流石に大量の香辛料を買う勇気はなかったが、あれば是非欲しいところである。歴史に習った欧州の大航海時代ほどの利益は見込めないにしろ香辛料は充分に高級品だったから、軽くてかさばらないという点も含めてリシャールは何れ扱いたいと思っていた。

 今のところ、旅に出る前に貯金していた分にここ数日の収入を足せば、アーシャの食事代含めた全ての出費を差し引いても所持金は増えていた。手持ちは残り百二十エキューほどである。それでも、場所の選定と仕込みに数日、熟成を待つ間にまた配達の仕事か何かを追加しないと、本格的に苦しいかも知れない。

 これでもかというほど荷物を抱えて、アーシャの待つ牧場に戻る。乗るときに少し工夫が必要だったが、帆布の敷物を風呂敷包みにして何とかした。オリーブ油の樽は手で抱えることになったが、まあ良しとする。
 コースとしては、ラ・ロシェールに向かう街道を半ばで折れて西南西に向かい、海岸沿いに南下してギーヴァルシュ侯爵領を目指すことになる。正確な地図を見たわけでもなかったが、トリステイン全体の大きさやガリアへの時間的距離を考えると、この時間からでも暗くなる前には余裕で到着出来そうだった。
「アーシャ、今度は西なんだ」
「うん」
「新鮮なお魚を食べられるはずだよ」
「お魚!
 リシャール、はやく行こう!」
「大丈夫、お魚は逃げないよ」
「うん、でもはやく行こう!」
「アーシャ、時間に余裕はあるから、無理はしなくていいからね?」
「わかった」
 それでも僅かに増速したアーシャに、楽しそうだからまあいいかと任せることにした。

 アーシャの食欲に基づく頑張りによって、太陽が傾く前にはギーヴァルシュ侯爵領まで来ていた。上空から見えた漁村に降りて確認し、ギーヴァルシュ領について聞いてみる。
 ギーヴァルシュ侯爵領はこの漁村を含めて一つの港町と合計で十ほどの漁村農村からなり、人口は一万人ほどと、アルトワの約四倍にもなる大きな領地だった。
 主な産業は漁業と農業で、漁業の方は地元で消費する程度の近海漁が、農業の方は麦の他に、トリスタニアなどにも出荷される玉葱や人参などの根菜類が主な産物だった。トリスタニアまでは荷馬車で二日ほどかかるため、鮮魚は出荷できないようである。このあたりはアルチュールに聞かされていたとおりだと確認できた。
 リシャールの降りた漁村は北モレー村、人口百人ほどで今の時期はイワシやサバが主で、時期によっては海老も美味いそうだ。
 うちの竜は使い魔だから大人しいので、手を出さなければ大丈夫と念を押して、村長宅に一泊させて貰うことになった。少し迷ったが、色々とお世話になるかもと言うことで、奮発してエキュー金貨を一枚手渡しておいた。
 開けて翌日は、大きな荷物は北モレーの村長宅に預けておいて、とりあえずはとギーヴァルシュの港町に向かうことにした。

 ギーヴァルシュの港町はかなり大きな街だったが、さほど大きな船もおらず、のんびりとした港町だった。衛兵の詰め所に寄って、どこかアーシャを預けられる所はないかと聞いたが特にないようで、とりあえずギルドに行く間、預かって貰うことにした。杖と鑑札を見せて、使い魔なので滅多なことでは暴れないと言うことを納得して貰うのにしばらくかかったのはご愛敬だろうか。

 ギルドは町の中心部にあった。
「初めまして、私はラ・クラルテ商会のリシャールと申します」
「ここのギルドの元締めになるか、クーロ商会のアレクシだ」
 アレクシは五十絡みに潮焼けした赤ら顔の男だった。リシャールはこちらの方で商売をしたいのでと切り出して手形を見せた。滞在はひと月ほどで、最低限海沿いの、可能ならば北モレーに近い場所で安く借りられる場所はないか聞いてみる。建物は自分で建てるので特に必要ないし、交通の便も、竜を連れてきているのでこちらも特に必要ないと告げる。
「広さはどのぐらいだ」
「半サンチアルパンもあれば十分なんですが……」
 一アルパンでおよそ百万坪、サンチアルパンはその百分の一の面積で一万坪ほどになる。ちなみにアルパンの方は主に領地面積の単位として使われ、サンチアルパンは領内の耕地や森林の面積を表すのによく使われる。
 リシャールが希望した半サンチアルパンの広さは、約五千坪に相当する。実際には告げた面積の四半分も必要ないだろうが、建物の位置関係や土地に岩場があった場合に備えて多めに見積もっておく。
「そんなところで一体何しようってんだ?」
 すかさずアレクシが尋ねてくる。
「ちょっと魚についてあれこれ考えているのと、あとはこっちなんで」
 リシャールは、工匠組合の鑑札の方を示す。
「土地については、竜の住むところが必要なんでそのぐらいの広さは欲しいんですよ。
 自分一人なら、村長さんに頼んで仮住まいした方が楽なんですが……」
「ふむ……」
 アレクシは考え込んでいる風だった。
「何とかなりませんか?」
 リシャールはあまりやりたくなかったが、エキュー金貨を一枚取り出して、テーブルの上を滑らせた。
「おいおい、若いのに手慣れてやがるな」
「一応、アルトワの出身ですのでね」
「なるほど」
 その後、小売りをしないのならという条件で上納金として十エキューを支払い、城館の方に一筆書いて貰ってギルドを後にする。そのあたりは領主様の土地だと言うことだった。

 先に工匠組合の方に挨拶を済ませてから、リシャールはギーヴァルシュの城館に向かった。
 領主の城館というのは領地の行政府でもある。アルトワのように城主の居城と市街にある庁舎にわけられていることなどもあるが、ギーヴァルシュではひとまとめにされている。
 入り口で衛兵に用件を伝えると、内部の担当部署に案内された。早速用件を切り出して先ほどアレクシに書いて貰った書状を渡すと、別の役人が現れる。
 改めて手形と鑑札を見せ、小さめの住居と竜舎を建てたい旨を説明する。頷いた役人は資料を当たったあと、借り賃は月に八エキューで手続きに二エキューと告げた。特に利用されることもない土地なので、このあたりの借り賃になる。許容範囲だったので了承を伝えて十エキューを支払い、案内と確認をして貰うことになった。
 役人はオーギュストと名乗った。北モレーなら馬で一時間ほどだということで、リシャールは、アーシャで先に北モレーまで行って待つことにした。

 いよいよ踏み出した本格的な一歩に、リシャールは軽い高揚感をおぼえた。







←PREV INDEX NEXT→