ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第六話「錬金鍛冶師と行商人」




 リシャールの出立がちょっとした騒動になってからしばらく、リシャール自身は従者の仕事の合間に、様々な引継を行っていった。
 同じく伯爵家に勤める侍女従者達への挨拶から、与えられていた支度部屋を引き払う準備など、目の回るような忙しさだった。
 幸いにして、クロードの従者を引き継いでくれたのが長兄リュシアンだったので、大きな混乱はなかった。これからは執事見習いと兼務になるようだ。

 ただ……。

「行っちゃだめ!」
「だめ!」
 二人の姫君の説得には、少々時間がかかりそうだった。
「ほほう、これはまた……」
「あらあら」
 娘の我が儘に妙に楽しそうな伯爵夫妻はともかく、
「理由はどうあれ、女性を泣かせるのはよくないことだぞ」
 と兄が言えば、
「うむ、紳士のすることではないな」
 と祖父が便乗する。
 泣き出した二人をダシに、大人達にからかわれるリシャールだった。
 自分の出立は、もう決まっている。
 大人達なりにリシャールとの別れを惜しんでくれているのだとわかるだけに、強くは出られないリシャールだった。
 もちろんその後も毎日姫様達の説得を続けたが、この危機をなんとクロードが救った。

 魔法学院に入学すればお土産を持ってリシャールが遊びに来てくれるから、それまで我慢しなさい。

 これは効果覿面だった。
 後の話になるが、この件以降、二人の姫君も魔法に勉強にと、一層力が入るようになったという。
 ……下の姫君が入学するまで約十年あると言うことは、それまでは放浪していなければならないのだろうかと、リシャールは自問するのだった。

 引継も済み、伯爵家への出仕が事実上終わってもリシャールは忙しいままだった。
 今度は旅の準備である。荷物などはともかく、他にもやらねばならないことは多かった。
 まずはと、工匠組合を訪れるリシャールだった。

 工匠組合の建物は旧市街の端の方にあった。
 アルトワでは、産業と言うほど鉄製品が作られているわけではないが、貿易都市という性格上、馬に使われる蹄鉄の需要は多かったので規模の割には鍛冶屋が多かった。
 ところでリシャールが訪ねた建物は、工匠組合の本部とは言いつつも、どう見てもただの鍛冶工房であった。
 間違えたかとも思ったが、入り口に銘板があったのでここでいい様だ。
 持ち回りで代表者を決めて押しつけあっているらしいと後から聞いたリシャールだった。
「どうぞ」
「こんにちわ、失礼します」
 中は雑然とした作業場で、ごつい親父が待ちかまえていた。
「……もしかして、君がリシャールか?」
「はい、よろしくお願いします」
「おう、俺はジェルヴェだ、よろしくな、リシャール、
 まあ工匠組合と言っても……組合と名はついちゃいるが、アルトワの鍛冶屋は五人きりでな。
 ま、鉱工業で食ってねえ地方都市にしちゃ多い方だが、お前さんが六人目になる。
 会合と言ってもたまに酒場で飲みながら近況報告するだけの集まりだからな、緊張するこたあない。
 飲み友達が一人増えるだけのことだ」
「ありがとうございます」
 なんとも大らかだと思ったリシャールだった。いや、これが同業者組合の正しい形なのかも知れない。
「その歳で旅に出るんだってな。
 流しの魔法鍛冶をするらしいとニコラ殿から聞いてるぞ」
「祖父をご存じで?」
「何言ってやがる。
 ニコラ殿を知らないアルトワ市民なんぞ、新しく越してきた奴ぐらいのはずだぞ」
 リシャールにとっては祖父でも、ニコラはクリストフの代理として領内の実務を取り仕切ることもあるのだ。確かに知られていても不思議ではなかった。
 実際のところは、祖父の『執事』という肩書きに半ば騙されていたリシャールである。執事でもある、と言った方が正しいだろう。執事とは個人に雇われた私的な使用人なのであるが、ニコラの場合は同時に伯爵家の『重臣』でもあった。領地の経営などにも駆り出されている。
「まあそれはともかく、どっちかというと俺はクリスチャンの方の知り合いでな」
「父ですか?」
「お前さんにこんなこと言うのもあれだが、あんまりお貴族様って感じのするやつじゃないし、本人も気にしてないって言ってたからな。こういう態度は大目に見てくれや。
 まあ、そんなわけでお前さんの親父殿とは、互いに呼び捨てにする程度には仲もいいし、飲みにも行く。
 まあ、俺も蹄鉄ばかりじゃ飽きるからな、そう言うときは剣を鍛えたりすることもある。
 あいつは軍人だからそういう縁もあるのさ」
 たしかに、父自身は剣を使わずとも、常備軍への納入と言うことであればつながりも出来る。
「で、だ。
 一応頼まれちゃいるしな、鍛冶のことなら相談に乗ってやるぞ?
 急ぎの仕事はさっき終わったし、うちは弟子が居ないからな、暇してたんだわ。
 もっとも、魔法のことはわからんから聞くなよ?」
 祖父からの心付けであろうか、リシャールは、これは是非ともと気合いが入った。

 一応、手続きらしきもの、と言っても推薦状と引き替えにジェルヴェが差し出した紙にサインして鑑札を受け取っただけだったが、晴れてリシャールはラインメイジの錬金鍛冶師として開業した。流しの鍛冶屋としてはもちろん、アルトワであれば工房を構えることもできるようになった。
 あっと言う間の手続きだったので拍子抜けしたリシャールだったが、とりあえず、実際の作業を見せて貰うことにする。
 特に、刃物の焼き入れや鍛造について、リシャールは全くといっていいほど知らなかった。これまでは強引に錬金した素材の形を整えて、更に魔法で補うという無茶なものであったほどだ。
 他にも、農具や針などの簡単なものと、刃物の代表と言うことでナイフの製造過程を見せて貰うことにした。
 言葉自体をジェルヴェから聞いて思い出すような始末で、前に使っていた炊飯器に『鍛造』と書いてあったなと余計なことを思い出していた。
 しかし、不純物を追い出したり強度を高めたりといった純粋な鍛冶技術については、自分の魔法にどこまで応用できるかは未知数だった。
 農具なども、無闇に高品質なものを作るのではなく、必要とされる品質を満たしていて、且つ安価なものでないと売れないと教えられた。
 また、刃先の研磨などはやはり砥石で研いだ方が質も優れているということもわかった。魔法万能ではないのだなと一人ごちた。
 ただ、直後に作業場を借りて錬金したナイフは以前と比べて明らかに品質が向上しており、今日の訪問が有益であったことを示していた。これなら十分売り物になるとジェルヴェからも評してもらった。
 そのあたりで日も暮れてきたので、礼を言って組合本部兼鍛冶屋を後にする。
 帰宅の途上、鍛冶のために槌型の杖を作ろうかと、真剣に考えたリシャールだった。槌と杖の持ち替えが結構面倒だったのだ。

 次の日にリシャールが足を運んだのは、ギルドである。
 リシャールは、市役所横にあった商工会議所のご先祖様みたいなものかなあとなどと考えながら門をくぐった。
 ギルドについては、同業者組合の原型として名前だけは前の世界でも知っていたが、実際の所はリシャールにもよくわからなかったのだ。どちらかというとオンラインゲームなどでゲーム上で組まれる仲間同士のチームとかグループというイメージだった。

 早速受付に行くが、どこかの商家の使い走りだと思われたらしく、取り出した書類を見せるとかなり驚かれた。十二歳の子供という外見では、仕方のないことだった。
 それでも応接室に通されてしばらくすると、恰幅の良い壮年の男性が入ってきた。
「お待たせした。
 私はここの代表、セルジュだ」
「はじめまして、リシャール・ド・ラ・クラルテと申します。
 よろしくお願いします」
 セルジュの名はリシャールも知っていた。アルトワでも有数の豪商、コフル商会の会頭である。
「うむ、伯爵様から話は聞いている。
 期待の逸材だそうだな」
 どうにも尾ひれが付いて回っているらしい。
 いささかげんなりとしながらも、実務的な話を進める。
 手続き自体はセルジュに教えて貰いながら、幾つかのサインをするだけで終わった。アルトワで二百三十二人目の商人の誕生である。
「さて、これで正式にラ・クラルテ商会の会頭となったわけだが……」
「今の段階では、店はおろか売る品物さえなにもありません。
 元手も極僅かです。
 行商という形を取れれば上々だと思っています」
 というより、他に選択肢がなかった。
 それでも、このアルトワでは店を開くことが出来るようになったし、アルトワだけでなく、他の都市でも卸売業者となら直接売買ができるし小売店に卸売りすることも出来る。また、ギルドに預託金を預けることで、手数料は引かれるものの、取引の決済や納税を任せることもできる。
「行商はきついぞ?」
「しかし、良い点もあると思います」
「ほう?」
 セルジュの目つきが少し鋭くなった。
「色々な土地を自由に回れることです。
 店を持つと、どうしても商いの起点として店が中心になります。
 もちろん、安定した収益も上げやすいですし商人として定住するなら、これ以上の選択はないでしょう。
 商人としての、一つの到達点でもあります。
 実は、商いを学ぶということなら、どこかの商家に雇って貰って、働きならば学ぶ方が良いかとも思いました。そこには商いで暮らしてきた、自分の見本となるべき人がいるはずですから。
 ですが私は各地を見て回りたいという希望もあるので、行商の方を選びました」
「ふむ」
 セルジュは腕を組み直して、少し考え込んだ。
「話は変わるが、アルトワの事についてどう思う?
 ああ、もちろん商業都市としてのアルトワだ」
「そうですね……」
 折角だからと、リシャールは以前から思っていたことを話してみた。ギルドの代表から意見を聞かれるなど、そうそうはないだろう。
 
 リシャールが考えていたこと、それは水運であった。
 アルトワに川船を妨げる橋が架かっているのは、下流にある小さな滝が水上交通を止めているからである。
 しかし、これを何とか出来そうな手だてをリシャールは思いついていた。
 フネ、つまり空中船を利用するのである。

 数人も乗せれば満杯になりそうな川船ならば、アルトワでも多少は使われていた。川漁師や、上流にある村との僅かな輸送程度で、船着き場も小さなものしかない。
 だが、滝の周辺以外ではアルトワあたりでも水深二メイルほどはあったから、滝さえなければ河川輸送に使われている十から十五メイルほどの小型船ならば十分に使えるのである。
 そしてフネの方であるが、こちらは風石を利用して空中を航行する船舶である。高度三千メイルの空中に浮かぶアルビオンとその航路は空を行くしかないのでともかくも、水上船舶に比べてコストが高いのでどちらかといえば敬遠されがちだった。ただし、竜ほどではないもののそこそこの速度が出せて、輸送力も望めるフネは、使いどころを間違えなければ十分に利益を生み出せた。
 リシャールはもちろん知らなかったが、これまでも、空中航路の話自体は時々ギルドでも持ち上がってはいたのだ。しかし、単にアルトワを空中航路の一端に結びつけたとしても、無駄に赤字が積もるだけになってしまうのが現状だった。急を要する事情などで時折アルトワを訪れるフネもあったが、急ぎの料金が支払われるに値する利益か時間か、どちらかがなければ使われなかった。
 そして船とフネこの両者の間をつなぐものとして、両用船舶というものがある。水上と空中、どちらでも使えるフネだった。両方の特徴を兼ね備えている。リシャールも後から知ったが、ガリアの両用艦隊が有名だろうか。
 では、とリシャールは考えたのだ。
 滝のところだけフネを飛ばせないものかと。そうすれば滝のあたり以外のコストは、通常の船舶とかわらない。水上船に比べて両用船の建造費は高くなるだろうが、運用を考えればかなりの部分で費用の圧縮が出来るはずであった。
 アルトワにしても、これまでは陸路での貿易だけを頼みにしていたが、そこそこのコストで海港と繋げられるのならば話は大きく変わってくる。
 リシャールにしてみれば何故今まで誰も思いつかなかったのかと不思議ではあったが、固定概念というものはなかなか覆せるものではないのだ。

「リシャール君」
「はい?」
 リシャールが一通り話を終えた後。
 セルジュの様子がどうにも変だった。もちろん、口には出さない。
「伯爵様が君を推薦した意味が、すこし分かった気がするのだ」
 先ほど以上に真剣な目つきであった。
「明日の午後、もう一度ここに来てくれるかね。
 折角だから皆にも紹介したい」
「わかりました、お伺いいたします」
 逆らえる雰囲気ではなかった。

 翌日、母に頼んで計画的に寝坊したリシャールは、朝は休憩に充ててのんびりと過ごした。ここのところ、流石に忙しすぎたのである。そして、午後を待って再びギルドを訪れた。
 受付で昨日から効力を発揮する様になった手形を見せ、セルジュにもう一度来るように言われたことを告げる。
 ギルドの手形は、現代社会で言う手形ではなく、通行手形やパスポートに近いものだ。身分証と国境の通行許可証を兼ね、ギルド間の紹介状代わりにもなる。一般的なものに限られるが、協力関係にある他地域のギルドで資料を閲覧したりすることも出来る。表には所属するギルド、屋号、紋章、持ち主の名前が刻印されており、裏には証人の名前が書かれている。リシャールの場合はもちろんアルトワ伯クリストフだ。
 リシャールはすぐに案内されて奥に入った。昨日とは別の大きな部屋に連れて行かる。
 中にはセルジュを始め、八人の男女がいた。リシャールがわかるだけでもブリュネ商会の会頭など、その場にいるのがアルトワ商人の頂点を占める人々だとわかった。
「リシャール君もそちらに座りたまえ。
 うむ、時間にはすこし早いが……ああ、トマはどうしたのだ?」
「一昨日からゲルマニアに赴かれているようで」
「しばらくは掛かるそうですよ。
 なんでも新しい銅山がどうとか」
「そうか、ならば仕方あるまい。
 今日は臨時と言うことで、皆には急ぎ集まってもらった。
 先ずはその事を詫びよう。
 今日の要件は三つある。
 まず一つ目だ、彼を紹介しておこう。……リシャール君?」
 リシャールはすぐに立ち上がって一礼した。
 このあたりも礼法が生きているかと、改めて生まれに感謝した。
「リシャール・ド・ラ・クラルテです。
 今後とも宜しくお願いします」
「まあ、皆もわかったと思うがニコラ氏の孫で、ラ・クラルテ商会の若き会頭だ。
 見ての通りまだ十二歳だそうだが、一人立ちすることになったというわけだ。
 今日は皆に紹介しておこうと私が呼んだ。
 次代の大物だ、皆も好を結んでおいて損はないと思うぞ」
 リシャールにはほぼ自覚はなかったが、商人としてはともかく、メイジとしては十二歳でラインに達した秀才ということで、アルトワでは彼自身もそれなりに名を知られているのだった。もちろん、ラ・クラルテの血筋もあって将来を嘱望されている。
 その後、参加している大物の自己紹介を受けたリシャールだったが、前世での本部勤務時代の日常だった、大手商品会社への営業を思い出しながら挨拶を交わしていった。

「さて、二番目の用件だが……ちょっと大きい話になるかもしれんので皆もよく聞いて意見を出して欲しい」
 セルジュは昨日リシャールが話した、フネを使ったアルトワの水運について話し始めた。
 しばらくして皆の目の色も変わりはじめた。
 リシャールが気づいたときには、既に船着き場の具体的な立地やフネの発注先についての議論になっていた。もう止められなかった。えらく大事になったと、ちょっと慌てたリシャールであった。
 リシャールも、セルジュに意見を求められては、滝のあたりにも安全のために小さくてよいから風石の補給所を作っておくべきだとか、船着き場にはフネのための空中船用の着き場も作っておくと、航路はなくとも立ち寄りやすくなるだろうとか議論に加わった。
 その後、収支の見積もりや人員の手配についての概算を出してからもう一度会合を開くと言うことで、この話は一旦打ち切られた。

「まあ、気持ちは分かるが皆落ち着け。
 もう一つ用件があると言ったはずだ。
 さて三つ目、今日最後の話題だが……。
 リシャール君、立ちなさい」
「はい」
 先の件の発案者として改めて紹介されるのだろうかと思いつつも、明らかにばれているだろうから別にいいのになあと内心突っ込みながら立ち上がった。
「わしはリシャール君を本ギルドに於ける評議会十人目の議員として推薦したいと思っているのだが、どうだろうか」
 思わずセルジュの顔をまじまじと見てしまう。十二歳でそんな役職となど、どう考えてもおかしい。
「皆ももう気づいておるだろうが、先の案件はリシャール君の考えたものだ。
 昨日彼がここへ来たときに軽い茶飲み話のつもりでアルトワについて聞いてみたのだが、これだけの完成された意見を出してきた。
 それまでは、いくらニコラ氏の孫とは言え、十二歳の少年に伯爵様自らが手形の裏書きを書かれ、保証金を代納され、更には評議会議員に推薦すると正式な推薦状まで届くなど、リシャール君には悪いが、一体何の冗談かと思っておった」
 だろうなあと、リシャールも心の中で頷いた。
「だが、蓋を開けてみればこの通りだ。
 私も含めて、ここに集まった皆が目の色を変えるほどの意見を出してくる傑物だった。
 そこで改めて問うが、彼を議員として推薦したい。
 意見のある者はおるか?」
 セルジュは皆を見回したが、半ば笑っていた。
「セルジュ殿、これに反対するようならわしからそいつに辞職の勧告を突きつけますぞ」
「まったくだわい」
「アルトワ史上、おそらくは最年少の議員の誕生ですな」
 セルジュの言葉添えもあったが、リシャールは好意的に受け入れられようとしていた。
「うむ、反対はないようだな。
 ではリシャール君、君は今後評議会の議員として我々と等しく扱われる。
 改めて宜しく頼むぞ」
「いや、ちょ、ちょっと待って下さい」
 しばらくは呆然としていたリシャール、流石にこれはちょっとと思って流れを止めようとした。
「行商人の、それも取引さえしたことのない十二歳の子供が議員とかおかしくないですか?
 そもそも商取引の約束事とか何もわかっていませんから、粗相だのトラブルだのでアルトワの名を汚しかねません。
 というか、行商に出ていて会議の度にここに戻るとかちょっと無理がありますよ。
 それに上納金とかどうやって……議員ともなれば確か年間に数百から数千エキューは必要になりますよね?」
 リシャールは非常に混乱していた。自分でも支離滅裂だと思うが、流石にまずいと思っていた。
 だが、セルジュはにやりと笑った
「それだけ判っていて十二歳も何もないと思うぞ。
 今日だってトマは欠席しているが、もちろん彼が咎められることはない。会議よりも取引の方が優先されるからだ。
 それにトラブルなら我々も日々抱えているからな、同じ事だよ。
 ついでに言うと、評議会の議員は終身制だが、上納金を払えないほどに身代が傾くと大抵は職を辞するな。
 だが、ギルドへの貢献によって死ぬまでの上納金一切を免除された議員は実際いたのだ。
 リシャール君は知らないか?」
 少し考えてみたが、わからなかった。リシャールは、そこまで深くアルトワの歴史には通じていない。
「流石に想像がつきません」
「そこにいるデルマーのシモン、彼のご先祖様でな、名は彼と同じシモン。
 アルトワに橋を架けることを思いついた、偉大なる人物だ」
 リシャールを除けばこの場では最年少であろう、三十そこそこの若い人物が軽く会釈してきた。
「なるほど…」
「うむ、橋がもたらす利益を考えると、彼の功績には上納金の免除が妥当だったということだ」
「すごいですね」
「何を言ってるんだ!?
 これからの水運次第では、君の名が同じように残るんだぞ」
 セルジュはそう言いきった。
「もちろん商いの規模に比較して上納金は上下する。
 行商人とはいえ議員でもあるが、この発案の功績を考えるなら、今の段階では充分に全額免除に値するとわしは思うよ。
 それに、君はもう立派に商売をしたぞ」
「はい?」
「君は我々に夢を売った。
 我々はそれを買った。
 これも立派な商いだと思わんかね?」
 周囲の面々も頷いていた。
「はっはっは、まあ、そういうことにしておきなさい。
 もっとも、年齢もそうだが、流石に行商人のまま議員になったのはリシャール君が初めてだがな」
 もう無茶苦茶だった。







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