「皆本! 明日はクリスマス・イブだっ!」
「そんなわけやから」
「プレゼントを」
「ちょーだい♪」

 今日の任務を終え、待機室で待つ三人に明日は休日であることを告げようとドアを開けた瞬間、四本の手が彼に向かって突き出された。
 一つの台詞を分割してのおねだり。なるほど可愛いらしいかもしれない。
 いつもは小生意気な三人が、小学生という年齢相応にクリスマスを楽しもうとしていることを考えれば微笑ましい。
 だからプレゼントをねだられる事については、不愉快なことではないし、多少の出費も問題ではない。
 しかし一つ問題があるとするならば、

「ねっ、ちょーだい♪」

 四人目がいることだ。

 手を伸ばしプレゼントをせがむ四人目も、服装は水色の上着とピンクのミニスカート、そして頭には赤いベレー帽。三人とお揃い、紛うことなきチーム『ザ・チルドレン』の制服にその身を包んでいる。
 しかし、BABEL職員の誰に聞いても『ザ・チルドレン』は三人。つまりは、四人目なんて存在しない。
 無視できれば楽なのだが目の前にいるのではそうもいかず、皆本は四人目である、彼女を問いただすことにした。

「えーと、その、管理官はなぜそんな格好でここに?」

 問われて、蕾見不二子管理官は不思議そうに小首を傾げ、黄色い蝶ネクタイを摘んだ。

「えっ、これはただのファッション。あとは、妙齢の女性が男にプレゼント貰おうとすることに理由なんている?」

 ――妙齢の女性。
 たしかに外見で言えばそうだろう。端麗な容姿、ボタンを飛ばさんばかりの豊満な胸。街を歩けば十人中十人の男性が振り向くであろう。
 ただし外見で言えばである。
 中身は戦前生まれ、BABELの創設にも関わった重鎮なのである。
 前提条件が変われば、見る目も変わってしまうわけで。
 薫も普段の彼女の嗜好からすれば、巨乳とミニスカという不二子の格好は非常に魅力的なシチュエーションに、飛びかかるでも凝視するでもなく、横目でチラチラと見てはしきりに首を捻り悩み顔を見せるばかりである。

「薫ちゃん、皆本くん。目の前にいる女性の年齢のことを考えるなんて、野暮なことだと思わない?」

 口調は柔らかく、表情も笑顔のまま。
 なのに空気は重くなる。
 薫はしょぼくれ、皆本は葵と逸らした視線が鉢合わせ。紫穂は靴のつま先に視線を落としている。
 そんな空気を断ち切ろうと、皆本は話題を元に戻した。

「あー、じゃあ、わかった。明日は休みだからデパートでも行こう。その後どこかで食事、それでいいか」

 会話の流れを考えれば、やや強引な転換であったが、重たい空気から抜け出すことを希望していた三人も諸手を挙げてバンザイ。彼の提案に賛成した。
 だが、当然それで収まらないのは不二子である。

「不二子、明日大事な会議があるんだけどなー」
「そうですか、それは残念でしたね。それじゃあ、失礼します」

 ここを好機と見たのか皆本は会話を打ち切り、チルドレンを伴い退室しようとする。

「わかったわ。じゃあ、今晩パーティーやりましょう。それで勘弁してあげる」

 足を止め、

「勝手に話進めないで下さい」

 だが、皆本とは違いチルドレン達はパーティという単語を好ましく思ったらしく、

「パーティかぁ。朧さん、シャンパン、飲みすぎ、酔っ払う、乱れる………よし、そっちならっOKだ!」

 何と比べてそっちなのかはわからないが、口の端を歪めてゲヘゲヘと笑う。何を考えてるのか容易に想像がついてしまうのが、彼女の保護者代わりの皆本にとっては辛いところだ。

「はい、じゃっ決まり」

 提案者は満足そうに皆本の顔に視線を向ける。文句ある、と言わんばかりの笑顔。
 一方、チルドレン達も、私達も管理官の意見に賛成です、と笑っている。
 一瞬前までは、自分と同様にここから逃げたがっていたのに現金なものである。
 皆本はやれやれと心の中で溜め息をついた。正面からは不二子、下からはチルドレン。どうやら断るという退路は塞がれてしまったらしい。

「まぁ、仕方ないとして。どうするんですか? どの店も予約で一杯ですよ、きっと」

「心配ないわよ」

 そう言うと不二子は、携帯を取りだし、どこかに電話をかけはじめた。

「ああ、桐壺クン?
 今夜、BABELでクリスマスパーティーやらない?
 ……うん、まぁ急な話だからしょうがないわよね。
 でもなぁ、ガッカリするだろうなぁ、チルドレンたち」

 そこで言葉を切り、電話の向こうで狼狽する桐壺の言葉にしきりに頷き、チルドレンたちに向かってピースサインを送ってみせる。交渉は彼女の望む通りにまとまったのだろう。

「はーい、じゃあよろしくね。いい? 相手の弱点を見つけたら徹底的にそこを突くのよ。わかった?」
「「「はーい」」」
「変なこと教えないで下さい」

 ため息混じりにそう抗議してみたものの、不適な笑みを浮かべる不二子と、こういう時だけは素直なチルドレンの前では、力のない一言だと、皆本は自分のことながら実感せざるを得なかった。



「えー、では――」
「桐壷くん話長い。それじゃっ、メリークリスマス!」

 長いも何も、これから喋りはじめようとした瞬間に遮られたのだが、参加者からはそれに異議する声は上がらず、ところどころで起るグラスの重なる音が、知りうる限りの人脈を使い短い時間で盛大と言っていいパーティを準備した桐壺帝三の耳に虚しく響いた。
 実際、桐壺のBABEL局長という肩書きは伊達ではないらしく、貸し切られたホテルの大部屋には所狭しと豪華な料理・飲み物が並べられている。
 そんな中、参加者は、ある者は会話を――

「なぁ、ナオミ。明日のことなんだが」
「うるさい」
「プレゼントとホテルのスウィートを用意してあるんだが」
「黙れ、潰すぞっ」

 ある者は料理を――

「明、手巻き寿司だって?」
「ああ、そうだな」
「巻いて」
「それぐらい自分で――」
「明が巻いたほうが美味しいから」
「――貸しな」

 ある者はアルコールを―

「オー、これがジャパニーズショーチュー? デリシャスそーですネ」
「おっ、コメリカ人さんのエスパー? 飲み比べしてみる?」
「HAHA、望むところデース、外ハネサーン」

 若干一名、陽気な部外者が混ざっているようだが、各々自分なりのスタイルでパーティを楽しんでいる。
 一方チルドレンは、薫たっての希望なのだろう、皆本とは離れ朧の元で子供らしくパーティを楽しんでいる。薫が、酒に弱い朧にしきりにシャンパンを勧めている様に見えるのはきっと気のせいだ。
 皆本も数分前まで賢木のバカ話に付き合っていたのだが、約束があるとかで途中で帰ってしまい、なんとなく会場の隅でチルドレンたちの様子を眺めていた。

「賢木のやつ、どうせ女との約束なんだろうな」

 呟き、飲み干そうとしたグラスには、既にビールは残っていなかった。
 しょうがないと、飲み物を取りに行こうとした皆本にグラスが差し出された。

「ウーロンハイでよかったですか?」

 手の先を見れば、いつも受け付けで見せるより自然な笑顔の野分ほたる。
 皆本のグラスが空になるのを見計らっていたらしい。

「ああ、ありがとう」
「ところで皆本さん。クリスマス、何かご予定はあるんですか?」
「うちのチビッ子達にプレゼント買ってやらなくちゃならなくてね。散々連れまわされそうだよ」

 軽く肩をすくめてみせる。が、本心から嫌がっているようには見えない。

「そうですか……。じゃあ、お正月は?」
「あいつ等は実家に帰るみたいだから、今のところ予定はないかな」
「もう。あの子達のことばっかりなんですね」

 クスリとほたるが笑い、苦笑気味に皆本も答える。

「しょうがないよ。担当だし、我侭なヤツらだからね」

 大変ですねと笑った後、意を決して、一緒に初詣に行きませんか、と切り出そうとした瞬間だった。

「あら、二人ともいい雰囲気じゃない? んっ、どしたの?」

 突然登場した不二子に、ほたるがグラスを取り落としそうになる。
 艶やかな黒のパーティドレスに身を包み、綺麗にリボンでラッピングされた小さな袋を指に引っ掛けている。

「いえ、別に」

 アハハと苦笑するほたると皆本。

「そう。ところで皆本クン。あの子達のこと放っておいていいの? あんまり放っておくと、寂しがって――」

 不二子の言葉を遮るように、大きな声がパーティ会場に響く。
 振り向くと、薫と葵が口論している。

「あっ、葵! お前の方がイチゴ多いんじゃないか?」
「何、言うとるん。あんたの一番大きいやろ? そっちが先に取ったんやから、変な言いがかりつけんといて」
「やめなよ〜。そんな小さいことで」
「そういうあんたこそ、チョコの家乗ったとこさっさと取っていったやないの」
「そうだぞ、よこせっ」
「こういうのは早いもの勝ちが常識でしょ?」

 視界に映すまでもなく、チルドレン達が何をしているか明白であった。

「――ないわね」

 チルドレン達の年相応の様子に、不二子は苦笑を浮かべるしかなかった。

「まっ、あいつらとは明日出かけますし、この場はこの場で楽しんでもらえればね」
「こんな機会、滅多にないですしね」
「あの子達の子供時代は今しかない……か」

 何を思い出しているのか、不二子の瞳はどこか遠くを見ているようであった。
 どこかで、クラッカーが乾いた音を立て、ドッと歓声が起る。
 見れば、チルドレン達はケーキを分け合うことで話がついたのか、互いに互いの皿へフォークを動かし、『ザ・ハウンド』の二人も手巻き寿司からケーキに興味を移していて、明の顔についたクリームを初音が舐めている。ナオミも、ケンを迎えにきたメアリーと同じサイコキノとして親近感を抱いたのか、話に花を咲かせている。

「また来年もこうしてパーティやれたらいいですね」

 ほたるの言葉には答えなかったものの、不二子の横顔には、常には見られない慈しむような微笑が浮かんでいた。
 ――なんだかんだ言って、自分と望んでいることは同じらしい。
 そんな上司に、皆本も微笑を浮かべた。
 一方で、そんな子供達のパーティのすぐ後ろでは、すっかり奈津子に酔い潰されたケン、ナオミに顔の形が変わらんばかりにボコボコにされた谷崎、気絶した二人が桐壺局長直属の『Aチーム』に搬出されていく。どうも今夜は、二人共パートナーから放置される運命であるらしい。
ケンを酔い潰した奈津子もまだ、飲み足りないのか今度は桐壺に飲み比べを挑んでいる。

「ったく、年長組は何やってるんだか。不二子も薫ちゃん達と遊んでくるわ」

 手に持った小袋を揺らし、微笑を弾けるような笑顔に変え、二人の背中をポンと叩き、去っていった。
 見送り、二人分も飲み物を取りに行こうとした皆本をほたるが呼びとめる。

「あの皆本さん……。さっきの話なんですけど――」

 パーティはまだまだ、終わりそうにない。








 翌日。
 楽しいパーティといえど、疲れは多少残るようで、普段より三十分ほど遅い起床となった。
 ベッドから抜け出し、ダイニングに入ると起床した三人が皆本に挨拶をしてくる。
 三人が洗面どころか着替えも済ませていることを意外に思いながらも、欠伸混じりに三人に挨拶を返した瞬間、皆本は小さな異変に気付いた。

「お前等、なんだそれ?」
「なにって、一日早い」

 薫は立ち上がって、

「サンタはんからの」

 葵はついと眼鏡を上げ、

「プレゼントよ?」

 紫穂は唇に人差し指をあてて、微笑む。
 そして、揃って笑顔を浮かべる三人の唇は、一様に紅い。
 ところどころ、はみ出しているのは愛嬌だろうか。
 ―なんで、どこから口紅なんか?
 一瞬の思考の後、サンタの顔が思い浮かぶ。

「あの、バーさん……余計なことを」

 三人の天使は皆本に向かって飛び込むと、溜め息を漏らす彼に紅い雪を降らせた。




 ――おしまい